214.14 今更な追放
メイジ学院二年生になった初日の下校時刻。
Dクラスの坂下勇気は久し振りにクラスメイトと顔を合わせたことや、騒がしい晴嵐の入学でもっと楽しい学院生活を期待している。両親からは力の無さに呆れられているし、兄である優悟には敵視されているからか、友達と普通に話せる学院での時間は坂下にとって一番好きな時間だ。
「よお勇気」
家への帰り道で坂下はとある男に声を掛けられる。
見慣れた顔、自分と同じ葡萄色の髪を見れば誰かは一目瞭然。兄の優悟だ。
楽しい学院生活を想像していた坂下の心は一瞬で曇る。実の兄だけでなく、両親でさえもはや会っただけでテンションが下がってしまう。家族が坂下を嫌うように、坂下も家族が全員嫌いなのだ。
「……兄さん。何か用?」
「なんだよその目は気に入らねえな。お前、調子に乗っているんじゃねえのか? Dクラスが魔導祭で準優勝したのはな、お前の力の証明にはならねえんだぜ? お前以外怪物だから準優勝出来たんだ。それを分かってんのか? お前は今でも役立たずなゴミクズのままだぜ」
「分かってるよ。準優勝はみんなのお陰だってことくらい」
坂下ざ在籍するDクラスは本当にDクラスとは思えないような強者ばかり。
神奈、速人、葵、影野の四人は最初から超人的な力を持っていた。唯一日野だけは坂下と同じ弱者扱いを受けていたが、速人からの特訓で一気にレベルアップしている。今ではDクラス本来の低レベルな人間は坂下一人になってしまった。
強いクラスメイトを坂下は尊敬しているし、自分も彼等のように強くなりたいと思っている。日野が受けた特訓を受けさせてもらえないかと以前速人に頼んだが、彼からは「才能がまるでない」と厳しい言葉が飛んできた。彼曰く、日野には元から強くなれる才能があったらしい。才能で劣っていても強くはなれるが時間は多く掛かってしまう。そういう理由で坂下の頼みは速人に却下されている。
「はっ、さすがに理解しているか。魔導祭では死にかけたもんなあ」
自分は腹痛で魔闘儀を棄権したくせに、とは坂下も強く言い返せない。
辛辣な言葉でも全て事実なのだ。坂下は何も結果を残せず、クラスメイトに願いを託すことしか出来ない。所詮は戦いの最中に相手から無視される程度の実力。今の坂下はクラスメイトの足手纏いである。
「お前は落ちこぼれだ。どんなに強い人間に囲まれていても変わらねえのさ」
珍しく兄弟二人で帰宅したが会話は殆どなかった。
少し大きい屋敷のような自宅に入った坂下は玄関で見慣れない靴が目に入る。
サイズは坂下とほぼ変わらないが、自分や兄の靴なら見覚えがあるはずだ。来客があるなら知らされるはずだが何も聞いていない。念のため優悟に「これ兄さんの?」と聞いたが「んなもん知らねえよ」と雑に返される。
漠然とした不安が心に蔓延り消えてくれないまま時間は過ぎていく。
あっという間に夕食の時間となり家族四人が食堂の席に座る。
雇われている家政婦がキッチンから料理を運び込み、両親と空席の前に料理を置いた。その時の家政婦は明らかに坂下と優悟を気にしており、不安がよく顔に表れていた。
「おいどこに運んでんだよ。俺はここだぞ、失明でもしたのか」
「……申し訳ありません。しかし……旦那様と奥様の指示ですので」
訳が分からず優悟は「ああ!?」と怒声を出す。
「親父お袋、これは何かの悪戯か? 趣味悪いなあ」
坂下の父親、坂下東吾と母親、坂下水純が顔を見合わせて頷く。
異様な雰囲気を感じた坂下の不安は大きくなるが、優悟は何も感じておらずへらへら笑っている。
「優悟、勇気、大事な話がある。大人しく聞け」
「んあ? なんだよ親父大事な話って」
