214.20 全ての物には寿命がある
現在は七月。春から季節は進み、夏。
たまに政府の研究所を破壊しながら日常を送る黒髪の少女、神谷神奈は自宅で寛いでいた。普段通り登校のない土曜日だが今日は違う点がある。リビングのソファーに座っている神奈は、真剣な表情でテレビを見つめている。
「……始まったか」
午前九時になった瞬間、番組が切り替わる。
『ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリ、ゴリキュアアアアアア!』
「ゴ、リ、キュアアアアアアア!」
今日はもうすぐ夏休みスペシャルということで、昨年上映された魔法少女ゴリキュアの映画を地上波初放送するのだ。サブタイトルはゴリラと伝説の海。かつてゴリラを信仰した民が住んでいたとされる島へ旅行に来た主人公達が、残された伝説を聞いて宝探しをするという内容だった。地上波は初放送だが神奈は昨年に七回も見ている。七回目は台詞も完璧に覚えていた。
『発展途上の私は、きっと変身出来るよね』
「出来るよね!」
『完璧主義なあなたも、きっと認めてくれるよね』
「くれるよね!」
『私の潜在能力、全部全部全部解放すればさー』
「すればさああ!」
映画の主題歌ですら歌詞を全て覚えていたし今でも歌える。
「……あの、近所迷惑ですよ神奈さん。ガチファンすぎて怖いです」
右手首に付いている腕輪の主張も一理あるので神奈は声のボリュームを落とす。
テンションマックスになるのは構わないが、近所の家の住人からうるさいと苦情が来たら困る。せっかくの映画への没入感が邪魔されてしまう。その時は録画した方を再生するのでやり直せばいいだけだが、やはり地上波初放送記念として生で見ておきたいのだ。
オープニング曲と映像を楽しんでいると、一瞬だけ画面が黒くなった。
「ん? 今、一瞬消えた?」
「消えましたね。調子が悪いんでしょうか。そういえば一昨日も画面が一瞬映らなかったですよね」
「そうだけど昨日は異常なかったし、あれは偶然起きた事故だと思うんだよな」
確かに二日前、バラエティー番組を見ている途中、テレビが電波を受信しなくなったことがある。しかしその時一回だけ、しかも今と同じ一瞬だったため、焦るような故障ではないと思った神奈は問題を放置していた。
しばらく映画を視聴し続けて映画はもう終盤。
敵との戦闘が激しくなり、美しいアニメーションに心が躍る。
決着は近い。興奮が最高潮に達した神奈は主人公達の戦闘を見守る。
『あなたはまだやり直せる。きっと、誰でも――』
――プツンと音がした。テレビの画面が黒くなってしまった。
映されているのは【受信出来ません】の文字。スーパーハイテンションだった神奈のショックは大きく、まるで大事に取っておいた物が忽然と消えたかのように悲痛な叫びを上げる。
「あああああふざけんなああああああああ! ちょっ、これからレッドの名台詞だろうが! 誰でもなりたい自分になる夢を捨てちゃダメなんだって名言を聞かせろおお! 根性見せろテレビいいいい!」
怒り混じりの興奮状態な神奈はテレビに詰め寄り、側面を掴んで揺らす。
「テレビに根性求めないでください。まあ、生物だけじゃなく物にも寿命があります。唐突に壊れることだってありますよ。今日がこのテレビの限界だったということでしょう。私には寿命なんて存在しませんけどねー」
「おい映れ、映画終わるまででいいから映れ!」
諦めきれない神奈はテレビに何度も手刀を下ろす。
ガンガンと衝撃を与えれば直りそうな気がして、昭和の人間が挑戦したような方法を試みていた。しかし当然そんな手刀で現代のテレビが直るはずもなく、苛々していた神奈は力加減を間違える。
「あ」
テレビは手刀で半分程まで裂けてしまい、配線やら大事な部品ごと画面が裂けたのでとんでもない状況だ。火花が散り、よく分からない液体が漏れ出ている。自分でも、あの天才発明家の霧雨でも直せるラインを超えてしまった。
深いため息を吐いた神奈は真上を向く。
「……買いに行くか、テレビ」
「そうですね」
火事の原因になりそうな、もはやテレビとは呼べない物体を外に放り投げて、魔力弾で爆発させる。
壊す前に霧雨の所へ持って行けば良かったと後悔する神奈は電気屋に向かった。
電気屋に行くため商店街を歩いていると、視界には巨大な樹木が絶対に映る。
隣町の高層ビルよりも遥かに高い。およそ五百メートルはある巨大樹は最近急成長したものだ。神奈はよく知らないが宗教団体が御神木として扱っているらしく、今も成長し続けている。嫌な予感はするが今の神奈はそれどころではない。奇怪な巨大樹よりも日常に必須な機械の方が重要である。
電気屋に辿り着いた神奈は早速中に入り、テレビコーナーに足を運んだ。
サイズは様々だが神奈はそこそこ大きいくらいの物と決めているので迷わない。
