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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一.一章 神谷神奈と政府の秘密
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214.16 兄の期待、弟の願い


 メイジ学院二年生に神奈がなってから五日目。

 二年生になったということは新入生が入って来たということ。

 坂下家の養子、一年Aクラス所属の(つづり)という生徒が気になった神奈は、一年Aクラスの教室入口付近で隠れながら捜す。容姿は面識を持つ坂下から聞き出したので見れば分かる。一年のAクラスは三人しか生徒が居らず、銀髪の男子は一人しか居なかったので特定は早かった。


「あれが綴、坂下君の家の養子か。……うーん、どっかで見たような」


「彼、以前行った孤児院に居ましたね。完全記憶能力を持つ私は覚えています」


 神奈の右腕にはまる白黒の腕輪が言う。


「本当にそんなもん持ってんのかは疑問だな。だけど孤児院、ニコニコ院か。確かにそこで見かけたかも」


 孤児院に行った時、かなりの数の子供に神奈は懐かれたが懐かなかった者も当然居る。綴もその一人だ。ずっと部屋の隅で立っていた。あの日は坂下が勘当される前日なので、まだ坂下家の養子になると決まってはいなかったのだろう。


 神奈が観察していると綴が頭を動かして目を合わせてきた。

 話し声や視線で気付いたらしく、教室入口付近に居る神奈へと歩いて来る。

 やましいことはないので観察がバレても問題ない。今更隠れたり逃げる理由もないので神奈は入口付近から動かない。


「さっきから俺を見ていましたよね。上級生の方ですか? すみません、女性に興味ないので告白はお断りします」


「しねえよ告白。二年Dクラスの神谷神奈だ。お前のことは坂下君から聞いてる」


「ああ、元お義兄さんのクラスメイトですか。何か俺に御用でも?」


「どんな奴か見に来ただけさ。まさかニコニコ院に居た奴だとは思わなかったぞ」


 孤児院の名前を出した瞬間、綴の目が鋭くなる。


「……思い出しました。この前ニコニコ院に来ていた人でしたか。奇妙な偶然ですね」


「偶然、ね。お前等実験の被験者には魔法にトラウマを持つ奴も居るって話だったが、お前は平気なんだな」


 被験者全員がトラウマ持ちではないとはいえ、魔力を扱えたせいで酷い目に遭ったのだから、魔法に関わるのは消極的になるはずだ。メイジ学院なんて魔法使いの巣窟に自分から来るとは考えられない。


「俺の中にあるのはトラウマじゃない。純粋な怒りですよ」


「……怒り?」


「場所を変えませんか? 誰かに聞かれると面倒です」


 政府関連の話は確かに聞かれると厄介だ。神奈も綴に同意して屋上に向かう。

 メイジ学院の屋上は常時開放されているが来る人間は少ない。朝のホームルーム開始が近い時間なので誰も居ないし密談するには丁度良い場所だ。念のためサボり魔な不良が居ないか確認してから二人は話し出す。


「政府の実験は酷いものでした。俺が受けたのは精神的苦痛を与える内容でしてね。男にキスされるわハグされるわ最後は犯されるわ散々でしたよ。原因は分かりませんが気付けば俺は同性愛者(ゲイ)になっていました。そうしたら次は相手が女に変わっちゃいましたけどね」


「……そうか。それは、大変だったな」


 真面目な話なのは神奈も分かっているが反応に困る。


「俺以外にも酷い実験を受けた人間が大勢います。許せないでしょう? 民を守らなければいけないはずの政府組織が罪無き民を苦しめたんです。俺の怒りは正当なものでしょう?」


「怒ってんのは分かった。で、お前、何かする気なのか」


 綴には何か目的があるからこそメイジ学院に来たはずだ。

 関わりたくない政府が裏にいる学院にまで入学して、魔法使い一家の養子になって、何も目的を持たないはずがない。彼を放置していれば厄介なことになるのではと神奈には嫌な予感がある。恨み、怒り、そんなものを抱えた人間の目的なんて大抵は碌でもない。


「政府への怒りを抱える俺がなぜ政府に協力する家の養子となったのか。政府や政府直属の日魔対(にちまたい)に協力していた人間を消すためですよ」


「なっ、まさか坂下君の両親を既に」


「殺していません。坂下家を拠点として、他の政府協力者の情報を集めたいんです。情報を集め終わるまでは生かしておきますよ。殺す時が来たら坂下家は真っ先に潰しますがね」


