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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.四章 隼速人と青海宝石
421/608

214.37 失態


 新潟県の魚沼市に到着したのは午後一時。

 腹が空く時間なので速人と純はショッピングモールのフードコートで食事をしていた。速人は一味唐辛子を入れた味噌ラーメン。純はパスタ料理のジェノベーゼと唐揚げ。味わいつつ素早く完食した速人と違い、純はまだ唐揚げが残っている。


 純はフォークで唐揚げを刺して口へ運ぼうとする。


「おい待て」


 美味しそうな唐揚げは口の傍で止まった。


「何?」


 速人は何かを探すように周囲を見渡す。


「……居ない、か。食べていいぞ」


「めっちゃ気になる。何なの?」


「知り合いから聞いたんだが、唐揚げを食べようとしたら突然飛んで来る奴が居るらしい。レモンを掛けろと言ってくるそうだ。拒否したらドッジボールする羽目になったとか」


「何それ。意味分からなすぎて怖い」


 話した速人も意味が分かっていない。

 知り合い、神谷神奈はいつも訳の分からないことに巻き込まれている。ドッジボール参加者で速人を呼ばなかったことが苛つく。なぜかは理解している。理解しているから自分に苛つく。


 速人は頭を横に振って冷静さを取り戻す。

 終わったドッジボールより遂行中の護衛依頼の方が大切だ。


「石倉、お前は他の宝石について知っているか?」


「ルビーとかって話じゃないよね。特別な宝石のこと?」


「ああ。青海宝石の他に四つあるとアステロは言っていただろ」


 光を吸収する太陽宝石(サンシャインジュエル)

 風を吸収する純風宝石(ウィンドジュエル)

 土や石を吸収する大地宝石(ストーンジュエル)

 闇を吸収する暗闇宝石(ダークジュエル)

 水分を吸収する青海宝石(マリンジュエル)

 これら五つが自然エネルギーを所持者に与える特殊な宝石。


「他の宝石ねえ……あ、太陽宝石なら分かるよ。今の持ち主は有名人だもん。なんたって怪盗だからね。私ファンなんだあ」


「怪盗? もしかして」


 有名な怪盗といえば速人も一人知っている。


「そう、怪盗サウス! 律儀に予告状を出し、華麗にターゲットを盗み出す。狙った獲物は逃さない! 正体不明の怪盗サウス! 予告状が出された場所は私絶対見に行くの!」


「やはりそいつか」


 予告状が出されるとニュース番組にも取り上げられるので、興味がなくても耳に入る名前だ。狙うターゲットは宝石や美術品。警察に守られる宝を怪盗サウスはいつも鮮やかな手口で盗み出す。一般人は彼の盗みを一種のエンターテインメントとして見ているようで、犯罪者なのに多数のファンが居る。


「太陽宝石はサウスに盗まれたのか?」


「そうだよ。凄いよねえ、あの大監獄ハーデスから颯爽と奪い去ったらしいよ。噂だとその時は助手が居たとか。あーあ、私も助手になりたい」


「盗みを手伝うつもりか? 犯罪者だぞ」


「殺し屋が何言ってんだか」


 それには返す言葉もない。


「まあとにかく、私ファンだから予告状貰った時は舞い上がったなあ」


「……は? 予告状を、貰った?」


 さらっと出された初耳な情報に速人は耳を疑う。


「あれ、言ってなかったっけ? 青海宝石狙われてるんだけど。あ、予告状の写真見る? 嬉しくてスマホで写真撮っといたんだよ。永久保存だね」


 純がスマホを操作して写真を速人に見せた。

【青い恵を呑み込み、力与えし宝石を持ちし少女へ。除夜の鐘が鳴るまでに、あなたが持つ青き宝石を頂きに参上致します。怪盗サウスより】

 確かにサウスからの予告状がそこに映っていた。


「何も聞いていないんだが?」


 純は顔を逸らす。


「……トイレ行ってくるね」

「おい」


 彼女は席を立ち、そのままトイレに直行する。

 座ったまま待っていようかと考えたがそういう訳にもいかない。たかがトイレに行く数分でも目を離せば、敵の襲撃があった時に対応出来ないのだ。女性用トイレには入れないが、せめて入口が見えるところで待機する必要がある。怪しい人間が入らないか見張らなければならない。


 テーブルに置かれた食器を店に返却した速人はすぐに純を追う。

 フードコートに一番近いトイレに純が向かい、速人は傍のベンチに座って待つ。こういう場合同性なら楽なのにと思わずにはいられない。アステロには護衛なら同性を選べと意見することに決めた。


「怪盗サウス……厄介な相手だな」


 素性不明の怪盗は変装の達人だと聞く。

 過去に速人は他人の変装を見抜いたことがあるが、百パーセント見抜けるかと言われれば違う。世間を騒がす怪盗の変装を見抜けるのか、会ってみなければ分からない。


 しばらくの間、怪盗サウスについて考えて気付く。

 いつの間にか二十分以上経過していた。純が戻るのが遅すぎる。心配だが、女性用トイレに入って確認するのは無理だ。常識が邪魔で入れない。大人しく出て来るのを待つべきか、通報覚悟で入るべきか悩む。


 さらに時間が経ち、純が戻らないまま三十分が経過。


「……そうだ、発信器」


 速人は霧雨から購入した発信器の存在を思い出す。

 シールのような薄型の発信器だ。霧雨家から出る前、純の靴の裏に付けていたので居場所だけは分かる。急いでスマホで発信器の反応を確認してみると、発信器は高速でショッピングモールを離れていく。もう女性用トイレには居ないことの証明だ。


