214.26 短い付き合いでも戦友だった
枯れてヒビ割れた大地を神奈は踏みしめる。
地球から惑星ドーマへとやって来た神奈は、宇宙船から降りて遠くの景色を眺めた。エネルギーが吸われて酷い状態の大地には植物なんて元凶の一本しかない。遥か遠くに聳え立つ、雲よりも高く育っている山のような樹木。事前に教えられていなければ山と勘違いしていただろう。
「あれが星滅樹……でっけー」
「なるほどあれが元凶か。高さはおよそ六千メートルといったところかな」
神奈の次に神音が大地へと降り立って呟く。
六千メートル。世界で一番高い山と言われるエベレスト程ではないが、日本一高い山の富士山よりは遥かに高い。シルエットがうっすら見える程度の距離まで離れているのに、嫌でも認識してしまう存在感が凄まじい。
「神奈、神音。まずはドーマの長老、大魔女様がおられる集落へ向かう。付いて来てくれ」
既に宇宙船外へ出ていた現地人三名のうちフェラスが告げる。
「少し待ってくれ」
そう言ったのは神音だ。手を開いたり握ったり、ジャンプしたりしている。
「この星、地球よりも重力が重い。体を慣らすのに時間をくれ」
「へえ、重いのか。何も感じないし私の加護本当に便利だな」
加護のおかげで環境の悪影響を受けない神奈は地球と変わらない感覚で居られる。
どれくらい重いのか神奈が腕輪に訊いてみたところ、返って来た答えは三百倍。
魔力を上手く体に流さなければ即死するレベルだ。身体能力も魔力操作も上澄みな神音だから少し重い程度で済んでいるが、他の人間だったらたまったものではない。フェラス達からは重力について全く説明されなかったので、人選によっては神奈以外全滅もありえた。
「よし慣れた。進んで構わないよ」
三百倍の重力に神音は三秒で慣れた。
「では行こう。大魔女様のところへ」
フェラス達ドーマ人の後に続いて神奈と神音は飛ぶ。
広大な大地の上を十五秒程飛んでいると一つの集落が見えてくる。
フェラス達の話によればドーマ人のトップは大魔女と呼ばれる者。しかし地球のように国を作り大勢が暮らしているわけではなく、少人数でばらけて暮らしている。一つの集落に暮らしているのは多くても三十人程度。学校のクラス一つ分といったところだ。
星滅樹から一番近い集落に大魔女は住んでいる。
他にも多くの集落が星滅樹側にはあったが滅んでしまった。勇猛な者達が星滅樹を駆除しようと挑み、願い叶わず散っていったのだ。そんな彼等の犠牲もあり、今では星滅樹に近寄る者が滅多に居ない。
神奈達は大魔女の住む集落に降り立った。
溢れ出る魔力から分かるが集落には五人しか居ない。ただ、その人数とは不釣り合いな数の民家が建っている。脅威から少しでも離れて生き延びようと、別の集落に移動した者達が多く居るのだろう。
大魔女が住むという一番大きな家、芋虫のような家に神奈達は近付く。
「〈インフォン〉」
魔法らしき名前を呟いたフェラスの額から桃色の線が伸びて家の中に入る。
「今のは?」
「分からない。初めて見る魔法だ」
神音でも分からないが、知識は腕輪の方が勝るので得意気に解説する。
「あれは言葉を届ける魔法ですね。込めた魔力によって距離と時間が決まります。因みに一方通行なので、相手も同じ魔法が使えなければ会話は出来ません。神奈さんが覚える価値もないクソ魔法ですよ」
「……わりと便利だろこれ」
一方的とはいえ、離れている誰かに意思を伝えられるのは素晴らしい。具体的な使い道はすぐに思い付かないが、日常生活で少し役立ちそうな魔法である。クソ魔法と言うなら今まで腕輪に教わってきた魔法の数々だ。