「――そんなことさせない!」


 話に割って入って来たのは坂下勇気だ。

 焦った表情をしながら彼は屋上の入口に立っていた。


「坂下君、聞いてたのか」


「ごめん神谷さん。綴君と一緒に屋上へ歩いて行くのを見たから追ってきちゃった」


 坂下は不安を顔に出しながら神奈の隣まで歩く。


「誰かと思えば落ちこぼれの元お義兄さんじゃないですか。ホームレス生活はいかがです?」


「そんなこと今はどうでもいい。君が僕の親を殺すっていうなら僕が守ってみせる!」


 神奈は驚いた。過去一番に坂下が強気になった理由が親だからである。

 家族から良い扱いをされていないと神奈は知っているし、今は家から追い出されて怒りを抱えているはずだ。それでも親を助けるために動く彼の姿は、彼をよく知る人物である程に驚く。


「出来るんですか? 俺に手も足も出なかった弱者のくせに」


「うっ、そっそれは、が、頑張るさ」


 真っ直ぐ綴を見つめていた坂下から一気に強気な態度が消し飛ぶ。


「今ここであなた方を始末してもいいんですよ」


「出来るのか? 私はお前より遥かに強いぞ」


 綴は嘲笑しながら「〈ルカハ〉」を唱える。

 日魔対の実験を受けていた者達は綴を含め全員がエリートと言っていい。実際に綴はメイジ学院で最優秀なAクラスに配属された。綴の余裕ある態度は自分の力に自信を持っているからだ。その自信が、神奈の戦闘能力の数値を見た瞬間砕けた。一瞬で顔が強張り、無意識に一歩後ろへ下がる。


「……化け物め。どうやら俺じゃあなたには勝ち目がないらしい」


 綴の総合能力800(八百)に対して神奈は500000(五十万)。文字通り桁が違う。


「あの、綴君。僕の両親を殺すの、諦めてくれないかな」


 微かに震える手を握った坂下は再び勇気を捻り出す。


「弱い人間は強い人間を従わせられないんですよ元お義兄さん。あなたのお願いを叶えてあげる理由がありません」


「じゃあ僕が綴君に勝ったら! 勝ったら、諦めてくれる!?」


「お忘れではないでしょう。あなたは、二人掛かりでも俺に勝てなかった」


「諦めるか諦めないかを答えてよ!」


 必死な坂下を嘲笑する綴はやれやれと手を動かす。


「……いいでしょう。この学院には戦闘が行えるドームがありますし、そこで模擬戦をしてあげますよ。初勝負の時同様、お兄さんと二人掛かりで構いません。もし俺が負けたらさっき話した計画の進行を諦めます。この勝負を受けますか?」


「当然受けるよ」


 綴が提案した模擬戦は坂下に有利な条件。それでなくても親の命が懸かっているので不利な条件でも迷わず受けただろう。自分ではなく誰かのためなら坂下は強い覚悟を持てる人間だ。


「勝者には敗者の命を奪う権利が与えられます。心の準備は必要でしょうし、一週間待ちます」


 綴は「それでは」と言って屋上から飛び降りた。

 二人きりになった神奈は笑みを浮かべながら坂下の背を軽く叩く。


「かっこよかったぞ坂下君。上手く勇気を引き出せるようになったじゃん」


 坂下は「神谷さん」と言いながら神奈の方へ振り向く。

 覚悟を決めた漢の顔……ではなく、残念ながら涙と鼻水を流す情けない顔だった。


「どうじよう、殺されちゃうよ僕ううう。勢いであんなこと言うんじゃなかったああああ」


「前言撤回しとくわ。……でも、やるんだろ?」


「それしか、僕の親、助ける方法ないから」


「勝たなきゃな」


「……うん」


 この模擬戦は勝たなければならない。綴は本気だ、本気で政府関係者を大量虐殺しようとしている。誰かが止めなければ彼は殺人鬼になってしまう。仮に模擬戦で坂下が敗北しても神奈が止めるが、神奈は勝負を受けた坂下に勝ってほしい。綴の犯行を止めるだけではなく、彼を倒すことで両親に坂下勇気の強さを証明してほしいのだ。


 模擬戦の対策を練るために神奈達は教室に戻る。

 今回の綴との模擬戦は条件だけ見れば坂下に有利だが現状勝てる見込みがない。兄の坂下優悟も連れて二対一でも構わないと綴は告げていたが、それはそう言えるだけの勝つ自信があるからだ。同じ条件で既に勝負して勝っているのが大きな自信になっている。


