27 必殺技――いや、遅くない?――
神奈「あれ? 侵略者編まだ続くの?」
腕輪「じつはもうちょっとだけ続くんじゃ」
神奈「……それだいぶ続くやつじゃない?」
宇宙から地球を侵略しに来たレイ。
神奈の見舞いに行ってこれから帰る途中。レイの顔は晴れていたのに、病室から退室するとすぐに曇る。もうすでに地球を侵略するつもりはなく、トルバに戻る気もないとはいえ――レイは知っている。
「……エクエス、奴が来る」
「忘れていなかったのか。どうするつもりだ、この星に対する脅威は一切消えていない。序列一位……最強の男は必ずここに来るぞ」
迫る恐怖、レイとディストはお互いの認識の確認をするために言葉にする。
惑星トルバでは戦士としての強さと侵略の貢献度で決まる序列というものがある。誰が決めているかというとトルバの中での最高権力者達だ。
話に出たエクエスという男はその序列一位に君臨する者。
実際にレイとグラヴィーは会ったことがないが、その男は正に宇宙最強と名高い最強の戦士だと聞いたことがある。
序列二位であるレイ、及び強い位置に座しているグラヴィーとディストが侵略から帰らないとなれば一大事だ。確実に最強の戦士を送り込み、状況を確認しつつ侵略を開始するというのは想像が容易い。
「エクエスは僕らだけでなんとかするんだ。これ以上神奈に迷惑は掛けられない」
「正気か! 勝てる可能性はゼロだぞ!」
信じられないとばかりに大声でディストは叫ぶ。
「正気だし、本気さ。とにかくまだ時間はあるんだ。決戦に向けて少しでも実力を上げておきたい、協力してくれ二人共」
「……やるしかないか。分かった、特訓には付き合おう」
渋々といった感じであるがディストは了承した。
「神奈に迷惑を掛けるわけにはいかない、だってもう散々掛けたんだから」
トルバの問題はトルバの人間が解決する。
そうするべきだとレイは強く拳を握りしめる。
「……悪いが、先に帰っていてくれ」
これまで一度も会話に加わらなかったグラヴィーが口を開く。
地球に残るという決断に一番否定的であったのがグラヴィーだ。一人にして考えさせた方がいいだろうとレイはゆっくり笑みを浮かべる。
「君も本質は僕と同じだと思ってる。待ってるからね」
「バカにするな。牙の抜かれた獣のようなお前と一緒にされるなど侮辱でしかない」
「グラヴィー……」
終わりのない侵略をいつまでも続けるのは間違っている。
得をするのはトルバの王族などの上層部のみ。戦士は傷つき続け、他惑星の生命は無残に踏み潰される。それをグラヴィーとて分かっているだろうとレイは思っている。
* * *
宇宙船が留まっている山の中。
グラヴィーの目的地はそこであり、宇宙船内に入るとメインコントロールルームにある機械の前に立つ。
操作方法はうろ覚えなので適当に弄り始める。変な音が響いたり、宇宙船内が赤く点滅したり、黒い煙が出てきたりなど色々なことが起きた。それでも操作を止めることなく弄り続けていると――突然殴り飛ばされる。
「やめんか!」
容赦ない一撃がグラヴィーを襲い、回転しながら船内の壁に背中を強打する。
肺の中の空気が全て抜けるような感覚を味わう。決して気分のいいものではなく苦しい痛みに顔を歪め、襲撃者の方を睨みつけた。
「なんのつもりだ……ディスト」
襲撃者の正体は仲間であるはずのディスト。
攻撃される理由など思い当たらないグラヴィーは険しい表情になる。
「それはこちらの台詞だ。何をするかと思えば適当に操作しおって、この船を破壊する気か貴様は」
攻撃される理由は正当なものであった。
バツが悪そうに顔を逸らすグラヴィーは短く「すまん」と謝る。
「悪いとは思うが丁度いい。ディスト、お前が操作してくれ」
「なんのために」
「トルバの司令部と連絡を取る。レイはあの女に絆されたからともかく、僕達はまだ帰れるだろう。早くこれから帰ることを報告しておかなくては死亡扱いにされてしまう」