「大魔女様。地球からフェラス、イマラス、セクスが帰還致しました」
フェラスの言葉が届き、今度は大魔女の家から桃色の線が出て来てフェラスの額に入る。
「家に入っていいそうだ」
返事を受け取ったフェラスが大魔女の家に入り、神奈達も後に続く。
巨大芋虫のような家の中には一人の老婆が椅子に座っていた。シワだらけで枯れ木のような、桃色の肌と尖った耳を持つ老婆。彼女は杖を床に突いて立ち上がりゆっくりと歩く。外見も動作も老婆そのものだが、大魔女と呼ばれるだけあって魔力量はフェラス達よりも神奈よりも高い。
「よくぞ無事帰ったな三人共。して究極の魔導書はいずこに?」
「ご心配をお掛けしました。究極の魔導書でしたら……神音、出してくれ」
神音が異空間の渦を作り出し、そこから三冊の魔導書を取り出す。
「おお、これこそ究極の魔導書! して、その者等は?」
「この二人は神奈、神音。現在の究極の魔導書の所持者です。許可を貰い地球から同行してもらいました。この二人はとても強い地球人でして、星滅樹を駆除するのにも協力してくれるそうです」
何もしないのは無礼と思い神奈達は軽く頭を下げた。
「おお、わざわざ地球から来てもらい申し訳ない。今は食料も限られておるので歓迎の宴は出来んがゆっくり過ごしてくれ。……いや、そういう訳にもいかぬか。星滅樹の対応を急がねばならん」
「思ったんだけど、あんなでっかい木をどうやって駆除すりゃいいんだ? まさかノコギリで切り倒そうってわけじゃないだろ。魔法で攻撃したとしても効かなそうだぞ。腕輪、あの星滅樹って戦闘能力値がどれくらいか分かるか?」
「およそ8000000です」
「……おいおい、元学院長や咬座よりも遥かに強いな。究極魔法はそんな化け物にもダメージ通るのか?」
実物を見るまで神奈は物事を甘く考えすぎていた。フェラス達の説明でとんでもなくヤバい事態なのは理解していたが、自分と神音さえ居ればなんとかなると思っていたのだ。しかし実物を見て大きさを知り、戦闘能力値を知り、今回ばかりは何をしても無意味な気がしている。
単純計算でも星滅樹は神奈の十六倍強い。
切り札である〈超魔激烈拳〉や〈超魔加速拳〉すら効かないだろう。
「通るよ。仮に私達が刃物で斬りつけても微細な傷すら付かないだろうけど、究極魔法は別だ。究極魔法を受けてノーダメージなんてありえない。問題は、その究極魔法でも倒すのに時間が掛かりすぎる点かな。あの星滅樹は巨大で強大すぎる」
「いえ、問題ありません。私達ドーマの民は星滅樹を調査し続けてきました。その結果、星滅樹には心臓部があると分かったのです。心臓部を破壊すれば確実に駆除出来ます」
「その心臓部がどこにあるか不明なのは大問題だけどYO」
イマラスの話にセクスが付け足したことでやはり問題有りなことが分かる。
「ふむ、では私が調べましょう」
意外なことに声を上げたのは腕輪だった。
これには所持者の神奈も目を丸くする。
「出来るのか?」
「ええ、直接星滅樹に触れなければいけませんが。というわけで神奈さんが近付きます」
「無茶だZE、星滅樹の攻撃を受けて大勢死んだんだZE」
セクスの言う通り無茶な作戦だ。
一般的な人間と比べて神奈が強かろうと、惑星ドーマのエネルギーを吸収し続けた星滅樹との差は歴然。近付こうものなら枝を振るう一撃で体が弾け飛んでもおかしくない。もしかしたら体の原型は留めるかもしれないが死ぬのは確実。神奈としては絶対にやりたくない。
「出来るZE、神奈さんを舐めんじゃねえZE」