 教室は朝のホームルーム中だったので担任教師の斑も居たが、教壇から退いてもらって神奈と坂下がクラスメイトに事情を話す。当然政府の非道な行いについては話していない。そこまで暴露すると政府がバックにいるメイジ学院に対して、クラスメイトが不信感が抱いてしまう。


「隼君、僕を日野君の時みたいに鍛えてくれないかな。強くなりたいんだ僕も」


「模擬戦までは一週間、時間が足りない。日野よりも才能に欠けるお前では大して強くなれん」


「……そっか。そうだよね。ごめん」


 日野は速人の特訓でとても強くなったが鍛えられた期間が長い。魔導祭に向けて一ヶ月以上過酷なトレーニングをしたからこそ劇的に成長したのだ。速人の言葉には棘があるが客観的な事実を述べている。一週間体を鍛えたとしても綴には届かないだろう。


「神谷が付けてる腕輪にすっげえ魔法を教えてもらえばいいんじゃね」


 日野がした提案、はっきり言って神奈は却下したい。

 確かに腕輪は色々な魔法を知っているし知識の幅も広い。勝利への活路を見出してくれると、よく知らない日野がそう思ってしまう気持ちも理解出来る。しかし神奈がこの腕輪に教えられた魔法は実戦用が全くないどころか日常にすら使えない。偶々、偶然、極々稀に役立つことがあってもオススメは出来ない。


「ダメだぞ日野、こいつが教える魔法を覚える時間があるなら筋トレした方がマシだ」


「どういう意味ですか神奈さん。ただまあ、今回は神奈さんの言う通りです。坂下さんが扱える魔力量は非常に少ないですし、高火力の魔法を覚えたとしても使えて三回か四回でしょう。さらに魔力量の少なさのせいで魔法の威力も弱くなります。綴さん相手に通用するとは思えません」


「〈超魔激烈拳〉ならどうだ? あれ使えたらあんな奴楽勝だろ」


「残念ですがダメです。坂下さんの魔力量で〈超魔激烈拳〉を使っても綴さんには効きません。あの技で倒せるのは自分の約二倍の強さを持つ相手くらいですから。はっきり言ってしまうと、綴さんは坂下さんの十倍強いです」


 十倍。言葉にすれば簡単だがとんでもない力量差だ。

 神奈は今回の勝負を甘くみすぎてしまっていた。坂下の総合戦闘力が低いせいなので、十倍と言っても綴がこの世界の強者なわけではない。しかし、エリートと呼ばれる程度には強いし、坂下の勝ち目は全くと言っていい程にない。


「……身体能力を伸ばしてもダメ、新魔法を覚えてもダメ。僕、本当に死ぬかも」


「何か、魔力の実のように、楽にパワーアップ出来る物があればいいんですけどね。もちろん無害なやつで」


「そんな都合の良い物あるわけないだろ。てか、ドーピングはしてほしくない」


「申し訳ありません神谷さん。俺が愚かでした」


 影野の話に出て来た魔力の実。以前坂下が食べた時は百五十倍以上の力を発揮している。それだけの力を得られれば綴に指一本で勝てるが、あれは坂下の魔力器官が耐えられず死にかけた。


 製作者の葵に頼めばすぐ作ってくれるだろうが神奈はドーピングに頼ってほしくない。自分や友達の命、世界の危機にでもならない限りは自力で戦ってほしいと思っている。今回勝った方は命を奪う権利を持てるといっても、神奈がそんなことさせないので危険はないも同然。綴がドーピングしない限り坂下にもしてほしくない。


「とにかく、今は出来ることをするしかないんじゃない? 特訓しないとね」


「南野さんが特訓してくれるの?」


「忙しいから無理。隼君でいいんじゃないの」


 葵の提案に日野が顔を青ざめさせる。


「止めとけ止めとけ! こいつ容赦ねえから下手したら死ぬぞ!」


 なんとなく想像出来てしまったので神奈達は反論出来なかった。


「じゃああなたでも影野でも神谷さんでもいいから」


「い、いや、俺は誰かに教えられる人間じゃねえし」


「何を教えたらいいのか俺も分からないよ」


「同感。私も特訓なんて何すりゃいいのか分かんないし無理」


 同級生の中で誰かを特訓したのは速人しかいないが死ぬ可能性があるので却下。他は指導経験がないので却下。残るのは二年Dクラス担任教師の斑のみ。全員に無言で見つめられた斑は高速で首を横に振る。教える自信がない、というより教えて強くなれる知識や技術がもうないのだろう。


