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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.二章 神谷神奈と星滅樹
409/608

214.25 星をも滅ぼす樹木


 魔法の研究を生き甲斐として数々の魔導書を世に放った種族、ドーマ人。

 宇宙全体の中でも強大な魔力を持ち、戦闘民族トルバ人でさえ攻め込むのを諦めた程の強さを持つ。平均的な戦闘能力はおそらく宇宙内でもトップクラス。そんな彼等の住む惑星ドーマでは一つの問題があった。生死に関わる程の重大な問題だ。


 うねうね。ゆらゆら。一本の木のしなやかな枝が元気に暴れていた。

 全長六千メートル超え。ただの木と言うにはあまりに大きすぎる。


 鞭のように動き回る枝が地面を削り、そこに居た数十人の人々を吹き飛ばす。本来ならドーマ人でも死んでいたが魔力の壁を作りなんとか瀕死状態に留めた。……といっても瀕死なので生きられても短時間。数十人の命の灯火が消えようとしていた時、突如白い光が人々を包んで傷を癒やす。なんとか動けるようになった桃色の肌の人々は必死に逃走する。


「逃げろ逃げろ! やっぱり今回の魔法でも無理だ!」

「くっそお、どうやったらあの木を仕留められるんだってうわあああ!」


 地中から根の一部が何十本と突き出て壁を作り逃走の邪魔をしてくる。


「やはり大魔女様の仰っていた究極の魔導書が必要なのか。フェラス、早く戻って来てくれ……!」


「ナルメス、残念だが俺達は生きて帰れそうにないな。あんな木さえなきゃ、お前も今頃恋人と結婚していただろうに。あの木さえ、あの星滅樹(せいめつじゅ)さえなければ平和が続いていたのに! くそったれえええええええ!」


 枝の一本がドーマ人の人々へ猛威を振るう。

 太く、長く、硬い枝が数十人を一気に薙ぎ払い、咄嗟に張った魔力障壁ごと全員の肉体が爆散した。圧倒的な衝撃は荒れ果てた大地を大きく削ってしまう。もはやドーマは人も大地もボロボロだ。


 人々を虫のように殺した星滅樹は元気に無数の枝を動かして雲を掻き分ける。

 宇宙を目指しているのか成長を続ける星滅樹を誰も止めることが出来ない。可能性があるとすれば、かつてドーマに存在したという究極の魔導書を操れる者のみ。強大すぎる力を恐れた昔のドーマ人は、三冊の魔導書を遥か遠くの惑星へと隠した。しかしその力が今は必要なのだ。ドーマ人はその三冊の魔導書を求めて代表者を旅立たせた。

 究極の魔導書が封印される惑星……地球へと。




 * * * 




 綺麗な月と星々がよく見える夜中。藤原家の庭で銃声が鳴り響く。

 現在、五十名の使用人が不法侵入者相手にマシンガンをぶっ放していた。

 絶え間なく発射される銃弾は本来なら人間を蜂の巣状態にする。しかし、不法侵入者の二人は魔力で障壁を出しており銃弾を全て防いでいる。明らかに普通ではない相手に使用人達の表情は苦いものになっていた。


「一般人の武装にしても質が低い。こいつらはまともな武器も買えない貧乏人なのか?」


「いえ、地球の兵器が貧弱すぎるだけでしょう。兵器も人も私達からすれば弱すぎます」


 不法侵入者の女二人は桃色の肌をしており、耳が尖っている。見た目からして普通ではない……というか地球人ですらない。訓練で精神力が高まり、藤原家内で精霊をよく見る藤原家の使用人達でなければ大騒ぎしていただろう。


「メイド長、私達では力不足と判断して応援を呼びました。勝手なことをして申し訳ありません」


「いえ正しい判断です。全員すぐ撤退しなさい! 人外には人外をぶつけるのです! 厄狐(やっこ)涼介(りょうすけ)、精霊の皆様、不法侵入者への対処をお願い致します!」