「勝手なこと言うなお前、死ぬぞ私。あと喋り方移ってるぞ」
「しかし、君の腕輪の作戦に乗るしかないのが現実だね」
「無理だって。死ぬぞ私、なあ、マジで死ぬよ? 究極魔法の出番だろここは」
今まで強敵と戦っても生き残れたが今回ばかりは死ぬ。九十九パーセント死ぬ。
「確かに、破壊規模を気にしなければ星滅樹を一瞬で消滅させる魔法もあるね」
「なら」
「この世界を消滅させてしまう魔法があるからさ」
そんなことをされたら神奈は百パーセント死ぬ。この世の生物が全て死ぬ。
「……私がやるしかないか。心臓部の位置特定は私と腕輪がやる。破壊は神音に任せる」
「ベストな策はそれだね。早速準備をしようか」
心臓部を探り探り究極魔法で攻撃しても時間が掛かりすぎる。惑星のエネルギーを吸収した星滅樹の生命力は凄まじく、傷が再生してしまうからだ。あまり時間を掛けすぎると惑星への負荷が大きくなり、どんな天変地異が起こるか分からない。地割れが多く起きているのを集落へ来る途中で見てきた。もう惑星の限界も近い。
しぶしぶといった様子で神奈が家を出ようとした時、大魔女が口を開く。
「待てフェラス、お主には伝えなければならんことがある。……ナルメスが死んだ」
フェラスは目を見開き、信じられないように「ナルメスが?」と呟く。
神奈は知らない名前だがフェラスに関係ある人物だとは察せる。
「新たな魔法で星滅樹を駆除しようとしたらしい。東の集落の人間は全滅だそうだ」
「……馬鹿が。結婚しようとプロポーズしてくれたばかりなのに」
恋人らしい同胞の死を聞かされたフェラスは静かに涙を流す。
「神音、行こう。星滅樹ぶっ潰すぞ」
拳を強く握った神奈は険しい顔で大魔女の家を出て行った。
* * *
星滅樹駆除作戦。
神奈が腕輪を運んで星滅樹に触れさせて心臓部の位置を特定。それを神音に伝えて究極魔法で的確に心臓部を撃ち抜く。安全性は全く考慮されていないが、全員生きてハッピーエンドな可能性の作戦の中では最短で終わる。
作戦において唯一危険を冒す神奈は星滅樹の攻撃を喰らえば死ぬ。素の状態で敵に突っ込めば死亡率が高くなるので、究極魔法で強化されることに決まった。しかし、いくら究極の強化魔法でも星滅樹には届かない。やるだけマシ程度だ。
「〈絶対強化〉」
「強化魔法か。腕輪、私の戦闘能力値は?」
「おお、2000000まで上昇していますよ」
「それでもあれの四分の一か。……なんとか、一撃くらいなら耐えられる、か?」
強くなっても不安は消えない。素の状態だと攻撃を喰らえば即死だったのが、一撃なら耐えられるかもしれない程度になっただけだ。耐えられる確証はないのでやはり攻撃は全て避けた方がいい。……本当に避けられるかは別として。
「あの枝の動き、めっちゃくちゃ速いんだけど。避ける自信ないんだけど」
現在、神奈達は星滅樹から十キロメートル以上離れた場所に立っている。
これ以上近付けば星滅樹は攻撃してくるとフェラスが教えてくれた。つまり、神奈は猛攻を掻い潜りながら単身十キロメートル以上の距離を詰め、星滅樹に腕輪を触れさせなければならないということ。条件が厳しすぎる。
「一人ではやはり厳しいだろうね。私はいつでも魔法を放てるように待機しておかなければいけないから援護は不可能。だから、召喚の魔導書の魔法生物に君を手伝わせよう。さあ出て来い!」
神音の傍に浮く分厚い魔導書が光を発して、魔法生物が出現する。
およそ身長二百メートルを超える褐色肌の巨人が咆哮を上げた。
「……ああ、こいつか」
「破壊の巨人。パワーは魔法生物最強」