神奈の説得でレイは侵略を止めた。しかしグラヴィーはまだ納得していない。今までの生き方を全否定するなど今さらできるわけがなかった。
帰りたい気持ちも分かるディストはため息を零して機械の前に立つ。
「……壊れている。貴様が適当に弄ったせいでな」
しばらく操作してみて出た結論がそれだった。
帰るための手段をグラヴィーは自分自身でなくしてしまったのだ。
「な、なにぃ! で、ではもう二人で帰ろう! 今すぐ飛び立つんだ!」
「無駄だ、飛行機能も壊れている。雑な着地だったのと、貴様が適当に弄りまわしたせいだな。修理するためには俺の腕で約二年といったところか」
「……それなら帰るためにはエクエスの船に乗るしかないか」
帰郷の手段はもうそれしかない。
同胞である戦士の頼みなら無下にはできないだろうとグラヴィーは考える。レイには悪く思うが、エクエスと協力することで確実に始末し、生き残った自分達はトルバに帰るという作戦が立てられた。
だがディストの顔は賛同してくれそうな表情ではない。元々機械を壊したグラヴィーのせいで険しかった表情が、さらに眉間にシワが寄って険しくなる。
「やめておけ、頼むだけ無駄だ」
「……どういう意味だ」
「そのままだ。このままエクエスに会えば――俺達も殺される」
「こ、殺される? それは、どうして……?」
問いかけられたディストの表情はいつの間にか恐怖に染まっていた。
只事ではなさそうな雰囲気のまま静かに口を開く。
「俺は一度、奴を見たことがある。といっても遠くからチラッと程度だが……遠く離れた場所からでも奴の覇気が感じ取れた。その瞬間に悟った、あれはもはやトルバ人であってトルバ人ではない。俺達とは根本的に違う――怪物だとな」
「今さら何を言っているんだ、怪物なら身近にいるじゃないか。レイや神谷神奈を忘れたのか? あれこそまさに怪物だろう」
「……確かにレイは俺達とはレベルが違う。怪我をした状態でレイと互角だった神谷神奈も尋常ではない強さを秘めている。しかしエクエスは……。断言できる、あの二人でも奇跡が起きない限り勝つことはできない。エクエスを一目見たとき確かに圧倒的な実力を感じ取ったが、あの二人を初めて見たときにはそんな恐怖は感じなかった」
実力者であると自負するグラヴィーでさえ、レイや神奈には掠り傷一つ負わせられない。それほどの実力差があるとはグラヴィーでもよく分かっている。ただ、そんな二人が勝てないと言われても質の悪い冗談にしか聞こえなかった。そんな怪物がいるなど信じたくなかった。
「だ、だが、エクエスは味方だろう! どうして僕達が死ぬんだ!」
「この星を見ろ。まだ侵略の跡などどこにもない。トルバの戦士が三人もいてこの有様……はっきり言って奴は俺達を使えないゴミだと思うだろう。そしてそんなゴミは奴にとっても、トルバにとっても、全く価値のない存在。……ゆえに処刑されるのは目に見ている」
「……そんなっ、では僕達は戦っても戦わなくても死ぬということじゃないか! 今まで母星に貢献してきたのが誰か忘れたのか、僕達戦士の存在あってこそだろう! それを切り捨てるなんて、あんまりだ!」
グラヴィーだって好きで侵略行為をしていたわけではない。レイと同じように生活のために仕方なくやっているだけであり、その心の奥底にしまっていた嫌悪を感じ取ったからこそ、レイは「同じ」だとグラヴィーに言い放った。
侵略が間違っているなんてことはグラヴィーだって分かっている。しかしどうしようもない、何も変えられない現状から逃避するように続けていた。やめられるならやめてもいいとも今は思っている。
レイと違うことといえば、バルトとの出会いだろう。
王族であるバルトとの出会いがグラヴィーを泥沼へと引き摺り込んだ。力で逆らうこともできず、非道なことをするバルトに従っていたのだ。帰らなければバルトが何をするのか分からない……そんな植えつけられた恐怖が心を支配している。
