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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二章 神谷神奈と侵略者
42/608

27.1 復讐者――罪からは逃れられない――

修正したのはただの誤字です。

例→レイ

誤字の訂正なので一度見た人は大丈夫。





 太陽光でキラキラと輝く青い海。それと接している砂浜に三人の少年がやって来ていた。

 赤紫の髪を前は下ろし後ろは逆立っている少年、レイは「流星拳」と呟いて赤紫に光る拳を振るう。空中へ放たれたその拳の拳圧によって砂が前方百五十メートルほどまで爆発したかのように巻き上がる。


「ディスト、君から見て今の僕の力はエクエスに通用するかな」


「……いいや。はっきり言ってしまえばお前は規格外すぎて判断に困るんだが、おそらく通用しないだろう」


 そう答えたのは灰色のマフラーをしている細身の少年、ディストだ。


「なあ、やっぱり本当に通用しないのか? 直撃すれば凄い威力になるだろうこれ。僕を殴った時に手加減してくれてなかったら体が爆発していたんじゃないのか」


 青髪の少年、グラヴィーは青ざめた顔をしながら話しかけた。


「エクエスは常軌を逸している。俺が恐怖したのは奴と……まあ神谷神奈くらいなものだ。実際、万全な状態の神谷神奈に今のが通用すると思うか?」


「……どうかな。全力で打ったことはないし」


「エクエスを倒すには新たな魔技(マジックアーツ)を習得するしかない。奴に通用するのは限られているだろうが、まあこの前話した通りアレを習得するために特訓しようじゃないか」


 ディストの言うアレとは上級魔技〈閃光移動(フラッシュムーブ)〉。一瞬だけ亜光速で動けるとんでもない魔技だ。一番レイに合っているのはその閃光移動だとして、三人はここ最近毎日この場所で激しい特訓を行っている。


 この場所は以前レイ達も行ったことがある藤原家が所有する別荘付近。

 神奈とレイが戦闘を繰り広げた場所だというのが一番的確だろう。ここなら人が全くと言えるほど来ないので特訓を誰かに見られる心配はない。


「閃光移動か。まだコツが掴めないんだよなあ」


「焦りは禁物だぞレイ。ずっと流星シリーズの魔技を使用してきたから体に馴染みすぎているんだ。少しずつ新たな魔技へ体を慣らしていくしかない」


「そうさ。成功すれば亜光速で動けるんだろう? きっとエクエスにも通用する。というか通用しなきゃ困るもんな」


 レイは「そうだね」と言って軽く笑う。

 二人との付き合いはかなり浅い。なんせ地球へ向かう直前まで知り合いですらなかったのだから。しかし共通の敵を持てば自然と仲良くなるものなんだなと不思議な気持ちを抱く。


「よしっ、気合い入れていこう!」


 気合いを入れたレイの背後――海の一部が爆発した。

 何も気合の入れすぎで爆発したわけではない。巨大な水飛沫が上がった事象に三人は無関係である。愕然とした三人は海へと視線を向ける。


 ハリセンボンが海から浮き上がり「見つけた」と呟いた。

 否、ただのハリセンボンではない。ハリセンボンだったのは頭と顔のみで、その下には人の胴体がくっついている生物が海から上がって来る。


「見つけたぞおっ、トルバ人!」


 怒りの形相で近付いて来る生物を見てレイは既視感を覚えた。

 小さい頃にどこかで見たような気がした。記憶の片隅に眠る嫌な思い出が蘇る。


「なんだあいつは……?」


「あれはハンギョ人だな。なんてことない弱小種族だ、警戒も必要ない」


 レイは「ハンギョ人……」と目を軽く見開いて呟く。

 四歳の頃、初侵略で向かったのがハンギョ人という種族が住む星であった。そこでレイはとある男を殺してしまい、そこから侵略に疑問を持つようになったのだ。忘れはしない当時の忌まわしい記憶がフラッシュバックして、殺した男と目前のハンギョ人の姿が重なる。


