214.22 世はまさに大宗教時代
富、名声、力。この世の全てを手に入れた男、宗教王。ゴッド・D・ロジャー。
神のもとへ行きたいと自殺した彼の死に際の一言は人々を宗教にのめり込ませた。
「俺の信者か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! 信者全員をそこに置いてきた!」
人々は彼の信者が住む地、グランドレインを目指し夢を追い続ける。世はまさに大宗教時代。
宝生町の商店街で高らかに神奈はそう宣言した。
「いや何言ってるんですか神奈さん」
「……なんとなく、言いたくなった」
「では私も。受け継がれる意志、時代のうねり、人の夢。それらは止める事が出来ないものだ。人々が自由の答えを求める限り、それらは決して留まる事はない! 世界が! そうだ! 自由を求め選ぶべき世界が、目の前に広々と横たわっている。終わらぬ夢がお前達の導き手ならば、越えて行け! 己が信念の旗の元に!」
神奈と腕輪は鼻歌で某海賊アニメのオープニングを歌い出す。
一人と一個の鼻歌など気にならないくらい商店街は賑やかだ。それもそのはず、なぜか今、宝生町では宗教ブームが発生しているのだ。各々が勝手に教祖を名乗り、新たな宗教を誕生させている。町のどこでも、商店街でさえも、宗教団体への勧誘が行われている状況である。
当然トップを独走するのは豊穣教。
そもそも豊穣教がやたらと盛り上がっているため、人々は『宗教ってスゲー』と勘違いしてお遊び感覚で新宗教を作っている。ノリが良いというか、流されやすいというか、一度始まったブームはもう容易く冷めない熱量を持っていた。
「この神秘的な歌声、まさに神谷さん! こんなところで会うとは奇遇ですね!」
ボサボサな暗緑色の髪の少年、影野統真が神奈の前に現れた。
彼の右腕には【教祖】と書かれた腕章がある。彼もまた、何かを開宗したらしい。
「影野、お前も流行に乗るタイプだったか」
「いえ勘違いしないでほしいですね。俺は流行なんて気にしないタイプですよ。宗教活動についてはかなり前から行っているんです。去年の七月からだったかな。その宗教の名は、神谷教!」
「神谷教って何!? おいそれ私の苗字だろ!」
「そりゃそうですよ。神谷教は、神谷さんを女神として信仰する団体ですから」
なんとなく想像出来ていた最悪な答えが神奈に返ってきた。
影野の神奈に対する想いの強さは理解していたが、まさか女神に担ぎ上げて宗教を作るとは予想外だ。そんなただの女子中学生を信仰する宗教に、入信したいなんて物好きな人間は居ないだろう。いくら長期間活動しても無駄だ。他には誰も入らない、というか入ってほしくない。
「お前なあ、一人でそんなことやってたのかよ。止めろよ私が恥ずかしいよ」
「一人じゃありませんよ。信者なら既に九人も獲得しています!」
「九人も!? 嘘だろ!?」
頭のおかしな物好きが九人も居たらしい。合計十人も神奈を信仰している。
正直なところ、信仰されても困る。何をすればいいのか分からないし、神奈は自分が誰かから崇められるような存在ではないと思う。いきなり女神扱いされても困惑するだけだ。
影野が「集合!」と叫ぶと九人の若い男女が集まる。
「紹介します。この人達が神谷教の信者達です」
一人目、狩集勇。長身の男で好物は牛乳。
二人目、蓬莱剣。細身の男で好物は納豆。
三人目、得可主要。体の成長が遅い女で好物は豚肉。
四人目、喜屋武小五郎。渋さが滲み出る男で好物は鯖。
五人目、今朝丸冥。爽やかな女で好物は飴。
六人目、目加田鏡。眼鏡を掛けた女で好物は血。
七人目、再名生謳歌。地味な女で好物は土。
八人目、七五三掛鋼。中肉中背な男で好物は希望。
九人目、十光。長身かつ肥満体型な女で好物は肉の脂身。
「……めっちゃ情報薄いな。ていうかお前等なんでこんな宗教に入っちゃったんだよ」
全員の名前が難しいのと好物しか分からなかった。こうも見事に珍しい名前の人間が集まったのは、もはや影野にそういう能力があるとしか思えない。名前だけ見れば教祖だけ浮いているが、いったい影野の何を見て入信しようと思ったのだろうか。
「いやあ、なんだか影野君とは親近感湧くんですよね」
「それな。俺達全員、なーんか繋がっている感じがするんすよ」
「私も私も。運命の赤い糸、的な?」
「我等十人運命共同体なり!」
「全員魔力持ちっていうのも偶然とは思えないですしね」
笑い合う姿はただの仲良し集団に見える。きっと影野以外は、神奈のことなどどうでもいいお遊びの集まりなのだろう。
「みんな、紹介が遅れたけどこの御方が神谷さんだ。さあ祈りを捧げよう」
