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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.一章 神谷神奈と政府の秘密
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214.19 坂下兄弟のリベンジマッチ


 今日、メイジ学院では三人の男の戦いが繰り広げられていた。

 魔導祭で使われたドームは修復済みなので、ドーム中央の戦闘場所を使って坂下兄弟と綴の模擬戦が続いている。戦闘が始まって既に七分。激しい戦闘のせいで人工芝生は荒れてしまい、下の大地が露出している場所もあった。


「……しぶといですね」


 初めて会った時の模擬戦は一瞬で決着がついたのに、今日の坂下兄弟は耐えている。

 以前と同じく初撃で沈むかと思いきや、綴のトップスピード加速からの攻撃を紙一重で躱した。格闘戦に持ち込んだ坂下兄弟は綴に挑み、拳や蹴りの直撃だけは避けることで辛うじて未だに立てている。


「微かに、ですが確実に、強くなっている……というより戦い慣れている。一週間前とは別人のようだ。何をしたのか伺ってもよろしいでしょうか。特訓したんでしょう? この一週間で」


 息が若干乱れている坂下優悟は「はっ」と鼻で笑う。


「お前より強い奴と戦い続けていたもんでなあ。お前の動きが遅く感じるぜ」


「僕は遅いと思わないけど、綴君の動きがはっきり見えるよ。だから今も立てている」


 レイとの特訓で坂下兄弟は動体視力、体術、体力、様々なものが鍛えられた。もちろん劇的に成長したわけではないが、一週間という短期間での成長と考えれば十分すぎるくらいだ。


「成長したのは認めますよ。でも、俺の敵にはなりえない」


 綴が接近してきたことで格闘戦が再開される。

 猛攻を仕掛ける綴に対して、坂下兄弟はコンビネーション攻撃で迎え撃つ。

 能力面の差から主力攻撃は優悟が行い、坂下はそのサポートに徹していた。一発でも綴の攻撃が直撃すれば大ダメージなので一度のミスも許されない。緊張しながらも坂下は敵の妨害、味方の補助をなんとかこなしている。


「うっ!?」


 優悟の拳が綴の左頬を打ち抜く。

 反撃しようと綴が左腕を振るおうとするが、後ろに回り込んだ坂下に腕を押さえられたうえ後頭部を殴られる。その隙に優悟から強力な膝蹴りが放たれて、顔面に膝が直撃。綴の鼻から血が垂れる。


「言ったでしょう。お義兄さん方は敵じゃないと」


 綴は上空に跳び上がり、サッカーボール程の魔力弾を坂下兄弟に投げつけた。

 地面に当たった魔力弾は爆発して、その威力に兄弟は悲鳴を上げながら吹き飛んだ。


「ここまで耐えたのは褒めてあげますよ。だからもういいでしょう。いい加減に諦めたらどうですか? もう勝ち目がないのは分かったでしょう? どんなに足掻こうと、お義兄さん方が俺に勝つのは不可能なんですよ」


 倒れていた坂下兄弟は歯を食いしばりながら立ち上がる。


「おい勇気、もうアレやっていいだろ。さっさとぶっ倒そうぜあの野郎を」


「……粘った方か。よし、やろう。作戦通りに頼むよ兄さん」


「作戦? まさか、何か策があるとでも? もしやそちらの優悟さんが魔力を温存しているのと関係あるのですか?」


 優悟はこの模擬戦が始まってから一度も魔力を使っていない。魔力弾は当然として、魔力による身体強化すら使っていない。何か策があるのは明白。しかしどんな策があれば綴を打ち倒せるというのか。

 質問の答えは無言の特攻。先程の攻防と何一つ変わっていない。


「無謀ですね。このまま格闘戦を続けたところで、いずれは魔力量の多い俺に勝利が転がってくる」


「うるせえ! 今すぐノックアウトしてやるから黙っぐうおお!?」


 優悟の脇腹に綴の蹴りが入って吹き飛ぶ。


「もう終わりですね」

「それはどうかな!」


 立ち上がろうとする優悟に綴が近付こうとすると、後ろから羽交い締めにされて動きを封じられた。やったのは坂下だ。振り解かれないよう全力で身体強化をして力を込めている。


