26 流星――なぜ侵略するのか――
温かい液体が神奈の腹部から漏れだし、白いパーカーの一部を赤く染めていく。そして鋭い包丁で刺されたことにより焼けるような痛みも感じる。
痛みと同時に体から漏れている液体の正体を神奈は悟る。
血だ。腹部に刺さっている包丁周囲から流れている。流血するというのは強靭な肉体に転生してからほとんどなく、状況が色んな意味で信じられない。
どうしてこんなことになっているのか。刺されたからだ。
誰に刺されたのか。笑里にだ。
なぜ刺されたのか。分からない。
痛みで思考が時々停止したり、傷のことしか考えられなくなることもあった。それでも状況を正確に把握しようと必死に目を凝らし、理由は何かと頭を働かせる。
そんな神奈に対し、魔力を纏わせた包丁で刺した本人が口を開く。
「どんなに強くても、実力差があっても、気を抜いてしまう瞬間に奇襲を畳みかければ殺せる。それが僕の必勝パターンであり、これまで恥ずかしげもなくやってきた行いだ」
開かれた口から漏れる声は間違いなく笑里のもの。しかし吐かれる台詞は笑里のものとは思えない。
元気そうな雰囲気が、笑顔だった表情が、笑里らしくもない無に変化する。それを見れば一目瞭然、笑里ではないと神奈は確信できる。
「……笑里じゃ……ないのか?」
「鈍い奴だな。悟れよ、一緒に飯を食べただろう? ああ、僕の飯はお菓子だけだったか。本当に最悪な日々だった。でもそれも今日で幕を閉じることになる」
笑里の姿が骨格から変わっていく。
バキバキと骨が折れるような音を立てながら、体、髪、顔つき、笑里を形成している全てが徐々に変化していく。
青い髪。鋭い目。変化し終わった姿は本来この場所にいるはずがない人物。
「グラヴィー……?」
この場所にグラヴィーがいるということはおかしい。結界の中に閉じ込められており、脱出するには一緒に閉じ込めていたディストが力を使うか、力ずくで破るしかない。ディストは逆らう気が起きないと告げており、グラヴィーは力ずくでは出れないことから今まで出てこなかったのだ。
それなのに脱出しているということは――ありえない。
「どうやって……」
「疑問だろうな。答えは簡単、三人目が動いてくれたのさ。結界なら力ずくで壊してくれたんだよ。全く序列二位の力は噂に聞いていたが大したもんだ」
「三人目、私がいない間に忍び込んだのか、いやそれよりも……! 笑里はどこだ、無事なんだろうな……!」
「無事さ、僕はただ変装していたに過ぎない」
五体満足でいるという事実に神奈は一瞬気を緩めたが、それはそれで次の疑問が出てくるのでぶつけなければならない。
「そもそもどうしてここが……」
「お前があの長い車に乗ったとき、僕とディストは上に飛び移った。そしてお前が一人になり油断するのを待っていたんだ。海やら山やらで満喫しやがって、なかなかチャンスが巡ってこなかったが今! ようやく決着の時が来た!」
腹部の痛みにも慣れてきたので神奈の思考が纏まり始める。
「あいつもいるのか。もう逆らわないとか言ってたのに」
「ディストがお前に逆らわないのは本当らしい。今もどこだか知らないが隠れているようだしな」
怖がられかたが尋常ではないとため息を零しそうになる。しかし今はディストなどの件よりも重大な事実がある。
(待て待て、いつ結界が壊されたんだ……?)
神奈が昨日、待ち合わせにより外に出る前。当然の如く腕輪の作り上げた結界は無事なものだった。それがグラヴィーの証言が正しければ、迎えの車に乗るタイミングにはもう第三者により壊されて、こっそりと同乗していたというのだ。
外に出ていた時間はニ十分弱。だが神奈はずっと家の前にいた。
窓を割って入っても、ドアを開けても、確実に音が発生する。それに神奈が気付かないわけがない。
不思議な魔法のような力なら可能にするものもあるかもしれない。音を消す能力、瞬間移動の能力、考え始めればきりがないほど思い浮かぶ。
このとき、神奈には信じたくない可能性も頭をよぎった。
「さて、お喋りもそろそろ終わりにしよう。その怪我だ、もはやまともに戦えまい。あのときは隼に負けてしまったがもう油断はない。厄介らしいお前から始末し、次は隼のやつを」
「気になるけど、まずお前ぶっ飛ばすのが先か」
(……っ!? なんだこのプレッシャーは! 奴は弱っているはずなのに、それなのに、こんなにも圧されるものなのか……! 勘違いしていたかもしれない。隼など雑魚だったのだ、本当の敵は、本当に倒さなければいけないのは……)
痛みで神奈は普段通りに動けない。しかしそれでもグラヴィーをぶん殴る程度は出来る。
グラヴィーの顎を狙うように神奈はアッパーを繰り出す。怪我をして低下している速度にも反応出来ず、弱くなっている威力にも抗えずにグラヴィーは吹き飛び、神奈の後ろにある崖に叩きつけられた。
「ぐあっは! こ、これしきの、ダメージで……!」
落下してすぐグラヴィーは立ち上がる。
