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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.一章 神谷神奈と政府の秘密
402/608

214.18 失敗作


 研究所の探索を続けていると神奈達は部屋をいくつか見つける。

 どの部屋にも書類は一つもなく、パソコンはあったがパスワードが分からず手掛かりはない。ダメ元でパソコンにパスワードを入力してみたがロックは開かない。部屋が綺麗に片付けられているところを見るに、やはりもう使われていないか、見せかけだけのダミーだと全員が理解する。


「はぁ、研究所の探索も飽きてきたわね。いっそ内閣府とか、行政機関を破壊した方がいいんじゃないの?」


 過激な発言をする天寺を法月が睨む。


「そんなことは僕が許さないよ。大勢の人間が犠牲になるからね」


「手っ取り早いのは分かるけど私も反対。政府全てを潰しちゃったら日本はあっという間に無法地帯よ。モヒカンだらけの世紀末になってもおかしくない。一子相伝の暗殺拳がないと一般人は生き抜けなくなるわ」


「知らないわよそんなこと。裏社会に通じている私やあなたにとっては何の変化もないじゃない」


 行政機関が消えれば、罪人を裁く組織が消えるので誰からも罰されない。罪を犯し放題な世の中になってしまう。警察機関を残しておいたとしても罪人に対処しきれないだろう。ただ天寺の言う通り、殺しに違法薬物に違法営業、何でもありなのが裏社会。裏の住人である天寺や葵にとっては無法が日常なので変化はない。


「いや誰か暗殺拳につっこみ入れろよ」


「つっこみはあなたの役目でしょ」


「決まってんの? おい私以外ボケしかいないじゃん」


「僕もボケ担当だと思われているのは心外だな」


 ヒーローのコスプレをしている時点で法月は存在がボケ担当である。


「一旦話を戻すぞ。とりあえずこの場所はダミーっぽいし破壊して帰ろう。今日は用事が――」


 神奈が魔力弾を手に生成した瞬間、それとは別のもっと大きな魔力を感じ取った。天寺と葵も気付いており、法月だけは魔力というより気迫のような何かを感じていた。

 正体不明の魔力反応を感知した以上、無暗に研究所を破壊するのは危険と判断して神奈は魔力弾を消す。


「今の、気付いたか?」


「下から感じたわ。大きな魔力を」


 葵の目線は下に向き、他の三人も遅れて下を向く。


「魔力とかいうのは知らないけど、僕も何となく、存在感みたいなのを感じたよ」


「なんだ、今回は完全にハズレってわけじゃなさそうね。下りてみましょうか」


 神奈達は正体不明の魔力源を調べるため研究所の最下層を目指す。

 罠はないし敵も居ないのでスムーズに最下層へ辿り着き、大きな鉄製扉を神奈が両手で静かに開けていく。扉の先に敵が居ないとも限らないので慎重に、中の様子を窺いながら開ける。


 電気が点いていないため真っ暗だが神奈は加護のおかげではっきりと見えた。

 部屋は白く、広々とした円柱状で材質は不明。少なくともコンクリートや鉄よりも硬い何かだ。以前神奈が赴いたU社の戦闘用実験室と似た雰囲気を感じるので、造りも用途も似た物だろう。


 部屋の奥では三メートル程の生物が鎖に繋がれていた。

 胴体や脚だけを見れば人間に見えるが頭部は二個も存在しており、右が男、左が女の顔をしている。腕は四本も生えていて、彼、もしくは彼女の姿は正に怪物そのものであった。


 想定外の怪物を目にして神奈は一瞬怯むが、一先ず部屋の電気スイッチを探して押す。

 壁に埋め込まれたLED照明が光り出し、部屋が明るくなったことで法月達も怪物を目にする。


「なっ、なんだあれは! 人間なのか!?」


「……悪趣味ね、随分と。他人のこと言えないけど」


「捨て置かれているのを見るに失敗作ね。それでもこの魔力、洒落にならないわ」


 気になった神奈が戦闘能力数値化魔法の〈ルカハ〉で調べたところ、鎖に囚われている怪物の魔力値は493000(四十九万三千)。身体能力値も合計すれば神奈の500000(五十万)を超えるので恐ろしい強さだ。本物の大賢者を知っている分、怪物が失敗作なのは分かる。しかし、いくら大賢者に遠く及ばない失敗作でも、殆どの生物を嬲り殺せるくらいに強い。