「……いつの間に。しかし無意味ですね。俺達魔力持ちなら遠距離攻撃など容易い」


 立ち上がった優悟へと綴が魔力弾を放つ。

 紫の魔力弾が優悟へと真っ直ぐに向かい――。


「〈(デコイ)〉!」


 坂下が叫んだ直後に軌道を変えて綴の方へと戻って来た。

 予想外な魔力弾の動きに目を丸くした綴だったが魔力障壁で攻撃を防ぐ。


「今のがあなたの切り札ですか? 面白いですが、脅威にはなりませんね」


「兄さあああああん! 今だああああああああ! 〈囮〉いいいいいいい!」


「何を……!」


 優悟の右拳が淡く紫に光り、全速力で駆けて一気に距離を詰める。

 彼の綴に対しての接近速度はこの模擬戦内で一番速かった。魔力による足の強化もなしにそこまでの速度が出せるのは〈囮〉のおかげだ。〈囮〉は発動者に全ての攻撃を向かわせる魔法であり、坂下が全力で〈囮〉を使った今は約二倍の速度で攻撃が引き寄せられる。


「速い……!」

「喰らえやあああ! 丁寧語野郎がああああ!」


 紫に光る優悟の右拳が綴の腹部にめり込んだ。

 優悟が使ったのは魔力による身体強化の一点集中。〈超魔激烈拳〉。


 拳は綴の背後に居る坂下に引き寄せられているため、勢いは衰えず百パーセント以上の威力を発揮した。綴の肋骨が折れる程の攻撃は坂下もろとも綴を吹き飛ばす。その途中で坂下が綴を投げて、吹き飛ぶ速度を加速させる。観客席下の壁に激突した綴は血を吐いて倒れた。


「ざまあ、みやが……れ」

「兄さん!」


 慣れない〈超魔激烈拳〉の反動で優悟は気絶したので坂下が駆け寄る。

 立っているのは坂下一人のみ。兄弟二人掛かりとはいえ格上相手に勝利したのだ。


「勝ったよ。僕達、勝ったよ」


 この模擬戦を大勢が観戦していれば歓声が上がったことだろう。しかし残念ながら観戦しているのは関係者のみ。喜びの声を上げているのは日野と斑だけだが、速人とレイも僅かに笑みを浮かべていた。


「……バカな。あの二人が、綴を倒しただと」

「夢でも見ているのかしら私達」


 盛り上がる観客席で二人だけ驚きを露わにしていた。

 特別に招待された坂下の両親、東吾(とうご)水純(みすみ)である。

 事前に神奈が教師である斑に招待を頼んでおいたのだ。今回は綴の野望を阻止することも大事だが、坂下兄弟の実力を坂下夫妻に見せつけてやりたいと神奈個人が思っていた。そして今、夫妻は兄弟の真の実力を目の当たりにした。


「ま、まぐれだ。まぐれに決まっている」


「うるせーぞバカ親! まぐれだろうが勝ちは勝ちだ! つうかまぐれに見えたのかよ今のが!」


 信じたくない夫妻だが日野の反論に何も言えない。

 誰が見ても偶然ではなく必然な勝利。まぐれと思う人間の目は節穴と言っていい。


「坂下君のご両親。あなた方の子供は本当に成長なされたようですね。彼等を見ていると実感出来ますが人間は成長する生き物です。次は、誰が成長する番でしょうか」


 斑の言葉に夫妻は反応することなく戦闘場所に居る三人の子供を見続けた。

 かなり良いことを言ったと自分で思っていた斑はまさかのスルーに落ち込む。


「気に入らん」


 観客席の最後列に座っていた速人は立ち上がる。

 隣に座っていたレイは不思議そうな顔を速人に向ける。


「何がだい? 彼等が勝って良かったじゃないか」


「最後の技。あれは神谷神奈の技だ。それをあんなカスが使うなど気に入らん」


 レイは「カスって」と呟いて頬を引き攣らせた後、主役の兄弟に視線を送る。


「僕は良いと思うよ。技術は誰かに託されることで長い時間を生きるし、進化することもある。素晴らしいと思う。だいたい、君だって僕の魔技(マジックアーツ)を使っているじゃないか。君と優悟で何が違うと言うんだい?」