「くそっ、この移動速度は車か? いつ連れ去られた?」


 一人で内緒のお出かけなんてバカな真似はしないだろう。確実に誘拐されている。怪しい人間は見ていないと言いたいがそれは言い訳だ。未然に誘拐を防げなかったのは速人の落ち度。焦った速人は犯人を追跡しようと走り出す。




 * * *



 石倉純は現在、車で誘拐されている。

 犯人の女性二人は女性用トイレ内の小窓から侵入して来た。個室から出た瞬間、銃を眉間に突きつけられた純は犯人の要求に従うしかない。大きなバッグに詰め込まれ、護衛に助けを求めることも出来ず、ショッピングモールから連れ出されてしまったのだ。


「ねえ、怖い? 怖いでしょ? 怖いわよね?」


「別に怖くない」


 犯人の一人である隣の女性に純は告げる。


「私の護衛、誰か知ってるでしょ。最強の殺し屋だよ。あの人は絶対助けに来てくれる。あなた達なんて怖くない。あなた達は自分の心配をした方がいいんじゃ――」


 隣の女性から頬を殴られて純は言葉を止める。


「居場所なんて分かりっこないっての。それより宝石どこ? 持ってるんでしょ?」


「何の話?」


「惚けないでよクソガキ。青海宝石(マリンジュエル)、持ってるんでしょ?」


「さあね」


 純は再び殴られる。

 一度目よりも強く、窓ガラスに頭を打つ。

 二度殴られても純の心は暴力に屈さない。


「テイルさん、そろそろ着きます」


 純の隣に座る女性、テイルは車を運転する女性に「そう」と短く返す。

 数分後に車は止まり、中から出された純が見たのは古びた倉庫。使われていなさそうな倉庫が多く並んでいる。後ろは海だが船は一隻もない。女性二人は純を逃がさないよう左右に立ち、腕を掴んでいる。逃げ場はない。


「来い」


 不満そうな表情で純は女性二人に連れられ、倉庫に入る。

 古びた倉庫の中には大勢の男女が待ち構えていた。少数だが幼い子供や老人も交ざっていた。この場で純以外は全員黒スーツを着ている。つまり、この場に集まっている者は全員敵。電車で襲って来た組織の仲間。緊張で純の顔は強張る。


「ようやく会えたなあ、石倉純」


 黒いバンダナを巻いた大柄な男が三歩前に出る。


「どちら様?」


「俺は世界征服を企む男、ハートと呼べ」


「そのハートさんが何の用? 誘拐までしちゃって」


「分かっているんだろ? 青海宝石だよ。お前の持つ青海宝石が欲しいのさ」


 想像通りの答えなので純の返答も決まっている。


「そんな物は持ってないよ」


「荷物検査すれば分かることさ」


 純は女性二人に腕を掴まれたまま足を踏まれた。

 抵抗を封じられた純にハートが近付く。


 まず調べられたのは小さなバッグだった。財布や手鏡が中から出されて放り投げられる。雑に投げられたので手鏡は割れてしまった。財布の中身は見ないので、青海宝石以外はどうでもいいらしい。


「バッグにはないか。じゃあ、お前が直接持っているわけだな」


「も、持ってない」


「隠しても無駄だ。おいウィング! 小娘の服を調べろ」


 ウィングと呼ばれた長髪の女性が面倒そうな顔をする。


「ええー、ハート様がやればいいのに」


「このバカ! 男が体に触るのは、その、トラウマになるだろ!」


「今の状況がもうトラウマでしょうよ」


 ウィングが「しょうがないなあ」と呟きながら純に近付く。

 非常にマズい。純は今、青海宝石をブレザーのポケットに入れているのだ。ポケットを調べられたらすぐにバレる。最悪なことに、左右両方のポケットが盛り上がっているので真っ先に調べられるだろう。

 ハートは全てウィングに任せるつもりなのか純から離れる。


「どーこかなー。穴調べるのは嫌だなー」


 ウィングの手が純へと伸びてくる。

 腕と足を押さえられているせいで抵抗は出来ない。青海宝石が見つかってしまうのは時間の問題だ。純は頼りになる護衛の少年が来てくれることを天に願う。


「――消えろ」


 願いは、あっさり天に通じた。

 速人の殴打がウィングを奥の壁まで吹き飛ばす。


「隼君……!」


 さらに、純の手足を押さえていた女性二人も床に倒れる。

 周囲の人間には視認出来ない速度で攻撃されたのだ。


「うえっ!? いつの間に攻撃を……相変わらず速すぎて見えない」


「すまなかったな石倉。誘拐されてしまったのは俺の責任だ」


「それは違うでしょ。現場は女性用トイレだし、隼君が気付けないのは仕方ないよ」


 誘拐実行犯は今倒れた二人だ。どこから侵入したのかは不明だが、純の居場所は把握されていたらしい。個室の外に待機されて逃走不可能な状況だった。速人がいくら強くても見えない場所での誘拐は防げない。組織に攫われるのは必然だったと言える。


「護衛を任された以上、どんな場所に居ても守るべきなんだ。だから今度は必ず守る。お前に危害は加えさせない」


「うん、お願い。私を守って」


 純は期待に満ちた瞳を速人に向ける。

 強さを正確には把握出来なくても、目の前に居る黒スーツ集団よりも強いのは分かる。殺し屋という一点を除けば護衛として完璧だ。大人数の敵が居る中、純は安心感を持てた。


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