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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.二章 神谷神奈と星滅樹
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214.21 ブラックアウト宝生町


 自宅にゴリラの玩具とテレビを持ち帰ってきた神奈は早速設置する。

 今まで使っていたテレビとサイズは変わらないので台はそのままで問題ない。台の左端にゴリラの玩具を乗せて、落とさないようにテレビも乗せる。設置を完了させた神奈はすぐに電源を入れてみた。


「……あれ?」


 電源ボタンを押したのに画面は黒いままだ。リモコンで操作しても変わらない。

 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ。

 何度試してみても変わらない。このままでは自分で壊してしまいそうなので止めた。


「どうなってんだこれ、不良品か?」


「新品なのにですか? クレーム案件ですね」


「まあ今日の内に取り替えてもらえばいいだろ。電話しないと」


 不具合くらいどんな物にでもある。一応ゴリキュアグッズのゴリラで機嫌は良くなっているので、文句を言うつもりはない。商店街にある電気屋の電話番号をスマホで調べて電話する。

 プルルルルとコールが続くが電気屋は一向に出てくれない。


「……繋がらないな」


「忙しいのでは?」


「こう言っちゃ失礼だけど、忙しそうには見えなかったぞ」


 宝生町内には大型ショッピングモールが建っているので、商店街の客はそちらに取られている。電気屋だけではなく他の店も、地元かつ常連の人間が殆どだ。その中で電気屋に用事がある人間は限られるので店内は寂しい状態だった。

 もう一度電話を掛け直してみたがやはり繋がらない。仕方なく神奈は電話を止める。


「最初から不良品を売るつもりだったんじゃないだろうな」


「あのゴリラの方も不良品なんですかね?」


「いや、店で実際に動かしてもらったし……そうだ、テレビも店ではちゃんと映っていたはず。なのになんで私の家じゃ電源すら点かないんだ。まさか、おかしいのは私の家の方か!?」


 電気屋に置かれるテレビといえば、画面の美しさなどをアピールするために電源が点けられている。確かに神奈はテレビが映っているところを自分の目で見た。そしてそのテレビを受け取っているのだから電源が点かないわけがない。傷はないし、運搬中に力を入れすぎて壊したなんてこともない。


「他の家電は無事か?」


 テレビ本体ではなく、家の電気に問題があると考えた神奈は他の家電製品を確認する。真っ先に思い当たったのはリビング奥にあるキッチンの冷蔵庫だ。扉を開けてみると冷気はなく、製氷機で作られていた氷が溶け出している。テレビだけでなく冷蔵庫も動かない最悪な状況。やはり家の電気供給に問題があると思って神奈は焦る。


「アイス溶けてる……くそっ、念の為他のも確認だ」


 照明器具、電子レンジ、風呂、固定電話、洗濯機、掃除機、その他諸々全てが使えない。

 神奈には防護の加護があるので関係ないが、エアコンや扇風機すら使えないのは危険だ。ただでさえ夏場は熱中症が多くなるのに、涼しくなるための道具がなければ死者も増加するだろう。


「くっそダメだ。電気が必要な道具全部使えないじゃん」


「さっきスマホは使えていましたね」


「ああ、バッテリーが残っているからな。ただ、充電出来ないんじゃそのうちスマホもパソコンも使えなくなる。こりゃ参ったな。一時的なトラブルですぐ元に戻ればいいんだけど」


 スマホもパソコンもテレビも使えない生活など現代人には耐えられない。洗濯は手洗いになるし、掃除も箒と雑巾でやるようになるし、光源がないため夜は真っ暗闇。想像しただけでも大変なので神奈はうげっと顔を歪める。


「電話が繋がらなかったのは、電気屋の固定電話が使えなかったからですね。となると、この現象はこの家だけでなく、他の民家やお店にも起きている可能性が高いでしょう。原因は分かりませんが大変なことになりましたね」


「特にヤバいのはエアコンだな。熱中症になる奴が増えるぞ」


 現状、原因も解決手段も思い付かない。神奈は大人しく自宅待機することにした。

 自宅待機なんて暇そうな言葉だが本当に暇だ。スマホで暇潰しするしかやることがない。何か面白そうな動画やネット記事はないかと探していると、神奈は【速報】と書かれたネット記事を見つける。記事によれば宝生町の全電力が停止しているとのこと。原因は謎に包まれており、記事のコメント欄にはテロやら宇宙人の仕業やらと色々書かれていた。


 スマホのバッテリー残量が少なくなって来た夕方頃、チャイムの音が鳴り響く。

 神奈はその音を聞いた瞬間、周囲に被害を出さない程度に速く動き、一秒で玄関の扉を開けた。これは以前、出るのが遅いという理由で王堂晴天によって扉を蹴破られたからだ。あの一件以降、神奈は家のどこに居ても二秒以内に玄関の扉を開けている。


