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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.一章 神谷神奈と政府の秘密
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214.17 坂下兄弟の特訓


 綴へのリベンジマッチに勝利するため坂下兄弟は……公園に来ていた。

 遊んでいるわけではない。特訓する場所に困っていたところ、神奈が夜見野(よみの)公園という場所を紹介してくれたのだ。この公園は心霊スポットと言われており、滅多に人間が近寄らない場所。普通心霊スポットならオカルト好きが見物しに来そうなものだが、洒落にならないレベルの祟りがあったとかで見物人は一気に減っている。


「お、いたいた。迷わず来られたみたいだな」


 公園に来てから少しして、この場所を紹介してくれた神奈がやって来た。隣には坂下兄弟が見たことのない赤紫髪の少年が居る。ついでに遠く離れたところには影野も見えるが今は関係ないので誰も気にしない。


「神谷さん!」

「げっ、あの女は……」


「ん? お前、確か坂下君の兄貴か。一緒に居るってことは綴と戦う気か?」


「負けっぱなしが気に入らないだけだ。で、隣の男は誰だよ。学院の生徒じゃねえみてえだけど」


「こいつはレイ。お前等の師匠役を引き受けてくれたんだよ」


 赤紫髪の少年、レイは「よろしく」と優し気な笑みを浮かべる。

 どこからどう見ても戦いとは無縁そうな優男だが纏う雰囲気は別物。わざと感じさせているから彼の実力が大雑把に分かる。坂下は当然として、優悟よりも遥かに、もしかすれば綴より強いかもしれない。


「じゃあ私は帰るから仲良く特訓してくれ」


「ええ!? 帰っちゃうの神谷さん!」


「ちょっと面倒事があってさ。そっちを優先しなきゃいけないんだ」


「……それって、南野さんが調べてることと関係してるの?」


「ま、そんなところだ。じゃ、頑張れよ」


 意思は強いようで神奈は手を振りながら帰ってしまった。

 知らない人間と嫌いな兄、三人でいる状況を坂下は気まずく思う。


「お前、どれくらい強い?」


 優悟の言葉でさらに気まずくなるが坂下も気になっている。

 坂下が知る中では最強の神奈が連れてきた相手なので弱くはないだろう。只者ではない雰囲気からもそれは分かる。だが、弱くないと分かってもどれ程の強さなのか正確に計ることは出来ない。


「うーん、指標がないから説明は難しいかな。少し力を見せるよ」


 レイはそう言いながら拳を真上に突き出した。

 坂下兄弟には手の動きが全く見えず、上げられた拳を見てからようやく突きを放ったのを理解する。素早い動きにはもちろん驚いたが、一番驚いたのは何となく空を見上げた時、空を漂っていた雲に大穴が空いていたことだ。先程まではなかったのだからレイの突きで作られたのは明白である。


「雲に穴が……す、凄い」


「い、今の、どんな魔法を使って……いや魔法名を言ってないってことは普通のパンチか!?」


「想像の通りただのパンチだよ。師匠役、僕じゃ不足かな?」


「ま、まさかまさかそんなわけないだろ。よ、よろしく頼むぜ」


 予想以上の強さに驚愕した坂下兄弟はレイに特訓をお願いした。

 身体能力面しか見せられていないが自分達より、綴よりも遥かに上。もはや敵う者など居ないのではないかと思ってしまうくらいの強さを見せつけられたのだ。文句なんてあるはずがない。


「じゃあまずは、君達の力を見せてもらおうかな。神奈から事情は聞いている。時間がないし、初めから全力でかかってきてよ。それから二人の課題を見つけるからさ。こっちの怪我は心配しなくていいよ。君達の攻撃で傷付くことはたぶん、ないから」


「言ってくれるぜ。おらやるぞ勇気」

「怪我させちゃったらごめんなさい!」


 坂下と優悟が殴りかかるのをレイが楽々と躱す。

 反撃はない。実力を見るための戦いなので最初は好きに攻撃させている。

 一分程で坂下の息が切れて動きが鈍くなり、さらに三十秒も経てば動きが完全に止まってしまった。優悟の方も次第に疲れが溜まり三分程で動けなくなった。二人が座り込むのでレイも立ち止まる。