「道は二つだ。戦って殺されるか。抵抗せずに殺されるか」
しかしその恐怖を上回るのが死。
今まで死なないように頑張ってきたというのに、それが味方だと思っている者に殺されるなど、今までが無意味だと告げられているようにしか思えない。
ディストの発言は冗談でも笑えない。グラヴィーは思いっきり歯を食いしばる。
「いいやディスト、道はそれだけじゃない。エクエスを打倒し――生き残る!」
「……ああ、そのためにもレイの特訓には付き合う必要がある。俺達も同時に強くなり、奴に傷を少しでも残すために」
こうしてエクエス打倒という目的を持ち、三人の気持ちは初めて一つとなった。
* * *
宇宙人三人組が帰ってすぐ、また神奈の病室の扉が開かれる。
「神奈ちゃん大丈夫!?」
「神奈さん、お見舞いに来たのだけれど」
「私もいるからね……」
「ああ、来てくれたのか。笑里に才華に夢咲さん」
病室に入って来たのは学校で仲のいい友達。
入院の件を知って来てくれたことで神奈は嬉しくなる。
「神奈ちゃん、家に押し入った強盗に刺されたって本当なの!?」
(おいあいつらいったいどんな説明してるんだよ!)
真実を大事にしないために、誤魔化して説明してくれたのは感謝しなければならない。それでもあまりに嘘っぽい理由だと素直に感謝できない。
「え? 私は道端で転んでその転んだ先に尖った石があって体に刺さったって聞いたのだけど」
(それ私不幸すぎない? どんな不幸体質?)
「私はトラックに轢かれたって」
(それは前世だ、ていうかなんでバラバラなんだよ! せめて理由は統一してくれよ!)
理由を三人に話したのになぜか全員違う始末。
確実に怪しまれるだろうが、疑問を持たれるその前に神奈は口を開く。
「と、とにかく見舞いに来てくれてありがとう」
「ええいいのよ、旅行帰りなのに災難だったわね。そうだったわ笑里さん、あれを出してくれるかしら」
「あ、うん。神奈ちゃんにお見舞いの品を買ってきたんだ、才華ちゃんが」
見舞い品を持って来てくれたことに驚き、神奈は「おお、ありがとう」と零して笑里の方を見る。
笑里の右手にはビニール袋が握られており、その中にはなんとメロンが入っていた。定番ではあるがなかなか高価なので買えない物をさも当然のように持ってくる。さすが金持ちだと神奈は改めてお礼を言う。
「ありがとう才華」
「いいのよ、私達は友達でしょ。メロンくらい何個でも持って来てあげるわ」
しばらくして三人は帰っていく。
神奈は見舞い品のメロンを手に取り……硬直した。
いくら嬉しくてもメロン丸ごと渡されても困る。病人なのだからせめてカットしてほしかったと遅すぎることを思う。
それから神奈は退屈な日々を過ごした。
テレビ以外娯楽がないため暇を持て余す。テレビも情報番組しか見れないようになっていて、神奈にとっては非常につまらない。
一週間もの間。笑里達が毎日見舞いに来てくれたので、そのときのみは少し退屈も凌げた。
早いもので、一週間でもう退院である。
担当医にも驚異的な回復力だと褒めてもらえるくらい、神奈の治りは早いものだった。大量の出血と深い傷口が一週間で塞がるのは怖いくらいに早い。
傷痕が残ってしまうとは告げられたがそれはどうしようもない。女性であることに嫌悪は感じないが、特に気にするようなこととは思っていない。
「ふう、これで退院か。長かったような短かったような変な感じだなあ」
そして神奈は家に帰る。
道中ではトラックが突っ込んできたが片手で受け止めて、運悪く転んだ先に尖った石があったがその石を避けて手をついた。途中でのことはツイていなかったが、神奈はようやく家に帰ることができた。
久しぶりの家に玄関を開けて入ると、ナイフを持った強盗がいた。