もう足取りが覚束ない状態で抵抗もろくにできない。自分のダメージは自分が一番分かっているはず……とはいえ、グラヴィーにも負けたくない想いはある。
「負けるわけには……いかない……!」
「ふぅ……やばいな、泣きそう」
二人は向かい合い、互いを睨みつける。
そんなとき――第三者が駆けつけてきた。
「神奈! もうすぐ帰る時間だって……神奈……?」
唐突な第三者の声が響いたことにより神奈達はその方向へ視線を向ける。
砂浜を走ってきたのは神奈の友達であるレイだ。
「レイ……」
神奈とグラヴィーの呟きが重なった。
「お腹、包丁が刺さって……し、死んだらダメだ……! 今すぐ病院へ行こう、まだ間に合うはずだから……!」
心配して顔面蒼白なレイを一瞥し、神奈とグラヴィーは叫ぶ。
「レイ、離れろ!」
「レイ、今だやってしまえ!」
離れろと言われても離れない。
やってしまえと言われても何もしない。
彼の心にあるのは神奈の心配だけなのだから。
「これは、君がやったのか」
尋常ではないプレッシャーがグラヴィーを襲う。
怪我をしている神奈と同等、もしくはそれ以上。たまらずに「くっ」という声を漏らし、グラヴィーは一歩下がろうとするが後ろは崖だ。下がることなどできず萎縮することしかできない。
「な、何か悪いことをしたか? 僕はただ、邪魔者を排除しようとしただけだ! 侵略においてその女は必ず邪魔になるだろう! この場で殺してしまった方が確実に侵略を終えられる。絶対に無事で帰ることが――」
「流星拳」
拳が僅かに赤紫の光を纏う。その瞬間、レイはまさに流星の如きスピードでグラヴィーに接近し、顔面を思いっきり殴りつけた。
岸壁に衝突し、その衝撃で大きな亀裂が広がって一部が崩壊する。雪崩のように迫る岩の塊をレイは咄嗟に後退して躱したが、グラヴィーはなすすべなく多数の岩に埋もれてしまう。
「さあ、すぐにでも病院に行こう。まだ助かるよ」
埋もれたグラヴィーを一瞥した後、レイは神奈に向き直る。
「レイ……」
「……どうしたのさ」
少しの間、沈黙の時間が流れる。
「一つ聞いていいか?」
「なんだい? そんなことよりも病院に行った方が」
帰る前に一つだけ、神奈には確認しなければならないことがある。
「お前――侵略者だったのか」
嫌な推測というものは当たってしまうものだ。
あの旅行に行く当日。神奈の家に入ったのは「トイレを借りてもいいかな」と言って入ったレイ一人だ。結界を壊せたのもレイ一人、圧倒的に可能性が高い容疑者だった。しかしそれも今しがたのグラヴィーの言葉を聞けば確信に変わる。
信じたくないのに、神奈の頭ではそれしか考えられなかった。
レイの心配そうにしていた瞳が揺れ、困ったような表情に変化する。
「私を騙してたのか。何も知らないと思って嗤ってたのか。なあ、友達だと思ってたは私だけだったのかよ」
「違う、そうじゃない!」
「ならなんだよ!」
焦って否定したレイに神奈は怒鳴り声を浴びせる。
レイは俯いて、神奈が確信していたことを告げた。
「ごめん、神奈の言う通り僕は……侵略者だ」
分かっていても改めてそうだと告げられて、神奈は裂けそうな胸を押さえる。
「お前は私の……敵なんだな……」
「……もし侵略の邪魔をするならば」
「するに決まってるだろ」
邪魔しないわけがない。邪魔するために神奈は宇宙人を待っていたのだから。相手がたとえ誰だろうと侵略するというのなら許さない。阻止しないわけにはいかないのだ。
「待ってくれ、君たちには被害は出さない! 僕は君のことを本当に友人だと思っている。初めてだったんだ、こんなにも楽しかったのは……」
俯いていた顔は上げられている。
本心なのは神奈にも分かる。だがそれだけでは肝心なところが足りない。
「侵略は止めないんだろ」
「……それは」
「そんなこと止めようよ。私達はこれまでと変わらずに――」
「止められないんだ」
「なんでだよ、お前は侵略なんて本当は嫌なんだろ……!」
怪我の痛みなど無視して神奈は叫ぶ。
ここで神奈の考えを言って、説得出来ればいいのだ。レイは悪者らしくない、侵略なんてことを好きでやっているとは到底神奈には思えない。
「……そんなことは」
「ある……! だってそれなら他の二人に任せないで、自分も加わった方が手っ取り早く済む筈だ。でもそうしなかったってことはこの星を侵略したくないってことだろ。嫌なんだろ、本当は」
「ないさ。僕はあくまで侵略者なんだ、それが使命なんだよ」
「使命とかいう言葉で誤魔化すなよ! お前は根は優しいやつで」
「――戦おう」
短くレイが宣戦布告した。
いきなりすぎて神奈の理解が追いつかない。
「は、な、何言ってんだ……さっき私のことを傷つけたくないとか言ってたのに……」
「仕方がないんだ。邪魔をするというなら戦うしかない、そうだろう? 僕が君を殺せば侵略を開始する。君が勝てば侵略を阻止できる。シンプルでいいじゃないか」