「誰かいないかなー」


 一定の強さを持ち、魔法も知る友達の顔を神奈は頭に思い浮かべていく。

 神野神音。信頼は出来るがおそらく引き受けてくれない。

 斎藤凪斗。Aクラスに所属しているが何となく不安。

 五木兄弟。今は歌姫の護衛として海外へ行っている。

 スピルド。地球に居るかどうかも分からない。

 天寺静香。絶望させる趣味を優先させる。

 日戸操真。論外。

 獅子神闘也。論外。

 王堂晴天。論外。


 他にも精霊界や魔界の者達に頼る案があったが連絡手段がないし、相手に手伝うメリットがない。誰か無償で神奈の頼みを聞いてくれて、それでいて坂下を確実に強くしてくれる者は居ないかとさらに思考を巡らせる。


「……あいつに頼んでみるか。特訓の先生については私がどうにかする。坂下君は自分に出来ることを考えておいてくれ」


「ありがとう。うん、考えてみるよ」


 時間は限られているため、神奈はその日授業をサボって学院を抜け出した。

 無償で助けてくれて実力もあり、頼りにもなる相手の居場所へと向かうのだ。




 * * *




 宝生町のとある林の中。

 公園の隣にあるその場所はホームレスの溜まり場である。

 木が伐採された広い円状スペースには、木の枝や段ボールで造られた家がいくつも存在している。およそ五十人がそのスペースで集団生活しており、中にはまだ幼い子供も交じっていた。


「……こんなもんか」


 実家から勘当された坂下優悟は当てもなく町を彷徨った後、この林に辿り着いていた。今は火を付ける材料である木の枝を拾い集め、木の皮で作られた紐で結んで固定している。初日こそ文句を言って働かなかったが、もう三日目なので重い腰を上げて働き始めた。


「倉間さん、こんなもんでいいでしょ」


「ああご苦労。後はそれを畑の前に居る奴に渡してこい」


「分かりました」


 実はこのホームレスの溜まり場には畑が作られている。当然環境が悪いので育つ野菜は限られるし味も低品質だが、常に食料に困っているホームレスからすれば食べられるだけありがたい。


 集めた木の枝や空き缶など利用出来る物と野菜は交換出来る。提供する量に応じて、貰える野菜の量も変わる。働かざる者食うべからずと言うように、いくらホームレスでも働かなければこの場所では食べ物を手に入れられない。もし野菜を盗もうとすれば、一度目は一定期間見返りなしの労働をすることで許され、二度目は問答無用で溜まり場から追放される。


「あの、これ」

「ご苦労様です」


 集めた木の枝を畑前に居た男性に渡すと報酬が手渡される。

 優悟に渡されたのはジャガイモ三個とミニトマト三個とパセリのみ。

 少しだが言われた通り働いたのに少ない見返りで落胆して、つい「これだけかよ」と愚痴を零してしまう。


 畑には他にニラ、ミョウガ、シシトウ、ニンジン、トウモロコシ等々様々な野菜がある。せめてパセリの代わりにニンジンが欲しかったと優悟は内心で愚痴を言い続ける。

 野菜の乗る籠を持ったまま優悟は居候先の男の家に戻った。


「倉間さん、野菜って、これだけしか貰えないんですか」


「持って行く素材の質や量によって変わるさ。前に、トラクター拾って来た奴は大量に貰っていたぞ。未確認生物を発見した奴もかなりの量の野菜を貰っていたっけ。まあ、ここで暮らしていくなら地道に頑張るしかないのさ」


「……はあ。努力なんて、報われないだろうに」


 優悟は野菜の乗る籠を持って外へ出て行く。

 段ボールで造られた家の前で優悟は先程貰ったジャガイモを齧る。


「マジかよまっずっ! くそっ、ハンバーグが食いてええええ」


「――見つけた。兄さん」


 一人の少年が息を荒げながら優悟のもとへ走って来た。

 優悟にとって見慣れた姿、家族の一員だったので一目で誰か分かった。


「ああ? はっ、何だ、お前もここに来たのか。勇気」


 弟である坂下勇気が優悟のことを捜してここに辿り着いたのである。

 なぜか、理由はどうでもいい。

 今となっては弟に何かをする気も起きない。


「お願いがあるんだ。一緒に、一緒に戦ってくれないかな」


 再会して早々に妙なことを言われた優悟の右眉が下がる。


「……誰と」

「綴君だよ」

「なんで」

「実は綴君、僕達の両親の命を狙っていたんだ。それだけじゃない、もっと多くの命を彼は奪おうとしている。でも模擬戦で僕が勝てば、諦めてくれるって言ったんだ。模擬戦は兄さんと協力してもいいって言ってくれてる。お願いだ、僕一人じゃ勝ち目がなくって、だから、一緒に戦ってほしい!」