道中のことと照らし合わせてもやはりあれしか心当たりはない。笑里達が思い込んでいた神奈の怪我の理由、それがどういうわけかいきなり現実になるように牙を剥いてきたのだ。
当然のようにナイフで襲い掛かられても問題ない。強盗は神奈の一撃であっさり気絶したので警察に通報する。
「神奈さん! まさかもう退院したんですか!」
「まあな。お前も心配してくれてたんだろ? 一応ありがとうくらいは言っておくよ」
机の上に置いてあった腕輪から話を聞くかぎり、相当心配してくれていたことが判明する。神奈は少し照れ臭くなって、笑みを浮かべたまま、ようやく来た警察に事情を説明した。
強盗を捕獲して笑顔で突き出す少女に警察官は戦慄する。普通なら泣き叫ぶくらいの年頃なのに、羞恥が交じった笑みを終始浮かべていれば誰だって怖くなるものだ。
なんてことのない平和な日々。
病室よりはマシ程度の退屈が襲うも、常に話し相手がいるので状況は全く違う。
のんびりとして過ごし何も起きないで数日。
ある日、腕輪が突然「必殺技を作りましょう」と声を上げた。
「必殺技?」
必殺技と聞けば神奈の頭に思い浮かぶものは多数ある。
ほぼ漫画やアニメの技であるが、エネルギー砲を放ったり、腕を伸ばしたり、特殊な呼吸法を身につけたり、最強の格闘技の奥義であったりなど本当に様々なものがある。
「はい、この前の、というよりこれまでの戦いを見ていて思いました。神奈さんにはここぞというときの決め手がないんです」
「いや遅くない? もう戦い終わったろ」
「いえ神奈さんはなぜか人より多く面倒事に巻き込まれやすい体質のようです。だからこれから先、絶対に必殺技が必要になると思うんです」
「……確かに」
神奈がよく面倒事に巻き込まれるというのは事実。
願い玉の一件から少ししか経ってないのに侵略者の件だ。しかも今回は油断していたとはいえ死にかけた。もっと強くならなければいけないかもしれないと行動するには充分すぎる。
今後こんなふうに何かに巻き込まれるとして、もし神奈と互角の相手と戦うことになった場合、決め手がないと戦いに勝つことさえ難しくなる。
とりあえず神奈は庭に移動して考えてみることにした。
「でも必殺技って言ったって何も思いつかないぞ」
「そこで神奈さんにできる大技を伝授します!」
その腕輪の自信満々の言葉に神奈は不安しかない。
「まともな技か?」
「神奈さんはちょっと私に偏見を持ちすぎじゃないですかね!? まあいいです、これから教えるのはなんと、当たればほとんどの敵は倒してしまうだろう物凄い技です!」
「おお、なんか期待しそう」
「期待してくださいよ! なんでしたらダメみたいに言うんですか!」
「……今まで教えてきたことを振り返ってほしいな」
出っ歯にするだの、棒を生成するだの、わけが分からない魔法の前例がある以上、魔法訓練などで腕輪を信用していいことなどない。少なくとも神奈はあまりしていないし、これからもおそらくこのテンションで言い放たれた言葉は信用しない。
「まず、神奈さんは自身に流れる魔力の流れを感じてください」
「……こんな感じかな」
体の中を流れている魔力を神奈は微かに感じられる。
血液のように循環している魔力は感じ取ることができれば、まるで自分の中に力の湖があるようにさえ思えた。巨大な湖から自由自在に操ることができる。
「次に、それを全て利き手の拳に集中させれば完成です」
感じられるありったけを右手へと集める。
集め終わると右手が周囲へと紫紺の光を発し始めた。
「これで殴れってことか?」
「はい、その名も超魔激烈拳!」
「……超魔、激烈拳」
ものすごいパワーを神奈は感じる。魔力全てを集めた全力の力は凄まじいものだ。
しかし異変がすぐに起きた。視界に映る景色がぼやけて、平衡感覚が狂い始める。足がふらついてきて、視界が徐々に暗くなっていく。
