表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
388/608

209 言霊――暇つぶし――

2024/07/07 文章一部修正









 マンジャンは舞台に軽い足取りで上がる。

 黒いシルクハットを取って投げ捨てると、彼の頭にあるものが露わになる。


「つ、角!?」


「角に赤い肌……お、お前、鬼族か?」


 頭の両端に生えている白く小さい二本の角、赤い肌。

 それらを見れば誰でも彼が鬼族だと理解できる。

 ピンクの長髪を垂らすマンジャンは拍手しながら口を開く。


「いやあ、見破られたのは初めてだったなあ。ぼくちんの〈言葉操作(ワードコントロール)〉。言葉を反転させたり、ほんの少しなら自由に出させることも出来るんだよ」


「言葉……鬼族……まさかお前天邪鬼(あまのじゃく)か!?」


 マンジャンの能力を聞いたモウゾウが察して叫ぶ。


「天邪鬼って……?」


「鬼族って実は種類が多いんだ。俺みたいな普通の鬼、単眼鬼(たんがんき)邪鬼(じゃき)霊鬼(れいき)金鬼(きんき)水鬼(すいき)とか種類は様々さ。天邪鬼は角が二本あり、鬼族本来の力を出せない代わりに、他者の言葉を操る力を持つと言われる……!」


 モウゾウが説明して、その場にいた全員が天邪鬼という存在を認識する。

 大勢いる観客達は驚きの連続だった。魔王の攻撃を人間が受け止めたと思えば、審判が選手に害を与えるような行為をしていたのだから。


「さっすが鬼族だねえ、よく知ってるじゃないか。そう、ぼくちんは天邪鬼……天邪鬼のマンジャンさ」


「お前の企みが何かは分からないが、どうやら碌な物ではなさそうだな」


「いやだなあ魔王サマ、ちょこっと揶揄っただけじゃあないですかあ。あとちょっとでバカな鬼族を葬れたってのに、最高のショーになったっていうのに……お嬢ちゃんのせいで台無しだなあ」


 マンジャンは邪魔をした神奈に目を向ける。

 彼の視線は何よりも気持ち悪さが際立ち、向けられた神奈は思わず身震いしてしまう。少し震えた神奈を庇うようにモウゾウが前に出る。


「お前いったいどういうつもりだ! 俺を殺させようとしたのかよ! 恨まれる覚えはねえぞ!?」


「え? まあそりゃ恨みとかはないなあ。だってこれただの暇潰しだし」


「暇潰し、だと!?」


「そうそう、他人を騙して悦に浸る。これほど愉しいことはない。……バカをおちょくることに勝る娯楽はないね」


 彼の発言を聞いている途中、モウゾウは堪えきれない怒りに身を任せた。

 本来の力を出すために変身していく。筋肉が膨張して角が伸びる。

 突っ込むモウゾウを見てマンジャンはにやりと口角を吊り上げる。


「ここで死ね! 鬼族の恥晒しが!」


「痛いだろうなあ、殴り飛ばされるんだろうなあ」


 モウゾウは怒りのままにマンジャンを殴り飛ばそうと拳を叩き込む。

 攻撃を受けたマンジャンは微動だにせず、痛がる素振りすらも見せなかった。


「な、何……?」


「あっれえごっめーん。全く痛くなかったや。君もぼくちんの攻撃くらい痛くないよね?」


 今度はマンジャンが拳を頬に叩き込むと、モウゾウは勢いよく吹き飛ぶ。

 舞台を抉って倒れたモウゾウは吐血して痙攣してしまう。まるで全身に銃弾を浴びたような痛みにより、立てない程のダメージを負った。魔王と互角に戦えた程に強い男の無様な姿に神奈達は驚く。


「いっ、いってえええ……」


「天邪鬼ってあんなに強いのか?」


「いや、あれは言葉の意味を反転させたのだろう。厄介な力だ、対抗する術を俺は持たん」


 言葉の意味の反転。概念すら操作出来る恐ろしい力。

 神奈とリータは警戒して身構えるが、マンジャンは無意味だと言うように動かない。


「あははっ、ぼくちんは動かない。猿以下のバカを操るだけさ。先代魔王も鬼族の先代族長も無様な操り人形だったなあ」


「父と、鬼族が……?」


「待て、これは罠だ! 聞く耳を持つな!」


 どういうことか意味を知りたいと思ったリータは耳を傾ける。

 神奈は必死に止めようとしたが、もはやリータにはマンジャンの声しか届いていない。


「どうせ今回で顔はバレちゃったし教えてあげるよ。三百年前さあ、酒癖が悪かった鬼族の先代族長をほんのちょこっと揶揄ってやったんだよ。先代魔王が鬼族を疎ましく思ってるとか、差別してるとか、酒代を倍請求してるとか、あることないこと吹きこんだら見事に怒り狂ってね。魔王城を襲撃しちゃったんだよねえ。それで皆殺しにされるかと思ったのに、バカみたいに甘い先代魔王は逃がしちゃったからつまらなかったなあ」


 そのマンジャンが語る内容に神奈や観客達は言葉を失う。

 三百年前の魔王と鬼族の争いは全てマンジャンが元凶、黒幕なのだ。

 全てを仕組んだ黒幕からすれば、モウゾウとリータの戦いはさぞ滑稽だっただろう。あまり事情に詳しくない部外者である神奈も敵意を持つ。しかし今、怒って戦おうとしたら敵の思うつぼだ。わざと真相を話してリータを煽っているのも何か策があるからに違いない。