 正論なので速人はレイに反論出来なかった。


「ところで、神奈がどこへ行ったのか知っているかい? 彼女が来ないのは本人から聞いたんだけどさ、用事とやらは教えてくれなかったんだよ。僕に彼等の護衛を任せてくれたのはありがたかったけどさ」


「さあな。あの女はいつも厄介事に首を突っ込んでいる。今日も何かあったんだろう」


 見るべきものは見たので速人はドームから出ていく。

 坂下達の勝利は嬉しいはずなのに、謎の苛つきが心に生まれて速人は困惑している。結局上手く言葉に出来ず、誰にも相談することなく、彼は一人で町を歩くことになった。

 無意識に速人は神奈を捜していたが、その日彼女を見つけることは出来なかった。



 * * *



 白く広々とした円柱状の部屋で神奈達は追い詰められていた。

 男と女の頭部が繋がり、腕は四本もある怪物合計五体の猛攻で、部屋はあちこちに亀裂が入ってしまっている。このままの状態が続けばいつかは崩れ、政府の地下研究所は崩壊するだろう。


 嵐のように動き回る怪物達に対して神奈達は一歩も動かないし、一切のダメージを負っていない。なぜ無事でいられるのか。それは神奈達が半円状の金色の膜の中に()り、ありとあらゆる攻撃を膜が防いでくれているからだ。


「ねえ、一度地上へ撤退した方がいいわよ。私達だけで五体同時に相手取るのは無理だもの。誰か戦力となる人間を連れて来た方がいい。神谷さんなら強い人に心当たりあるでしょ? 泉沙羅とか秋野笑里とか」


 天寺の提案を神奈は「ダメだ」と一蹴する。


「私達が撤退したら、こいつら無差別に破壊を始めるだろ。尋常じゃない被害が出るぞ」


 確かに強力な助っ人、例えば神野(かみの)神音(かのん)を連れて来れば怪物を迅速に始末出来る。今の神奈と近い戦闘力を持つ怪物を相手にするとなると、助っ人を頼めるのは神音くらいなものだ。しかし助っ人が駆けつけるまでにどれだけの被害が出るか想像出来ない。怪物達は今ここで、確実に始末しなければならない。


「そうだ、天寺さんと私で援軍を呼ぶのはどう?」


「可能だろうけど、南野さんは誰を呼ぶ気なんだ。泉さんを説得するのは難しいぞ」


 葵は「そうよね」と押し黙る。


「幸い今は変なバリアのおかげで攻撃を防げている。休めば私の魔力も回復するし、希望はまだある」


 神奈の言葉を法月が「違う」と言い否定した。


「変なバリアじゃないよ神谷さん! これは〈ジャスティスバリアー〉だ!」


「知るかあああ! だいたいこんな便利な技持ってるならさっきの戦いでも使えよ!」


「ついさっき試したら出来たんだ。この〈ジャスティスバリアー〉がね!」


「出鱈目すぎるんだよお前はさあ。チート加護ヒーローめ」


 正義の加護のポテンシャルは予想不可能。法月が居るなら怪物五体にも勝てる……とはならない。彼一人だけなら勝てただろう。しかし、神奈も天寺も葵も足手纏い状態な現状では彼の動きを制限してしまう。バリアを張っている間、彼は身動きが出来ないのだ。先程反撃に動こうとしたらバリアが消えたので、慌てて張り直して今に至る。


「防御は完璧。……だけど、反撃の時間がない」


「待って。私、今完璧な解決法を思い付いたんだけど」


「――止まれ!」


 天寺が話そうとした時、神奈達ではない誰かの大声が部屋中に響き渡る。

 全員が入口を見ると一人の男を見つけた。

 目の下に横線の傷があり強面。赤髪オールバックの男、王堂(おうどう)晴天(せいてん)

 彼の固有魔法〈命令(キングコマンド)〉は、彼の命令を聞いた者にそれを実行させる。

 五体の怪物は『止まれ』という命令を聞いたので動きが止まった。


「ふん、俺様より速く動くなど不敬な奴等よ。停止しているのが丁度良い」


「お、王堂晴天!? なんでここに!?」


 晴天の〈命令〉は便利だが万能ではない。行動を強制させる対象が彼よりも強すぎる場合、〈命令〉の効力が落ちてしまうのだ。現に怪物達は動きを数秒止めたものの、次第にゆっくりと動き始めている。