小学生の時に神奈は破壊の巨人と戦って気絶させたことがある。
確かにパワーは当時の神奈以上だが星滅樹相手だとあまり頼れない。
「まだ出すよ。出でよ、最上位魔法生命体」
再び分厚い魔導書が光を発して五体の魔法生物が出現する。
生え際から毛先にかけて灰色が薄くなる髪の青年、ライム。
「ライム参上」
色鮮やかな赤い羽を持つ、黄色いくちばしの赤い鳥、不死鳥。
「不死鳥、参上」
豹のように黄色と黒が交ざる配色の体で二足歩行する猫、シエラ。
「ふわああぁ、シエラ参上」
白髪に透き通る肌、赤い瞳。白い着物姿の可愛らしい幼女、クイン。
「……クイン、来たよ」
最後に現れた迫力のある男、四季王。人間のように見えるが背中からは輪が生えている。輪には桜の花、太陽、紅葉、雪の結晶という四つのシンボルが付いていた。
「四季王参上。今回我々が為すべきことをお教えください」
「へえ、こいつらが最上位の魔法生命体。役に立つのか?」
破壊の巨人が身体能力最強ならあまり役立ちそうにない。全員強いのは理解しているが今回は相手が悪すぎる。相手が強すぎるから神奈が求める強さのハードルも上がりっぱなしだ。
舐めた発言と捉えたのか不死鳥が丸くつぶらな瞳を神奈に向ける。
「かっかっか。生意気な小娘……ぬ、お主いつぞや我を殺した小娘!」
「え、誰? ていうか目が可愛いな!」
殺したと言われたが神奈の記憶には全く残っていない。そんなことより気になるのが可愛い瞳だ。幼い子供が欲しがる熊の人形のような、見た者を癒やすような瞳である。
「へえ不死鳥もこの子にやられたのか。僕の名前はライム、覚えているだろう?」
一応記憶を探ってみたが不死鳥同様全く覚えていない。
「……いや、全然」
「お、覚えていない? ほら僕だよ僕、赤の塔で君と死闘を繰り広げた!」
「赤の塔……ああ、居たかもなお前。瞬殺した気がする」
塔が生えた事件の時に会ったようなと神奈はぼんやりでも少し思い出す。
強かったり苛ついた敵なら覚えているのに、少ししか記憶にないということは特に印象に残らない相手ということだろう。つまり全く期待出来ない。盾役にしても他に適役がいる気がする。
話を続けていると神音がパンパンと手を叩いて「はい注目」と告げた。
「今回の君達の役目はあの木から彼女を守ることだ。全力で取り組みなよ」
「にゃあああああああ! ちょっと待ったああああああ!」
豹のような体の色で二メートル以上ある高身長のシエラが待ったを掛ける。
「にゃんだあのヤバそうにゃ木! この女を守るって言ったって、あんにゃ枝の攻撃喰らったら一撃でお陀仏だろ! 吾輩達を使い捨ての盾にでもする気かにゃ!?」
「そうだよ」
「即答!?」
魔法生命体の気持ちを無視すれば使い捨て戦法も可能だろう。不死鳥やライムが神奈に殺されたと告げていることから、魔法生命体は死んでも魔導書の中で再び命が与えられる。何度でも使い捨ての駒に出来るわけだ。神音が召喚の魔導書を使うことは滅多にないだろうに、いざ使ったらそんな命令を出すのはさすがに可哀想に思える。
「なあ神音さ、無理させるのは良くないって。可哀想だろ」
「どうせこいつらにあるのは仮初めの命。本体は魔導書だからね、本当に死ぬのは魔導書が破壊された時だ。使い捨ての駒にしたって構わないだろう。それに、魔法生命体は召喚者の命令に従う義務がある」
神音の冷たい言葉に四季王が頷く。
「その通り、我々は主の命令なら善悪問わず従う。あなたの心配は不要なもの」
「嫌なものは嫌だよ。でも絶対断らないよ」
四季王にクインが続き、彼女の言葉に不死鳥とライムが頷く。