「おおあなたが神谷様でしたか! まさか女神に謁見出来る日が来るとは!」
「俺、神谷様を信じていたおかげで留年せずに済みました」
「お婆ちゃんが階段から落ちたけど、神谷様のご加護で無傷でした」
「我等、神谷様の忠実な信者なり」
「僕達全員の信仰心を知り、御降臨なさってくださったのですね」
勘違いだった。全員影野レベルで神奈を慕ってくる。
神谷教に入ったところで何の得もない。留年せずに済んだのは自分の力だし、階段から落ちて無傷だったのは頑丈な体だからだ。彼等は騙されたか、洗脳されたか、都合の良かったことを信仰対象のおかげと思い込んでいるだけだ。こんな宗教が広まっては世のためにならない。
「……じゃあ、私から一つ、お前達に命令する」
「何なりと」
「今日で神谷教は解散!」
「無理です!」
「無理なの!? 私を崇めてるのに命令聞かないの!?」
「崇めているからこそその命令は聞けないんです。俺達にとっては、死ねと同義ですから。神谷さんが俺達の死をお望みなら喜んで死にますが、あなたはそんなこと望まないと理解しています」
呆然とした表情で神奈は「……ええ」と呟く。
無敵だ。おそらく何を言っても意思は曲がらない。
「ああうん、じゃあいいや。控えめに活動してくれれば」
「分かりました。他ならぬ神谷さんの命令なら従いましょう」
「じゃ、私もう行くから。じゃあな」
背を向けると、十人分の「どうかお気を付けて」という叫びが聞こえた。
止めさせることが出来ないなら活動の勢いを落とすしかない。ただの応急処置だが何もしないよりマシだろう。存在するだけで恥ずかしいのに、あの勢いのまま信者を増やされたら絶対面倒なことになる。……あれ以上入信する人間が増えるとは思えないが。
「――あ、神奈さん! こっちこっち!」
自分を崇める宗教について考えながら歩いていると神奈は誰かに呼び止められた。
声の方向に振り向くと首に髪が巻き付いた少女、夢咲夜知留が手招きしていた。彼女は【マヨ教】と書かれた旗を立てており、後ろでは数人がマヨネーズを大量に掛けた料理を食べ進めている。
「夢咲さんも何かやってんのか。マヨ教って何?」
「マヨネーズを信仰する団体だよ」
「宗教じゃねえ! ただのマヨラーの集まりじゃん!」
「それは否定しないけど正面に居る人達を見てみて。奴等はケチャ教、ケチャラーの集まりだよ。その隣の集まりはラーメン教。その隣はバター教。宗教なんてこんなものなんだよ」
「ええー、そんなもんかあ?」
神奈は宗教に詳しくない。有名なキリスト教やイスラム教はもちろん知っているが、知っているのは名前だけで具体的に何をしているのか分からない。考えた結果、誰にも実害がないのでマヨ教は放置することにした。神谷教だけは何が何でも否定するが、好きな物のために集まるのは良いことだ。
周辺をよく見渡してみれば食べ物関係の宗教は意外と多い。バター教の隣には【甘味教】なんて旗を掲げる王堂晴嵐が居た。通行人を呼び止め、砂糖の入った袋を売りつけている。探せば他の知り合いも宗教を立ち上げているかもしれない。
「というわけで、神奈さんも是非マヨ教に」
「入るわけないだろ。止めはしないから、頑張れよ」
神奈は手を振ってその場から離れる。
ゴリキュア教があれば神奈も入った。そんなものがあればの話だが、この宗教ブーム中なら立ち上がっていてもおかしくない。腕輪から「神奈さんも自分で立ち上げます?」と訊かれたが断った。昔と比べてコミュニケーション能力は上がったが、何かの団体を纏め上げる自信はない。ただ、転生者の集まりを作れたら面白そうだなとは思う。
商店街を歩いていると、先日テレビを買った電気屋を見かける。
「ん? あれ、店変わったか?」
電気屋……のはずだが、店頭を見ただけでも品揃えが変わっている。
家電製品はどこへ消えたのか、店頭には様々な菓子が並んでいた。
「あれ君、この前テレビ買ってくれた子だね」
「この前の店員……何があったんですかこの店。置いてある品物が随分変わったみたいですけど」
「そうだね。店長が決めたんだけど、昨日からここは電気屋から豊穣教支部に変わったんだ。売り物は豊穣教の信者に大人気のクッキー、その他菓子類。君も買っていってよ」
「……遠慮しときまーす」
知らぬ間に電気屋が宗教の支部に変わっていたのは意外だった。
大規模停電が未だに続く中、電気を使う製品は売れない。思いっきりはよすぎるが店長なりに経営を考えての行動だろう。今は豊穣教の信者が増加傾向なので商売が上手いとも言える。
「……予想よりかなり信者増加が早いな」
豊穣教の勢いに不信感を抱きつつ神奈は商店街を離れた。