「もうおしまいかい? なら、少し休憩したら防御や回避の能力を見せてもらおうかな」


 十分の休憩を挟んだ後で坂下と優悟は再びレイと向かい合う。

 素早くレイが拳を出してくるので二人は躱した。最初に見せてくれた雲に大穴を空ける拳とは違う。明らかに手を抜いていて綴よりも速度が遅い。今の坂下兄弟でも躱せるということは実力の一割も出していない。


「速度、上げていくよ」


 レイが繰り出す拳や蹴りの速度が段々上がっていく。

 徐々にスピードアップしていく攻撃を次第に回避が難しくなり、防御に徹するしかなくなる。それでも数秒後には受けきれなくなってまともに打撃を喰らってしまった。二人に三回攻撃を入れた直後にレイは攻撃を止める。


「こんなものか。二人の身体能力はだいたい分かったよ。でも魔法はどうして使わないんだい?」


「いくらあんたが強くても危ねえだろ」


「言ったはずだよ。君達の攻撃で傷付くことはないから、遠慮しないでって」


「ああそう、ならお言葉に甘えて使わせてもらうぜ! 〈十字火(クロスファイア)〉!」


 優悟の両手が炎で燃えて、クロスさせるように両腕を振るう。

 両手から離れた炎は十字となってレイに向かったが蹴り一発で霧散した。


「なっ、俺の魔法が……! ちいっ、次が全力だ! 〈十字火〉!」


「おおさっきよりも強火だね」


 強力な炎の十字はまたしてもレイの蹴りで消し飛ぶ。

 本当に全力で〈十字火〉を放った優悟は「ば、バカな」とショックを受ける。


「君は使わないのかい?」


 レイに顔を向けられた坂下は「えっ」と狼狽えつつ答える。


「僕の魔法は実戦で使えないくらい弱くて。唯一使えるとしたら〈(デコイ)〉ですかね。敵の攻撃対象を全て僕に固定する魔法です。前に使った時は相手と一緒に爆発に巻き込まれて気絶しちゃいましたけど」


 魔導祭にて行われた模擬戦、魔闘儀で坂下は〈囮〉を使い酷い怪我を負った。

 日戸(ひと)操真(そうま)の爆発人形が向かう対象を坂下にして、日戸を羽交い締めにして盾と扱ったことで相打ちになっている。あの時は日戸を盾にしなければ死んでいたし、弱いからと無視してくれたおかげで隙を突けた。相打ちにまで持ち込めたのは運が良かっただけだ。


「なるほど……とりあえず現時点での君達の強さは理解したよ。課題は三つだね」


「え、三つしかないんですか?」


「……三つしかって、三つは結構多いと思うよ?」


 自己評価が低い坂下は勝手にもっとあると思っていたが、三つは確かに多い。

 綴との模擬戦までは残り六日しかないので、理想は一つの課題に専念すること。課題が二つ以上だと多いし成長がばらつく。


「一つ目は体力向上。君達は全力で動ける時間が短すぎる。戦闘をするならもっと体力付けないと」


 納得の課題だ。今まで坂下は戦いの経験が魔導祭の時しかないため、体力作りなんてやったことすらない。魔導祭の時は葵と模擬戦の特訓をしていたが、あの時は魔力操作を重点的に特訓していた。綴とはただでさえかなりの差があるのだから、全力で動ける時間を増やしておいた方がいい。


「二つ目は戦闘向きな思考と行動が出来るようになること」


「……どういう意味だそりゃ?」


「君達が戦闘の素人ってことさ。動きに無駄が多いし、考えてから行動に移すのが遅い。神奈から聞いた話だと、君達の敵は戦いを長く続けていたらしい。実験と称して仲間との戦いを強制させられていたとか。そんな相手に勝つ為には君達も戦いの経験値を得ないとね」