「……そんなものに乗るとでも思ってんのか」
「戦いこそ全てを決定する方法だ。敗者は勝者に逆らえない。これは確かディストの言葉だったかな」
なんとなくレイの心情を神奈は推測していく。
ずっとやってきたことだから引っ込みがつかなくなっている。そのためとっくに出ているであろう答えを認めたくない。深い事情まで知らない神奈が想像できるのはそんなところだ。
「分かった。お前が戦士ゆえに戦いでしか答えを出せないんなら、私は戦うよ」
「……それでいいんだ」
神奈達はお互いを見据える。
今は腹部が痛いことで全力で戦うことは出来ない神奈。これは不利な勝負だが、絶対に勝つという気概はある。
お互い観察するのも終わりにするためレイが動く。
「流星拳」
呟いた瞬間、レイが流星の如き速度で動き赤紫に光る拳を突き出す。
神奈の動体視力なら少しも見逃す心配などない。とはいえ動きが想像についてこないので、躱したはいいが紙一重になってしまう。
動かす度に肉体は神奈に痛みを訴えている。そのため苦し気な表情になるが――レイの表情も苦しそうなものであった。
(やっぱり戦いたくないんじゃんか)
拳を躱しつつカウンターの拳を神奈が放つ。
「自分を押し殺してまで、戦いに身を委ねる必要があるのかよ!」
「流星脚」
今度はレイの両脚が赤紫に光る。
すぐに光は消えたが、そのときには高速移動により神奈の真横に立ち、鋭い蹴りを顔面に入れ終わっていた。
蹴りを両腕でガードしようとするも間に合わず神奈は蹴り飛ばされた。
吹き飛んでいる途中、背後に気配を感じて回し蹴りを放つと、いつの間にか背後にいたレイがその足を掴んで止める。
「トルバ人に生まれ、戦士になってしまった以上」
レイは神奈を振り上げて、砂浜へ打ちつけるように投げ飛ばす。
「戦闘こそが真の喜びにならなくてはならないんだ!」
大量の砂が衝撃波と一緒に空中へ飛んでいく。
砂浜を神奈は何回も跳ね、勢いを殺すことなく立ってから踏ん張って完全に殺す。だが目前にはレイがすでに迫っていた。
「流星乱打」
「う、うおぉぉぉおお……!」
まるで流星群のような拳のラッシュ。
神奈も拳のラッシュで応対するが、攻撃速度は現在の状態ではレイの方が速い。ラッシュでの戦いは徐々に神奈が押し負け始めていた。それにこうしている間にも、拳が衝突した衝撃で腹部が痛みを訴え続けている。
「誰がんなこと決めたんだよおぉ!」
「トルバ人はそういう種族なんだ!」
痛みに耐えながら神奈は、突き出されるレイの左手を掴む。
レイは掴まれた腕を戻そうとするも、力では神奈の方が上なので逆に引き寄せられる。神奈は引き寄せたレイの右頬に拳を叩き込んだ。
「でもレイは違うんだろ……!」
殴られた体勢のまま動かないレイに、神奈はもう一度拳を突き出そうと引き絞る。
「だから周囲に合わせる」
もう一度神奈が引き寄せたのはいいが、レイも同じ攻撃を喰らうわけなく、反撃の膝蹴りを神奈の腹部にめり込ませていた。
「僕が違うから合わせなきゃいけないんだよ! そうしないと、殺して殺して血塗れな生活に頭がおかしくなる! 心が壊れてしまう!」
膝蹴りを喰らって醜い喘ぎ声を漏らした神奈を、抵抗も許さず回し蹴りで蹴り飛ばす。
「もう苦しい思いをしないように感情を消さなければいけない。でも消せない、完全に感情を殺すことができない」
吹き飛びながらも神奈はすぐに態勢を立て直す。
しかし反撃をさせないようにレイが全力で駆けてくる。
「だって君を攻撃するのはこれまでで一番辛い。でも侵略の邪魔をする君は、僕の心を温めてしまう君は、この生き方を否定する君は、ここで倒さないといけないんだああ! 流星乱脚!」
今度は右足のみでのラッシュ。
紫光を放つ右足の連続蹴りを神奈は跳んで躱す。高い跳躍力からレイを飛び越えて、背後へと静かに着地する。
レイは神奈が躱したことにより技を中断し、振り返ると同時に勢いある左ストレートを繰り出す。フェイントもない攻撃なので神奈は簡単にそれを受け止めた。
「レイがレイでなくなるくらいなら、そんなものやめればいい」
ハッとした表情になるもレイはすぐに右足で神奈を蹴り上げる。
空高く蹴り上げられた神奈は態勢をなんとかしようとするも、そんな時間は与えられなかった。
「流星突」
レイが飛翔して、神奈の腹部に一直線に突進して頭突きをかます。
元々の痛みにさらなる強い痛みが加わり神奈が「グッフォッ!」と喘ぐと同時、景色が白黒になって点滅する。真っ青な空も、緑溢れる山も、その他全ても色褪せて視界が白一色になる。
思考が出来ずにその場で固まってしまう神奈だが、そんなものはお構いなしにレイは神奈の両足を掴んで地面に投げつけた。
神奈は力が抜けた状態で思いっきり砂浜に打ち付けられた。
地面が砂だったおかげで少し衝撃が和らぐ。しかし腹痛も出血も酷くなっている。死んでいないとはいえもう神奈は立ち上がることだけで精一杯である。
「がふっ、ごふぉっ……なあ」