シエラも反抗的なのは態度だけで「そりゃそうだ」と認めている。
魔法生命体は所持者に絶対服従するよう作られたのだろう。そうでなければせっかく召喚しても言うことを聞かないし、魔導書が無意味な物になってしまう。そういう存在だと理解した神奈はもう心配しないことにした。
「さあ神谷、心の準備が出来たら作戦を開始してくれ。私は私の役目に集中する」
神奈は深呼吸して出来るだけ身体をリラックスさせる。
死ぬかもしれない危険に突っ込んだり、巻き込まれたりは慣れたことだ。いつも通りに向かっていって、いつも通りに生き延びて日常へ戻ればいい。敵がどれだけ強大でも今まで生きて帰れたのが現実。そうやって過去を振り返ると自然に心が落ち着く。
「行くぞ!」
神奈と共に六体の魔法生命体が一気に星滅樹へと飛び出す。
事前に星滅樹の攻撃方法はフェラス達から聞かされている。
突き出る根、鞭のように振るう枝、この二種類のみ。
一先ず根が届かないだろう位置まで飛行して近付けば最初は安全だ。破壊の巨人だけは飛べないので、四季王の背中に片足立ちしてもらっている。身体能力だけでなくバランス感覚も凄まじいらしい。
このまま無事に距離を詰められればと思った時、数百の根が大地から突き出る。
「ぐぼっ!?」
「ぬがああああああ!」
恐ろしいスピードで突き出た根の一部はライムの胴体、破壊の巨人の左腕を消し飛ばした。他のメンバーは回避出来たのではなく、運良く当たらなかっただけだ。油断がなくても根のスピードに反応出来なかった。もし掠りでもしていたら、神奈も体のどこかが千切れていたかもしれない。
破壊の巨人はバランスを崩し、ライムの頭と共に大地へと落ちる。
「巨人! ライム!」
「構う、な。すす、め」
声を絞り出したライムは光の粒となり、魔導書の方へと飛んでいく。
「破壊だああああああああ!」
真下へ落下した破壊の巨人は、引っ込もうとする根を殴ったが全くの無意味。根を覆うエネルギーが多すぎて破壊の巨人の殴打でもノーダメージだ。結局、破壊の巨人は再び根の攻撃を受け全身が消し飛んだ。ライム同様光の粒となり魔導書へ帰っていく。
「くそっ、この高度でも根が届くのか。もっと高く飛ぶぞ!」
星滅樹の幹までの距離、残り約九キロメートル。
神奈達は更に上昇して根が届かないと思える高度を飛行する。
「不死鳥、頼みがある。枝の攻撃がどの距離から始まるか見たい。先行してくれ」
「了解」
常時鞭のように動いている枝はパワースピード共に根以上だろう。
どんな攻撃だろうと回避しなければ致命傷になりえる。
回避するために射程範囲の確認は必須。不死鳥を先に行かせて、攻撃された場所からが枝の射程範囲だ。使い捨ての駒同然に不死鳥を扱ってしまった神奈は「神音を悪く言えないな」と呟く。
「ぬぶっ!?」
先行させていた不死鳥が、高速接近してきた枝に打ち落とされた。
衝撃で肉体が弾け飛んだ不死鳥は光の粒となって魔導書へ帰っていく。しかし彼の犠牲によって枝の射程距離、速度は把握出来た。攻撃が来ると分かっていれば神奈の〈魔力加速〉でギリギリ回避出来る速度だ。一先ず〈魔力感知〉で枝の動きを感じ取り、神経を研ぎ澄ませば幹までの接近も可能だろう。
「こっからはスピードアップした方が良さそうだ。付いて来てくれ!」
星滅樹の幹までの距離、残り八キロメートル。
全速力一歩手前の速度で接近を続ける神奈達に無数の枝が襲い掛かった。