「お前だ。忘れもしない、その顔」


 ハンギョ人は鋭い目でレイを睨みつける。


「お前が僕のパッパを殺したんだ! 覚えている、今でも昨日のことのように鮮明に当時の光景を思い出せる! 僕が復讐するべき相手はお前だあ!」


 レイは確信した。やはり当時の被害者なのだと。

 あの時、殺した男の傍に駆け寄って来た子供がいた。紛れもなくそれこそが目前のハンギョ人なのだとレイは今理解した。

 まだ四歳だったとはいえ、一人のハンギョ人を殺害してしまったことを覚えている。罪悪感が胸に押し寄せてきて呼吸が段々荒くなる。


「要するに家族の敵討ちか。まあ、トルバ人にはこういった復讐者が付き物らしいし珍しくはないな。しかしこのタイミングとは……」


「ふん、下級戦士にすら手も足も出ないハンギョ人など恐れる必要がない。レイ、お前なら一撃で終わる相手だ。まず負けることはない」


 ディストとグラヴィーは倒すことに迷いがないようだがレイは違う。

 呼吸が荒い中、必死に頭を回して言葉を絞り出す。


「君の目的は……僕か。あの時の、復讐……」


「そうだ。お前は絶対に許さない」


「……君の復讐……僕は受け入れる」


 信じられないとばかりにディストが「レイ、何を!?」と叫ぶ。

 復讐を受け入れるということは間違いなく殺される。正気の沙汰ではないことくらいレイ本人が一番分かっている。それでも過去に犯した罪が死ねと言うのなら、何かを言う権利など持っていないと判断した。


「……でも、待ってほしい! 三十日、いや二十日でもいい。それまでにエクエスがやって来る。僕達はエクエスと戦わなければならない」


 しかし今死ねばエクエスへの対処が出来ない。

 神奈へもう迷惑をかけたくないと思うからこそレイは震える声で懇願する。


「エクエス? 知っているぞその名。トルバ最強の男だな。そいつを待ってこの星を侵略するつもりか」


「違う! 僕達はエクエスを倒すつもりなんだ! 頼む、待ってくれ……この星をトルバから完全に守りきるまで、待ってくれ……」


「そんなこと、知ったことか……!」


 タイミングが悪すぎたのだ。もしエクエスを倒した後なら何も悩む必要などなかったかもしれないのに。

 過去の罪で罰せられるか。この星を守るために裁きから逃れるか。今迫られているのはそんな二択だろう。


 ハンギョ人の復讐とエクエスへの対処。どちらを優先するべきかといえば当然後者になる。少しの間待ってくれればどちらも果たせるからだ。しかし相手が待ってくれないと言うのならレイが優先すべきはどちらなのか。

 どちらか片方しか選べないときレイはどうすればいいのか。頭は回っているのに答えが出ないままの自分が酷く許せなくて、悔しさ溢れる表情で下唇を噛みしめる。


「そんな奴に何を言っても無駄だ! 早くやってしまえ!」


「でも、僕は――」


 叫ぶディストに反論しようとした瞬間。

 レイが振り返る動きと同時にハンギョ人が動いた。

 狙いはレイ――ではなく他の二人。流星シリーズの魔技を使用したレイと同等以上のスピードで駆けたハンギョ人は、グラヴィーとディストの首に右手の甲を当てて静止する。


 あまりにも素早い動きに驚愕したレイはハンギョ人の右手の甲から針が出ていることに気がつく。一本の鋭い短針で刺された二人は目を見開き、全身の力が抜けるように前のめりに砂浜へと倒れた。

 一瞬の出来事に驚いたレイは二人の名を叫ぶ。


「ぐっ、何だ今の速度は……!」

「ありえない、ハンギョ人なんて弱小種族に……!」


「そうやってトルバ人はすぐに見下す。だからこうなるんだよ」


 ハンギョ人は見下して吐き捨てるように告げた。


「二人に何をした。二人は関係ないだろう!」


 これはレイ個人の問題。同じトルバ人とはいえ無関係の二人に危害を加えられたとあっては、さすがのレイも怒りが湧いて出てくる。

 ハンギョ人は振り返って質問に答えた。


「一時的に体が痺れる毒を注入したんだよ。安心しろよ、死にはしない。こいつらを殺すのはお前の後だからな。トルバ人の時点でこの二人も復讐対象なんだしなあ」


「君の制裁なら受けると言っただろう!? 僕達は本気でエクエスと戦うつもりなんだ。この星を守るために!」


「そんな嘘に騙されないぞ。トルバ人は嘘つきだ、パッパがよく言っていた」


 ハンギョ人は何を言っても聞く耳を持ってくれない。

 要求を呑んでは貰えそうにないと薄々理解してきたレイは歯を食いしばる。


「どうしても……待ってくれないのか」


「ああ、お前は今すぐ死ななきゃいけない!」


「そんなことは僕が一番分かってる。でも、譲れないものが今はある。彼女のために、エクエスを倒すために、僕はまだ死ぬわけにはいかない!」


「だーかーらー。そんなこと……知ったことかああ!」


 怒りで叫ぶハンギョ人の両手から無数の棘が生える。

 レイはもう戦いは避けられないと理解した。そう悟ると同時にハンギョ人が駆け出して右手を振るってきたので辛うじて躱す。


「ちなみにこの棘は猛毒。刺されば死ぬ」


 告げられた事実にレイは目を見開き、再び振るわれる腕を〈流星脚〉による高速移動でギリギリ躱していく。

 驚くべきはハンギョ人の速度。こうして躱してもすぐに次の攻撃が迫り、魔技を使用しているにもかかわらず紙一重でしか避けられない。明らかに弱小種族だなどと呼ばれていい存在ではない。


