214.31 神野神音VS神原廻
ウィザーディア学園との交流試合はこれで一勝一敗。
正真正銘次の戦いがラスト。廻と神音の二人が視線を交わす。
「悪い神音、本当は私が勝って終わらせたかったんだけど相手強くって」
「構わないよ。少し、興味が出た。あの神々天子という女を二試合目で出したってことは、神原廻は彼女よりも強い可能性がある。安心しなよ。どれだけあの男が強くても私が勝つ」
神音と廻が席を立つ。
「負ける心構えは出来たか?」
「その言葉、そのまま返そう」
二人は観客席から一気に戦闘場所の地面へと跳び移る。
向かい合う二人を眺めながら神奈は速人の隣に腰掛ける。
神奈は神音の強さを信頼しているが、今回は勝利を確信出来ない。
米神明八。神々天子。これまで戦ったウィザーディア学園代表の生徒はとても強かった。神奈ですら負けを認めるくらいに強かった。そのリーダー格が相手なのだ。いくら大賢者の生まれ変わりであっても、究極の魔導書を所持していても、神音が勝てるかは分からない。
先に動いたのは廻だった。
神奈よりは遅いが超光速の初速。魔力で目を強化していなければ目にも留まらぬ速度。超光速で繰り出したのは高速ジャブ。素早い打撃を神音は全て受け流し、魔力弾で反撃。咄嗟に防御した廻は吹き飛ぶがダメージは殆どなく、まだ五体満足に立っている。
「使いなよ。加護か固有魔法、君も持っているんだろう?」
「なるほど強い。大将務めるだけはある。お望み通り見せてやろう」
またしても廻が動き、神音の右腕を掴む。
異変はその瞬間に起きた。神音の右腕が風船のように膨らみ始めたのだ。
今まで見たことのない力を前にした神音は右腕を注視する。
「俺の固有魔法は〈膨張〉。触れた対象を膨らませる力。黙って見ていていいのか? 右腕が破裂するぞ。腕を失いたくなければ降参するんだな。障害者になれば苦労するぞ」
シンプルであり強力な能力だ。もし戦っているのが神奈だったら、対抗策が何もないので防ぎようがない。しかし神音なら何かしらの方法で防いでくれると神奈は信じている。
「驚いた。痛みがない。面白いからこのまま破裂させていいよ」
「何? 正気か?」
「正気さ。出来ないのかい?」
「度胸があるのかバカなのか」
廻が呆れた顔になると、神音の膨らんだ右腕が破裂した。
大きな破裂音。神音の右腕は……未だ健在。
右腕全てが膨らんでいるように見えていたが、実際は皮膚一枚しか膨らんでいなかった。腕を失う恐怖で降参させるためのパフォーマンスである。当然だ。実際に右腕全てを破裂させたら重傷、治療が遅ければ死ぬ。常識的な人間ならそんなことをするはずがない。
「皮膚一枚。やはり最初は脅しか。それとも、触れた表面しか膨らますことが出来ないのかな? だとすれば脅威にはならない。期待外れな能力だね」
再びパンッと大きな破裂音が鳴る。
一瞬だった。再び廻が神音の右腕を膨らませて、今度は右腕そのものを破裂させたのだ。筋繊維どころか骨も残らない完全な欠損。右肩からは派手に血液が噴き出る。
廻は常識的な人間ではなかった。躊躇が全くない。
「俺の優しさが分からなかったようだな。四肢を全て失う前に降参しろ」
「なるほど、殺す気になれば簡単に人を殺せる。強い力だ」
右腕を失った神音は焦ることなく呑気に傷口を眺める。
「〈完全治癒〉」
白い光が神音を包み、消えた時には右腕が復活していた。
時間を戻して傷を治す究極魔法だ。仮に頭部以外全て失っても完治する。
「……まさか自分で治せるとはな。腕を吹っ飛ばされても余裕なわけだ」
「破裂されても治す。身体能力は私の方が上。勝てないと悟れたかい? 惨めな敗北を迎えたくないなら、素直な降参を勧めるよ」
一瞬の破裂は見事だが相手は一瞬の回復。
殺し合いなら全身を破裂させて終わりでも今回は交流試合。殺しは反則どころか犯罪なので刑務所行きだ。固有魔法〈膨張〉が完全対処されるなら、廻の戦闘方法は身体能力による格闘戦のみ。勝負は決まったかに思えるが未だ廻は戦意を失わない。
