214.32 エピソードオブ廻天
九崎廻は一人の少女に惚れている。
彼女と出会ったのは十歳。父親が廻に無関心であり、母親は勉学に厳しい人間だったせいでストレスが溜まり、誰かと喧嘩を繰り返していた頃。高校生に喧嘩を売って返り討ちに遭った廻に彼女は近寄って来た。怪我した顔に絆創膏を貼ってくれたのが恋の始まりだった。
「そしてその恋は唐突に終わる。彼女には彼氏が――」
「おい勝手に終わらせるなよ俺の初恋を」
あの運命の出会いから五年。現在、廻は中学三年生になっている。
残念ながら友達には恵まれなかった。喧嘩ばかりする不良生徒だからか近付いて来るのは不良生徒ばかり。まともに話を聞いてくれるのは同級生の女生徒一人のみ。寂しい中学生活だが、あと半年も経てば終わりである。高校生活という新時代の幕開けだ。
「飽きたんだもん君の初恋話。少しは展開変えないとつまらないにゃん」
「展開変えたら妄想じゃねえか」
話している女生徒の名前は深山和猫。
喧嘩が日常の廻が気楽に話せる唯一の相手だ。毎日黒い猫耳と尻尾のアクセサリーを付けている彼女は変人として有名人。周囲から避けられる者同士で廻と気が合うのかもしれない。
「まさか、初恋の女の子と再会して恋人になるなんて夢見てる?」
「いいだろ。ありえない話じゃないんだし」
「呆れるにゃん。誰かと喧嘩するのも、またあの子と会えるかもしれないから?」
「そうだよ」
「そうなの!? 冗談だったんだけどにゃん」
名前も知らぬ初恋相手と会ってから、喧嘩は再会のための手段になっている。最近は怪我していないので、もし彼女が偶然来て応急手当するなら喧嘩相手の方になるが。
「……そろそろ学校出るか。病院行かなきゃなんねーし」
「手下のお見舞いだっけ?」
「ああ。じゃあな深山、また明日」
三人だけだが廻には手下と呼べる者達がいる。いじめられていた学生や喧嘩した相手が廻に憧れて、自分から手下になりたいと言ってきたのだ。その内の一人が現在入院している。他校の不良生徒と廻が喧嘩している時、加勢したのに一人も倒せず病院送りにされた。
学校を出て病院へ行った廻は手下の入院部屋へと向かう。
――その途中、見た。
ずっと会いたかった初恋の相手が病室のベッドに座り、儚げな表情で窓の外を眺めている。五年経って成長しても見間違えるはずがない。間違いなく彼女だ。視認した廻は思わず彼女の病室へと足を踏み入れる。
「なあ、少し話せるか?」
「誰?」
彼女に覚えられていなかったがそれは当然と理解している。五年前に一度会っただけだし、特別な会話をしたわけでもない。おそらく彼女にとって廻は数日で忘れてしまうような存在だっただろう。
「俺の名前は九崎廻。以前君に絆創膏を貼ってもらったから礼を言いたい」
「……覚えていない。いつの話?」
「五年前」
「遠い過去だね」
廻は今、初恋相手と話せて歓喜している。
礼を言ったが帰るつもりはない。
下心あって会話を続けようとする。
「君の名前を聞かせてくれないか?」
「三輪天子」
「入院しているってことは病気なのか?」
「うん」
「どんな?」
「原因不明の病だよ。時間が経つ程に体が衰弱していくの。もう私は立つことすら出来ない。睡眠にさえ死の可能性が付き纏う。治療法はない。私の人生はこのまま、ゆっくりと死に向かうだけ」
予想以上の病気に廻は驚いて固まってしまう。
やっと会えた初恋相手は死を受け入れている。いや、受け入れざるを得なかったのだ。死にたくなくても治療法がないのではどうしようもない。天子の瞳は空虚で、希望が欠片程も見えていない。
初恋相手なんて関係なしに廻は彼女に生きてほしいと思う。
自分と年齢があまり離れていない子供が絶望に塗れて死にゆくなんて酷い話だ。将来の夢だってあっただろう。夢を叶えようとチャレンジすることも出来ないなんて、未来ある子供にとってどれ程の苦痛なのか。想像しただけで胸が痛くなる。