「……っなんだい」
喉の奥が熱くなり、神奈はせり上がってきたものを吐き出す。
神奈の吐いたものの正体は血だ。この激闘の中で腹部の血液が胃に侵入し、胃酸と混ざりあい、肉体の異常に気がついた神奈自身の意思で吐き出した。
吐血した神奈を心配してレイは駆け寄りたくなるも、手を軽く伸ばす程度で動きが止まってしまう。
「やっぱ、お前侵略者向いてないよ」
「何を言っているんだ。僕は惑星トルバの戦士序列二位のレイ。一流の侵略者として数々の星を侵略してきた。少し手こずってはいるけれど、君が敵う相手ではないんだ!」
「……だろうな、今の刺されてる私は明らかに……お前より弱い。なのにさ、ここまでやって……私はまだ死んでないぞ」
「それは、君が強いから――」
「違うさ、お前は……自分でも知らないうちに……手加減してるんだよ。お前の攻撃には……私を殺すどころか、倒すって意思も……感じられない」
言葉では倒すと言っても、実際の想いが伴っていない。
薄っぺらな言葉は神奈の心にも響かない。
「……もう次で終わりにしよう」
神奈も傷が深いせいで長くは戦えない。もうまともな思考ができなくなりつつある。だからレイと同じように、次の一撃に今の全力を込めようと拳を握る。
ふらつく足で神奈は駆け出し、呼応するようにレイも駆ける。
互いの拳がほぼ同じタイミングで放たれ、顔面に吸い込まれていく。
――先に叩き込んだのは神奈の拳だ。
僅差で速度負けしたレイは殴り飛ばされ砂浜に倒れ伏す。
「……私の……勝ちだ」
限界が来たことで神奈もうつ伏せに倒れる。
両者の表情は清々しく、満足そうな笑みを浮かべていた。
* * *
惑星トルバでの常識は他惑星の常識と全く違う。
そんな当たり前なことに気付いたのはいつからだったか。あるいは元々嫌気が差していたからこそ、他の者達が気にしないことでも気になってしまったのか。
トルバの戦士序列二位である少年――レイはいつも気にしていることがあった。
どうして他の生物を蹴散らし、踏み潰し、えげつない侵略行為をトルバ人は正当なものだと信じ込んでいるのか。
この世界に生を受けてから八年と少し。片時も頭から離れない疑問だ。
レイは生まれてすぐ、戦士としての将来が両親に決められていた。
父親も母親も戦士として働き、競っているうちに惹かれ合い、やがて結婚した。そんな親と同じ人生のレールがレイの前にはこの世に生を受けてから敷かれている。それ以外の人生など邪道だと決めつける両親に、幼いレイは従う他なかった。
「ひっ、来るな!」
四歳。初めての侵略。
おつかいのようなノリで家から出されたレイは、とある弱小種族――ハンギョ人が住む星に送り出される。侵略方法は親から教わっているし、何度も頭の中でシミュレーションしているので、多少の緊張とともに初めて他惑星を訪れる。
両親が特別強い戦士というわけではなかったのだが、四歳にしてレイは両親を超えていた。突然変異の個体なのではないかという噂も飛び交い、王族や司令室、歴戦の戦士からは一目置かれていた。若い戦士からは嫉妬の目が向けられているが、レイは気にせず今日まで生きている。
「来るんじゃない! あっち行けよ!」
「まあまあ、そう言わずに話を聞いてください。僕達は確かにこの星を乗っ取りますけど、別段あなた達に危害を加えたいわけではないんです」
侵略のやり方は簡単。
最初に圧倒的強さを見せつけ、相手を怯えさせる。
次に脅迫し、歯向かう者がいるなら殺し、さらなる恐怖を与える。
最後に貿易の契約を交わし、もし従わないなら殺す。
すでにレイは第一段階をクリアしている。まだ幼い子供が数十キロメートルの大地を拳で粉々にすれば、誰だって恐怖を植えつけられるだろう。
つまり次は第二段階。契約を交わすための脅迫。
「ふざけるな! トルバ人は約束を守らない、貿易なんて名ばかりのただの徴収じゃないか! 我々は断じて屈するわけにはいかないんだ!」
「うーん、困ったなあ。こうなったら攻撃すればいいんだっけ?」
「く、くそっ、このクソガキがあ!」
ハリセンボンのような頭をしたハンギョ人の男が拳を振るう。
――直撃前、レイは咄嗟に自分の拳を突き出していた。
男の股間に拳が届いた瞬間、脚の付け根部分が――千切れ飛んだ。
「ぐうわあああ! あああ、ああ……」
デリケートな部分が消失したことの痛みは想像を絶する。
半魚人の男はその一撃で白目を剥いて叫び、痙攣し、すぐに動かなくなる。
「ああすいません、ここまでするつもりじゃ……」
軽い反撃、いや制圧のつもりだった。
「……あの、もしもーし。あれ?」
レイはまだ子供だ。たった一撃程度、大人にはなんてことない。
「……あ」
死ぬなどありえない――はずだった。
幼く、実戦経験のないレイには、自分がどれだけ強いのかを理解できていなかった。彼の拳は大地に大穴を穿ち、他者の命を簡単に目前の死体の股間同様に消し飛ばせる。