 使用人達が家の中へ撤退すると、次々異形の者達が家の入口から飛び出て来る。

 十本の尻尾を持つ小さな可愛らしい狐、厄狐。

 元々尻尾が二本あった猫又だが一本切れて今やただの黒猫、涼介。


 二匹は妖怪と呼ばれているが実際は魔界に生息する生物だったりする。魔界から何種類かの生物がこの世界に迷い込み、少ない数ながら繁殖して今も生きているのだ。昔の人間は彼等を化け物、妖怪として扱ったので現代に至るまで呼び名が定着している。


「やるぞ涼介」

「当然、準備は出来てる」


 二匹が全身に力を入れるとみるみる巨大化していく。可愛らしかった外見はどこへ行ったのか、厄狐の体は禍々しい色になり瞳は赤くなった。涼介は口が大きく裂けて目が吊り上がった。


「ほらほらペット共に任せっきりはあかんで精霊達! わし等も戦うんや!」


 二匹の後ろでは灰色の肌をした高身長の男が叫ぶ。

 赤のグラデーションが綺麗なローブを着ている赤髪の彼は秋の精霊、コウヨウ。


「よしっ、お姉さんも頑張っちゃう!」


 藍白(あいじろ)な長髪が美しい着物姿の女性は冬の精霊、スノリア。


「ははははははははは」


 日本人っぽい体だが頭部はデフォルメされた太陽。無性なのに服装はビキニにブーメランパンツという謎スタイル。この他者の追随を許さない程に謎な存在は夏の精霊、サニライズ。


「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」


 その他の人型ではない精霊達もコウヨウに応えて叫ぶ。

 サツマイモの精霊、米の精霊、虹の精霊、お菓子の精霊、チョコの精霊、言語の精霊、魔導書の精霊、悪魔の精霊、欲の精霊、畑の精霊、船の精霊、闇の精霊、光の精霊、蝶々の精霊、海星の精霊、海月の精霊、鮪の精霊、鼠の精霊……エトセトラエトセトラ。

 数え切れない程の異形な精霊達と二匹の妖怪が一斉に襲いかかる。


「地球人というのは色々な姿形をしているのだな」


「面白いですが今は時間がない。襲ってくるのなら対処するのみ」


 侵入者である女二人は厄狐と涼介を魔力弾で吹き飛ばし、精霊達を全員体術で倒す。たった一撃で殆どの者達が気絶して地に倒れた。戦闘能力が高かったおかげで気絶せず済んだのは厄狐、コウヨウ、スノリア、サニライズの四名のみ。


「なんやあいつら、強すぎるやろ。せ、精霊王並の強さやで」


「邪魔をするな。我々は魔導書を取りに来ただけだ」


「これ以上邪魔をするなら手足の一本は折ってしまうかもしれません」


「――なっ、こ、これはいったい」


 そんな時、藤原家の入口から一人の少女が出て来た。

 メイド服を着用している黒髪の少女は使用人の一人。黄泉川(よみかわ)三子(さんず)

 武力という一点においては使用人最強であり、他の使用人で対処出来ない相手には本来彼女が戦うことになっている。藤原家に限り当主の一人娘である藤原才華の護衛も務めているので、そう簡単に主の傍を離れられないのが面倒なところだ。


「あの女だ。あの地球人の女から魔導書の魔力を感じる」


「そうですか、では渡してもらわなければ」


「あかん、逃げるんや!」


 コウヨウの言う通り逃げるのが賢い選択。

 いかに三子が強いといってもコウヨウにすら遠く及ばない。しかし逃げられない。足が震えて動かないのだ。不法侵入者の女二人の強烈な魔力を感じ取ってしまい、あまりの恐怖で何も行動を起こせない。

 三子が震えて動けないなか女二人が彼女へと歩いて近付いていく。


「失礼、夜分に訪ねて申し訳ない。我々は惑星ドーマからやって来た。此度は地球に封印していた究極の魔導書を取りに来たのだが、封印していた祭壇から既に消えていてな。魔導書の魔力を探知してここまで来たのだ。あなたが持っているのなら返してくれないだろうか」