「我が坂下家は優秀な魔法使いを生み出し、政府を裏から支えてきた家の一つ。ゆえに私達の子供は優秀でなければならない。メイジ学院に通わせているのは当然実力向上のためだ。しかし、魔導祭の結果を聞く限りでは、出来損ないと評価せざるを得ない」
父親の東吾が腕を組み、優悟と坂下を睨みながら話す。
「――よって、追放処分とすることに決定した。今日で家を出て行け」
何を言われたのか坂下は数秒分からないままだった。
今の時代、家を出て行けなんて言う父親は目の前の男くらいだろう。問題を起こして迷惑を掛けたなら納得出来ずとも理解は出来るが、弱いからなんて理由で勘当されるのは理解出来ない。さすがに言われてすぐ理解出来る子供は居ないだろう。それくらいに唐突であり、子供の理解を超える発言である。
「勇気、あなたは魔導祭の魔闘儀で、対戦相手一人を倒すだけで死にかけたわね。元から期待していなかったとはいえ、Bクラス程度の相手と相打ちになるなんてね。一族の恥と思いなさい」
母親の水純がやれやれとでも言うように告げて坂下を指す。
彼女の発言を聞いていた優悟は「はっはっは」と豪快に笑う。
「ついに勘当かよ勇気。可哀想だなあ、弱く生まれちまって」
「何を他人事のように言っている。出て行くのはお前もだぞ優悟」
坂下と同じ気分を味わった優悟は「へあ?」と間抜けな声を出す。
追放宣言から予想は出来ていた坂下だが、いざ詳しく言葉にされると驚いてしまう。なんせ坂下と優悟の二人が勘当となれば、この家から子供は一人も居なくなるのだ。百歩譲って劣等な子供だから勘当するのはいいとして、二人が出て行けば困るのは両親だ。今から子作りしたとしても坂下達以上の子供が生まれるとは限らない。
「な、何言ってんだよ親父! 勇気より俺の方が遥かに優秀だろうが! 俺が勘当されるなんておかしいだろ!」
さすがに自分の置かれた状況を理解した優悟は憤り、勢いよく席から立つ。
「大同小異という言葉を知っているか? お前と勇気に大した差はない。お前は所詮、私達の期待に応えられない落ちこぼれ。お前は自分が優秀だと言ったが、自分より下の落ちこぼれを見て調子に乗っていたに過ぎない」
「勇気の方がマシだったかもしれないわね。Cクラス相手に戦いもせず逃げたあなたは精神的弱者。私達が一番求めていない人間よ」
あまりに酷い言葉を親から聞いた優悟はショックで反論出来ない。
言葉を失った兄の代わりに坂下がこれからのことを両親に訊く。
「僕達二人を追い出せば子供は残らないですよね。強い後継者が欲しいのは分かりますけど、僕達を追い出したら後継者が居なくなります。どうか考え直してください」
「心配無用よ勇気。後継者はちゃんと居るわ。さあ、入っていらっしゃい!」
食堂の扉が開く。扉を開けたのは銀髪で左目が隠れた少年。
外見だけで判断するなら年齢は坂下に近い。服装はメイジ学院の白い制服だ。
彼は坂下と優悟を見て作ったような笑みを浮かべる。
「紹介します。この子は孤児院から引き取った綴。今日から我が家の養子となるの」
「どうも初めましてお義兄さん方。あ、でももう追放されるんだしお義兄さんではないのか。今日からは俺が坂下家の後継者となるんで、家のことは心配せず、どうかどこかで野垂れ死んでください。さようなら」
容赦のない綴に坂下は「な、なんて口撃力だ」と戦慄する。
綴は自分と坂下達の立場関係をよく理解していた。坂下家期待の星である綴と、もうこの家の一員にすらカウントされない義兄達。坂下達に味方は居ないので、綴が強気な態度で居られるのも当然だ。
「綴の力は素晴らしい。彼はメイジ学院の入学試験、Aクラスの判定を貰ったそうだ。魔力値は平均を大きく上回り、適性属性は五属性。教師達が騒いでいたよ。Dクラス配属者が居たことにも騒いでいたが、よっぽど酷い新入生だったのだろうな」
