218 怪談――トイレの誰かさん――
2025/08/18 加筆修正+誤字修正
伊世高等入学から二日目の放課後。
神奈、洋一、恵の三人は七不思議の調査をして、全ての七不思議の内容を確認出来た。恵は洋一に引っ付いているだけで何もしていない。洋一が明日香に直接聞きに行ったり、神奈が個性豊かなクラスメイトに話を聞いた結果判明したのだ。
その一。夜中に廊下を巡回している勇者。
その二。夜中に廊下で勇者に追いかけられている犬が居る。
その三。異世界に通じる階段。夜中十二時丁度に三階に上がると、なぜかないはずの四階への階段があり、上がると異世界に行ける。
その四。トイレの誰かさん。朝昼夜、三階女子トイレ最奥の個室を叩くと返事が返ってくる。
その五。音楽室の幽霊。ピアノの音が夜中に聞こえてくる。
その六。奇跡の婚約指輪。二つの指輪を男女で薬指に付けると、その男女は将来結婚することになる。
その七。他の学校にはあるのに、この学校には六個までしかない。
「七不思議はこんなところかな」
洋一が一枚の白い紙に手書きで記入していく。
それを見た神奈は叫ばずにいられなかった。
「いやその一とその二なんか繋がってるし! 勇者が犬追いかけてるだけだし! それとその七にいたっては何も不思議ないじゃん! なんで無理に七個作ろうとしたんだよ!」
「その七はないので実際は六不思議ですね」
「え? 今の誰の声? 女の声が聞こえたんだけど。ムゲンちゃんじゃないよね?」
恵の疑問を耳にした神奈は左手で額を押さえながら「あー」と呟く。
洋一はその声のことを覚えていたのであまり動揺していない。問題は何も知らない恵だ。共に行動することが増えるなら、神奈の腕輪について教えた方がいいだろう。
神奈が白黒の腕輪を付けている右腕を二人の前に出す。
「どうも初めまして。私は万能腕輪ああああと申します! 神奈さんのパートナーです!」
「そういえばあったね。久し振り腕輪さん」
「え、何? この腕輪が喋ってるの!?」
「ああそうなんだよ。インテリ……なんだったかな。正式名称忘れた。簡単に言うと、これは知能を搭載している魔道具なんだよ。喋ったら反応してあげてくれ」
初めての人には毎回恒例万能腕輪の説明。
神っぽい人から魔法の教師として神奈にプレゼントされた腕輪だ。残念ながら最近は魔法を教えてくれない。それというのも、神奈に教えられる魔法があまり残っていないからだ。
出っ歯にする魔法。棒を作り出す魔法。戦闘力を測る魔法。その他様々な魔法を神奈は伝授されてきた。メイジ学院でも魔法を学んだので知識は充分にあり、使える魔法は百を超えている。
「あれ? そういや恵はムゲンのこと知ってたんだな。魔法も知ってる?」
ムゲンというのは洋一が所持している魔導書、夢幻の魔導書。
人型になったり本になったり自由な魔導書だ。神奈は一度見たことがあるので、その不思議な彼女のことを覚えている。彼女を目にしてから腕輪にも人型になってほしいと何度も思った。
「色々あって洋一から聞いたの。ムゲンちゃんのことを聞いたのはつい数週間前よ。パートナーって言ってたけど妹みたいなに見えたし排除はしなかったわ。まあ、あまりイチャつかないよう言ったけどね」
「うん、恵の居る場所だと最近全く返事しなくてね……怖かったんだろうな」
話が逸れてしまったので神奈達は本筋に戻す。
「それでどうする? 夜中の噂が多いけど」
「まずはこの『トイレの誰かさん』を調べよう。朝昼夜全ての時間に出るようだし、夕方の今でも調べられるはずだよ」
「女子トイレってことは私と神谷さんね。行きましょ?」
「えぇ? 今すぐ行くのか……」
女子トイレへ行ってしまった恵を神奈は渋々追いかけた。
現場は女子トイレなので洋一は連れて行けない。本人も分かっているのか教室で待機している。
件の女子トイレに着いた二人はすぐに入り、部屋全体を確認する。