「フェラス。彼女、怯えているようです。魔力で威圧してしまっているのでは?」


「む、そうか。ドーマでは怯えさせることがないので失念していた。我々の魔力が強すぎるのか」


 女二人の周囲に渦巻いていた魔力が抑えられて三子の恐怖も少しマシになった。


「ま、魔導書が目的なのでしたら、この家には、ありません」


「何? しかしあなたから魔導書の魔力を感じるのだが」


「た、確かに、私はかつて禁断の魔導書という物を所持していましたが、今は所持していないんです。残念ですけど、今所持している人が誰なのかは、私も、知りません」


 震える声でなんとか質問の答えを返せたが三子の胸中は不安だらけだ。

 禁断の魔導書が珍しい魔導書ということは知っている。存在を知れば欲する者は多い。それだけ価値のある物だからこそ、所持していないのに隠していると誤解されないか心配なのだ。もしかすれば家に押し入って探そうとするかもしれない。


「禁断の魔導書……究極の魔導書の一冊だな。そうか、あなたは今持っていないのか」


「ではまた魔力の痕跡を追いましょう。あなた、そうあなた、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


「え、は、はい」


 意外なことに女二人はあっさりと引き下がって庭から飛び立つ。

 不法侵入者なのは間違いないのだが敵という言葉は似合わない。

 少なくとも言葉を交わした三子は彼女達を悪人とは思えなかった。


 気掛かりなのは禁断の魔導書を求めていることくらいなものだ。

 強力すぎる魔法が記され、持つ者に絶大な魔力をもたらす禁断の魔導書は、絶対に悪人の手に渡してはならない代物。そんな物を手に入れて彼女達が何をするつもりなのかが問題である。


 既に魔導書は三子の手にないものの、神奈が誰かに渡したことは知っている。

 現在の所有者が誰かは知らないが危険が迫っていることを伝えなければならない。

 一先ず神奈に伝えようと三子は藤原家内に戻り、才華や使用人達に事情を教えてから神奈に電話を掛けた。



 * * *



 宝生町にあるバッティングセンターで二人の少年が遊んでいた。

 二十二時は過ぎたこの時間、バッティングセンターの客は彼等だけである。学校の制服を着たままで、夜遅い時間こんな所に居るのは誰かから怒られそうだが、補導するような大人が近くに居ないので問題ない。


 耳にピアスを付けている金髪の少年、日野(ひの)(あきら)が金属バットをスイングした。

 金属バットは見事にボールへ当たり遠くの的へとかっ飛ばす。本気でやれば的を破壊してネットも破りそうなので当然手加減状態でのフルスイング。ホームランを知らせる軽快な音楽が鳴って日野は「よし」と拳を握る。


「いやー、凄いね日野君」


 そう日野を褒めたのは狐色の髪の少年、斎藤(さいとう)凪斗(なぎと)だ。


「へへっ、俺よくバッティングセンター来てるからよ。結構上手いんだ。まあ、コツなんてもんは分かんねえけどな。俺の場合は動体視力と身体能力の高さで打ってるだけだし。お前にも出来るはずだぜ斎藤」


「はぁ、僕ってスポーツ苦手なんだけど、出来るかなあ」


「だったらなんで引き受けたんだよ。宝生中学校の球技大会の助っ人……てかなんで他校の奴が助っ人で出られるんだよ。お前部外者じゃねえか、おかしいだろ。普通は助っ人とかいっても同じ学校の生徒だろ」


「あの学校、校則とかかなり緩くて無茶な提案も通るらしいよ」


 現在は七月中旬。実は三日後に宝生中学校で球技大会が開かれ、斎藤は野球の助っ人として参加することになっている。友人である秋野(あきの)笑里(えみり)に誘われたから参加を決めたが野球は、というか球技全般は素人。三日後の球技大会までに少しでも野球が上手くなりたいと思い、斎藤は運動神経が良い日野を頼った。それでやって来たのがバッティングセンターというわけだ。