今日、新入生の晴嵐が一人だけ教師に褒められた生徒が居たと言っていたが、坂下はその生徒が綴だと確信する。最初から東吾と水純の期待に応えられる彼を羨ましく思う。坂下は両親が嫌いでも、育ててくれた恩は感じているので期待には応えてあげたかった。
「父さん、母さん……もう、決めたんですね」
「ああ。だから出て行ってくれ。明日も家に居たら警察を呼ぶことになってしまう」
「……分かり……ました。僕は……出て、行きます」
常識で考えれば警察に咎められるのは両親側だろうが現実は違う。
政府の協力者として権力を持つ坂下家なら、子供を虐待しても家から追い出しても許される。警察は政府の協力者を基本的に逮捕出来ず、逮捕したとしても短期間で釈放される。騒いでも無駄なことを坂下は理解していた。
「ざっけんじゃねええええええええええええええ!」
坂下の隣で優悟が叫び、両拳をテーブルに叩きつける。
「俺は、俺は落ちこぼれなんかじゃねえ。そんなどこの誰かも分からねえ野郎より俺の方が強いに決まってる! 勝負しろ! 戦って俺が勝ったら、俺の勘当は取り消せ親父いいいい!」
「聞き分けが悪いな優悟。だが、いいだろう。万が一にも勝てたなら家に残っていい」
「勝てるわね? 綴」
「ええ、もちろん」
騒いでも無駄だ。坂下は世界の理不尽さを理解している。
「兄さん、止めた方が――」
「うるせえ! 反抗する勇気も持たねえお前が指図すんな!」
勇気を持たないと言われて坂下は違うと言えなかった。
無駄と諦めて状況を受け入れてしまう自分より、怒りとプライド頼りとはいえ反抗する優悟の方が輝いている。
「勇気……僕は、何を学んだんだ」
昔から坂下勇気という名前が嫌いだった。
不釣り合いな名前だと自覚した頃から、ネガティブな思考のままメイジ学院入学まで生きてきた。しかし入学してから坂下は成長したはずだ。神奈から小さな勇気を引き出してもらい、葵からは理不尽を壊そうする反抗の心を学んだのである。怯えて逃げ続けるだけの坂下はもういない。
「父さん、母さん」
今、坂下は立ち向かう勇気を引き出して両親と向き合う。
「僕も兄さんと一緒に、戦っていいですか!」
「ほう、まさかお前が反抗してくるとはな。いいだろう。綴、二人相手でも勝てるか?」
「二人だろうと十人だろうと負けませんよ」
左目を隠す銀髪を掻き上げた綴は笑みを浮かべる。
強い自信が坂下達に伝わるが怯むわけにはいかない。
「……兄さん、そういうわけだから、よろしく」
「勝手にしろ。足引っ張ったらぶん殴るかんな」
兄弟で共に何かをすることはなかったので今回が初めての共同作業。
互いに嫌い合っているとはいえこの状況なら坂下は協力を頼むし、優悟は拒まない。
坂下家の面々は屋敷の庭に出て模擬戦の準備をする。
坂下と優悟、二人に対して綴が庭で向かい合い距離を空ける。
東吾が小さなベルを鳴らすのをきっかけに模擬戦は始まった。
まずは優悟が叫びながら突進して、動きは遅れたが坂下も同じように走り出す。
絶対に勝つという気迫を出しながら駆ける二人に綴は一言「遅い」と呟く。
「んなっ!?」
「うっ!?」
綴が一歩目の踏み込みで圧倒的な速さを見せつけて二人に急接近した。
全く見えないという程ではないが、事前に分かっていなければ対応するのは難しい。
綴の手が迫り、二人は避けきれずに顔面を掴まれる。
さらに零距離で魔力弾を撃ち込まれて爆破される。
二人の意識は飛んでしまい芝生の上に倒れ伏す。
「はい、俺の勝ちです」
残念ながら奇跡は起きず、二人は坂下家を追放されることが決定してしまった。
腕輪「これが流行の追放ものって奴ですか。え、もう遅い?」