魔力による感知と一時的な加速で神奈は枝を躱し続ける。ありとあらゆる方向から攻めて来る枝を躱すには、方向や速度を見極める必要がある。回避方向を間違えれば他の枝に殴られて致命傷を負うので慎重さが大事だ。……だが、こういった死ぬかもしれない場面でも人間はミスをする。
回避先の選択ミスだ。枝を躱した先を狙ったように神奈へと五本の枝が向かう。
「まずっ、間に合わない……!」
「シエラ」
「分かってる。〈細胞糸化〉、やれ!」
クインの声に応えたシエラの全身が糸になり、クインが糸を持って魔力を流す。
「合技〈巨星〉!」
糸状となったシエラが巨大な星の形となって星滅樹の枝を一瞬だけ止めた。
糸状のシエラは千切れ、技を繰り出して隙が生まれたクインも枝で消し飛んだ。
ほんの僅かな、一度の瞬きよりも短い時間。それが神奈の回避時間を作る。
「助かった! ありがとう!」
無事に無数の枝を回避出来た神奈は光の粒となった二体に礼を言う。
星滅樹の幹までの距離、残り五キロメートル。神奈の味方はもはや四季王のみ。
二体を犠牲にしてもやることは変わらない。枝を避けて星滅樹へ接近する。
「よし、結構近付いて……まずっ」
またもや回避した先に枝が襲ってきて神奈の背筋は凍る。
汗が滲んだ時、神奈の前に四季王が飛び出て、巨大な樹木と化した両腕で枝を受け止めた。枝の衝撃で四季王の両腕は軋み、すぐにでもバラバラになってしまいそうだ。
「行け! 残り二キロメートル!」
「くそっ、すまん。ありがとう!」
四季王の両腕が弾け飛んだ時既に、神奈は枝を回避出来る位置へ移動している。
道を開いてくれた四季王も枝攻撃により消し飛び光の粒となる。これで協力してくれた最上位魔法生命体は全て召喚の魔導書へと帰還した。彼等の協力がなければ神奈はここまで近付けなかった。
「お前達は、短い付き合いでも戦友だった。犠牲は無駄にしない」
必死の接近を続けた神奈はついに星滅樹の傍まで距離を縮められた。
「届け! 今だ!」
何度躱したか分からない枝をまた躱して神奈は星滅樹の幹へ腕輪を押し当てる。
作戦において重要なのはここからだ。腕輪が星滅樹の心臓部位置を特定して、神音に伝える必要がある。解析が終わったら神奈は再び神音のもとまで戻らなければならない。
「解析完了です!」
「よし急いでもど――」
左右から潰すように枝が接近してきたので神奈は慌てて幹から離れる。
先程まで居た場所が枝同士に挟まれ、枝は先端から神奈の方へと曲がった。
慌てていたからか、気を抜いたわけではないが、急に軌道変更した枝を躱せずに神奈は吹き飛ばされる。直撃して悲鳴を上げたがすぐに意識を失い、回転しながらスタート地点へ飛ばされる。
無防備に勢いよく地面へ衝突すればさすがの神奈でも死ぬかもしれない。
大地衝突を防ぐためフェラス、イマラス、セクスが柔らかい魔力障壁を張って受け止めようとした。柔軟なゴムのような障壁は神奈への負荷を最低限に衝撃を吸収して……限界を迎えて弾け飛ぶ。減速したとはいえかなりのスピードで突っ込んで来る神奈を三人で受け止め、なんとか無事に止めることが出来た。しかし枝の直撃を受けた神奈は瀕死状態である。
「〈インフォン〉」
音声を届ける魔法を使った腕輪から桃色の線が神音の額へと伸びる。
「これで伝わりましたよね」
「なるほど、理解した。〈消滅の光〉」
巨大な純白の光線が神音の両手から放たれて一直線に星滅樹へと向かう。
危険を感じたのか枝や根で防御しようとしていたが無駄だ。〈消滅の光〉はどんな物質だろうと消してしまう恐ろしい究極魔法。凄まじいエネルギーを纏う枝や根だろうと例外なく消える。障害をものともせず純白の光線は星滅樹の中央を貫いた。