「む? まだ動けるとはな。生意気で醜いモルモット共め」


「奴等の動きが遅くなった。今がチャンス!」


 完全停止とはいかないが大きな隙は生まれた。

 バリアを解いた法月が怪物達へと駆け出す。


「〈ジャスティスパンチ〉! 〈ジャスティスパンチ〉! 〈ジャスティスパンチ〉! 〈ジャスティスパンチ〉! うおおおおおおおお〈ジャスティスパンチ〉!」


 法月の殴打が直撃した怪物は一撃で、風船のように破裂して消し飛ぶ。

 さっきまで追い詰められていたとは思えない程にあっさりと全滅させた。これは晴天と法月の二人が居なければ出来なかったことだ。神奈達が〈命令〉の効果を受け付けなかったのも助かった。法月が出していた謎のバリアに守られていなければ、神奈以外誰も動けなかっただろう。


「君、ありがとう。君のおかげで助かったよ!」


「不敬な奴等だ。俺様の命令に背くとは」


「王堂、お前、なんでこんなところに居るんだよ。私達を助けに来てくれたってわけじゃないんだろ」


 話した回数は少ないが晴天の性格を神奈は知っている。自分から他人を助けるために動く人間ではないし、誰かに言われても動かない。そもそも、この地下研究所に行くことは当事者以外知らないはずなので、晴天が同じ場所に来たのは全くの偶然である。


「当然だ。なぜ王が民を助けねばならん。真の王に民は勝手に付いて来るものだ」


「うん。で、なんで来たの?」


「きな臭い政府の裏情報を探っていたら、悍ましい実験資料を手に入れたものでな。メイジ学院のバックは政府らしいし、学院に通う妹の身を守るために俺様が動いてやったのだ。メイジ学院に妹が行けるようにしたのは俺様だからな。ほんの少しは責任がある」


「意外だ。自分の身は自分で守るのが当然、とか言うと思ったのに」


 何にせよ晴天が来て助かったのが事実。神奈達は素直に感謝する。


「あなた、実験資料って言ったね? どこで手に入れたのかはどうでもいい。今すぐ見せてくれない?」


 葵が晴天にそう声を掛けると彼の眉間にシワが寄った。


「誰だ貴様。誰が俺様に話し掛けていいと言った。口を閉じろ」


 ガキッと思いっきり歯と歯がぶつかる音がした。葵の唇はしっかりと閉じられていて、歯同士がぶつかった痛みのせいで口を押さえている。理不尽な思いをした葵は無言で晴天を睨む。


「あー待て待て、こいつら私の同級生なんだ。南野葵に天寺静香、そして法月正義。今私達は政府の大賢者復活計画ってやつを止めようとしていてさ、お前が持つ資料が役立つかもしれないんだ。頼む、資料を見せてくれないか」


 晴天を刺激しないよう神奈は頭を下げて頼み込む。


「ふん。敬いが足りないが、まあいい。資料は後日貴様の家に届けてやろう」


 頭を上げた神奈は「ありがとう」と一応礼を言っておいた。

 話が終わったのを見計らって法月が神奈の耳元に顔を近付ける。


「……神谷さん神谷さん、彼、悪じゃないのかい?」


「うーん、グレーゾーンだな」


「なんか君の周り、そういう人が多くないかい?」


 善人とは言い切れない者が多いと言われると神奈も確かにと思ってしまう。しかしそれは過去悪事を働いたが今は改心している気がする、くらいの人間が多いのだ。天寺や神音がそのケースである。坂下と今日一緒に戦った坂下兄も似たようなものだろう。グレーゾーンなのは確かだが、それは決して悪いことではないと神奈は思う。善人と言い切れる日が来る可能性だって残されているのだから。