「降参はしない。さっきの戦いで天子が見せたように俺にも奥の手がある」
数歩下がった廻は自分の胸に手を当てて、何かを膨らませる。
「俺が膨らませるのは物体だけじゃない。例えば自然治癒力を膨らませれば腕一本の欠損も治る。もし、自分の魔力器官や魔力生成量を膨らませたらどうなると思う? 答えは簡単。強くなるのさ。膨らみすぎたら破裂して壊れるけどな!」
神原廻。総合戦闘能力値2100000。
「素晴らしい応用だね。ならこちらは〈絶対強化〉」
魔法で強化された神野神音。総合戦闘能力値2150000。
「「さて、やろうか」」
さらに凄まじい強さになった二人が駆けて……停止した。
浮かべていた笑みが消えた二人は拳をゆっくりと下ろす。
――異変が起きた。地球が僅かに震えている。
地球の震えは地震と違う。強大すぎる力が惑星に影響を与えている。
観客席では寝ていた天子が起き上がり、神奈と速人の表情は固くなった。
「腕輪、この感じ……来てるな?」
「はい。恐ろしく強い魔力反応が上空を移動中です」
謎の魔力が近付いて来る。察知が苦手な神奈でもはっきり分かる程の強大なエネルギーだ。神音と廻が戦闘中断せざるを得ない程なので警戒は必須。神奈達の視線が上空へと集まる。
神奈達が警戒しているなか一人の男が目を覚ます。
速人に敗北して気絶していた明八だ。彼は状況把握のために周囲を見渡す。
「……あー、俺は負けたのか。今は……廻の番ね。残念だったなお前等。廻に勝てる奴なんてこの世に居ねえ。この戦いはすぐ終わるぜ。交流試合は俺達ウィザーディア学園の勝利だ」
「今は試合とか言ってる場合じゃないだろ。ボケてんのか?」
「近付いて来る強大なエネルギーが分からないのか? 素人め」
「エネルギー? 漫画の住人じゃないから分かんないって。分かんないよな天ちゃん」
「分かる。はっきりと、感じ取れる」
視線を上に向けたまま返された言葉に明八はショックを受けた。
初めて味わう感覚。自分だけが何も感じ取れない疎外感。
心が傷付く……が、軽い性格の彼はすぐに立ち直れる。
「ちょっと待て。俺がおかしいみたいになってるけど俺普通だよな?」
「ああ、普通の雑魚だ」
「雑魚じゃないでしょ俺は……って何じゃありゃああ!」
大型ヘリコプターのようでもプロペラがなく、飛行音が小さい。プロペラもないのにどうやって空を飛んでいるのかは不明だが、飛行物体の下に四箇所付いている直方体の部品が要だろう。何かが噴き出す音が絶え間なく聞こえてくる。
大型飛行物体の扉が開き、中からスーツ姿の男が顔を出す。
「今日こそお前が死ぬ日だぞ! 神原廻!」
拡声器を持った男が険しい目を向けるのは廻一人に対してだ。
「君の知り合いかい?」
「心当たりはある。性懲りもなく俺を消しに来たか、政府のクズ共め!」
政府と聞いた神奈は廻のもとへと観客席から跳び、速人達も続いて跳ぶ。
「どういうことだよ神原。なんで政府がお前を殺しに来るんだよ」
「俺が政府の重要施設を破壊し、被検体を奪ったからだ」
「重要施設? もしかして、日本政府直属魔法対策会の施設かい?」
「ああ、そんな名前だったな」
日本政府直属魔法対策会。通称――日魔対。
魔法の情報統制、危険な魔法使いや宇宙人の監視等を行う組織だ。
去年十月に神奈は日魔対壊滅を知ったが、日魔対と関わりある政府関係者が非道な研究を行っていると今年に知った。神奈は研究を止めるべく仲間と共に研究施設を破壊し回っている。
「お前だったのか、あの組織を潰したのは。なんでそんなことを」
「理由を全て話すと長くなる」
「手短に頼む」
「苛ついたから潰した」
「手短すぎだろ! もう少し詳しく話せよ!」
廻は一瞬面倒そうな顔になって語る。
政府が実施していた恐ろしい研究。そして、運悪く実験対象にされてしまった一人の女の子について。言葉にするごとに怒りを滲ませながら語った。