レイは強すぎた。四歳にして周囲を圧倒するほどに。
「え、いや、だって、そんな……」
生物の死を初めて直視する。
先程まで確かに意思を持ち動いていて、言葉だって交わしていた。それが何も喋らなくなり、動かなくなり、体温が冷たくなって朽ちていく。
「パッパアアアア!」
駆けてくるハンギョ人。
レイと同じくらい幼い容姿の子供は、死んだハンギョ人の子供だ。父親が事切れていると悟った子供は涙を流して、横たわる父親の傍らに座って抱きつく。
「うああああああ!」
悲劇だった。
こうして同い年だろう子供を悲しませているのは紛れもなく――レイ自身。
心の中では言い訳ばかりしてしまう。
殺すつもりはなかった。この男が弱かったからだ。レイは何も悪くない。侵略するなら正当な暴力、殴られそうになったのなら正当防衛だ。
「違う、そうじゃない。どうして、何もしていない人を殺す必要があるんだ? どうして、他の惑星の人を害する必要があるんだ? どうして、侵略なんてする必要があるんだ?」
四歳になるまでレイの中で常識だったことが、初めて目にした「死」で変化し始める。
他人を傷つけることは悪いこと、意味のないこと。こうして殺すことは生への冒涜。まだ四歳にもかかわらず、彼は加害者という立場を深く考えていた。
結局その日、それ以上何もせず帰還したためレイの侵略は失敗に終わった。
殺さなければならない。殺したくない。使命と気持ちが合ってくれない。
侵略者としては致命的な他者への情。それを早くもレイは持ってしまった。生粋のトルバ人なら誰も気にしないのに、彼は悲しさなどの感情が溢れて、侵略行為に否定的になってしまった。
――それから四年。
生きるためには仕事をしなければならない。そのためには侵略するしかない。邪魔な者達は殺すしかない。レイは残酷なことをする悲しさを抑え込み、四年間必要最低限の侵略行為を続けていた。しかし完全に心を殺すことなど簡単にはできない。彼の心には莫大な負荷がかかり、時折制御できなくなって殺すことを躊躇ってしまう。
周囲のトルバ人達は皆が侵略を「楽しい」と言い笑う。
レイはその感情を理解できない。他者を害して楽しむことなどできない。
他の戦士達にとって侵略は「遊び」だ。レイはそんな周囲に合わせようとして、無理やり侵略を楽しいものだと思い込むようになった。そんなことを長く続けていれば精神を病んでいく。
侵略行為はレイの優しい心を圧し潰す。
「おいグラヴィー。こいつの髪型を俺達で整えてやろうぜ」
「……ああ」
ある日、出歩いていたレイは見た。
青髪の冷たそうな少年と、焦げ茶色の髪をした活発そうな少年が、同年代の子供に暴行を働いていたのを見てしまった。
トルバにおいてこんな光景は日常茶飯事。今さら気にする必要はない、助けたい気持ちを抑えて通り過ぎようとする。
「あれ、確かお前レイじゃね? 序列二位のレイ」
「……バルト王子、おはようございます」
声をかけられたら見てみぬふりができない。
目前の活発そうな男はバルト。トルバの王族であり、一番自由な一族。
王族は侵略行為に行くのが自由意思となっている。行くも行かないも気分次第。さらに他惑星から届けられる様々な物を好きなだけ王城に持ち帰ることができる。物資の約九割は王族が手にすると言われるほどだ。
「お前も一緒に遊ぶか? 今からこの弱っちい奴の髪の毛をカットしてやろうと思ってさあ。きっと楽しいぜえ?」
心を押し殺さずにいれたなら、この場面でイジメによって蹲る少年を助けるために割り込んでいただろう。
この世は弱肉強食。弱者は強者の言いなりになるのがトルバでの常識。そんな常識は間違っていると日々感じていても、これまで周囲で誰一人不満を持つ者がいなかったために、友達など一人もできていない。
「これから侵略に行かなくてはいけなくて。遠慮しておきます」
「それはそれはご苦労さん。それじゃあしょうがないよな」
「はい、失礼します」
権力のある王族に逆らうことは危険を伴う。
図書館で調べれば、過去に傲慢な王族の提案を断った者が斬首されたという記事すらある。だからどうにかしたいと考えて、提案を断るにしても相応の理由を加え、早とちりされないように理由を最初に告げることにしている。
この星に、レイの居場所はどこにもない。
母星では周囲との違いに悩み、他惑星ではトルバ人の悪名が広まっているせいで仲良くなどなれない。
両親も旅行という名の侵略に出かけて返り討ちにあい殺された。悲しみはあり、涙だって流した。それでも殺した相手を憎く思うことはできなかった。侵略する側が殺されても正当防衛なのだから。
「どうして、トルバはこうなんだ……」
圧倒的理不尽しか存在しない星。それがレイにとっての故郷。
薄汚れた街道を歩きながら思考する。
いったいいつまで、こんなことをしなくてはいけないのか。
侵略に行かなければ生活できない。なぜなら他の生きる術を知らないから。幼い頃からしたくもない侵略をしてきたから。それ以外のことができなくなっていた。