「あ、この技には欠点がありましてね。ほぼ全部という想像以上の魔力を使うので、急な魔力の流れに脳がついていけず、長時間は発動できませんし、本当に一撃必殺という威力の代わりに一度しか打てません。もしすぐに打たなければ気絶することになりますし、一回発動しかけたら打たなきゃ同じ状態になります」
「そういうことは……初めに言って……くれよ」
「ああ神奈さん! どうしたんですか!」
完全に腕輪の教えた技のせいである。
やはり信用できないと、文句を心の中で言いながら神奈は意識を失ってしまった。
* * *
必殺技の特訓翌日。
超魔激烈拳という使いどころが難しすぎる技の愚痴を、神奈は喫茶店にてレイへと零していた。
話をどうでもいいと切ることなく、つっこむこともなく、ただレイは静かに耳を傾けている。最低限の相槌しか返さないレイへ、余計な心配などせず神奈は心地良く話すことが出来る。
「なんてことがあってなあ」
「はは、それは災難だね。でも必殺技は身につけたんだろう?」
「まあ、そうなんだけどさ。でもそんなリスクありすぎる技本当に使えるかどうか」
「……いや、羨ましいよ。どんな敵でも一撃で倒せる技か」
喫茶店で飲み物を飲んでゆっくり過ごす。
以前の事で神奈はレイとギクシャクしてしまうかとも思ったが、そんなことは全くなく、レイとはごく自然に会話が出来ていた。しかしなぜか空気が、レイの雰囲気がピリピリしているように感じられた。
「何かあったか?」
「……うん? 何がだい?」
「……いや、なんでもない」
明らかに何かあったと神奈には分かる。それにハイネックの服で隠してるつもりだろうが、首のところに新しい傷が角度的に見える。その傷は以前まではなかったし、事故でできたという感じでもない。
自然そうに見せているだけで、細かいところで不自然になっている。
レイの態度や雰囲気で一人神奈が悩んでいると、今日は珍しくレイのことをディストとグラヴィーが迎えに来た。こうして迎えに来ることは滅多にないので少し神奈は驚く。
「レイ、そろそろ時間だぞ」
「そうだ早く準備してくれ。こんなこといつでも出来るだろう?」
「……っ! ああ分かったよ、じゃあ行こうか。ごめんね神奈、今日はここまでみたいだ。またここで会おう……またね」
「ああ……またな」
そう言うとレイは店を出て行った。
何かに悩んでいるなら相談してくれればいいのにと思うも、神奈から声をかけてもあまり意味はない。本人が話してくれることが一番大事なのだから。
「おい神谷神奈」
「うん? グラヴィーお前は行かないのか?」
二人は行ってしまったのにグラヴィーだけは残っていた。
神奈はそれを不審に思うが、真剣な表情から何か大事なことを話してくれるという予感がした。
「僕もすぐに行くが、その前に話しておきたいことがある」
「それってレイと関係あるか?」
「まああるな、全てを話す時間はない。手短に話すが――」
グラヴィーはこれから起こるであろう事態を簡潔に話す。
これから地球に来るであろう序列第一位の男エクエス。その実力はレイを超えており、侵略に躊躇するような甘い人間ではない。
エクエスを打倒するためにレイは激しい特訓をしているとのこと。それは神奈に心配をかけないよう隠しているが、心身に負担がかかる厳しいものであった。話を聞けば神奈は悔しそうに歯を食いしばる。
「なんだそれ、相談してくれればよかったのに……! なんで一人――じゃないけど抱え込むんだ。話してくれれば力になる、全然迷惑なんて思わない。困ったとき力になるのは友達なんだから当たり前だってのに……!」
「……このままでは到底勝つことなど不可能らしい。レイは一位を知らないからか事態を現実より軽く見すぎている。かくいう僕もそうだったが、一位のエクエスと二位のレイの間には、覆せない程の実力差があるようだ。それは少し努力したからといって――いや、生涯超えられはしない壁だとディストは言っていた」