「……おい。なんだ、そのコスプレ男は」


「自分での自己紹介がまだだったね。僕は法月正義。この世界のジャスティスさ」


「…………こいつは何を言っているんだ?」


「この世の王とか言ってるお前も同類だろ。あ、なんか面倒になる予感がした。解散解散!」


 神奈は天寺に頼み、自分と葵を連れて瞬間移動してもらった。

 メイジ学院に移動した神奈達だったが、既に坂下の試合は終わっており、ドームには誰も残っていなかった。本人に電話してみたところ、勝利の報告をされたので神奈達は安心して帰宅する。天寺だけは誰の絶望も見ることが出来なかったので不満そうに帰った。




 * * *




 とあるファミリーレストランにて今回の件の打ち上げが行われる。

 今回も日野の発案で、魔導祭終了後も打ち上げをした店に集まった。


 窓際のテーブルに坂下、日野、影野、晴嵐が座り、通路を挟んだ左のテーブルには神奈、葵、綴が座っている。詰めれば七人座れたかもしれないが、快適に過ごしたいという理由で四人と三人に分かれた。本当のところは神奈達が政府関連の話をしたかったからである。


「よし、じゃあみんな席に着いたところで乾杯!」


「「「「「かんぱーい」」」」」


「おい南野と綴、お前等も乾杯しろよ! こいつらは前回のことを反省して俺に合わせてくれたんだぞ!? 王堂なんて今回初参加なのにやってくれて……俺、俺嬉しいよ」


 前回の打ち上げでは誰も乾杯をしてくれなかったので日野は涙を流して喜ぶ。

 実は日野以外は乾杯に乗り気ではないのだが空気を読んだのと、二度も無視するのは精神的ダメージが強いだろうと気遣った結果が今だ。因みに日野のことを全く気にしない葵と綴は飲み物のグラスすら持っていない。


「めんどくさ」

「そもそも、俺が参加する必要あります?」


「協調性皆無のクソ共め。もういいよ、どうせ今回の主役は坂下なんだ。敵だった奴と応援に来なかった奴なんてほっといて始めようぜ! 坂下の祝勝会をよお!」


「……別に、行きたくなかったわけじゃないのに」


 葵がボソッと小声で呟く。

 今更言い訳しても行けなかったのは事実なので抗議はしなかった。


「今のは聞き捨てならないね日野君」


 なぜか影野が険しい表情をして抗議の声を上げる。


「え、何が?」

「応援に来なかった神谷さんにも非があるような言い方じゃないか。神谷さんの行動は全て正しい。言うなれば世界の真理。南野さんと銀髪小僧はどうでもいいけど、神谷さんの否定は俺が許さない。今すぐ謝罪してくれ」


 負のオーラを放出する影野に圧倒された日野は「お、おう、ごめん」と謝る。


「止せ影野。大事な試合がある日ってのは私も知っていたんだ。用事があったとはいえ応援に行けなかった私達が悪い。ごめんな坂下君、応援に行けなくて。用事を早く終わらせられれば良かったんだけど」


「い、いや、いいよ! 神谷さんも南野さんも重要な用事があったんでしょ?」


 神奈は「まあな」と答えてメロンソーダを飲む。

 地下研究所での戦闘がなければ、もしくは戦闘が最初の怪物一体だけなら模擬戦には間に合っただろう。あの時、五体もの怪物が一斉にやって来なければ、坂下兄弟が綴に勝つ瞬間を見られたはずだ。模擬戦が見られず葵も残念がっていたし、神奈としては申し訳ない気持ちがある。


「試合、見に行けなかったけどさ、勝つって信じてたよ。改めておめでとう」


 模擬戦で勝利出来たのは本当にめでたいことだ。

 神奈は坂下兄弟がどうやって綴を倒したのか聞いていないが、格上の相手を倒すのは二人掛かりでも難しい。勝利を掴めたのはレイの特訓と坂下兄弟の努力のおかげだろう。


「そうだよ坂下お前は本当によくやったよ! 嫌いだった兄貴とまで協力したんだしよ!」


「確かに、今回の坂下君は頑張ったね」


「先輩の活躍、オレしかと目に焼き付けましたよ! お兄さんとのコンビネーションも良かったですし……そういえば、お兄さんは来てないんすね。あの人も主役でしょうに」


「一応誘ったんだけどね。兄さんは、やっぱりまだ僕のことも、両親のことも嫌いなままらしくてさ。今日はお世話になったホームレスの人達に会いに行くって言ってたよ」


「そういや、もう家には戻れたのか? 強さは見せたし坂下君の両親も勘当を考え直しただろ」


 家族仲は未だに改善されていないが、綴を倒したことで最悪の未来は回避出来た。

 勘当の理由は弱いと思われていたからなので、養子として坂下家に加わった綴を倒せば、両親が坂下兄弟に戻ってきてくれと頼むはずである。坂下兄弟が実家に戻れば一件落着と神奈は考えていたが……。


