214.11 お久し振りです王堂兄妹
四月七日。メイジ学院始業式の前日。
神奈は自宅で寛いでいたがチャイムが鳴ったので玄関まで移動する。
いったい誰だろうと扉を開けてみると、見覚えのある赤いツインテールの少女が居た。
「姐さ――」
彼女を認識して一秒で神奈は扉を閉めた。
外に居た彼女は王堂晴嵐。かつて宝生小学校で起きた騒動で神奈と出会い、異常なレベルで神奈に惚れ込んでいる少女である。実家がヤクザなのは置いておき、彼女自身の性格が面倒臭いので遊ぶ回数は少ない。
彼女が嫌いなわけではないが、接していても友達という感じがしないのだ。
後輩と表現すれば可愛いものだが実際は下僕のようなもの。
遊ぶ回数が少なくなっていったのは他にも理由がある。下僕のような存在がメイジ学院に入ってからもう一人増えたので、関わる回数を減らしたいと思ってしまったのである。
「神奈さん、早く出た方がいいんじゃないですか? ずっと待ちますよ彼女」
「くっ、第二の影野め」
「時系列的に影野さんは第二の晴嵐さんなんですがね」
「面倒だけど出てやるか」
神奈がもう一度扉を開けようとした瞬間――扉が激突してきた。
形を保ったまま外れて屋内に、神奈の方へと吹っ飛んだのである。
あまりに横暴な行為に怒った神奈は扉を壁際に退ける。
「おいふざけんなよ王堂! 待ちきれずにドアを壊す奴がいるか!?」
改めて外を見るとそこには赤髪オールバックの男が立っていた。
目の下に横線の傷があり、子供が泣きそうなくらい強面である。
彼の名は王堂晴天。晴嵐の兄だ。
「ふざけるなだと? 王たる俺様が訪れてやったのに扉を閉めているからだ。愚か者め」
「……兄の方まで居やがる」
神奈のテンションはさらに下がり、地の底を突き抜けた。
晴天は晴嵐以上に厄介というか関わりたくない。
本気で自分を世界の王だと思っており、下手な厨二病患者よりも質が悪い。これが弱者の妄想ならともかく彼は異常な強さを持っているうえヤクザだ。知ったうえで関わるのは物好きだろう。
「何、なんで兄妹揃って家に来るわけ?」
「引っ越しの挨拶というやつだ」
「挨拶で扉蹴破る奴がいるか……って引っ越し? まさかお前等、近所に引っ越して来たの?」
「妹と部下三名だけな」
「いやあ、中学校の距離を縮めたくて。で、どうせ引っ越すなら姐さんの近くがいいなと」
神奈のテンションは下がりすぎて宇宙にまで行った。
晴天が「感動で声も出ないか」と言っているが、今すぐにでも嘆きたいくらいである。仮に不満を口に出せばすぐにでも戦闘が始まりそうなので心にしまっておく。晴天に負けるつもりはないが、戦闘の余波で確実に近所が崩壊してしまう。これからの近所付き合いの大変さを考えると涙が出てくる。
「中学って宝生中学校だろ? 引っ越しなんて必要ないだろ」
「いえ、姐さんと同じメイジ学院に行くんで」
「何で!? おまっ、何で!? 魔法とか知らないだろお前!」
メイジ学院は魔法使いを育成する政府公認の場所。
魔力を扱えなければ入学出来ないし、そもそも自力で存在を知ることすら不可能。兄の方なら固有魔法が使えるから問題ないとして、晴嵐は魔力すら扱えなかったはずだ。今まで使える素振りは全く見せていない。ただ、仮に神野神音のように特殊なケースなら気付けない。
「実は姐さんがメイジ学院とやらに居ると夢咲先輩に聞いて、兄貴に詳細を調べてもらったんです。魔力が使えなきゃ入学出来ないらしいんでこの一年、必死に努力しましたよ。そしてオレはついに魔力の才能を開花させたんすよ!」
「……うっそーん」
魔力を扱う才能がなければ基本的に扱えないままで一生を終える。
特殊な道具を使ったり、他者の特殊能力が介入しない限りは九十九パーセント開花しない。
晴嵐は得意気に「愛の力っす」と笑っているが、そんなもので才能開花するなら誰も苦労しない。その発言には腕輪も「……ありえないでしょ」と驚愕している。
「はぁ、この俺様が協力してやったんだ。才欠ける凡人の無駄な努力を終わらせるためにな」
晴天の言葉に腕輪が「なるほど」と呟く。
「晴天さんの固有魔法は命令を実行させるもの。晴嵐さんには『魔力を扱えるようになれ』と命令したんですね。あの力は生物への強制。魔力器官を操作することも可能でしょう」
「えっ、その理屈だとこいつ、全人類魔法使いに出来ちゃうってことじゃね」
腕輪の「はい、出来ます」という返事に神奈は頭が痛くなる。
政府は魔力の存在をどう世間に発表するか悩んでいるらしいが、晴天に全人類を才能開花してもらえば解放されそうだ。しかしその選択をすればこの世界は一気にバトルファンタジー要素全開。某ヒーローアカデミアな漫画のように、強大なヴィランが増えて国が滅びかけるかもしれない。
「いやー、兄貴は本当にすげえ人なんすよ」
「常識を改めて言うな。俺様はこの世の王、凄くて当然だ。それよりも晴嵐、まだ引っ越しの荷物を片付け終わっていないだろう。部下に全て任せずに手伝ってやれ。俺様はこの女と話がある」
「……もしかして兄貴、姐さんのこと」
「家に帰って荷物を片付けろ」
固有魔法が発動したため晴嵐は自宅に帰って行く。
神奈の家の向かい側にある家に彼女は入っていった。
まさかの正面という新事実に神奈は「向かい側かよ!」と叫ぶ。
「話ってのは?」
「まさか晴天さん、神奈さんを好きになってしまったのでは」
「鬱陶しい玩具だ。黙れ」
「残念でしたね、私には効かないんです。そして神奈さんは私と愛し合っているので諦めてください」
「お前黙ってろ」
「はい」
晴天の固有魔法は効かずとも腕輪は神奈の命令なら従う。
これで話が始まる……ことはなかった。
「何いい? 貴様、なぜその女の命令は聞き、俺様の命令は聞かんのだ!」
黙れという命令をこなしている腕輪は何も答えない。
相手を逆上させるだけと分かっていても声を出さない。
「何か話せ! 玩具の分際で俺様を無視するつもりか!?」
「おいもういいだろ黙ったんだから。それより話があるんだろ」
「いいわけがないだろう! 俺様の偉大さを示さねばならん!」
非常に面倒臭いと神奈は心の中で呟いた。
神奈としては早く話を聞き、家の中に帰ってゲームでもやりたいのだが、晴天の気はしばらく治まりそうにない。実際に十分以上経っても一人で語っているので、もう帰ろうかなと神奈は何度も思った。
熱く自分語りする晴天が腕時計に目をやると語りが止まる。
「む、もう十時か。俺様は多忙の身でな、大事な用事があるから帰らせてもらう。晴嵐のことを頼むぞ」
「……ええええ、話は?」
好き勝手に語った挙句、晴天はどこかに行ってしまった。
話といってもそれほど重要な話ではなかったのかと神奈は結論付ける。
何はともあれようやく王堂兄妹から解放されたので、家に帰ってゲームをプレイ出来るというものだ。
「片付け終わりましたよ姐さああん!」
玄関に入りかけた瞬間、向かい側の家から晴嵐が飛び出て来る。
くるくる回りながら笑顔で近付いて来る彼女の声を聞き、神奈の額には血管が浮き出た。




