221 藤堂綺羅々――とうどうきらら――
2025/08/30 文章一部修正
神奈が握る縦長の紙から雷光が発されていた。
「何だこれ。なんか光ってるぞ」
並の生物、ましてや人間ならば感電死する程の電流だった。
しかし神奈には無意味。ダメージはない。
転生者に対して管理者が気紛れに与える、加護という力がある。今まで神奈が出会った一部の転生者も加護を持っていた。
加護の効力は様々で、神奈の持つものは環境や特殊能力による身体への害を自動判断で防ぐ。そんな加護があるせいで、攻撃されたのは分かっても威力は分からない。
たとえ加護がなかったとしても、今の攻撃は神奈なら少し手足が痺れた程度で済ませてしまうだろう。
雷光を放出し続けたお札のように縦長の白い紙は力を失い、焼け焦げて手の中で朽ちていく。紙は攻撃一回きりの使い捨てらしい。
「解析させてもらったよ。聞いたことがないけれど、さっきの紙は霊力符。霊力というエネルギーを利用した攻撃、補助の役目を持つ紙らしいよ」
洋一の僅かに金色に光る瞳を見て全員が驚く。
「ああ、僕の固有魔法で〈解析〉っていうんだ。どんなものであれ僕の目は全てを解析する。副作用もあるけど、それは気にしなくていい。問題はその紙がどこから投げられたかってことだよ。……というか神谷さん、大丈夫なの? 今の雷光、電圧五億ボルト、電流五百万アンペアだけど」
「どんなに強くても問題ない。疑問なら私を解析して……なあ、もしかしてそれスリーサイズとかも視えちゃったりするわけ?」
「え? まあ視ようと思えば視れるけど……あれ?」
遠慮なくダメージの有無だけ視ようとした洋一の目に【ERROR】の表示が出た。何度も〈解析〉を使用するが全て同じ結果であり、神奈の情報を視ることは残念ながら叶わない。
「おい、まさか視たのか!? セクハラだぞ!」
「え! どうだったの洋一、私達貧乳だけど神谷さんの胸ってどれくらいの大きさ!? 私の方が勝ってるよね!?」
「いや……解析が出来ない。こんなの初めてだ。エラーなんて……」
洋一の〈解析〉はどんな物でも、たとえ世界そのものでも解析出来る。それを知るからこそ解析出来ない結果を信じられず放心してしまう。
「スリーサイズ勝手に見るなんて、さ、最低……」
「ちょっと水無月さん、私は洋一を信じてるわ! エッチな目的で力を使う人じゃないって!」
「でも使い方を間違えたらかなり最低な能力ですよね」
水無月は引き気味だが、恵は洋一が犯罪紛いなことをしないと盲目的に信じている。洋一の性格を大雑把に把握する神奈も、勝手に他人の個人情報を視る人間ではないと思っている。
現在、ただ一人を除いて状況をすっかり忘れていた。決して気を抜いてはいけない状況だというのに、速人以外が油断してしまっていた。
――突然現れた少女が水無月の真上まで跳んで来る。
先程と同じ霊力符を手に持つ少女が、水無月の脳天に霊力符を押し付けようと手を伸ばす。短く「滅」とキーワードを口にすると霊力符から雷光が発される。
「ぐうっ!?」
しかし、雷光はすぐ止まった。
空中に移動した速人が少女の脇腹を蹴っており、集中が途切れて停止したのだ。蹴られた少女は音楽室の床を転がり、両手両足で床との摩擦を起こして止まる。
襲撃者に気付いたのは速人のみ。対処出来たのも当然ながら速人のみ。奇襲に失敗した少女は居場所がバレてしまい、敵と認識した神奈達に睨まれてしまう。
「気配の消し方が下手な奴だ。一流の暗殺者には程遠い」
「比べる相手間違ってない? まあそれより、さっきの紙はお前の仕業ってことでいいんだよなって……同じ学校かよ」
少女の服装は伊世高校の制服。髪はふわっとしたサイドポニー。鋭く敵意に溢れた瞳は漆黒。彼女を懐中電灯で照らした洋一は、月光で照らしきれていなかった顔を見て息を呑む。
「確か、同じクラスの……」
「藤堂綺羅々」
淡々と名前を答える綺羅々は霊力符を袖から出し、手に取って構える。
好戦的な彼女の態度に洋一と恵は戸惑う。溢れる敵意を感じ取った神奈は水無月の前に立ち、速人は抜刀して体と水平に構える。神奈達の行動の違いは意識の違い。同じ学校の生徒同士でも、どんな間柄の相手でも、本気で戦わなければいけない時があると思うか思わないかの差だ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! どうして戦おうとしているんだい!? 藤堂さん、君の目的はいったい何――」
「滅」
洋一の問いに対する答えは言葉ではなく行動だった。
