214.13 新入生の殺到砂糖
四月八日。メイジ学院始業式当日。
白を基調とした制服を着た神奈は家の外に出る。
「姐さん、おはようございます!」
爽やかな朝に響いた声を聞いて神奈はすぐに屋内へと戻った。
「……王堂が居た」
「居ましたね」
何となく神奈も予想出来ていた。熱烈な好意を抱く晴嵐が、神奈の家の近所に引っ越して何もしないわけがない。彼女は朝、神奈と二人で通学するために二時間前から待っていたのである。
彼女から逃げるために引き篭もるわけにはいかないので神奈は諦めて外へ出る。
「神谷さん、おはようございます!」
満面の笑顔を浮かべる人間が外には居たが晴嵐ではない。
暗緑色で長めの髪の少年、同級生で同じDクラスの影野統真だ。
先程まで晴嵐が居たはずなのに影野が居る現状は不思議だが、神奈はとりあえず屋内に戻る。
「……影野が居た」
「通学する日はほぼ毎日来るじゃないですか」
確かに腕輪の言う通り、メイジ学院への通学日は影野が家の前で待機している。来ない時は風邪などの体調不良になった時だけなので、むしろ彼が来る方が自然な流れだ。思わず家に帰ってしまったが彼には悪いことをしたなと神奈は思う。
一先ず玄関から出ることにした神奈が外に出てみると二人の姿はなかった。
おかしいと感じた神奈がブロック塀の隣を通って道路に行くと、なぜか二人が取っ組み合いの喧嘩をしていた。何やら言い合っているが、早口すぎて何を言っているのか聞き取れない。二人が互いを罵ったり、神奈への愛を語っているのを知らないのは神奈だけである。
「喧嘩すんなよ! 朝から何しに来てんだお前等!」
つっこみに反応した二人は動きを止めて、神奈が居る方向に首を向ける。
「「一緒に登校しに来てるんです!」」
「……仲良いんだか悪いんだか」
仕方ないので神奈は三人で登校することにした。
道中で影野と晴嵐は神奈との思い出、神奈に対する想いを言い合う。
二人の真ん中に挟まれた神奈は恥ずかしさで俯いた。自分が褒められたり好きと言われるのがではなく、大声でそんなことを言い合う二人と共に歩くのがだ。周りから二人の同類と思われるのが我慢ならない。
意外にも二人の愛の語り合いはメイジ学院到着と同時に終了した。
二人は互いを認め合い、固く握手をして笑い合う。
「はっはっは、君は素晴らしい人だね」
「おう、姐さんをよく理解しているテメエもな。ダチになれそうだぜ」
「仲良くなるのはやっ」
同じ信者同士、通じ合うものがあったのかもしれない。
赤いレンガで造られた学校、メイジ学院に久し振りに来た神奈は校舎へと向かう。
「入学試験を受ける方はこちらでーす!」
校舎へと歩いていると、拡声器を使って大きな声を出す女性教師を見かけた。
メイジ学院は他の学校と違い、四月に入学試験を行いクラスを振り分ける。去年と変わらないなら魔力と適性属性を調べる試験であり、誰も試験で落ちずに合格出来る。晴嵐も問題なく合格出来るだろう。
「えええ、姐さんと一緒に居られるのここまでなんすか?」
「入学したらいつでも会えるって。さっさと行ってこいよ」
残念そうに「はあい」と晴嵐が返事して女性教師に付いて行く。
神奈と影野は自分達の教室、二年Dクラスへと寄り道せずに向かった。
二年生になったからといって特に何も変わらない。少人数なのも、担任教師も、教室の雰囲気も何一つ変わらない。一年生の時と同じ学院生活が再び始まったのである。
「姐さああああああん、聞いてくださああああああい!」
否、一年生の時よりも騒がしくなりそうである。
朝のホームルーム終了後、晴嵐が扉を強く開けて教室内に入って来た。
彼女を知らない生徒のために神奈は軽く彼女を紹介しておいた。
「オレDクラスに入ったんですけど、オレ以外に生徒が一人も居ないんっすよ! 田舎の学校でも数人は生徒が居るもんでしょ!?」
「へえ、今年はDクラス一人か。珍しい」
Dクラスになった人間は魔力値が低いのが基本。
二年生には例外も多いが、魔力100以下の新入生はDクラス入りとなる。
神奈は試しに戦闘力を数値化する魔法〈ルカハ〉を唱えて晴嵐のステータスをみた。晴嵐の魔力は240と十分な数値なので、Dクラスに配属されたのは魔力以外の理由。神奈や影野のように適性属性がないことが原因と推測出来る。
「違うよ神谷さん。Dクラスの生徒なんて居ないのが普通なんだよ」
珍しいという言葉を否定したのは同じクラスの坂下勇気だ。
「確かにそうか。私達が入学した時も他の学年には居なかったもんな」
二年三年には居なかったから魔導祭では不利な立場になってしまった。今年は一年生に晴嵐が居るが人数的には焼け石に水。他のクラスと比べて圧倒的に少人数なのは変わらない。