 正直坂下兄弟にはよく分からない話だった。

 動きが素人なんて漫画みたいな台詞を言われたのも初めてである。


「三つ目は決定打を作ること。要は必殺技だよ必殺技」

「……必殺技」


 心当たりはある。神奈の〈超魔激烈拳〉や速人の〈真・神速閃〉が正に必殺技だ。考えようによっては普通の魔法だってそれらと変わらない。問題になるのは坂下にも、優悟にも、敵に大ダメージを与えられる大技がないことである。


「僕には色々あるけど一つ見せるよ。〈流星剣〉」


 時々スパークする赤紫色の剣がレイの右手に生み出され、振るわれる。

 一瞬の斬撃は剣と同色のエネルギー刃を放ち、遥か上空の雲を切り裂いて地球外に飛び出た。直後レイは「あ」と呟き、坂下兄弟の目には見えない速度でエネルギーの斬撃を何度も放つ。


「いやー危ない危ない。地球を覆う空気まで斬ったから隕石が落ちてきたけど何とか切り刻めたよ」


「す、凄い。言っていることがよく分からないけど凄い」


「あの女の知り合いって化け物しかいねえのかよ」


 それに関しては坂下も優悟に同意する。元はといえば速人も神奈の小学校時代のクラスメイトだし、以前雪合戦した宝生小学校のメンバーも色々とおかしかった。類は友を呼ぶという言葉があるように、神奈の周囲には規格外な強さを持つ者が集まりやすいのかもしれない。


「さて、気を取り直して特訓を始めようか。決定打は休憩時間にでも考えておけばいいさ」


「あ、その決定打ってやつ。実は試してみたいことがあるんです。兄さんと二人なら綴君を倒せるかも。後で試します」


「何だよ、勿体ぶらずに教えろよ」


「試す時に教えるよ」


 レイによる坂下兄弟の特訓がとうとう始まる。

 軽い筋トレから始まり、公園内をひたすら走り回る筋力と体力の特訓。

 レイとの模擬戦を(おこな)って経験を積む戦闘特訓。

 実力差がかなりある綴に勝利するためとはいえ過酷な特訓である。六日間という短い期間だが坂下兄弟にとっては一日一日がとても長く感じた。そして特訓を終えた二人は約束の日、メイジ学院に向かうのであった。



 * * *



 メイジ学院にて坂下兄弟と綴の模擬戦が行われる日。

 神谷神奈はクラスメイトの応援にも行かず、人気(ひとけ)のない地下研究所にやって来ていた。目的は未だに続く『大賢者復活計画』の阻止。日魔対が壊滅しても政府主導で続くその実験を止めなければ、綴達のような被害者が増える一方である。


 ずっと研究所の場所を調べていた南野(みなみの)(あおい)の連絡により集まったのは神奈、天寺(あまでら)静香(しずか)、そして天寺が連れて来た法月(ほうづき)正義(まさよし)。四人はダミーではなく本命と思われる研究所に足を運び、内部へと潜入していた。


「静かだな。実験が行われているんじゃないのか?」


「またダミー? 政府の奴等はどれだけダミーの研究所を作っているのかしら」


 異常な程に静寂な研究所なので神奈と天寺は疑問を口に出す。

 天寺が『また』と言うのも仕方ない。神奈達は政府の研究所に潜入しては現在未使用だと発覚させる日々を送っている。既に五十以上の研究所に潜入して、念の為に破壊している。


「まだ分からないわ。ところで、一つ気になっていたんだけど」


 葵は後ろを歩く法月に視線を送る。


「法月君、あなたのその安いコスプレ……何なの? 私達って結構真面目なことやっているんだけど、あなたふざけているの? 一応潜入しているのに目立ちすぎよその服」


 法月の服装は白いスーツに赤いマント、さらに額にゴーグル。

 どこからどう見てもヒーローのコスプレである。

 再開した神奈はまだその恰好をしていたのかと若干呆れたものだ。


「何と言われてもこの服が僕の正装だから。僕はこの世界のジャスティス、ヒーローなんだから当然だろう」


「ねえ神谷さん。あなたの知り合いって異常者しかいないの?」


「……否定はしない」


 普通の常識人なんて存在、神奈の知り合いには片手で数えられる程しかいない。



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