司令室に赴いたレイは次の侵略の指示を受ける。
司令官の仕事はただそれだけ。まだ侵略していない星を調査し、適切な強さを持つ戦士に指示を出して送り込む。
「レイ、次は地球という辺境の星をお願いね。グラヴィーとディストも同行させるから、三人で協力してサクサク侵略してきてちょうだい」
「僕以外に二人も? 地球という星は厄介な生物でもいるんですか」
侵略が一人では不可能だと判断されれば、指示により他の戦士と協力するように告げられる。他者を寄せつけない実力を誇るレイは大抵一人で送られていた。こんなふうに三人で向かわせられるなど初めての経験である。
「ほとんどの地球人は大したことがないみたい。……ただ、強大な戦闘力を持つ者も多数いるようなの。不安だからエクエスを送ろうと思っていたんだけど、生憎と現在他惑星を侵略中。まあ序列一位の彼のことだからすぐ戻ってくるだろうけど」
「そうですか、分かりました。地球へ行きます」
こうして最大十人まで乗れる宇宙船でレイ達は地球へと向かう。
今まで交流がなかったグラヴィーという少年。交流はあっても友達とはいえないディストという少年。その二人と挨拶をし、地球までの十数日の道のりを進んでいく。
そしてついに地球へと到着して、レイは口を開く。
「グラヴィー、ディスト、侵略は二人に任せるよ。地球人の詳しい情報を調べてから確実に済ませよう」
「なら僕が変装の魔技で地球人に紛れ込むか」
「それがいいな、それでいいだろうレイ」
「いいよ、僕の出番が来ないならなんでもね。もしも二人で侵略できたのなら報酬はいらないからさ」
侵略を二人に任せてレイは地球を歩き回る。
穏やかで、自然の多い美しい星であった。その全てがトルバに犠牲にされるなど本当ならあってはならないことだ。
中には治安の悪い場所も存在した。レイはそんな人間達から金品を多少奪い、地球人に紛れて生活し始めた。
そしてある日。レイは出会う。
とある喫茶店で寛いているとき、二つの声が聞こえてきた。
「マスター、オレンジジュースワンプリーズ」
「なんで英語で言うんですかね」
「申し訳ないね、現在は満席でして。相席でいいならご案内しますよ」
「ならシェアードシートで」
「だからなんで英語で言うんですか?」
少し跳ねていて癖のある黒髪。見ている者全てを吸い込むかのような漆黒の瞳。白いパーカーは黒との対比でよく似合っている。
「あの、僕でいいなら相席どうぞ」
考える暇もなく口が勝手に動いていた。
「いいのか? なら席も確保できたし、注文はよろしくなマスター」
「承りました、少々お待ちください」
黒の少女が歩いて来て、レイの向かい側に腰を下ろす。
その間、どうして自分が相席を即座に許可したのか考えていたが、不思議なことに全く答えが出てこなかった。
「相席許可してくれてありがとう。私は神谷神奈、お前は?」
「……光ヶ丘、玲司。知り合いからはレイって呼ばれているよ」
思案して名乗ったのは偽名。
トルバ人の名前は聞く者が聞けばトルバ人だと分かるらしい。実際にハンギョ星の住人相手に名乗れば一発でトルバ人だとバレてしまった。
神奈は偽名などと疑うはずもなく気さくに話しかける。
「レイねぇ、いいなその名前。お前は何を頼んだ? ここはコーヒーが美味しいんだよ、それはもうすごい人気でな。……まあ私はオレンジジュースしか頼まないんだけど」
「ならそれを頼もうかな。すみませんマスター、コーヒーをください」
オススメだというのなら素直にそれを頼む。
三分ほど経った頃、マスターが神奈のオレンジジュースと、レイのコーヒーを静かに持ってくる。
黒い液体が運ばれてきたのでレイは頬をひくつかせる。浮かべていた笑みが苦いものになる。コーヒーと呼ばれた液体はとても飲みたいと思えるような色ではなかった。これがオススメなどレイには信じられない。
飲まない。そんな選択肢は選ぼうとしても消えてしまう。
目の前に座っている神奈の瞳が「飲まないのか?」と問いかけてくるように感じて、レイは数十秒の葛藤の末に口へと運ぶ。
香りはいい。鼻を通る匂いは精神を落ち着かせてくれる。
味は……よくない。苦い、今まで口に含んだ物で一番苦い。
「……苦いね」
せっかく勧めてもらったが悪いと思いつつ感想は素直に告げる。
不満を露わにされるかと思いきや、神奈は「だよなあ」と納得するだけで、レイは不思議そうに何度も瞬きした。
「私もそう思う、コーヒーは苦いもんだよ。オススメされても今はまだ飲む気はしないね」
「それならなんで勧めたんですかね」
「コーヒーがこの店のオススメだからだよ」
神奈とそれ以外の声が軽快に会話する。
すると神奈は自分のオレンジジュースが入っているグラスをレイへと差し出す。
「ほれ、口直しにどうぞ」
困惑しつつグラスを口につけ、少しだけ飲むとレイの中にあった苦みが甘さで中和されていく。オレンジジュースはコーヒーより美味しいということがレイの中ではっきりした。
