210 睡眠――寝てんの!?――
2024/07/07 文章一部修正
舞台が消し飛ばされ、クレーターを作られたことで地形も変化してしまう。そんなことをされて国を管理している魔王リータが黙っていられるはずがない。思わずモウゾウを離して神人へと歩く。
自力で立てるくらいに回復したモウゾウは支えがなくなっても立てた。破壊の原因である神人に向かってモウゾウも歩いて行く。
「貴様、何者だ」
「そいつを倒したくて来たってわけじゃねえよな」
沈黙を貫く神人の前に二人が立つが、神奈は離れさせるために声を出す。
「おい、そいつはヤバい! 早く離れろっ!?」
声を掛けた瞬間、神人の両腕が蛇のようにうねって二人の顎を掠める。
顎を正確に狙い澄ました一撃は、脳にまで衝撃が行き渡り立つ力を奪う。
現魔王、彼と渡り合った鬼族の二人は倒れ込むように気絶した。
いとも簡単に無力化された二人を見た神奈は、緑の竜のような男を予想通りの人物だと改めて思う。
「お前が、神神楽神人だな」
神奈の問いに神人は答えない。
何も喋ることのない神人に違和感を抱いた神奈はよく観察してみる。
目が開くことなく閉じたままであり、僅かに寝息のような音も聞こえる。首はだらっと垂れていて全身の筋肉が活性化していない。
「え? まさか? お前寝てんの!?」
そう、それはまさに睡眠状態。
眠っているのに動ける理由は分からない。寝返りをうつとかそういう次元ではなくしっかりと攻撃しているし、ふらつくことなく両足で立っている。
二人の距離は十メートル弱。神奈は驚愕で、神人は寝ているために動かない。
観客や大会出場者は始まらない戦いに痺れを切らして動き始めた。
「魔王様を殴りやがって許さねえ!」
「覚悟しろやオラ!」
「私達の力見せてやるわ!」
「禿禿団出動! 奴のえっと、歯とか角を抜いてやれ!」
国の主である魔王が倒されたのだ、誰もが怒りを感じずにはいられない。
全員ではない。恐怖で動けない者も、逃げていった者もいる。それでも数としては多い百五十人程が神人に突撃していく。
「今度こそラーメンの力を見せてやる。〈コーンシャワー〉!」
「気絶から覚めたらこんなことになっていようとはの。〈大地の塔〉!」
高速で放たれた数十個の黄色い粒を神人は右腕だけで弾き、真下から迫る円形の大地を踏みつけただけで割って防ぐ。他にも様々な魔力攻撃や単純な殴る蹴るの攻撃が放たれるが、神人は全てを弾くか受け流して凌いでいく。さらに忘れないカウンター。魔族の一撃を凌いだ後に殴り返すのを繰り返し、僅か二十秒で立ち向かった魔族が地に伏せる。
「これで、本当に寝てるのか? 起きてるんじゃ……」
寝息は立てているし目も閉じている。一見ぐっすり眠っているように見えるが、本当に寝ているのか確かめるために神奈は神人に近付く。顔の至近距離で手を振ってみたり、背中の翼を触ってみたり、身体をよく観察してみたりした結果、本当に寝ていることが分かる。
「おそらく闘争本能、というよりは生存本能かな? 敵意や殺意を感じ取って攻撃しているだけにすぎないよ」
少し離れた場所で神音が神人の状態を説明する。
因みに神奈が観察している間、神音は気絶した選手や観客を木陰の方に魔法で浮かせて移動させていた。
「えっと、そもそも私はこいつをどうしたいんだっけかな。なんか神様から危険だって言われて退治しようと息巻いてたけど、寝ている相手を殴るのはなあ」
「いや、今の内に始末した方がいいと思うよ? その男、確か神神楽神人って名前だったね。神の系譜は転生者の証であると同時に、莫大な力をその肉体に与えてくれる。神の系譜が三つともなれば、私達を凌駕する実力を兼ね備えていても不思議じゃない」
「うーん、でも普通に動き見えたしなあ」