「おい王堂晴嵐」
腕を組みながら偉そうに新入生を呼んだのは隼速人だ。
「なんすか隼先輩」
「新入生に強そうな奴は居なかったか。例えばお前の兄のような奴だ」
「兄貴程に強い奴なんて居ねえっすよ。あ、でも一人、先生に凄い凄いって褒められていた男が居たっすね」
「てことはAクラス行きかしらねー」
眼鏡を掛けている知的そうな少女、南野葵が紙束を読みながら呟く。
心底どうでもよさそうだが多少の気分転換として会話に加わりたかったのだろう。
彼女が見ている紙束は政府が行ってきた実験と施設についての資料。
ずっと見ていたら気分が悪くなる資料を読み込み、大賢者復活計画を進める施設の場所を特定しようと頑張ってくれている。彼女が会話に参加したのはいいが、神奈達から話し掛けるのは躊躇われる。
「ふん、魔力を測定する機械を破壊した奴は居なかったのか?」
「居ませんよそんな奴。学校の備品扱いっすよねあの機械。壊しちゃダメなのくらい誰でも分かりますって」
「つまらん。新入生は全員雑魚か」
魔力と適性属性を測定する機械には測定限界が存在する。
数値にして100000を超えると爆発してしまうのだ。
魔力値は600でもエリート扱いされるので、限界を超えて爆発させてしまう人間など滅多に居ない。ただ何事にも例外はあるものだ。去年は五木兄弟が機械を破壊したし、神奈や神音、その気になれば葵でさえ破壊出来てしまう。
「聞き捨てならねえっすねえ。そりゃオレも雑魚ってことっすか? 見せてあげますよオレの魔法」
「実戦になれば見物前にお前を殺せる。見る価値がない」
「何をおお! これを見てもまだそんなことが言えますかねええ! 〈殺到砂糖〉!」
拳を握って真上に掲げた晴嵐は固有魔法の名前を叫ぶ。
何も起こらないが、彼女は自慢気に握っていた拳を開きながら速人の方へと振るう。彼女の手からは少量の白い粉が飛びだし、速人は咄嗟に自分の席から飛び退く。
白い粉を全て躱した速人は瞬時に彼女の背後に回り込み、細い首目掛けて手刀を寸止めする。
「死にたいのか貴様」
「……す、すみませんっす。つい使っちゃって」
もし寸止めされていなければ晴嵐の頭部は胴体とお別れしていただろう。
死を感じた晴嵐は頬を引き攣らせて、顔面蒼白になりながら大量の汗を流す。
「何なんだこの粉」
床に落ちた白い粉が気になった神奈は指で摘まんでみた。
仮にこの粉に猛毒や腐食効果があっても加護のおかげで神奈には効かない。
指で触れてもよく分からなかったので、神奈は腕輪に触れさせて解析させる。
「ただの砂糖ですね。危険物ではありません」
「ああそうっすよ、砂糖っす。オレの魔法はどうやら水分を砂糖に変換するらしいんっすよ」
「……ゴミ魔法じゃん」
「何を言いますか神奈さん! これは素晴らしい魔法ですよ!」
「……さすがゴミ魔法量産腕輪。バカセンス」
「ちょっ、ひどっ! 私が教えてきた魔法はゴミじゃなくて使いどころが殆どないだけです!」
神奈と腕輪の言い合いを聞いていた葵が「人はそれをゴミと呼ぶのよ」とトドメを刺した。
ショックを受けた腕輪は『がーん』という文字を何度も空中に出す。どうやって出しているのかは神奈でも分からない。長く一緒に過ごしているが初めて見る魔法だ。
「隼、お前砂糖にビビって逃げたんだな。笑える」
「……砂糖だと分かっていれば逃げん」
攻撃がまさかの砂糖だった事実に呆れた速人は自分の席に戻る。
「いやいや、確かにオレの魔法は水分を砂糖に帰るだけっすけどね。これ凄い魔法なんすよ。人間の血液とかぜーんぶ砂糖に変えられるんす。生物を砂糖漬けに出来ちゃう魔法なんす」
「怖いな!? お前それ絶対人に向かって使うんじゃねえぞ!」
晴嵐の〈殺到砂糖〉は正確に表現すると水素を砂糖に変換する魔法。
水は水素と酸素で作られるので間違っていないが脅威度は全く違う。
水素を砂糖に変えた時、物体は酸化する。人体にも当然影響があり、体が酸化すると慢性疲労や肌荒れなど老化現象が早く進む。しかし老化速度増加などまだ軽い方だ。細胞は酸化すれば脆くなり、そもそも体内に直接砂糖を入れられたら糖尿病どころの話ではない。つまり〈殺到砂糖〉は生物にとって危険すぎる魔法なのである。
「いいえ神谷さん、この魔法は人に使うべきですよ。特に神谷さんへ逆らった悪人に対して」
「ああ、まあ悪人相手ならいいか」
言った後で神奈は気付いたが晴嵐の実家はヤクザだ。ヤクザといえば悪事を働いているイメージなので彼女自身が悪人かもしれない。小学生の頃は嫌いな相手に発砲する危険人物だったので悪のイメージは強い。
魔法を行使すべき悪人は意外と身近に存在している。
複雑な心境の晴嵐は「……ウチ、ヤクザなんすけどね」と呟いた。