「つーか良いよな。うちの学校は球技大会とかイベントねえじゃん。イベントの少なさ日本一なんじゃねえの?」


「魔導祭もあの事件で中止になっちゃったしね。残っているのは学校対抗の模擬戦くらいかな」


「そういうのじゃなねーんだよなあ俺が求めてんのは。修学旅行とか文化祭とか色々あるだろ」


「確かにそういった普通の学校ぽいイベントはないよね、メイジ学院は」


 斎藤がそう言いつつ、傍にある機械に百円玉を入れると開始のホイッスル音が鳴り響く。

 最初は時速七十から八十キロメートルの球速から挑戦してみろと日野に言われたので、教えに従いゲームを開始した。最初の一球がピッチングマシンから飛び出すのを視認してからバットを振るう。残念ながら掠りもしなかった。


「ボールをよく見ろ。振ったバットをボールに合わせるんだぜ」


「簡単に言うなあ」


 二球目。助言を意識してバットを振るうとボールに掠った。


「今当たったじゃねえか。その調子その調子」


「よ、よし」


 バットを構えると三球目が発射される。

 タイミングを合わせようと感覚を研ぎ澄ましてバットを振ったがまたも掠っただけ。


「こ、今度こそ打てる」


「ところでお前、なんでスポーツ苦手なのに助っ人引き受けたんだ」


 四球目。日野の言葉に動揺はしたわけではないがバットを振れなかった。


「断れねえ性格とか、損すると思うぜ俺は。ダチの頼みだからって絶対に引き受けなきゃいけねえわけじゃねえだろ。嫌な頼みは断りゃいいじゃねえか。ダチにまでいい顔しなくてもよくねえか」


「嫌じゃないんだよ。僕だって嫌なら断る。文句も言うし、日野君の心配は分かるけど僕は大丈夫。今回の助っ人役を受けたのはただ、友達と一緒に何かをして楽しみたかったからなんだ。苦手なことでもさ、友達と一緒にやってみたら意外と楽しいかもと思ってさ!」


 ピッチングマシンから五球目のボールが発射される。

 百円でプレイ出来るのは五球。つまり最後のボール。

 斎藤は笑みを浮かべて振るったバットは見事ボールに命中してかっ飛び――。


「夜分に失礼。我々は惑星どばあああ!?」

「フェラス!」


 なんか突然上空から降下して来た女性の顔面に当たってしまった。

 今起こった事実を斎藤達が受け入れるのは時間が掛かる。バッティング中に突然、桃色の肌で尖った耳の女性二人が落ちて来て、斎藤が打ったボールが片方の女性の顔面に当たった。言葉にしてみれば単純だが現実で起きたら困惑せざるを得ない状況である。


「魔力を抑えすぎですよフェラス! ああ、鼻血が出ている」


「え、えっと、大丈夫ですか? これ僕が悪いんですか?」


「いやお前は悪くねえだろ、たぶん」


「――〈ヒリンコウ〉」


 無事な方の女性がフェラスに手を向けて呟くと、白い光がフェラスの顔を包んで傷を癒やす。


「魔法か……この人達、只者じゃない」


「つうか見た目からして只者じゃなくね!? 何者だテメエ等!」


 フェラスが鼻血を手で拭き取って立ち上がり、もう一人の女性と共に斎藤へと視線を向ける。


「我々は惑星ドーマからやって来たドーマ人。此度は地球に封印していた究極の魔導書を取りに来たのだが、封印していた祭壇から既に消えていてな。魔導書の魔力を探知してここまで来たのだ。あなたが持っているのなら返してくれないだろうか」


「究極の魔導書……!」


 斎藤は究極の魔導書の一冊、攻撃の魔導書を所持している。今だってバッティングセンターに持って来ていた。さすがに邪魔になるので身に付けてはいないが、すぐ傍にある鞄の中に入っている。


 攻撃の魔導書は斎藤にとって父親の形見。かつてそれを狙ってきた男と戦い、死闘の末に守り抜いたくらいに手放せない物。たとえフェラスの言うことが事実だとしても渡す気になれない。