「心臓部は常に移動していたらしいが移動は軌道が決まっている。速度を計算すれば現在位置の特定は容易い。……ほら、ビンゴ」
心臓部を失った星滅樹は所々にヒビが入り萎れていく。
活発に動いていた枝も徐々に動かなくなり垂れ下がった状態になる。
惑星ドーマに根を張っていた星滅樹はついに生命活動を停止した。
ドーマは地球人の手によって救われたのだ。
* * *
星滅樹という危険が無くなったドーマはすっかり宴ムード。
どこの集落にも討伐の知らせが行き届き、訪れた平和にドーマ人は喜んでいる。
大魔女が住む集落に戻った神奈達は大魔女の家でお茶をご馳走になっていた。本当ならもっと盛大に宴を開いて祝いたいところなのだが、大地が枯れていて食糧難に陥っている現在ではお茶会をやるので精一杯だ。神奈と神音もそんな状況の現地人に豪勢な料理を出せとは言えない。
「お茶、美味い」
「それはすり潰したエルドルという虫を入れておってな」
「ぶふぉう! 虫入ってんのこれ!?」
思わず口内のお茶を吹き出した神奈は叫ぶ。
「疲労が回復するんじゃよ。疲れ取れたじゃろ?」
実は神奈は全く疲れていない。星滅樹の攻撃で瀕死になっていたものの、すぐに神音が〈完全治癒〉という究極魔法で治してくれたのだ。その〈完全治癒〉は時間の巻き戻しであり体の状態は戦闘前に戻っている。疲れていないのに飲んでは勿体ないので神奈はお茶を自分から遠ざけた。
「気になっていたんだけどさ、星滅樹ってのはどこから来たんだ? まさか自然に生えてきたわけないよな。どこかに種があるんじゃないのか?」
「それについてですが、実は心当たりがあるのです」
神奈の疑問にイマラスが答える。
「一年前でしょうか。惑星を旅しながら植物の種を売っている商人が来たのです。私達は何も購入しなかったので商人は出て行ったのですが、星滅樹の成長速度を計算すると、丁度商人が滞在した頃に種が植えられたと思うのです」
「うっかり落としたのか? 最悪の商人だな」
真実は分からない。商人が種を落としたのかもしれないし、故意に植えたのかもしれない。実はこっそり誰かが買って植えたのかもしれない。考えられる可能性が多すぎる。ただ一つ言えるのは星滅樹の種なんて危険物を持ち歩く商人が悪いということだ。
「その商人、放っておくと危険じゃないかな。また同じことが起きるかもしれないよ」
神奈も神音と同意見なのでうんうんと頷く。
「確か次は青と緑豊かな星に向かうと言っていました」
「へえ、青と緑豊かな星……青と……緑?」
偶然かもしれないが地球も青と緑豊かな星だ。さらに偶然かもしれないが現在、宝生町で巨大な樹木が生えて未だ成長している。偶々似た状況なだけだと信じたいが、もし宝生町にあるのも星滅樹だったら大惨事になること間違いなし。
嫌な予感がする神奈と神音の顔色は悪くなっていく。
「なあ神音、私さ、めっちゃ嫌な想像しちゃったんだよね」
「……奇遇だね。私もだ。おそらく、君と同じ想像をしたよ」
「フェラス、申し訳ないんだけど急いで地球に帰りたい。準備してくれ」
「いや、急ぐなら魔法を使おう。地球にならワープ出来る」
神音の禁術〈理想郷への扉〉で神奈達は急ぎ地球へ帰る。
禁術で作られた白い穴に飛び込んだ神奈達はもうドーマには存在しない。
ドーマを救った救世主はフェラス達が引き留める間もなく帰ってしまった。
「忙しい奴等だぜ」
「……セクス、君、普通の喋り方も出来るんだな」
ドーマにはこれから長く平和な時間が訪れる。
二人の救世主の活躍はきっと長く語り継がれるだろう。