「本当に治療法はないのか? 原因不明って……なんで君が辛い思いをしなきゃならないんだ。俺に出来ることは何かあるか? 何でもやるぞ。五年前の恩返しとでも思ってくれ」
「出来ることなんて何もない」
「……そうか。無力だな俺は。理不尽だな、現実は」
「どうして、あなたが泣くの?」
廻の目からは自然と涙が流れていた。
疑問をぶつけられてから廻は手の甲で涙を拭う。
「非情な世界に弄ばれるのが悲しくて、寂しくて。俺が死ぬわけじゃなくても辛い。また来てもいいか? ベッドから動けないなら暇だろ。話を聞くだけでも退屈凌ぎになると思うんだが」
「来たいなら来てもいい」
「良かった。明日また来る」
それからというもの廻は天子のために病院へ通い始めた。
過去の出来事や日常の中で面白いと思ったことを毎日天子に話す。
最初話を聞く天子は無表情だったが、二週間も経つと僅かな笑みを見せた。しかし、時間が経てば経つ程に辛そうな顔の時も増えていった。なぜ以前よりも辛そうなのか気になるが廻からは訊けない。廻はただ、天子の退屈な時間を減らすために話を聞かせることしか出来ない。
「……どうして、私のために時間を使ってくれるの?」
病院通いの日々を送っていたある日、天子が問いかけてきた。
好きだからと言うのは恥ずかしい廻は本心を隠す。
「言っただろ、恩返しだって」
「絆創膏を貼っただけにしては恩を返されすぎている。廻のおかげで一日に楽しい時間が出来た。最近は毎日、廻と会える時間を楽しみにしている。……でも、悲しくもなる。近々死んでしまう私に貴重な時間を割いても廻には無意味。何の得もないよ」
「無意味じゃない。お前と話せることに意味がある」
「……廻と会う前は、いつ死んでもいいと思っていた。今は生きたいと思える。……だけど、生きたいと願う程に死が怖くなる。私の体、手足がもう動かないの。今は声を出せるけどいつかは喋ることも出来なくなる」
病状の悪化は避けられない事実。声を出せなくなるどころか、眠れば明日には衰弱死しているかもしれない。廻は天子に生きる意思を芽生えさせたが、それと同時に死への恐怖も与えてしまった。天子が辛そうな顔をする理由を廻は理解出来た。
「ねえ、私なんかに時間を使うの、もう止めようよ。廻に恩義を感じているのに何も出来ないのが申し訳ないの。恩を返せないまま死ぬと思うと辛いの。お願い、もう、明日から来ないで。廻は十分私を助けてくれたよ」
「……明日も来る」
涙を流しながら懇願されても廻の意思は変わらない。
天子にとって楽しい時間を作ろうと明日の話を考える。
しかし、この日を最後に天子は話を聞かなくなった。遷延性意識障害、俗に言う植物状態になり、三日後の朝静かに息を引き取った。
天子が居なくなっても廻の日常は続く。
空虚な瞳になった廻は何もする気になれない。まるで魂の抜け殻。天子に話を聞かせていた時間は短いが楽しかった。もしかすれば彼女の為と言いつつ、本当は自分が楽しくなりたかっただけなのかもしれない。
天子の居ない世界は廻にとってモノクロに映る。
天子にまた会いたい。そう願い続けていると、真上から降って来たトラックが体を潰す。トラックは光になって消えてしまい、後に残ったのはグロテスクな肉塊と大きな血溜まりのみ。廻の人生はこうして唐突に終了してしまった。
*
気付けば真っ白な空間に廻は存在していた。
体はない。白いモヤ、魂だけの状態で浮いていた。
前方には触り心地の良さそうな金髪の女性と、あどけない少年が立っている。二人共白いローブを着ており、どこか神聖なオーラを感じさせる。人間とは存在の格が違う何かだと廻は瞬時に理解した。
「初めまして。私は祝福の管理者という者です」
「僕は加護の管理者だよ。よろしくね!」
挨拶しなければと思った廻だが体がないので喋れない。
「私達は心を読みます。声を出す必要はありませんよ」
「そもそも肉体ないから声出せないけどね」
(これは夢、か?)