「両親は勘当を取り消してくれたよ。でも、しばらく帰らないことにしたんだ」


「ええ何でだよ! それじゃあお前が頑張った意味ねえじゃねえか!」


 驚いた日野の声を少し怖がった坂下は「ごめん」と呟き一瞬目を閉じる。


「僕は帰ってもよかったんだけどね。兄さんはまだ両親のことを許してなくて、しばらく反省させるために帰らないらしい。僕も今回の件は少し嫌な思いをしたし、兄さんの考えに乗ることにしたんだ。しばらくは南野さんの家に居候させてもらうよ。本人から許可も得られたし」


「……まあ、お前がそれでいいならいいけどよ」


 話を聞いて神奈も考え直した。勝手な理由で息子二人を家から追い出しておいて、強いと分かれば戻って来いと言うなど虫がよすぎる。聞くだけでも腹が立つ両親なので、反省してもらうには坂下の行動が最適解なのかもしれない。


 しかし居候先が葵の家というのは不安だ。別に葵が悪いわけではない。葵は今、政府の実験施設を調べては破壊する活動をしている。政府から敵視されて家が襲撃されることも考えられる。周りに住宅が無い場所で一人暮らし中だからこそ、誰かに気遣うことなく危険な調査に手を出せると葵は言っていた。それなのに坂下が居候するとなれば、部外者が危険に巻き込まれる可能性がグンと上がる。坂下を巻き込むことだけが神奈の不安だ。


「……いいのか?」


 葵に顔を近付けて神奈が問いかけると彼女は「いいの」と答える。


「政府の件には巻き込まないようにするつもりよ。もし家が襲撃されても問題ない。彼が協力者ではなく被害者だと思わせる方法ならあるから。安心して」


「あんまり無茶はしないでくれよ」


「多少は無茶しないと情報は得られないの。それよりあの王堂晴天って奴から資料は届いたの?」


「いや、まだ。でも忘れることはないだろうから近日中に届くと思う。届いたら知らせる」


 晴天は有言実行するタイプなので資料は確実に届く。ただ、もし今のように神奈が出掛けている時間に家へ来られたら、理不尽な罵声を浴びせられるだろう。嫌な可能性に気付いた神奈は、資料が届けられるまで外出を出来るだけ避けることにする。


「そういや綴はこれからどうするんだ?」


 政府への協力者を捜し出して復讐する目的で坂下家に行った綴だが、もう復讐は止めると約束したので坂下家に居る意味がない。一応養子として引き取られたから坂下家に留まるのか、それとも孤児院へ戻るのか。どちらにせよ綴としては不満だろう。


「孤児院に戻ります。復讐を止めた以上、あんな家に居ても無意味ですから」


 そう吐き捨てた綴はやはり不満そうな顔をしていた。


「……お前の復讐は止めたけどさ、私も政府のことを知ったからには放っておけない。政府への協力者を調べて、悪い奴なら罰を与えようと思う。……って言っても、私じゃ難しいから調査は才華に任せるつもりだ。お前さえ良ければ協力出来るよう才華に頼んでみるけど、どうしたい?」


「なるほどそうきましたか。面白い。是非、関わらせて頂きたいですね」


「分かった。伝えておく」


 今までは知らなかった政府の闇を晴らすため神奈は色々と動くことにした。

 一見平和に見えても、自分の目に映らない誰かが不幸な目に遭っている。きっとそういった人間が居なくなることはない。それでも、誰かの手で苦しむ人間の数は減らしたいと考える。政府の闇を晴らすことこそその第一歩となるだろう。


 色々動くと決めたのはいいが今の日常を手放すつもりはない。

 神奈は談笑する坂下達を見て、今の仮初めかもしれない平和な日常を楽しもうと心から思う。


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