「お前が……お前が全ての元凶かあ!」


「あ、おい!」


 リータは怒りで我を忘れて〈黒雷〉を全力で放つ。

 迫りくる黒い雷を前にしてもマンジャンの余裕は崩れない。


「その雷は敵に当たる」


 直撃すれば即死級の威力を持っていた〈黒雷〉は、当たる直前で軌道を変えて放った張本人に返っていく。驚愕するリータは同じ威力の黒雷で相殺してなんとか無事で済む。

 魔力を使いすぎたせいでリータは息を切らして膝をついてしまう。

 戦力となるのは神奈のみ。舞台上に残るユージーは棒立ち状態で役に立たない。


「はっはあ! 三流魔王恐るるに足らず! じゃあぼくちん帰るけどさあ! これからも揶揄ってやるからよろしくねえ!」


「いや待ておい、逃げられるとでも思ってんのか」


「人間か……邪魔だねえ、本当に邪魔だよ君。ぼくちんがぶっ殺してあげようか? そうれ、上から鉛の雨注意報」


 神奈は思わず上を見るが、上空には怪しい雲が広がっているだけだ。

 その時、真下から舞台を突き破って大量の鉛玉が神奈に向かっていく。


「あれ?」

「不意打ちか……お前の能力は卑怯だな。性格そのままだ」


 鉛玉を全て掴んだ神奈は、マンジャンに貫くような視線を向ける。


「うっ、ぐっ、だったら……! 僕はゆっくりと移動する! 蟻よりも遅く、亀よりも遅く!」


 言葉の意味を反転する力。自己暗示に近い能力。

 マンジャンは誰よりも速く、膝をついたままのリータの真後ろに移動して首に爪を向ける。


「魔王が人質だ! これで手出しできないよねえ!?」


「まあ、私は迂闊に動けないな」


 人質を取られたのに冷静でいられるのは、この状況を許容したからである。

 神奈はわざとマンジャンをリータの背後に回らせた。

 別にいつでも対処出来るとか、悠長なことを考えているわけではない。

 この状況になってくれれば、神奈が何か行動を起こす必要がなくなるのだ。


 観客達は全員が恐怖に支配されて驚愕する。国の頂点である魔王が殺されるかもしれない事実に、観客達は誰も声を出すことも動くことも出来ない。


「黙って素直に見過ごせばよかったんだ! ぼくちん強いからさあ、本当はこんなことしたくないけど……! これで君は動けないよねえぶらっ!?」


「ああ……私はな」


 マンジャンは突如脳天に衝撃を加えられて目を見開く。

 痛みによりリータの首に当てていた爪を離してしまう。

 攻撃を加えたのは背後に一瞬で現れたモウゾウだった。彼固有の魔法〈死角移動〉を使って背後に移動すれば気付かれない。彼が動けるようになり、マンジャンを倒す機会を窺っていると気付いた神奈は全て託したのだ。


 モウゾウは〈死角移動〉を発動してから死にもの狂いで渾身の頭突きを放った。

 鬼族が原因とはいえ、同じ鬼族の手で魔王を助ければ他の魔族の心象も悪くならない。


「俺のこと忘れてんじゃ、ねえよ……!」


 攻撃を無防備に受けたマンジャンには隙が生まれる。

 僅かな隙を見逃すほどここに集まっている者は甘くない。

 リータは爪の脅威から解放されたのでマンジャンから素早く離れ、マンジャンのこめかみに回転蹴りを喰らわす。


 まだ万全ではないモウゾウは倒れるが、それをリータが受け止めて支えた。

 彼を支えたままリータは観客全員に聞こえるように、魔王国民全員に聞こえるように大声で叫ぶ。


「三百年前の鬼族による先代襲撃事件は全てあの男の仕業だった! 犯人も鬼族であるが、被害者も鬼族だ。鬼族は何も悪くなかった! 今日この日を以て鬼族を魔王国に迎え入れる準備をする! そして今まで隔離し差別してきたことを謝ろう! この横の鬼族と俺は友になった、もう一度言うぞ! 鬼族は何も悪くなかった! もしこの国に来てくれるのなら精一杯の謝罪と歓迎をしよう!」


 リータがモウゾウの腕を掴んで真上に上げながら叫んだ。

 全てを見ていた観客達も「うおおおお!」と叫んで賛同している。魔界一武道会での熱気もあり、テンションが上がっていることもあり、比較的簡単に賛同を得られている。

 利用された者も悪いが、利用した者の方が悪い。

 鬼族全体に対する反逆者のレッテルは魔王国民全員から殆ど消し飛んだ。


「ぐっ、くそっ、こんなのつまらないだろうがよおっ……面白くない、だったら俺が面白くして――」


 誰も気付いていなかった。

 蹴り飛ばしたとはいえマンジャンはまだ生きている。

 立って歩いて殴りかかる程度の体力も気力も残っている。

 邪悪な意思がふらつきながらも立ち上がり、拳を握った時――緑色の流星が落ちた。


「ぎゅぶっ!?」


 緑色の流星が原因で舞台が全て消し飛び、地面に舞台を超える大きさのクレーターが出来上がる。砂埃が交じった煙が発生して全てを覆い隠す。

 誰もが歓声をピタリと止めて静まり返る。

 リータもモウゾウも、神奈でさえも声を発することが出来ない。

 それ程の衝撃、それ程の突発性の何か、予想外の展開に困惑してしまう。


 煙が晴れてきて、視界が明らかになっていく。

 神奈だけは加護により砂埃の中でも全てが見えていた。しかし現状を把握するのに時間が掛かっていて、結局リータ達と同じタイミングで状況を理解する。


「あれは……まさか……!」


 男子高校生平均の身長、緑色の肌と鱗、頭部から生えている二本の角、そして異様な翼。

 男性であることは分かるが明らかに人間ではない。

 マンジャンを圧し潰した突如降って来た流星の正体は、神神楽(かみかぐら)神人(しんと)だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