現実では考えられない体験なのだから廻の思考は普通だ。
「夢ではありませんよー。あなたは死に、これから生まれ変わるのです」
(何? 死んだのか、俺は)
「真上からトラックに潰されてね!」
そうか、と廻は心の中で呟く。
自分でも意外に思うが、死んだと聞かされてもあまり動揺していない。天子が死んだ日から廻は魂の抜け殻のように生活していた。既に死んでいたようなものである。生に対して執着もなく、肉体の死がいつ訪れてもいいと考えていた。真上からトラックに潰されたなんて非現実的な死因も全く気にならない。
「普通は輪廻の輪に乗って同じ世界に転生するんですがね。あなたは例外。強い未練を抱えているせいで弾かれました。願いの叶う世界へあなたを送るのが私達の仕事です」
「本当は僕達の仕事じゃないけどね。臨時の手伝いなんだ僕達」
「さあ、あなたの未練を教えてくださーい」
未練と聞いて思い当たるのは一つ。
天子が死別してしまい、本心を伝えられなかったこと。
「三輪天子ちゃん。その子なら先日ここに来ましたよ」
「僕も覚えてる。確か、安心して眠れる世界へ行きたいって言った子!」
安心して眠れる世界。
天子の病は眠るだけで永眠する可能性があるものだった。せっかく転生出来るのだから病に苦しまず、平和に過ごせる世界を願うのは当然と言える。
(頼む、俺を天子の居る世界へ連れて行ってくれ!)
「あなたが望むならそうしますよお。一応注意事項、生物の運は前世の行動に関係します。悪いことをした人は不運な人生、良いことをした人は幸運な人生。あなたはどちらでしょうねえ」
「会えるといいね、天子ちゃんに! これを授けるよ!」
加護の管理者が手に光の球を生み出し廻の魂に投げ入れる。
「探知の加護。君が本当に探したいと思うものの位置を教えてくれるよ」
「では、あなたに祝福あれ!」
廻の魂は真下へ落下する感覚を味わい、意識が遠くなっていった。
こうして彼の魂は前世と違う地球がある世界へと送られた。
* * *
廻が転生して早くも五年の時が経つ。
赤子の時に捨てられたので親は居ない。親代わりのホームレスに育てられたが、その彼も四年前に病で死んでいる。運が良いのか悪いのか、気紛れで育てられなければ廻が死んでいたところだ。しかし家族が居ないのは廻にとって好都合。縛るものがないからこそ天子を捜しに行ける。
天子の所在は探知の加護のおかげですぐに判明した。青森県だ。
廻は沖縄県に生まれたので海を泳ぎ、陸を走って青森県に向かう。
普通なら五歳児には不可能なことでも廻には出来る。今世では身体能力が非常に高い超人だったのだ。なぜか、そんなことはどうでもいい。廻にとって重要なのは天子に会える力を持っていることだけ。
青森県青森市の住宅街に天子は住んでいた。
リビングの大きな窓を覗けば彼女の姿が見える。姿は当然前世と違うが探知の加護が本人だと教えてくれる。彼女は今世での両親と共に、幸せそうに食卓を囲んでいた。それを眺めた廻はその日に会うのを止めた。
所詮、天子に会いたいのは廻の我儘。最重要は彼女の幸福。
会って好意を伝えるのは加護のおかげでいつでも出来る。今は今世での生活を楽しんでもらい、中学生になったら会って前世の話をしようと決意する。前世での再会に合わせて中学三年生の時に会うのが良いかもと勝手に思う。
時は流れ、廻が十三歳になった頃。
久し振りに天子の顔でも見ようと彼女の家に向かう。
リビングの大きな窓を覗くとそこには……知らない夫婦が居た。年月が経ったから変わったのではなく全くの別人だ。門を見てみれば【雨木】という表札に変わっていた。
動揺した廻はすぐに探知の加護で天子の居場所を探す。
判明した所在は東京都。引っ越し後の様子を見ようと廻は東京へ行く。
加護が教えてくれる距離と位置を頼りに進むと、なぜか謎の巨大施設に辿り着いた。入口には【関係者以外立入禁止】と【日本政府直属魔法対策会】の看板が立っている。こんな場所に引っ越したのかと疑問に思いつつ、廻はこっそり内部へ不法侵入して……驚愕した。