「寝ている状態ではあてにならないし、それに実は神の系譜が与えるのは身体能力や魔力とは限らない。他にもう一つ、成長力が与えられることがあると禁断の魔導書の知識で知っている。結局、どんな力にせよ厄介な生物だよ。始末しておくにこしたことはない」
神奈は少し顎に手を当てて考えると、結論を出す。
とりあえず鬼族の里で暴れたツケを払ってもらうことにする。里を壊滅させて、鬼族を傷付けたのは神人で間違いないのだ。殴るだけ殴ったら後のことを考えればいい。
楽観的な思考だ。今の神人は神奈にとって脅威ではなく、管理者が忠告してきたといっても大したことはないと思っている。
神奈は油断していた。油断しながら戦ってしまった。
だからこそ痛い目を見るのは必然であった。
「えぶっ!?」
神奈が顔面を殴ろうとして突き出した拳を、寝たままの神人が左手で逸らして右手で殴り返す。一撃で三歩程下げられた神奈からは油断が消えた。本気ではなかったとはいえ、今の攻撃に対応出来るのなら手加減は必要ない。
「寝てると思って舐めてたな……!」
三歩分の距離を詰めて神奈は左拳を神人の腹部目掛けて放つが、体を横に逸らすことで躱されて反撃の右拳が迫る。危険な反撃は神奈も彼と同じように動いて回避する。
神人は流れるように脇腹へ向かって左足での蹴りを放つも、神奈はその足首に手をついて飛び越えるようにして躱すと同時に魔力弾を放つ。しかし彼もそれに反応して迫る魔力弾を回し蹴りで弾き飛ばす。
魔力弾が決定打にならないのは神奈にとって想定済みだ、動揺はない。
着地と同時に駆けた神奈は彼の顎を蹴り上げる。
神奈は蹴り上げた方の足を地面に思いっきり下ろし、反動を利用した素早い拳を彼の腹部に叩き込む。その時、頭に浮かんでいたのは鬼族の里に住む者達の姿だった。
「自分より弱い奴虐めてんじゃねえよ!」
「ぐぶっ……ああっ!?」
腹部に強烈な痛みが加わり、数メートル下がる神人の閉じていた金色の目がバチッと開く。
神奈は起きたことに気付いて攻撃を一旦止める。元々、鬼族が受けた破壊の分だけ殴れればよかったのだ。もう攻撃する意味はないと拳を収める。
「どこだここは。そういえば変な門を通って……ダメだ思い出せねえ、俺は何をしていた……?」
「起きたかよ。随分と寝相が悪いんだな」
「ああ? 誰だテメ……エ……は……あの時の……!」
神人の金色の瞳には見えていた。
目の前の少女に重なって、うっすらと学生らしき少年が見えている。
魂と器が融合していても、本質を見抜く金色の瞳が前世での姿を視認させるのだ。
「え? ごめん何の話?」
『……ごめん』
神人の脳裏に忌々しい過去の光景がフラッシュバックする。
前世の小学生時代、虐めのあった日。
人間という種族を超えてから忘れていた記憶を断片的に思い出せた。
神谷神奈と神神楽神人の運命は交わるべくして交わった。少なくとも神人はそう感じている。
「くくっくははははっ! まあいい、運命でも何でも構わねえ。……強くなったのかよ? 俺もだぜ?」
「いやごめん本当に分からないんだけど何言ってんの?」
「分からないのか俺のことを? まあ無理もない、あの時とは姿が違いすぎるからな。姿が変わったことにこうも冷静でいられるのは、やはり種として人間を超越したからだろう」
「人間を超越ねえ……そう言うわりには大したことないよなお前。ただの暴力振るうチンピラじゃん」
「それなら試してみるか。この肉体の試運転も兼ねて、忌々しい過去ごとテメエを壊してやるよおおお!」
断片的に思い出したがゆえに神人は気付かない。
強さの果てに辿り着いたその先に意味があったというのに、肝心なことを何も思い出せていない。
強さを求めるだけの破壊者として神人は神奈と戦うことになってしまう。