 綴の魔の手から親を救うために共闘しろなんて、バカなことを弟は言っている。

 生意気な養子が引き取ってくれた相手を殺そうとしているのには驚いたが、戦う気はまるで起きない。二人掛かりで挑んでも勝てないのは実証済み。それに、優悟は自分を捨てた親をわざわざ助けようとも思えない。もはや優悟にとって父親も母親も他人同然である。


「あんな奴等、もうどうでもいいだろ! 殺してくれるってんなら放っとけ!」


「ど、どうしてそんなこと言うんだよ。僕達の親なんだよ!?」


 優悟はパセリを齧って不快そうに顔を歪めた後に語る。


「小さい頃からしたくもねえ魔法の勉強させられて、進路も決められて、うんざりなんだよ。お前も魔法を勉強し始めた時はああもう頑張らなくていいんだって思ったのに、お前は、出来損ないだった。また俺が頑張らなくちゃいけなくなった。ストレスの塊だったんだよあの家も、親も、お前も! やっと俺は自由になれたんだ。お前だって同じ気持ちだろ」


 優悟の中で魔法はやりたくないことに分類されている。最初は興味があって楽しんでいたが、親の厳しさのせいで段々と嫌いになっていった。何か夢があったわけではないが別のことをしていたかった。それでも強要されて、ストレスが溜まって、解消するために弟へと当たる。見下し、罵倒し、稀に暴力まで振るう。一言で言えば最低な生き方。苦しくつまらない人生だった。勘当されてからは自分の気持ちに気付き、今はとても開放的な良い気分である。


 弟だって勘当されて良かったと思うはずだ。優悟にはいじめられて、両親からはどうでもいい存在として扱われる。坂下家は弟にとって地獄のような場所だったに違いない。例えホームレスになったとしても実家より快適に過ごせるはずだ。


「確かに僕だって家族がストレスの塊だった。でも、それでも! 今までの生活全てが嫌な思い出で埋まっているわけじゃない。楽しい時だってあったんだ。父さんにも母さんにも、兄さんにだって、好きな部分はあったんだ。また楽しい、嬉しい、そんな思い出を作れるなら作りたい。父さんと母さんが死んだらもう出来なくなっちゃうんだよ」


 楽しい思い出と言われて優悟の頭に過去の記憶が蘇る。

 まだ弟に期待していた時、弟が初めて魔法を使えた日に家族で笑い合った。あの頃は両親も自分も穏やかな笑みを浮かべ、まるで良い家族のような団欒(だんらん)だった。


「……あんのかよ。俺の好きな部分なんて。俺は、お前をストレスの()け口にしていたんだぞ。自分でも最低なことしてたって分かってんだよ。そんな俺に、お前が好きな部分なんてあるもんかよ」


「魔力弾や魔法が使えた時、褒めてくれたよね。ハンバーグ、好物なのに分けてくれたよね」


「おい、そりゃいつの話だよ。そん時は、お前に期待していたから優しくしただけで……」


 弟が思い出していたのも優悟と同じ記憶だ。楽しかったのは自分もである。


「昔みたいな関係に戻りたい。良い思い出を作りたい。だから、両親を死なせたくない」


「……昔の、関係」


 あの時だけは家族全員で笑い合っていた。

 普通の仲良し家族のような時間が懐かしく思える。

 優悟だって戻れるなら戻りたい。今の開放的で自由な生活も悪くはないが、昔のような生活と比べれば酷いものだ。ホームレス生活自体は全く楽しくない。


 弟が戻れると本気で言っているのかはともかく、両親が死ぬのは関係改善の可能性が消えることを意味する。少しでも戻れる可能性があるのなら、優悟はそれに賭けてみたいと思ってしまった。

 優悟は残りの野菜を急いで食べて不快そうな顔になる。


「倉間さーん」


 背後の扉を開けた優悟は家主の名前を呼び、家の中に顔だけを入れる。


「俺、行かなきゃいけねえ所見っけたから家出るわ。短い間だったけどありがとうございました」


 短く別れの挨拶をした優悟は弟を睨む。


「言っとくが、両親のことなんざ俺にとっちゃどうでもいい。俺はただ、綴って奴が気に入らねえだけだからな。リベンジしなきゃ気が済まねえ。俺のリベンジにお前も協力させてやる」


「うん。ありがとう、兄さん」


 今は嫌いな両親でもやはり殺すと言われるのは気分が悪い。

 リベンジなんて考えてもいなかった優悟は今、勝利だけを考えている。


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