多数の老若男女が人体実験を受けている。
強制的な戦闘、怪しげな薬の投与、拷問などをされる悍ましい場所だ。天子の姿はなかったが他人でも見ていて吐き気がする。こんな場所に引っ越しなんてありえない。
「何なんだこの施設は。平和な世界じゃなかったのかここは」
酷い異世界に迷い込んだかのような気分になる。
「……天子を捜そう」
この施設で幸せな生活なんて不可能だと数分で理解出来る。
天子を捜す道中、彼女の両親の姿を部屋のガラス越しに見た。右の部屋では母親が見知らぬ男に、左の部屋では父親が見知らぬ女に犯されている。二人の瞳は暗く、絶望に染まっている。裸で体を重ねる姿を見ても廻は興奮しない。心に湧き上がるのはたった一つの嫌悪感。
後で助けようと思い、今は先へ進もうと走り出す。
そんな時、曲がり角から白衣を着た男が現れて目を丸くする。
「だ、誰だおまぐえっ!?」
発見してすぐ廻は男を壁に叩きつけて鋭く睨む。
「この場所は何だ。答えろ。答えなければ殺す」
「……こ、ここは、政府から依頼された研究を行う施設の一つ」
「天子の両親に何をさせている」
「わ、我々は転生者を保護した。国は転生者という貴重で強い存在を欲しがっている。だから、転生者を産む可能性がある者に子供を作らせている。お、お前もやってみるか? は、はは、思春期の男なら性欲も強いだろう。セックスは気持ちいいぞ。さ、さあ、俺の首から手を離して――」
パアアンと風船が破裂したような音が響く。
どういうわけか、廻の前に居た男が弾け飛んだのだ。肉片一つ残らず血だけが飛び散った。普通の人間なら戸惑うはずだが、激しい怒りを抱く廻は動揺しない。加護のように何らかの特殊能力を行使したとすぐに理解する。
「ああ、しまった。天子に何をしているのか聞いていない」
天子の両親の扱いを見るに彼女も酷い扱いを受けているはずだ。もし彼女が彼女の両親と同じ目に遭っていたら廻は何をしてしまうのか想像出来ない。今も怒りのせいで殺人に罪悪感がなく、関係者を皆殺しにしたいと思っている。
一刻も早く天子のもとへ行きたいと廻は願う。
迷路のように複雑な通路を進み、地下へと辿り着く。
エレベーターでやって来た地下一階。広い会議室であるそこに天子とスーツ姿の男が居た。会話中なので危害は加えられていない。ただし、天子の目は怯えている。廻が動く理由はそれだけで充分だ。
廻は一瞬で天子と男の間に入り込み、男の腕を掴む。
「天子に何をしている?」
動揺した男は数秒で落ち着いてズレた眼鏡を戻す。
「……私は何も。あなたは何者ですか?」
「今は神原廻と名乗っている。この女を助けに来た」
「ご丁寧に自己紹介をどうも。私は石橋玄星と申します。あなたは彼女を助けに来たと言いましたが、ここがどういう施設か分かっているのでしょうか」
「人体実験を繰り返す最悪な施設だろう」
「私達の邪魔をすれば政府の人間が敵になりますよ」
「知るかそんなこと。天子を守れればそれでいい」
今世での生活を大切にしてほしいからと、天子に干渉しなかったのが間違いだった。廻がずっと見守っていれば、傍に居れば、碌でもない施設に連れて行かれることなどなかった。安心出来る時間を奪わせはしなかった。
廻に鋭い目で睨まれる石橋はなぜか微かな笑みを浮かべる。
「……ずっと、あなたのような人間が来ると思っていましたよ」
「何?」
「政府の命令とはいえ、恐ろしい実験を繰り返して来た私達を裁く。悪人を倒す正義の味方。予想していた人物とは違いますけどあなたも強そうだ。結果が同じなら過程はどうでもいいか」
「……お前は腐っていないようだな」
廻が先程殺した白衣の男と石橋は違う。罪の意識がある。
危険性なしと判断した廻は石橋の腕から手を離す。