「フェラス、あの鞄から強い魔力を感じる。おそらくあの中でしょう」


「なるほど。では地球人の男よ、魔導書を渡してほしい。元々それはドーマ人の物だ」


「僕が持つ魔導書は父さんの形見だ。申し訳ないけど渡したくない」


「……心は痛むが仕方ない。我々にも退けない事情があるのでな」


 ドーマ人である二人の女性が強大な魔力を身に纏う。

 穏やかなようだが途轍もないエネルギー量。攻撃的意思を感じられなくても恐ろしい。もし彼女達が敵意を抱いていれば魔力にも反映されて、斎藤は立ち続けることすら出来なかっただろう。

 自分の力を高めるために斎藤は鞄の中から分厚い魔導書を取り出す。


「やはり渡す気になったのか?」


「いいや、抵抗させてもらう」


「ま、待て斎藤! お、大人しくこいつらにその本渡しちまえ。殺されるぞ」


 怯える日野は全身から汗を流して青い顔になっている。


「こっそり〈ルカハ〉で戦闘能力値を見た。どっちも約430000……化け物だ」


「……それでも、この魔導書は渡したくない。僕は抵抗する」


 戦闘能力値の桁が違いすぎる。究極魔法を使っても勝ち目が薄いのは斎藤も分かる。それでも立ち向かう。勝敗は関係ない。たとえ勝てない相手にも斎藤は父親の形見のために戦うと決めていた。


「……ああ、そうかよ。じゃあしゃあねえな。お前の喧嘩に付き合うぜ」


 そして日野も覚悟を決めて拳を構えた。鋭い目で敵を睨む。


「降参を勧めたい。魔導書所持者の戦闘能力値は4000。金髪のあなたは710。あまりに非力」


「戦力差を知っても彼等の目に諦めが見えません。降参はしないでしょう。戦うしかありません」


「……残念だ」


 二対二の戦いでも圧倒的な戦力差。戦いの結末は想像するまでもない。



 * * *



 二十二時十三分。人気(ひとけ)のない山の麓。

 街灯すらない真っ暗な場所で神谷(かみや)神奈(かんな)神野(かみの)神音(かのん)は敵を待っていた。

 藤原家の使用人である三子から神奈が連絡を貰い、究極の魔導書を狙う者達が襲撃してきたことを知ったのだ。彼女曰く敵は言動からして宇宙人。しかも神奈と同等かそれ以上の強さらしい。あくまでも彼女自身を基準とした比較なので絶対ではない。


 強大な力を持つ襲撃者、何より究極の魔導書狙い。魔導書所有者の神音にも知らせた方がいいので神奈は山の麓で待ち合わせしておいた。さすがに自分の持つ魔導書が狙われているとなれば神音も動く。敵は魔導書の魔力を追跡しているようなので、何かせずとも神奈達の方へとやって来るだろう。


「……来たね」

「ああ、桃色の肌だし間違いない。黄泉川の言う通りとんでもない魔力だ」


 戦闘能力値485000。桃色の肌で耳の尖った男が神奈達の前に飛んで来た。


「あれ、でもおかしいな。黄泉川の話だと女二人のはず……しまった、斎藤君の方に行ってるのか」


 斎藤のことを忘れていたわけではない。三子から連絡を貰ってすぐ、神奈は斎藤へと電話を掛けたが繋がらなかったのだ。家に行っても留守だったので居場所が分からない。三子の話によれば敵は殺す気がないので、襲われているとしても死んではいないはずだ。


「〈ライトアップ〉」


 桃色の肌の男がそう呟くと、彼を中心として半径百メートル程がオレンジに光り出す。その光のせいか、元々魔力を追っていたのか、同じ肌と耳の女二人が彼の傍に降り立つ。神奈は彼女達こそ藤原家を襲った犯人だと理解した。やはり新たに現れた二人も凄まじい魔力を纏っている。