「あのう、お客様。テレビをお買いになられるのでしょうか」
丁度良く店員が来たので、神奈は目の前にあるテレビを指さす。
「はい。三十七インチのテレビをください」
「そちらだけでしょうか。家に二台テレビがあれば、壊れた時にも急な買い物へ行く必要はありません。見たい番組を見逃してしまうこともないのです。今回は小型も合わせて買ってみてはいかがでしょうか」
「いや、一台でいいんで」
「ではもっと大きめなテレビにするのはどうでしょうか。画面が大きければ迫力満点! 満足間違いなし! どうでしょう、あちらの八十インチのテレビなど大迫力ですよ」
「いや、三十七インチでいいですって」
「……分かりました。意思はお堅いようですね。ご購入ありがとうございます」
面倒な店員が居たもんだなと神奈は思う。
店員の気持ちは分かる。功績をあげたいのだ。自分がオススメした高値の商品に購入を変えさせたり、追加で何か買わせることが出来れば、店に貢献出来て店員の評価が上がる。大型ショッピングモールが建てられてから商店街は客が減っているので、当然この電気屋も経営が危ないはずだ。売り上げが減れば給料も減る。店員は自分の給料を少しでも増やそうと必死なのだろう。
「お客様。テレビの他にオススメしたい商品がありますので、少し付いて来ていただけますか? 決して損はさせません。この店の商品はお客様の生活を豊かにしたり、もしくは娯楽を提供するもの。お客様の生活だってひと味違うものになりますよ」
「ええ? まあ、ちょっとだけなら」
どうせ急いで帰ったところで映画はとっくに終わっている。録画も出来ていない。今日は生で視聴後に録画したものを見返す予定だったので、一日の予定が丸ごと潰れたと言っていい。少しだけなら意地に付き合ってもいいかなと神奈は店員に付いて行く。
「こちらの音楽プレイヤー。高性能で聞き心地が最高ですよ」
「スマホで聞くからいいです」
「ではこちらのブルートゥースイヤホンはどうでしょう。付け心地快適ですよ」
「今使ってるやつがあるんでいいです」
「あ、あちらの音の鳴るゴリラはいかがですか? シンバルを叩いてくれて愉快ですよ」
「……ゴリラか。…………いらないです」
少し興味が出て購入するか迷ったが機能的に要らないので断った。
瞬間、ゴリラに迷ったのを見逃さなかった店員の目が光る。
「お客様、さては、魔法少女ゴリキュアが大好きですね?」
「え、ああ、まあ。なんで分かったんですか?」
「いるんですよ、ゴリキュアを見てゴリラ好きになる人。実はあのゴリラ、店長が娘さんのために自作したゴリキュアグッズなんですよ。娘さんは気に入らなかったようで、今は売り物として置いているらしいです。つまり、この世に一個しかない限定商品」
神奈は「げ、限定……」と声を零し、唾をごくりと飲み込む。
限定や半額なんて言葉を聞くと人は特別感を覚える。特別な物と認識してしまうと、要らない物でも買ってしまったりする。一個しかないなんて聞けば神奈でも迷う。
「で、でもあれ、メインキャラクターのゴリラじゃないですよ。ただの黒いゴリラだ」
「着せ替えが可能なんですよ。あれの上からパーツをセットすると、一回り大きくなってしまいますが他のゴリラに変えられるんです。試しにやってみましょうか? 簡単ですからすぐ終わります」
ゴリラは大まかにニシゴリラとヒガシゴリラで分けられるが、ゴリキュアのメインキャラクターはどちらでもない。大人の事情もあり体毛がキャラクターのイメージカラーと同じなのだ。黒いゴリラはメインキャラクターではない。しかし、目前のゴリラに店員がパーツを上からいくつも嵌め込み、簡単に体毛の形や色を変えてくれた。
「お、おお、この赤毛のゴリラは正しくゴリキュア主人公。歪さはあるけど自作でこれは凄い」
「レッドだけじゃありませんよ。グリーン、ブルー、イエロー、ホワイト、パープル、全種類のパーツがあるんです。つまりこの商品、ゴリキュアのメインゴリラがシンバルを叩いて音を鳴らす玩具なんです。心、惹かれませんか?」
「ひ、惹かれる。ね、値段、値段はいくらですか!?」
「十八万円です」
「テレビよりも高いの!?」
値段には全然惹かれなかった。売れ残っているのも納得の価格設定だ。
「ここでしか手に入らない、しかも一個しかない限定商品。今買っておかないと、次に来店した時には売れてしまっているかもしれません。今ならメロン味の飴玉も一つ無料で付いてきます」
「う、ぐぐ、ぐうううう買ったああああああああ!」
「ご購入ありがとうございます!」
悩んだ末に神奈は音を鳴らすゴリラを買ってしまった。
これから使う時が来るのか、鑑賞用にするのか、どうするのかは不明だが腕輪には何となく未来が見えた。きっと神奈はどこかに置いたまま使わずに放置して、いつか邪魔だからと倉庫に入れる。物を買う時は計画が大事なのになと腕輪は密かに思った。