「腕輪、あれは……何だ」


「人間の魔力器官を複数混ぜていますね。さらに改造されて、あの体全体が魔力を貯め込む袋になっています。そこに魔力エネルギーを直接注入したのが目の前のあれですね。生きてはいますが……既に理性はないと思いますよ。助けるのは諦めた方がいいです」


「つまり、あれを生み出した奴は頭がイカれてるってことだな」


「魔力の実と人造人間のデータを利用した結果があれなわけね。野に放つのは危険そうだし処分しましょう」


 危ないから排除するという判断に法月が「ちょっと待ってくれ!」と反対する。


「処分なんて……まだ、生きているんだろう? 殺すなんて可哀想だ。鎖の拘束を解いてあげよう」


 正直に言えば神奈も殺害に気は進まないが、葵の処分という判断は正しいとも思う。改造された肉体は元に戻らない。一生理性なき怪物として過ごすくらいなら、死んだ方が全人類のためにも良い気がしている。


「法月、あなたがヒーローに憧れているのは分かっているけどね。それを助けるってのは無理じゃないの? 神谷さんの腕輪が理性もないって言っていたじゃない。下手に近付けば何されるか分からないわよ」


「それでも僕は、可能性がある限り手を伸ばす。希望に手を伸ばすんだ」


 歩いて怪物に近付く法月に天寺は「ちょっと!」と叫ぶ。

 ヒーローらしいと言えばらしいが法月の思考は他の三人と合わなかった。

 一人でも助けようとする法月が怪物の前まで行き……怪物が吠えた。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ぐうっ!?」


 近付いたのがいけなかったのか、二頭四腕の怪物は高音と低音の悲鳴を上げた。叫ぶだけでなく、怪物は拘束されている手足を激しく動かす。鎖が千切れるのではと心配する余裕は神奈達になかった。建物すら揺れるあまりの大音量から、耳を塞いで身を守るのが精一杯だからだ。


 ――叫び声が止まった時、鎖が粉々に砕け散って怪物が解放される。


 自由の身になった怪物はまず傍に居た法月を思いっきり蹴り飛ばそうとする。

 怪物の足先が法月の胴体に直撃する寸前、彼の姿が消えて蹴りは空振りに終わる。


「はぁ、だから言ったじゃない。無理だって」


 彼が消えたのは天寺の固有魔法〈瞬間移動〉のおかげだ。

 攻撃から助けてくれた天寺に法月は「ありがとう」と礼を言いながら立ち上がる。


「僕は、何も出来ないのか」


「人によっては死が救いになる場合もあるわ。あれも、その類いよ。ヒーローに憧れるのは勝手だけど、時と場合によってはヒーローでも誰かを殺すことがあるの。救うためにね」


「……救うために、殺す」


 怪我人や困っている人間を救い、悪人は容赦なく倒すのが法月の中のヒーロー像。戦いとは悪人を裁くための手段であって、誰かを救うために戦うなんて彼は考えたこともなかった。突然提示された新たな選択肢に彼は戸惑う。


「あれが外に出たら大変なことになる。私達で対処するぞ!」


「私と南野さんはサポートに徹するわ。法月、あなたは神谷さんと同じアタッカーなんだからしっかりしなさい!」


「とりあえず、あんな凶暴なまま外に出すのは危険だ。僕も戦おう」


 神奈と法月が前に出て、二頭四腕の怪物と向かい合う。

 怪物はふわりと浮かび上がり、浮遊したまま急接近してきた。


 神奈達はそれぞれ別方向へ跳躍して怪物から遠く離れると、怪物は既に誰も居ない場所へと四個の拳をぶつけた。四つ同時の衝撃は合わさることで超強力な一撃となる。頑丈な床に亀裂が入り、拳の風圧が部屋中を嵐のように駆け巡る。


「とんでもない威力……! あんなん当たったら死ぬぞ!」


 怪物は周囲を見回した後、神奈が跳んだ右上へと急上昇した。

 今度は四本の腕で連打を放ってくるので神奈は両腕と両足で対応する。しかしただでさえ自分と同程度の速度なのに、腕の数は自分の二倍なので長くは防ぎきれない。手はともかく足での攻防は苦手なので余計に苦しい。三秒程で足での防御が遅れて、怪物の拳が腹部にめり込んだ衝撃で吹き飛ぶ。


 四本の腕は止まらない。神奈を追いかけつつ怪物は連打を放ち続ける。

 二打、三打と連続で打ち込まれる拳を前に、神奈は体を丸めて防御することしか出来ない。

 助けようと天寺が神奈に対して〈瞬間移動〉を使用したが、残念ながら加護の効果で無効化されてしまう。自分の力が効かないことに天寺が動揺する間に、法月が一気に怪物との距離を詰めて殴り飛ばした。