「セクス、攻撃の魔導書は手に入れた。残り二冊だ」


「どうやらそれも目の前にあるようですね」


「おい! 斎藤君は、その本を持っていた男はどうした!」


「気を失っていますよ。あまりにも弱く、力加減に苦労しました」


「そうか。で、次の目的はこっちの二冊ってわけか」


 斎藤が死んでいないことに安堵した神奈は問いかける。

 残り二冊。召喚の魔導書と禁断の魔導書は神音の周囲に浮いている。


「そうだYO(よう)! その二冊だYO!」


 この場で唯一の男、セクスがポーズをキメながら肯定した。


「キャラ濃いな! どうして究極の魔導書を狙うか教えろ!」


「ピンチな惑星俺達の星、強い魔導書俺達欲しい」


 今度はブレイクダンスしながらラップ染みた言い方で理由を教えてくれた。

 一人ノリノリなセクスだが仲間の女二人からは白い目で見られている。


「悪いけどその魔導書は渡せないんだよ。斎藤君は嫌がったんだろ」


「だったら力尽く! お前ど突く!」


 セクスがブレイクダンスしながら接近してきて神奈は蹴り飛ばされる。

 彼の予想外な動きで戸惑ったものの、神奈はしっかり腕でガードしていた。

 攻撃を喰らわないよう下がってきた神音に「手伝おうか?」と聞かれたが、神奈は「いらない」と即答する。敵も大した強さだがタイマン勝負なら負ける気がしない。


 一旦神奈が殴打を繰り出すがセクスは踊りながら回避してみせた。今まで見たことない戦い方だ。


「……戦闘能力値500000。まさかこれ程強い地球人が居るとは」


「セクス一人では厳しいですね。私達も加勢しましょう」


 三対一になって神奈は数的に不利。

 セクスが跳び上がって踵落としを放ち、残りの女二人は左右に回って魔力弾を連続で放つ。全てまともに喰らえばさすがの神奈も倒れるが容易くやられるつもりはない。まずは〈魔力加速〉による高速移動でセクスの真上に回り込み、回し蹴りで真下へと落とす。そこに左右から連続して魔力弾が突っ込む。女二人は慌てて魔力弾を撃つのを止めるが、止まった頃には相当なダメージをセクスに与えていた。


「私と同等以上ってのは黄泉川の言い過ぎだったな」


 神奈は回転しながらの踵落としをセクスの頭部に直撃させて地面に沈める。

 一人倒してすぐ、神奈は再び〈魔力加速〉で右方向に居る女へ突っ込み腹を殴る。加速された拳の破壊力はかなりのもので、喰らった女は腹を押さえて(うずくま)った。もう彼女はしばらく戦えないだろう。


「くっ、攻撃の魔導書よ私に力を!」


 最後に残った女が魔導書に魔力を流した瞬間、異常なパワーアップを見せた。

 薄紅の魔力が力強くなり、空高く昇る。二倍近くの魔力が体から引き出されている。

 斎藤も同じ魔導書を扱っていながらここまで凄まじくないのは、元の魔力が大したことないからだろう。強者が使った時こそ究極の魔導書は真価を発揮するのだ。神奈は恐ろしい力の奔流を感じ取って冷や汗を流す。


「……これはヤバい」


 視認出来ない程のスピードで女が殴打を神奈へ繰り出したが寸前で止まる。

 勝負に割り込んだ神音に片手で止められたのだ。さすがの神奈でも攻撃の魔導書によりパワーアップした相手には力不足と判断して、ダメージを負う前に助けてくれたのである。


「そちらが魔導書の力を使うなら私が相手になろう」


 神音と敵の実力差は遠く離れており、裏拳一発で女は気を失うことになった。


「サンキュー助かった。本当に危ない魔導書だと再認識したよ」


「所持者の力によっては君よりも強くなれる。まあ、残念なことに私は究極の魔導書二冊の力を借りても、大賢者と呼ばれた全盛期には及ばないけれどね。三冊揃えば越えるかな」