「うおっ、神奈ちゃん出るの早いね!」


 扉を開けた先に居たのはオレンジ髪の少女、秋野(あきの)笑里(えみり)だ。


「笑里。何か用か?」


「実は家で電気が使えなくなっちゃったみたいでね。神奈ちゃんの家はどうなのかなって、走って確認しに来たんだよ」


「やっぱりお前の家もか。ネットの記事によれば、宝生町全域が停電状態らしいぞ」


「うわ本当!? 怖いねー、いつ直るんだろ」


「原因不明らしいから長引くかもな。不便な日常になるよ」


 そこまで話して神奈は笑里の手元に目が行く。

 女子中学生が持つのは珍しい、虫籠(むしかご)を笑里は手にしていた。籠の中には黄色い蜥蜴のような生物が入れられている。あくまでも蜥蜴のような、だ。小さな羽と角が生えているので絶対に蜥蜴ではない。


「何だその、虫籠に入ってる奴」


「あ、この子? 来る途中で拾ったんだ。可愛いでしょ」


 来る途中で拾ったということは、虫籠はその時点で持っていたことになる。何のために虫籠を持っていたのか気になるが、笑里の思考を完全に理解しようとするのは難しいので訊かなかった。


「これ、何? なんて動物?」


「調べたけど分かんないの。でも可愛いからそんなのどうでもいいや」


「どうでもよくはないだろ。食べられる餌とか分からないじゃん。腕輪お前何か分かる?」


「これは珍しいですね。魔界のサンダバーンですよ」


「マサイのサンダルバーン?」


「笑里さん、サンダバーンです」


 聞き間違いにも驚きだが神奈が驚いたのはそこではない。

 魔界、と腕輪は確かに口にした。魔界は地球に存在する地名ではなく、この世界と細い繋がりのある異世界だ。普段は特殊な門で道は閉ざされていて行き来は出来ない。神奈は一度だけ行ったことがあるが、あの時は神野(かみの)神音(かのん)の協力ありきな行き方。正式なルートで行ったことはないので実際に門を見たことがない。とにかく異世界なのだ。その異世界の生物が、なぜか地球に迷い込んでいる。

 疑問を解消したくて神奈は腕輪を顔に近付けて質問した。


「魔界の生き物がなんでこの世界に居るんだ?」


「二つの世界を繋ぐ扉が開いてしまったのでしょう。長く開けばこの世界に魔界の生物が大量にやって来ますので、おそらくすぐに閉まったと思います。しかし異界の扉を開けるとなれば強大な力の持ち主。何者かがこの世界にやって来たのは間違いありません」


「面倒事の臭いがプンプンするぜ」


 強い奴と定期的に会わなければいけない呪いでもあるのかと神奈は落ち込む。


「腕輪さんこの子のこと知ってるんだね。何食べるか分かる?」


 何も知らない笑里が無邪気にそんなことを訊く。

 サンダバーンを飼うにしろ、故郷へ帰すにしろ、餌問題は避けて通れない。肉食や草食と大雑把に言えるのなら良いのだが、魔界出身ゆえに魔界の食べ物が主食なら神奈達には用意出来ないだろう。神音に頼んでも引き受けてくれる未来が想像出来ない。


「ずばり、電気ですね」


「……停電させたのお前か?」


 大規模停電を引き起こした犯人かもしれない存在に神奈は早くも遭遇した。

 グイッと神奈が顔を虫籠に近付けると、中に居るサンダバーンは怯えた様子でガラスの壁に寄った。脱出しようと思ったのか、慌てて爪でガラスを引っ掻き出す。元から神奈は動物に好かれない体質だが、魔界の動物相手でも変わらないらしい。

 怖がるサンダバーンを見かねて笑里が神奈の顔から虫籠を離す。


「言いがかりだよ! エロちゃんはそんなことしないもん!」


「でもエロちゃん……エロちゃんって何? 名前?」


「黄色い体だから、イエローから取ってエロ! 可愛い名前でしょ!」


「可愛いというかエロそうというか、止めて別の名前にしてやれよ」


「やだ! エロちゃんだって気に入ってるもん、ね!」


 サンダバーンはこくこくと満足気に頷く。


「……お前、日本語覚えたら後悔するぞ」


 エロと付けるくらいならイエローそのままで良い。以前もペットの名前でドッグだのバットだの言っていたし、正直笑里のセンスは酷すぎる。神奈が名付けるならサンダバーンから取ってサンダバ、ダバーンといった感じだろう。


「さっきの話だけど、こいつが停電起こしてないなんて言い切れないだろ。主食が電気だぞ」


「いえ、エロちゃんが犯人ではないでしょう。まだ幼体のようですし、サンダバーンの幼体は食べる量が少ないですから。空気中にあるもので満足していると思いますよ」


「ん? 空気中の、電気? 電気ってどこにでもあるの?」


「サンダバーンの主食は正確に言うと電子なのです。電気とは簡単に言えば電子の移動現象。電子は空気中にもありますし、それで足りなくなっても電子なんてどこにでもありますよ。物質は全て原子から出来ていて、原子の中に電子が入っていますから」