「〈ジャスティスパンチ〉! 大丈夫か神谷さん!」


「いってええええ……。へっ、でも、咬座(かむくら)の攻撃の方が痛かったか」


「大丈夫そうだね。さて、あちらは……あちらも元気そうだ」


 怪物は殴り飛ばされたものの大したダメージは負っていない。


「お前なあ、全力でやってくれよ。お前ならどんな奴でもワンパン出来るんだからさ」


 空中で体勢を整えた神奈はそう言って半目で法月に視線を送る。

 法月が持つ正義の加護はトップクラスに強い。相手を悪と認識していれば一撃で倒し、攻撃には当たらず、限定的なワープすら可能とする。そんな彼の拳を受けても怪物が元気ということは、彼が怪物を悪と認識していないことを意味する。彼の加護を頼りにしていた神奈からすれば期待外れだ。


「あれは悪じゃないよ。正義でもない。ただの可哀想な命だ」


「何でもいいけど倒せよ。ああー、あれ〈超魔激烈拳〉で倒せるかなあ」


 二人が話している間に動いたのは葵だった。

 葵の足下に青紫色の花が咲き、花びらが竜巻となって彼女の全身を覆う。吹き荒れる風が止むと花びらも消えていて、彼女は青紫の花が咲くドレス姿に変身していた。急上昇した魔力は怪物に及ばないものの元の約三十倍に膨れている。


「ニゲラよ、繁殖せよ」


 葵が手を伸ばすと青紫の花が直線状に咲く。


「〈葉牢(リーフプリズン)〉!」


 青紫の花の一部、棘のような葉が怪物に向かって急速に伸びる。

 何千何万という尖った葉が怪物を貫こうとして、怪物を呑み込んだ。

 下手に動けば肉が葉先に削られて死ぬ空間、〈葉牢〉。一般的な強者を閉じ込めておくのは容易な技だが、今の葵の七倍以上も強い相手にはさすがに効かない。それでも一瞬の足止めにはなる。


「今よ!」

「よし、最大威力でぶっ放す!」


 神奈は特大魔力弾を両手で生成して〈葉牢〉に投げつけた。

 既に〈葉牢〉からは怪物の手足が出ていて脱出一歩手前。完全脱出される前に特大魔力弾が〈葉牢〉へと直撃し、瞬時に尖った葉を消し飛ばして怪物に当たった。怪物は四本の腕で特大魔力弾を押し返そうとしているが、葵が一本の魔力光線を撃ち込んで爆発させる。


 地下研究所どころか地球が吹き飛ぶ威力だがそうはならない。

 爆発の規模は本来より遥かに小さく、怪物の周囲だけに留まっている。これは決して威力不足ではなく寧ろ圧縮されたことで威力は増している。つまり惑星が消し炭になる以上のエネルギーをその身に浴びた怪物も消し炭に――ならなかった。


「……冗談だろおい、地球吹っ飛ばす威力を圧縮したんだぞ。死んどけよお前」


 無傷ではない。下半身は消し飛んでいるし、上半身は筋繊維が見える程に損傷していた。しかし傷口が泡立ったと思えば塞がっていき、下半身からは六本の足が生える。再生に魔力を使ったようだが、複数の魔力器官を持っているのですぐに回復する。


「気持ち悪っ、何あの足!? 蜘蛛かよ!」


「再生持ち……しかも脳がバグって前と違った肉体を作り上げた? 化け物ね」


 天寺の言う通り化け物だ。人間要素が消滅しかけている。

 怪物は六本の足で着地すると、蜘蛛のような動きで天寺を轢き殺しに向かう。先程よりもスピードを増した怪物を天寺は視認出来なかったが、危険を直感して〈瞬間移動〉で回避した。


 ターゲットを見失っても怪物は止まらない。すぐにターゲットを神奈と法月に変更して、六本の足で壁を蹴って一気に空中の二人に接近する。そして女性型の頭部が「……して」と呟き、四本の腕を二本ずつ絡めたら、強力な殴打で神奈達を殴り飛ばす。