ピンク色の壁。洗面台と鏡が一つ。個室は三部屋。個室の中はまだ見ていないので何とも言えないが、外観に異常は見当たらない。そもそも噂はどんな時間でも最奥の個室から返事が返って来るというもの。個室以外は正常で当然だ。
「最奥の個室、閉まってるな。鍵もかかってる」
「他の個室は扉開いてるね」
「……少し怖くなってきた」
七不思議といっても所詮作り話と神奈は信じていなかった。しかし、いざ確認してみれば少しだけ恐怖があり、汗が溢れてくる。幽霊が怖くなくても関係ない。未知の恐怖が神奈を襲う。
「とりあえずノックしてみる?」
「ああそうだな。じゃあ恵やってくれ」
「え、ちょっとおかしくない? なんで私なの?」
「なんで? 逆になんで私がやると思ったの?」
恐怖は高まり、扉をノックするだけのことさえ互いに押し付けようとしていた。
「なら、洋一の好きなところ十個先に言った方が回避ということで」
「いや何そのお前に有利すぎる勝負方法!? ジャンケンでいいだろ!」
恵に有利すぎると言っていたが神奈も有利なものを選んでいる。
ジャンケンは三種類の手の形で勝敗を決める簡単な遊びだが、運や心理が深く関わっている。そんなものを無視して神奈は動体視力で相手の手を見極め、勝利出来る手を後出しと分からない速さで出せるのだ。
そんなことは露知らず、恵は公平だと思い勝負を受けてしまう。
結果恵が負けるのは当然であり、限りなく黒に近いグレーな勝利にもかかわらず神奈は勝ち誇った笑みを浮かべる。
――しかし卑怯なのは神奈だけではなかった。
「うっ、あれ、お腹痛くなっちゃった。ごめん、私トイレ行くわ」
「大丈夫か? ほら、すぐそこだから行ってこいよ」
入口に近い個室へと入る直前、恵は歪んだ笑みを浮かべてから「ありがとう」と言って入った。
「……おいちょっと待て。お前逃げた!? 腹痛いの嘘!? おい出てこい! 大丈夫大丈夫もうノックしろなんて言わないから! お前の頭で私がノックするから!」
恵が閉じ篭った個室のドアを叩きながら神奈は叫ぶ。
「それ痛いのも怖いのも私じゃない! ていうか本当に痛いんだから疑わないで神谷さんがノックしてよ! ほら、私今日生理だから! 今朝からお腹痛かったなああ!?」
「絶対嘘だろお前! いくら個人差あるからってお前今日めちゃくちゃ元気だったじゃん! 白部君に嫌がられるほど飛びついてただろうが! ああいうの止めとけって言ったのに聞いてくれなかったじゃん!」
「うるさいうるさいうるさい! 夕方なんだから幽霊なんているわけないでしょ!? 何をノックくらいで怖がってるのよ! ていうかこのドアへこんできてるって! 強く叩きすぎよ!」
「怖くて個室に篭もってる奴に言われたくないんですけど!?」
ドアを破壊するのはマズいので神奈は叩くのを止め、何を言っても出て来ない恵のことを諦める。諦めたら最奥の個室をノックするのは神奈しか居ない。さっさとノックすればいいのだが、噂を確かめる決心はつかない。
神奈は天井を見上げて歩き出し、立ち止まっては床を見てからまた歩き出す。時折最奥の個室を見るが近寄らずに「うーん」と唸っていた。
「神奈さん、『フライ』で飛んで上から覗いてはいかがです?」
「無理だろ。あれを見てみろ」
腕輪に見せるように神奈は右腕を真っすぐ上げる。
腕輪が見たのは天井と個室のドアの隙間だ。二センチメートル程しか隙間がないので、飛んだとしても個室の中は覗き込めない。可能だとしてもやりたくない。普通の生徒が入っていたら気まずくなる。明日には覗き魔として一躍有名人になるだろう。
「無理そうですねえ」
「どうする……この状況、過去最高にピンチなんじゃないのか?」
「今まで戦ってきた敵が聞いたら怒り狂うような発言ですね」
また歩き出そうとした時、神奈の頭に名案が降って湧いてくる。
ドアと床下との隙間と腕輪を交互に見て「いけるな」と口に出す。
「あの、私なんだか嫌な予感がするんですが……?」