霊力符を持つ綺羅々は水無月に向けて走り、苛立った声で短いキーワードを口にする。話し合いに応じない綺羅々に唖然とした洋一は動けないが、水無月の前には神奈が仁王立ちしている。強引に突破するには分厚すぎる壁。そんなことは分からない綺羅々が接近するので神奈も身構える。両者がぶつかり合うかに思われた瞬間、前に出た恵が綺羅々に平手打ちを放った。
「洋一が話してるんだから聞きなさいよ!」
平手打ちを喰らう綺羅々は攻撃と同じ速度で体を回転させて威力を受け流し、雷光が発される霊力符を迷いなく恵に近付ける。恵が喰らえば感電死するかもしれない一撃。通すわけにはいかず、神奈が綺羅々の左腕を掴んで阻止した。
「……え?」
「なるほど、結構戦闘慣れしてるな。……藤堂、か」
「その名字で呼ぶな」
藤堂の名字を神奈が呟くと、綺羅々が怒気を滲ませた声を出す。
綺羅々は自由な右手でもう一枚霊力符を持ち、神奈の腹部に当てる。どうせ雷光が発されるだけだろうと思う神奈は避けようともしない。……それが間違いだとも知らずに。
「撃」
「ぐふぉっ!?」
突如衝撃が神奈の腹部に伝わり体がくの字に曲がる。
掴んでいた手の力が衝撃で緩んでしまい、綺羅々はその好機を逃さずに振り解き後方へと跳ぶ。
「大丈夫ですか!?」
「ああうん、平気平気。ちょい油断した」
心配そうな水無月に神奈は返答する。
効き目のない雷光が来ると思って油断していたところ、別の攻撃が来たので対処しきれなかっただけだ。それでも吹き飛ばないように両足の力で堪えられた。衝撃の攻撃も神奈に通用する威力は持っていない。
「白部君、恵。これから私はあの女と外で戦う。戦いは私一人に任せて、二人は水無月さんの未練を探っておいてくれ。もし出来るなら成仏させてやってくれよ」
洋一が神奈の近くへ寄り、恵と二人で困惑の表情を浮かべる。
その間、綺羅々と速人が戦闘を再開させていた。
「どうして君一人で戦う必要があるんだい。四人で戦えば確実に押さえられるはずだよ」
「そうよ! さっきは助けられたけど、私だって戦える! まさか私が攻撃を受けそうになったせいだなんて言わないわよね!?」
「違うよ。ただゆっくり話したいだけだ、あの藤堂って奴とな。心配は要らない。私の強さは白部君なら知ってるだろ?」
「知っているさ、そこは心配してないよ。ただ一人で戦う必要性が分からなかっただけさ。でもまあ、なんとなく分かったよ。僕達は水無月さんの未練をどうにかする。だから……頼んだよ」
真剣な眼差しを見て神奈は頷くと、瞬時に音楽室の窓際に移動して窓を一箇所だけ全開にする。冷たい夜風が侵入してくる中、神奈は速人に大声で自分の思惑を伝える。
「隼! 窓だ!」
思惑を伝えるのはいいが言葉が少なすぎる。それでも速人はなぜ窓を開けたのかを考えて、神奈の言いたいことをすぐに理解した。以心伝心並みの理解力である。
「滅」
綺羅々が手にしている霊力符から雷光が放たれる。
雷光を涼しい顔で躱す速人は刀の柄で綺羅々の腹部に打撃を与えた。
「うっ!?」
「凄まじい電撃だ。当たれば俺でも危ないだろう、当たればな。〈分身の術〉」
速人は緩急のついた独特な歩行方法で残像を生み出していく。
残像といってもブレがなく、分身したかのように見せる隼家の技だ。魔力感知なら正確な居場所が分かってしまう弱点はあるが、今回は魔力を使わない相手なので有効となる。
「ええ!? あの人増えましたよ!?」
初見は必ず驚くので水無月が叫ぶのも仕方ない。
洋一と恵が驚かないのは既に見たことがあるからだろう。
「落ち着いてください。あれは残像ですよ」
洋一が説明して水無月を落ち着かせている間、速人が綺羅々の周囲を八人で取り囲む。囲まれた綺羅々は冷静に分析しながら霊力符を一枚投げた。
「滅」
八人の内一人に雷光が向かうが、それは当たることなくすり抜ける。残像だったのだ。霊力符は床に落ちる前に電流が消失し、焼け焦げて朽ちていく。
「外れだ。喰らえ、〈多閃脚〉」
八方向から連続で蹴りが放たれる。
綺羅々は躱しきれず、十発目で当たり蹴り飛ばされた。彼女が吹き飛ぶ先にあるのは全開の窓。すぐ傍には開けた張本人の神奈が立っている。
「さあ、決着は校庭でだぞ。霊能力者」
為す術なく三階音楽室の窓を通った綺羅々は、回転しながら校庭に落ちていく。硬い地面に衝突しても回転は止めない。回転は受け身の役割を果たしていた。衝撃を充分逃がしたら彼女は回転を止める。三階から落下しても五体満足な彼女は音楽室を見つめる。
「三階へ……っ!?」
「言ったろ、決着はここでだ」
音楽室から飛び降りた神奈が綺羅々と睨み合う。
神奈は拳を握り、綺羅々はどこからか霊力符を取り出す。
伊世高校に集められたのは実力者のみ。その実力者の中でも上位に入る綺羅々だが、神奈の飛びぬけた実力を感じ取る彼女の額には汗が滲んでいた。