「腐っていないなんて、そんなことありませんよ。魔法や転生者という国家機密に関わる仕事ですから簡単には辞められない。この仕事を辞めた時は私が死ぬ時だ。しかし、いつでも辞められたはずだった。私にはあなたが眩しく見える。どんなに敵が強大でも己の意思を貫き通すあなたのような者に憧れる」
「お前は殺さないでおいてやる。その代わり俺に協力しろ」
「協力はしましょう。あなたの望みは彼女含め囚われた者達の解放のはず。全員逃がす手伝いはしましょう。ですが、私も組織に従った身。自分だけ生き延びようとは思いません。協力の終了後に組織ごと潰していただきたい」
「……分かった。死を望むなら殺してやる」
廻と石橋は協力して、人体実験をされている人間達を助け出す。
当然妨害はされた。銃火器を所持した組織の人間に襲われたが、超人的な身体能力を持つ廻が全員殺した。未だに殺人の罪悪感はない。天子を救うためならどんなことでも躊躇わず出来る気がする。
施設から脱出出来た者達の反応は様々だ。
喜んでいたり、状況を呑み込めず戸惑っていたり、絶望したままの者まで居た。天子は全裸の両親と再会出来たものの、心に刻まれた深い傷のせいですぐには喜べずにいる。
「さあ、約束です。私と組織に終焉を」
「ああ。建物の中に入れ」
「はい。……既に忠告しましたが、魔法対策会の邪魔をすれば政府が敵になります。魔法対策会の支部に居る者だけでなく軍や警察も動くでしょう。これから一生命を狙われるかもしれません」
「覚悟は出来ている」
「ふっ、あなたに心配は要りませんでしたか。では、お元気で」
石橋が施設内に帰った後で廻が施設の壁に触れる。
「お前達、耳を塞いでおけ」
日本政府直属魔法対策会本部の建物が膨張し始めた。
建物はみるみると膨れ上がり、二倍程の大きさになってから限界を迎える。爆弾でも爆発したかのように重い音が響く。建物は破裂して綺麗に消え去った。跡地には大量の血痕と肉片が残っていた。
「聞け、お前達。俺は正義の味方じゃない。お前達を助けたのは成り行きだ。今後の生活の面倒までは見てやれない。自分の居場所は自分で見つけてくれ。せっかく拾った命、すぐに無くすんじゃないぞ」
「……ねえ、どうして助けてくれたの?」
廻の傍に来た天子がそんなことを言う。
廻は不思議そうな天子としっかり目を合わせる。
「俺の前世での名前は九崎廻。覚えているか?」
「廻? じゃ、じゃあ廻も死んで……」
「お前を助けた理由はだな、その、お前のことが好きだからだ。異世界に来てまで追いかける程に好きなんだお前のことが! 最初に会った時からずっと、好きだったんだよ!」
唐突な告白に何人かの人間がまばらな拍手をする。
「今は返事なんてしなくていい。青森へ帰ろう」
まだ拍手している者達をどうしたものかと廻が振り返った時、後ろから天子が抱きついてきた。意外と力が強く骨が軋んだ気がした。力強い抱擁に動揺して廻は目を丸くする。
「天子?」
「……私も、前世で廻のこと好きだったよ」
拍手が強くなったので廻は「お前等うるせえ!」と言って止めさせる。
拍手の音が消えたことで廻は気付く。天子が小さな声で泣いていた。
「ねえ、廻の傍なら、私、安心して眠れるかなあ?」
「眠れるさ。これからは俺が天子の平和を守るから」
この日から廻と天子は恋人になり、天子の両親を連れて青森県へ帰還。人体実験を受けていた他の者達の行方は知らない。自分の家に帰ったか誰かに保護されたら良いなと思いつつも、廻は宣言通り彼等の面倒までは見なかった。
日本政府直属魔法対策会本部を潰してからというもの、石橋の忠告通り支部や軍の人間が廻の命を狙って来る。殺しに来たということは殺される覚悟を持って当然。全員を返り討ちにして破裂させた。そんなことをしているうちに襲撃の数は減っていった。無駄な犠牲が出るだけだと政府が諦めたのかもしれない。
しばらく襲撃されなくなってから廻と天子は学校に通い出す。
失った日常を取り戻すように二人は平和な時間を謳歌した。