「嫌な予感なんてとんでもない。お前に大役を任せよう。今からあの床とドアの隙間にお前をねじ込む。中に入って個室の中に居る奴の正体を確かめてこい」
「嫌ですよ、何が『いけるな』ですか! 床との隙間は二センチメートルくらいじゃないですか! 明らかに私入りませんけど!?」
床との隙間も天井と同じく二センチメートル。
腕輪は横にしても縦にしてもその三倍以上大きい。だからねじ込むのだ。幸い腕輪はとても頑丈なので強引に入れても傷付かないだろう。傷付くとすればドアの方だ。
「大丈夫だ、私はお前のことを信じてる」
「この場面で過去一番に信頼されても困りますよ!」
「だあああ! もういいから行って――」
神奈が嫌がる腕輪と言い争っているとドアが突然開いた。
個室からはジャアアアアと水が流れる音がして、長い黒髪の女子生徒が出て来る。学校指定の黒いセーラー服を着ているので間違いなく伊世高校の生徒だ。
「こ、い……? え? あれ?」
「えっと、今出ました」
「あ、はい……はい? どういうこと?」
普通に個室から人が出て来たので神奈は混乱する。恵も困惑した表情で個室から出て来る。もっと困惑しているのが最奥の個室に入っていた女子生徒だが、長く個室に入っていた事情を話していく。
事情といっても腹痛が多く、授業中すらこの個室に篭もっているだけのこと。
「うっ、お腹が……! すみませんまた戻ります!」
「病院行った方がよくないか……?」
心配で呟く神奈の隣で恵が笑顔になる。
「七不思議その四! 解明ね!」
「あれ!? 終わり!?」
その後、神奈達は洋一にありのままを伝えた。
なんとも言えない結末に洋一は苦笑していた。
*
――その日の夜。
伊世高校三階の女子トイレ最奥の個室。
神奈達に名前や学年を告げなかった女は相変わらず個室に居た。
「はあぁ……夕方来た連中うるさかったなあ。獲物だと思ったけどあれはうるさすぎて無理だわ。それにあの黒髪強そうだったし。全く、噂につられてのこのこと来たと思えば変なのだし。早く人の恐怖に引きつった顔見ないと飢え死にしちゃうよ……幽霊だけど」
女の足は透けており、服や肌の色もほんの少し青い。
女は幽霊だ。夕方に相対した神奈は動揺しすぎて見落としていた。本人が隠し上手だったのも見落とす原因の一つである。もし神奈が冷静に彼女を見ていたら正体に気付いただろう。
トイレに篭もって人を驚かす。トイレの誰かさん。
彼女は獲物であろう人間の足音が近付くのを聞き取る。
「くふふ、来た来た。バカな奴が来たあ……! もう逃がさないわよ、今日は飢えてるんだもん……! いいリアクションを期待するわあ」
噂につられたのか。それともそれ以外か。
理由が何にせよ一人の少女が来たことは確かである。
わざわざ夜中に来た少女は幽霊の住まう個室に迷いなく向かい、軽やかにノックする。
「はあい、今出まあす……!」
歓喜の表情で個室のドアを開け、幽霊は外に出ようと前に進む。
「あ? なにこれ?」
気付けば幽霊の額には白い縦長の紙が押し付けられていた。
紙を押し付けた張本人である少女は短く告げる。
「滅」
「ぎゃああああああ!?」
短く言い放った瞬間、激しい雷光が幽霊を包む。
全身が痺れるなんて威力ではない。全身が炎に焼かれたように熱く、千切れたと錯覚するくらいの激痛が襲う。数秒経ち、幽霊の苦しみは霊体が跡形もなく消滅したことで終わる。
幽霊消滅を確認した少女は速やかにその場から去った。
腕輪「動く人体模型!」
神奈「す、少し怖い」
腕輪「喋る腕輪!」
神奈「お前じゃん」
腕輪「神奈さん、なんで七不思議なんて怖がるんですか? どんな化け物が居たとしても暴力で解決出来るでしょ?」
神奈「未知ってのはやっぱり怖いもんなんだよ。幽霊と宇宙人と悪魔と妖怪と魔法生物と精霊とかは慣れたから怖くないけど」
腕輪「……それ以外って何があるんでしょう?」