「そんなものをっ、出せるんだね! 弱小種族だなんて言われていたのに!」


「ハンギョ人は元から微弱な毒を体内で生成出来る。僕は突然変異でなあ、トルバ人をも殺せる毒を作れるんだよ」


 突然変異と聞いたレイは自分もだと答えそうになった。

 四歳の時点ですでに両親を超え、すぐに序列二位にまで実力だけで登り詰めたレイも突然変異といえる。桁違いに強いといわれるエクエスもそうだろう。


 相手が強いことは納得したが殺されるわけにもいかない。本当は反撃などしたくなかったがこうなっては選択肢がない。レイは〈流星拳〉で地上に降る星屑以上の速度を出して殴りかかる。

 流星シリーズの魔技はレイの力の全てだ。大抵の生命体は視認すら出来ず木端微塵になるレベルの速度と威力。そんな凄まじい魔技を使用したレイの拳はあっさりと回避された。


「この優れた反射神経もかい」


「そうだ。それだけじゃあない。元からハンギョ人は五感が鋭いが僕は桁外れに鋭い。宇宙からお前を見つけて飛んで来れるくらいにはなあ!」


「くっ、僕はまだ……。流星乱打!」


 まるで流星群の如き無数の殴打は危うげなく回避されてしまう。


(当たらないのか、これでもっ!)


 ハンギョ人の速度は異常であった。いや、鋭すぎる五感がフル活用されてこそこの速度が発揮されるのだろう。レイが続けて両手両足で舞うような魔技〈流星乱舞〉を使用するも当たらない。

 そんな時、攻撃を続けるレイに思わぬアクシデントが発生する。

 激しい動きをする〈流星乱舞〉を使用し続けていたせいか、足元が砂だったからか、足が滑ってバランスを崩してしまったのだ。


(足が滑って……まずいっ!)


 バランスが崩れた大きな隙を見逃されるはずがない。

 ハンギョ人は薄く笑みを浮かべて棘だらけの右手を顔面へと振るう。


(間に合わない……)


 レイの全力と何ら変わりない速度の攻撃を、今から体勢を立て直して躱すというのは実質不可能。もう猛毒の棘を顔面に刺されて死亡するのは確定したも同然。


(ああ、少し前までの僕なら死ぬのなんて怖くなかった。どうせ悲しむ人もいないし、侵略者としての生き方にはうんざりしていたから。……でも、それでも今はこんなにも、こんなにも死ぬのが怖い! こんなにも生きていたいと思ってしまう!)


 実際に死が迫ってくると本心が分かる。

 地球で神奈と友達になる前までいつ死んでもいいと思っていた。復讐者に殺されるのは当然の報いとして来るのを待っていた。


 しかし以前と現在では違う。人生に何の意味も見出せていなかった時とは違い、レイにはもう心配してくれる者達がいる。笑い合ってくれる友達がいる。ようやく生きることが楽しいと思い始めてきたところなのだ。

 虫がいいとは思うがレイは今、心から生きたいと思っている。


閃光移動(フラッシュムウゥウブ)!」


 願う想いに応えるかのように活路が開く。

 レイが叫んだ瞬間に右足が白光を纏って、猛毒の棘が顔面に当たる寸前でハンギョ人を蹴り飛ばす。

 いかに優れた五感や反応速度を持っていても無意味にする亜光速の蹴り。顔面を蹴り飛ばされたハンギョ人は遠い水面にまで吹き飛んでいく。


 咄嗟の蹴りで体勢が崩れたままレイは砂浜へと転がる。それからすぐに起き上がり、再び立ち直して視界に収まりきらない海を見つめる。

 一撃で絶命したハンギョ人は海に沈む。気のせいか恨み言のようなものがレイには聞こえた気がした。後悔の念が言語化されて「ごめん……」と呟いた。


「ごめん、ごめんよ……」


 俯き、自然と涙が流れて砂へと落ちる。

 新たな魔技の感覚は掴めた。だがそのための犠牲はレイにとって重い。

 しばらく立ち尽くしていたレイに対し、グラヴィーやディストは何も声を掛けない。ただ倒れたまま黙して立ち尽くしているレイの背中を見つめていた。


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