信用がないわけではない。なぜならレイの実力を一番知っているのは、一応仲間であるグラヴィー達なのだから。
そんなグラヴィーが勝てないと告げるのなら、それはきっと事実である。
「お前ら三人がかりじゃ無理ってことか」
「ああ無理だ。だからお前も協力しろ、この星の危機でもあるんだ」
「分かってる。詳しいことが分かったらすぐ連絡してくれ」
携帯電話の番号を神奈が渡すとグラヴィーは頷く。
意外なことにグラヴィーやレイは携帯電話を購入していたのだ。使用方法がまだよく分かっておらず、宝の持ち腐れ状態であるが。
背を向けて、入口に向かおうとグラヴィーが足を進めようとして、立ち止まって動かないのを神奈は不審に思う。
「……お前、怒っていないのか」
「は? いや何が?」
「レイは何もしていないが、僕は刃物でお前を刺した。ディストは隼速人を殺しかけた。そんなことをした僕達に、お前の態度はあまりに自然すぎる」
「あー、うん、それかあ……。まあ、怒ってないわけじゃないけどさ、気にするなよ。誰にだって間違いはあるんだから」
あのときのことは神奈にだって怒りもある。でもそれはあのときに怒っていたわけで、今からまた怒るのも少しおかしいと怒る気になれなかった。そもそもグラヴィーとディストには、食事を激減させるという罰を与えているので問題ないと思う。
「……お前正気じゃないな。僕はもっと非難されるべき人間だぞ」
「せっかく許そうとしてる相手にそれは酷くない!? だいたい、自分からそういうこと言うか普通?」
「さあな、生憎と普通とは程遠い生活をしていたんで分からん」
確かにトルバ人は普通の人間ではない。普通の人間は他惑星を侵略なんてしない。
「非難っていうけどさ、私は別にお前を悪人だとは思えないんだよ」
「……は? いや、どう考えても悪人だろう。僕はこれまで」
「あ、そういうのいいから聞いてくれ。グラヴィー、お前は良いやつではないけど、悪いやつでもない。だってお前、夢野君を殺してないだろ?」
宇宙船を見つけてはしゃいでいた夢野宇宙。
彼はグラヴィーに見つかり拘束、というか宇宙船に監禁されていた。しかし通常なら生かしておくメリットもないので、正体を知られたなら殺すという判断をするはずである。
「あのうるさい男は殺していない。でもお前を殺そうとしたぞ」
「それは私がお前らの邪魔だったからだろ。私がいたら侵略できそうにないから殺しにきた……違うか?」
「それは……そうだが」
煮え切らない態度に神奈は徐々に面倒になってきた。
もう強引にこの話題を打ち切ろうとまとめに入る。
「もういいよ。そんなに罰を与えてほしいなら、この店の代金を支払ってくれ。それで刃物とかの件はチャラだ」
「そ、そんなことでいいのか?」
「いいんだよ早くしろよ。レイ達が待ってるんだろ」
「……お前はバカだ。お人好しすぎる、バカだ」
そんなことを言うと、グラヴィーは神奈の方を見ずにコインを指で弾く。
コインの正体は五百円玉。神奈が頼んだのはオレンジジュースを二杯のみなので、五百円玉一つで充分だ。
五百円玉はまだ残っているオレンジジュースの中に、ポチャンと音を立てて入った。
「連絡はする。レイを助けてやってくれ」
去り際にそんなことを言っていたが、神奈はそれよりもオレンジジュースのことを考えていた。
序列一位エクエス、宇宙からの脅威はまだ終わっていない。それも重大だが、目の前の問題も重大である。
五百円玉は飲みかけのオレンジジュース内に入ってしまっている。そう、飲みかけだ。神奈はまだオレンジジュースを飲んでいたのだ。一度頼んだ物なので最後まで飲みきりたいが、これ以上飲めそうにない。なぜなら五百円玉が入っているから。
「普通に手渡せよあいつ」
神奈はこの怒りを、今度来る敵にぶつけようと強く思った。
本当にもうちょっとだけ侵略者編は続きます。