「お前が味方で良かったよ。……さて、こいつらをどうすりゃいいかな」


 連絡をくれた三子の話では惑星ドーマからやって来た宇宙人だという三人の男女。

 また暴れられても困るので神奈は神音に頼み、魔力の輪で三人纏めて拘束してもらった。攻撃の魔導書は記された魔法も魔導書自体も厄介なので回収しておく。元々斎藤が奪われた物なので明日までに本人を捜して返そうと思っている。

 三人をどうすればいいか神奈達が話し合っていると三人が意識を取り戻す。


「お目覚めか。攻撃の魔導書は私達が預からせてもらっている。抵抗は無駄だ、止めとけ」


「……魔導書を、渡してくれ」


「断る。お前さっき星がピンチって言っていたな。話を聞かせてくれよ。お前等の事情次第じゃ厄介事を私達が解決してやる。また襲われても面倒だからな。神音もそれでいいよな?」


「面倒臭い……が、その選択がベストか」


 神奈だって厄介事は面倒臭い。特にやたらと強いドーマ人が必死に究極の魔導書を求める理由なんて、想像を遥かに超える厄介事に違いない。ドーマ人の男女三人が悪人なら『知ったことか』と殺して終わりなのだが、会話してみた神奈はドーマ人が悪人と思えなかった。非常識な点はあるが誰も殺さず、最初から暴力ではなく言葉に頼ったのだから神奈もドーマ人を殺さない。


 ……とはいえ、見逃したところで再び魔導書を狙って来るのは確実。

 再び戦闘するのは二度手間になってしまうので、神奈達はドーマ人の抱える厄介事を解決した方が手っ取り早いと思った。もちろんその厄介事次第ではあるが。


「解決してやると言われても、無関係な地球人を巻き込むわけにはいかない」


「いやもうがっつり関わったから。それに究極の魔導書持ってる私達は関係者だろ」


「……セクス、イマラス。事情を話すしかなさそうだ」


 先程攻撃の魔導書を持っていた女が仲間二人の顔を見ると、二人が頷く。


「私の名はフェラス。代表者として私が話そう。現在、我が惑星ドーマは滅びの危機に瀕している。星滅樹(せいめつじゅ)と呼ばれる植物が星のエネルギーを吸い取っているのだ。大地の状態からしてドーマはあと一年も持たず崩壊してしまう。我々は星滅樹を駆除しようとしたが、星滅樹に近付けば根や枝に攻撃される。攻撃で多くの同胞が死亡した。星滅樹に対抗するにはかつてドーマ人が地球に置いたという、究極の魔導書の力を借りるしかないのだ。それしか星を救う術がないのだ」


「……想像以上にヤバい」


 スケールの大きな話に驚いた神奈は小さな声で呟いた。

 星滅樹。惑星のエネルギーを吸い取って成長し、最終的には惑星を滅ぼす恐ろしい植物。話を聞いただけでも背筋が凍るそんな植物を神奈達は駆除しなければならない。軽々しく厄介事を解決してやるとか言ったことを後悔してしまう。


「どうする?」


 神音が神奈の返事を真顔で待つ。

 自分の住む惑星ではなく、宇宙のどこにあるかも知らない惑星で起きたこと。フェラスからの話を聞いただけでも、神奈一人が解決出来る範疇を超える問題だと分かる。神音が共に居てくれなければ魔導書を渡してドーマ人を帰らせただろう。


 ドーマの星滅樹を放置しても地球には何の影響もない。

 余所の惑星なのだから神奈が協力する必要もない。

 しかし、心のどこかで見捨てられないと叫ぶ自分が居る。


 神奈は今まで多くの強大な敵と戦ってきた。

 この世界そのものを消せるような存在と戦ったこともある。

 星滅樹は恐ろしいが今更だ。今更怯えて動かないなんて情けない。


「……やろう。星滅樹を駆除してドーマ人を救おう」


「君はそう言うと思ったよ。仕方ない、私も協力してあげよう」


 七月中旬。神谷神奈と神野神音、ドーマ人三名と共に惑星ドーマへ出発。


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