半分ほど飲むとグラスを神奈へ返す。
「ありがとう、美味しかったよ」
「そうだろ。やっぱり子供のうちは何も考えず、食べたい物を食べ、飲みたい物を飲み、やりたいことをやるべきだよな」
「やりたいことを……?」
言葉がレイの中で反響している。
侵略行為は果たしてやりたいことだろうか。否、やらなくてはいけないだけで、自分がしたいと思えることではない。
「神奈、だったよね。君に訊いてもいいかな」
声に出している自分を止めたいのに止められない。
レイは自分でもおかしいと思う。何も知らない目前の少女に悩みを打ち明けたところで、何がどうなるわけでもないはずなのに、悩みなどなさそうな少女に全てを話してみたいとさえ思えていた。
「僕にやりたいことってないんだけどさ。やりたくなくてもやらなきゃいけないことはあるんだ。それは僕自身がもう嫌になっているんだけど、周りは正しいことだと信じて疑わない。どう考えても悪なのに、自分達に非があるだなんて考えもしない。その侵略行為を僕はどうすればいいのかな」
「……えっと、ならやめちゃえば?」
「で、でもそうすると困ることがあるんだ。故郷で生きていくためには僕自身が周囲に合わせないと」
やめたいからとやめられるならレイはとっくにやめている。
周囲が「遊び」としている「仕事」は、生きていくうえでやらなければならないことなのだ。
「なあ、なんでお前が周囲に合わせる必要があるんだよ。他人は他人、レイはレイだろ。それにさ、嫌いなことは無理にやる必要ないよ。無理して辛いことをしていたら心に負担かかるだろ。大事なのは、一番に優先すべきは、いつだって自分自身だと思うよ」
事情を知らない人間だからこそ言える台詞。
特に重みがあるわけではない。しかしレイの心は重苦しい状態から一気に、曇っていた気持ちが晴れるように軽くなった。
本当に侵略行為をやめるかどうかは置いておき、しばらく地球侵略のことは忘れることにする。どの道、地球の侵略は他の二人に任せているので、二人がやられるまでは関わる必要がない。
「……すぐにやめることはできない。でも、考えてみようかな。本当にまだ続けるべきか、もうやめるべきか」
「悩め悩め。もしも困ったら相談してくれよ。私は最近結構この店に来るし、また会えると思うから」
「本当かい? うん、ありがとう神奈。君はいい人だ」
――そして時間は流れ、結局捨て去ることができなかった。
神奈は侵略などやめるよう言い放ってきたものの、それはレイのこれまでを全て否定するということ他ならない。最初からやらなければよかったという簡単な答えは出せない。
蟻は女王蟻のために命を燃やす。
トルバの戦士も星のために働く。
使命なのだ。侵略というものは戦士になった者の宿命なのだ。そう易々と思考を切り替えられるほど、簡単に捨て去れるほど想いは弱くない。
一人では決断を出すのに時間がかかる。
惑星トルバでは戦闘の勝敗が重要なので、レイもそれに則って、神奈との戦いの結果に全てを委ねた。
悩んだときは戦う。一番トルバ人らしい解決方法だ。
「……ぅん」
目を覚ましたレイは敗北を悟った。
全てを賭けて戦い、負けた。これで侵略を続けるなど言えるわけがない。
それに敗北したにもかかわらず、思いっきり戦い、想いを叫び、ぶつかり合ったことで気持ちがいいほど晴れ渡っていた。
体を起こすとレイは笑みを零す。
元々間違っていることは分かっていた。侵略行為を正当な仕事としているトルバが、レイ自身嫌いでたまらなかった。それでも周囲は侵略に肯定的で、違う星に行っても悪名のせいで拒絶され、生きるために仕方ないことだと諦めていた。
『なあ、なんでお前が周囲に合わせる必要があるんだよ。他人は他人、レイはレイだろ。それにさ、嫌いなことは無理にやる必要ないよ。無理して辛いことをしていたら心に負担かかるだろ。大事なのは、一番に優先すべきは、いつだって自分自身だと思うよ』
自分など押し殺してもいい。大事なのは周囲に合わせることだ。レイはそうすることで心を擦り減らしていた。
しかし今は違う。大事なものが、優先すべきことが変わったのだ。
初めて仲良くしてくれた大事な友達。
友達を泣かせないように、苦しませないように、できる限りレイは自分を優先することに決めた。もちろん友達が辛い思いをするのは耐えられないので、そうなった場合は迷わず自分を切り捨てる。
自己犠牲染みた考えは変わらずとも、トルバとは違い、地球には本当にレイを大事に考えてくれる友達がいてくれる。心から楽しめる環境に変化する。
「神奈、君は……!」
呪縛のような気持ちから解き放ってくれた少女に視線を送る。
勝者であるはずの神奈は地に伏せていた。さらに出血量もかなり多く、早く病院に連れて行かなければ死んでしまうのは明白。このままではせっかくできた大事なものを失ってしまうと焦り、レイはまだふらつく足取りで歩み寄る。