 家にも、道路にも、人間にも、ありとあらゆる物質に電子が含まれている。

 腕輪の説明は続く。原子から電子が放出されるのを酸化と言い、例えば鉄が錆びたり、米の粘りが落ちたり、輪ゴムがボロボロになったりするのも酸化だ。つまり電子がそこら中にあると言っても、サンダバーンへと浅薄(せんぱく)な考えで食べさせれば少なからず悪影響が出てしまう。


「えっと、つまり、電気を操る能力者はめっちゃ強いって話?」


「笑里ちゃんと話聞いてたのか? まあ、電子はどこにでもあるって話だ。その虫籠にもな」


「ええ? 触ってもビリビリしないけど?」


「虫籠触ってビリビリしたら何に触ってもビリビリするわ。嫌だそんな世界。静電気地獄かよ」


 何にせよ、腕輪の話を信じるならサンダバーンの幼体は停電と関係ない。

 早くも主犯に会えたと神奈は思っていたが結局スタート地点に戻された。


「あ、そういえば、ここに来る途中で大勢の人があの木に向かっているの見たんだ」


「木? その木、何の木?」


「御神木だよ。ほら、あのでっかい木」


 笑里が指を向けた方向を見れば神奈の視界に入る巨大樹。

 町の家々より遥かに高く、およそ五百メートルはある異常成長している木だ。宗教団体が御神木として宣伝しているのは神奈も知っている。あんなに高い木があったら今までに気付いただろうが、実のところ御神木が現れたのは最近の話だ。ほんの一ヶ月程度で急成長したのだ。どう考えても異常すぎる。


「何のために?」


「さあ、豊穣教(ほうじょうきょう)に加入するためとかかな」


「豊穣教? ああ、あの木を御神木とか言ってる宗教か。お前よく名前覚えてたな」


「へ? だって私、豊穣教の信者だもん」


「……え、お前大丈夫か? 怪しい物買わされてないし売ってもない?」


 神奈の宗教に対するイメージは詐欺師と同類の存在だった。

 妙な物を高価で売りつけたり、普通の水を名水とか言って売ったり、とにかく物を売りつけているイメージしかない。実際に神奈の家にも宗教団体の信者が来たことがあるが、イメージ通りのことしかしてこなかった。そんな連中の仲間入りをした笑里が心配になる。


「誤解してるね神奈ちゃん。豊穣教は他の怪しい宗教とは違う。私達に力を与えてくれるんだよ。全て御神木と、御神木の声を聞ける教祖様のおかげ。御神木の一部を粉末にして生地に練り込んだクッキーがあるんだけど、食べると力が漲ってくるんだ。神奈ちゃんも食べる?」


「……い、いや、要らない」


「クッキーだけじゃなくて色んなお菓子も売ってるよ。信者になれば食べ放題なんだ」


「…………へえ」


「美味しいよ? ねえ神奈ちゃん、神奈ちゃんも豊穣教に入ろうよ」


 ――神奈は無言でその場から勢いよく逃げ出した。


 友達から宗教を勧められるのは初めてだが、いつもの笑里じゃないように思えた。

 後から考えればおかしなことは言っていなかったかもしれない。食べれば元気が出るお菓子なんて怪しさの塊だが善意からの勧めだ。笑里のことなので、どうせ食べ放題に目が眩んで信者になったのだろう。神奈とも一緒にお菓子を食べたかっただけに違いない。


 少し落ち着いて逃走を止めた神奈は一息吐いて立ち止まる。

 必死に逃げていたから今気付いたが神奈は御神木の方向へ来ていた。

 視界の先には大勢の老若男女が豊穣教本部らしい建物の前で棒立ちしている。先程の笑里のせいもあって豊穣教には関わりたくないが、人混みが気になって仕方ないので神奈は適当な人間に話し掛ける。


「あの、すみません。何してるんですか?」


「何って、豊穣教の説明会に参加しに来たんだよ」


「はあ、説明会」


「こんな町の大規模停電なんて初めてだろ? きっと厄災の始まりだよ。でも豊穣教に入れば、御神木が俺達を守ってくれる。御神木は人々を守るために神が下界へと植えた神聖な物だって話だから。なあ、君も入った方がいいぞ豊穣教に」


「は、はは、考えておきまーす」


 神奈は苦笑しながら集団の傍を離れる。

 何かと思えば大規模停電で不安になった人々を標的にした信者集めだった。神奈が思っていた以上に豊穣教は厄介で、ずる賢い団体らしい。しかし面倒なことに悪事を働いていないなら、いつもの悪人を殴る解決方法が出来ない。


「……この町、宗教に支配されかかってるぞ」


「大変ですねえ。神奈さんも入ります?」

「嫌だ」


 帰る前に神奈は御神木を見上げてみる。

 何度見ても特別な力などない、成長しすぎた木にしか見えなかった。


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