 白い壁にめり込んだ神奈と法月は一瞬意識を失いそうになったが堪える。


「か、神谷さん、あいつ、今喋ったぞ!」


「何て!?」


「内容はよく聞こえなかった! けど、喋った!」


 壁から出た神奈達は同時に怪物へと攻撃を仕掛けた。

 束ねた二本の腕と攻防を繰り広げていると怪物の頭部、男と女の口が僅かに動く。


「こ、ころ、して」

「殺して、くれ」


 今度ははっきりと聞こえた神奈達は動揺してしまい、その隙にラリアットで吹き飛ばされる。床を削りながら壁に衝突したがよろけながらも立ち上がり、お互いの顔に視線を送る。


「……神谷さん、今の、聞こえた? 殺してくれって」


「聞こえた、はっきりと。願いは叶えてやるさ。やるぞ法月!」


「殺して救う、か。殺さずに救うことが出来ないのは僕の力不足だ。すまないね。今回は君の望み通り、すぐ楽にしてあげるよ! だからどうか来世では幸せに過ごしてくれ!」


 神奈は〈超魔激烈拳〉、法月は〈ジャスティスパンチ〉の準備をして駆け出した。

 当てさえすれば敵を倒せる必殺技を放つために怪物へと近付くが……放てなかった。二人の拳を警戒して怪物が動き回るのだ。


 六本足になった怪物が地面を移動する速度は先程よりも速い。視認も魔力感知も辛うじて出来るとはいえ、そこまで素早い動きの敵に一撃を叩き込むのは難しい。ましてや神奈に至っては一発きりの大技なのもあって慎重になりすぎてしまう。怪物が動き回りながら殴打を放ってくるなか二人は中々動けない。


「神谷さん、法月! 何も考えず真正面にぶち込みなさい!」


 天寺の言葉を信じて二人は拳を前方へと振るう。

 真逆だ。怪物は現在、二人の真後ろで殴りかかっている。

 しかし天寺が指を鳴らした瞬間、怪物の位置が二人の前方に移動した。


 怪物の拳は空振り、二人の拳は背中に命中する。

 途轍もない衝撃が怪物に伝わって内側に広がっていき、耐えきれずに肉体が爆散した。本来なら再生してしまうが、法月が拳に乗せた正義の加護の力により再生が阻害される。殺すために振るわれた拳なのだから再生なんてさせるわけがない。


「や、やった……」


 技の反動で力が抜けた神奈は膝に手をつき、なんとか倒れないようにする。

 技がノーリスクだった法月は平然と立ち、天寺の方に顔を向ける。


「天寺さん、今のは君がやってくれたんだね」


「私の力であの化け物をあなた達の前に移動させたの。感謝しなさい」


「ありがとう。お礼に僕の応援グッズをあげるよ」


「え、いらない」


 応援グッズって何だよとつっこむ気力すら神奈には残っていなかった。


「今回は勝てたけど、忘れちゃダメなのはあれが失敗作ってことね。あれ以上の成功作って、いったいどれ程の力を持っているというの? 大賢者っていうのはあれ以上なの?」


 葵の疑問には神奈だけが答えられる。だが、答えなかった。

 実際に戦ったことがある神奈だからこそ、今日の敵よりも遥かに強いと分かる。

 正直に言葉にしてしまうと全員が絶望することになる。天寺は大好物だろうが本人も絶望するので喜ぶ暇はないだろう。


「不安になるのも分かるけど今は帰ろう。今日は私と南野さん用事があるしさ。坂下君の模擬戦を見届けないと」


「ちょっと何その面白そうな話。誰かの絶望が見られそうな予感!」


「……君は相変わらずだな。ところで応援グッズの旗がここに」


「いらないって言ってるでしょ」


 何はともあれ失敗作とはいえ無事にこの世から消すことが出来た。

 政府の野望はまだ止められていないが、この調子で研究所を潰し回っていればいつかは黒幕のもとに辿り着く。今日のような敵が何度現れたとしても倒せばいい。神奈達ならそれが出来るという自信もついている。


「坂下君、今頃勝ってるかな」


 ――突然、轟音が鳴り響く。


 神奈達が今居る戦闘用実験室の天井に穴が空き、絶望が舞い降りた。

 つい先程やっとの思いで撃破した失敗作と同じ外見の存在が……五体。

 戦闘用実験室に侵入して来たそれらは神奈達を囲むように位置取る。


「……マジかよ。冗談だろふざけんなよ何だよこの状況。バトル漫画じゃねえんだぞ」


 明らかな敵意を向けてくる怪物達が一歩ずつ神奈達に近付いてくる。

 逃げ道も塞がり、戦っても勝ち目がない。神奈達は絶望的な状況に追い込まれた。


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