「神奈さん! 神奈さんってば! 目を覚ましてください!」
腕輪には意思があるのをレイは忘れていた。だがそんなことは現状に比べれば些細なことだ。
「ちょっ! まさかトドメをさす気ですか!?」
「違うよ、勝負は僕の負けだ。勝者には手はだせない」
「信じていいんですね? 神奈さんはあなたのために戦っていたんです。もし嘘だったら許しませんよ。末代まで祟る、いえあなたが末代になりますからね」
「誓って嘘じゃない。本当さ、もう僕は侵略者じゃない。ただの……レイだ」
侵略者レイはもういない。
ここにいるのは肩書も何もない、ごく普通の少年である。
* * *
突如真っ白な部屋で神奈の目は開く。
一瞬だけ転生の間かと思ったが、上体を起こして見た周囲の景色で病院だと分かる。
どうして患者衣を着て入院しているのか。病室の白いベッドで寝ている原因を記憶から掘り起こせば、神奈の心当たりなどグラヴィーから刺されたことと、レイとの戦闘くらいしかない。
色々考えることはある。外の平和な景色を見れば考え事に集中できるだろうと神奈は思考する。
青い鳥が細い木の枝にとまっていて、神奈の方を見ると飛び去った。
幸せを運ぶとも言われる青い鳥。そんなものを見られたならば良いことが起こるのか。いや、幸せな結果を残すのは結局全て己の行動だろう。
静かな部屋なので、廊下からの声も神奈によく聞こえてくる。
知っている少年の声が三人。距離は段々と近付いてきている。
扉が開かれて、神奈が入口の方へと顔を向けると予想通りの三人が現れた。
レイ、グラヴィー、ディストの宇宙人三人組だ。
「あ、神奈……。よ、よかった……! 目が覚めて、本当によかった……! もう死んでしまうんじゃないかって、ずっと辛くて……!」
無事に起きている姿を視界に入れた瞬間、レイは端正な顔を歪めて涙を流し始める。その両隣ではグラヴィーとディストが真顔でレイを見ていた。
いきなりすごい温度差に神奈は困惑する。
「……落ち着けレイ。お前らこの状態を説明してくれんだよな?」
「ああごめん……。うん、君が気絶してからのことなんだけど……」
それから語られたのはレイが敗北した後に起きてからの話。
出血死してしまう前に神奈は病院に連れていかなければいけない。しかし才華や笑里に無断で連れていくわけにもいかず、詳しい説明をしている余裕もない。
そこでレイはグラヴィーを叩き起こし、神奈に変装するように命令した。
不満気ではあったが、抵抗してもレイには勝てないとグラヴィーは分かっている。仕方なく魔技で変装し、五体満足な神奈の姿で才華達の元へと向かった。
その後レイは、腕輪から宇宙人の件は夢咲以外誰も知らないことを話される。大事にしたくないということで詳しい話は隠し通すことに決める。
問題は危険な状態の神奈だが、レイにはしっかり考えがある。
レイが「ディスト」と呼ぶと、すぐ近くからディストが現れた。実は近くで戦いを見ており戦慄していたのだ。
無事に病院へと届けるため、ディストの力で神奈の空間を固定する。
助けるための力の行使なので神の加護は発動しない。空間への干渉も自由にできる。
空間を固定すれば傷口も悪化せず出血もしない。時間停止とは違うが似たようなものである。空間そのものが固定されていれば相手は動くこともできない。物凄く狭い部屋に押し込められたようなものだ。
才華達と合流したレイは帰りの車に乗る。ディストも車の屋根の上に乗った。
途中、変装したグラヴィーが怪しまれる事態には陥ったが、そこは事情を知る当事者のレイがフォローを入れて回避する。
いつもの宝生町へと帰ってきて、レイはすぐ神奈を病院に運ぶ。
出血量が危なかったらしくすぐに手術が開始され、医者の奮闘によりなんとか一命を取り留めた。それからはお見舞いに毎日欠かさず行き、神奈が目覚めるのを待っていた。
それが大まかな戦闘後から入院までの流れ。
レイの話を聞いて神奈はとりあえず一安心した。
「もう侵略なんてしないんだな?」
「うん、当然だよ」
「隣の二人は?」
「俺はそもそも貴様のせいで諦めていた」
「……仕方ないからな、この星の侵略は一時中断とする」
一人怪しい者がいたし、病院送りにされるという想定外のことが起きはしたが、神奈が思うに少なくとも侵略者の事件は解決している。
このまま何事もなければ三人とも地球に住みつくだろう。
「じゃあこれからもよろしくなレイ。……あとついでに二人も」
「うん、よろしく神奈」
「貴様とはできれば関わりたくない」
「ついでなのは気に入らないが、まあ慣れあうつもりもないしな」
こうしてこの星に送られた三人の宇宙人の侵略は失敗に終わった。
神奈はレイと友達だということを再確認するように、心で何度も嬉しそうに呟く。
諦めずに接すれば、根がいい者と限定されはするが侵略者とだって誰とだって仲良くなれる。無駄な戦いなどではなく、入院までした甲斐があったと神奈は一人喜んだ。




