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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
387/608

208 天邪鬼――あまのじゃく――

2024/07/07 文章一部修正








 赤い肌に額のすぐ上から生えている白い一本角を見て、魔王リータは自分に近付く男が鬼族だとすぐに理解する。

 魔王の地位には数十年前に就いたばかりだが、亡くなった父親である先代魔王から鬼族については聞かされていた。


 基本的に温厚な者達だが酒癖が悪く襲撃されたこともある。そんなことを聞かされて鬼族に対する印象は良くない。実際鬼族の族長に襲撃された時にはあばらが三本折れて右足の骨も砕けたと、先代魔王はリータに話していた。


「鬼族……今更何の用だ。また襲撃でもするつもりか?」


「違うんだ、俺はただアンタと戦いたい。拳合わせて分かってほしいんだ、俺の、いや鬼族の気持ちを! 起こした事件を鬼族は反省している。もう一度信じてほしいんだよ! 鬼族はもう、魔王を襲撃するような事件を起こさないと誓う!」


 モウゾウが心の内を曝け出しても、リータはそれを戯言だと切り捨てる。


「俺の父は危うく鬼族に殺されるところだったんだ。信じてくれ? 笑わせるな、一度信頼を失ったなら次などあるはずもないだろう?」


「端から言葉で伝わるとは思ってねえんだ、こっちで話そうぜ魔王様!」


「野蛮な奴だな」


 両者は拳を構えて静かに動き出す。

 ゆっくりと動き距離を詰め、近くなると一気に速度を増して引き絞った拳を放つ。

 両者の拳がぶつかり合うとほんの少しの拮抗後、モウゾウの腕が弾かれる。

 驚愕の表情を浮かべる彼の顔面にリータの拳がめり込む。


「ぐうおっ……!」


「太っているからと舐めてくれるなよ? 俺の妻は健康を考えないで肉料理ばかり出す。それが原因で少しだらしない体になってしまっているが……強さは何一つ変わらない」


 モウゾウは数歩下がって殴られた場所を押さえながら悲鳴を漏らす。

 かなりのダメージを我慢する彼はリータに向かって走り、連続で拳を繰り出すが、体型からは感じさせない身軽さでリータに躱された。さらに、軽いフットワークで小さく跳びながら近付かれて蹴り飛ばされた。

 試合場所である正方形の石畳が一枚剥がれ、モウゾウと共に吹き飛んでいく。

 蹴りの風圧で何枚かの石畳がさらに剥がれてどこかへ吹き飛ぶ。


 短い攻防の中でモウゾウは現状のままだと勝ち目がないと思い、奥の手を使用するしかないと覚悟を決める。

 彼が力むと角が反応した。赤い光を放ちながら徐々に伸びていく。

 それと同時に感じる圧力が増大していくのが見ている者全員が理解した。

 目が赤く光り、筋肉が少し膨張し、角は三十センチメートル程になっている。

 その状態になった彼を見てリータは忌々しそうに呟く。


「鬼族本来の力を引き出したのか」


「その通り、鬼族の角は伸びる程その者の身体能力を強化する。いや強化というよりは元の力を取り戻すと言った方が正しいか。角は封印みたいなものだからな」


 短い角はあくまで力を抑える蓋のような役割でしかない。その角を伸ばすことで、蓋による力を弱めて、抑えられていた力を引き出すことが出来る。しかしその強大な力を引き出すために寿命を削る。それゆえにモウゾウは神奈と戦った時に使うのを避けていた。

 モウゾウは鼻息を荒くして駆け出す。

 速度は先程までより遥かに速く、リータとの距離を一瞬で詰める。


「くおらっ!」


 勢いのままに殴りかかるモウゾウだったが、リータが後方に軽く跳ぶことで回避される。諦めずにすぐ次の攻撃に移っては躱される流れが出来てしまい、もしも舞台から落ちそうになった時は跳ぶ方向を変えて躱す。

 一連の流れを見ていた神奈とユージーはそれぞれ口を開く。


「これなら魔王にも勝てるんじゃないか?」


「実力はほぼ互角か、いい勝負をするかもしれんな。……ペット同士を戦わせているような感覚だ」


「酷くない?」


「仕方ないだろう? ならば汝はあの戦いを見てどう思う? 酷くレベルが低い滑稽な戦いだ。もしも我や汝が割って入ったならばすぐに終わらせることが出来る程な。あれを見て楽しむことはできても、戦って楽しむことはできない」


「それは……」


 神奈はその時はっきりと理解した。

 この隣にいる白い長髪の男こそ、この場で最も強い者であると感じ取る。

 もしかすれば自分よりも強いかもと思ってしまう程には、ユージーの言葉と態度には強さが込められていた。


「いつまでも逃げてんじゃねえよ!」


 二人がそんなやり取りをしているなか、躱してばかりのリータにモウゾウは苛つきを隠さない。


「避けることが悪か? これは立派な戦闘だ、しかしそろそろ攻撃に移ろう。誇っていい、魔王の俺を戦う気にさせたのだからな。〈黒雷(ブラックサンダー)〉」


 リータは後方に跳びながら手に黒い電気を発生させて、それを雷のようにして解き放つ。

 強烈な電気がモウゾウに直撃。全身が痺れたことでずっと攻撃していた動きが止まる。


「ぐおおおっ!?」


「反撃開始だな。〈大地の角(ジャイアントコーン)〉」


 動きが止まっているモウゾウの腹部に、地面が尖った角状に変形して突撃する。

 直撃はしたものの大きくダメージは少ない。宙へと吹き飛ばされる程度であり、ダメージは全力の拳を無抵抗で喰らったのと同じくらいである。


「〈夢の板挟み(アルフォート)〉」


 宙を舞うモウゾウの左右に茶色い板が出現。

 圧し潰そうとする二枚の板が瞬時にモウゾウを挟んで圧迫する。


「ぬぐう、おおおおおっ!」


 まるで鉄板のような硬さだったがモウゾウはその程度でやられない。

 ダイヤモンドより遥かに硬い板でも成人した鬼族なら変形させるくらい出来る。

 プレスに抗い強引に板をこじ開けて、脱出した彼はリータへと駆けた。


「抜け出すことなど予想の範疇だ。〈風刃による二分割(キットカット)〉」


 リータは片手をモウゾウに向けて、不可視の風による攻撃を放つ。

 見えない刃は彼に真っすぐ向かい、突如庇うように現れた石畳を綺麗に二分割した。


「足で石畳を立てて盾に……!」


「うおおおおおおおおおおお!」


「肉弾戦か、手加減はしないぞ!」


 両者が拳を放つが、モウゾウの放った拳はリータの左手に止められており、リータの放った拳もモウゾウの左手に止められていた。互いの実力が近しいものと分かった両者は、単純だが純粋に強い大振りの拳を打ち続ける。


 そこらに飛び散る血と汗が二人の戦いが白熱している証拠。

 避けることもせずひたすら殴り続けた。

 互いの想いを確かめ合うようにひたすら受け続けた。


「〈湾曲する拳(カールパンチ)〉!」


 戦闘の流れが変わったのはリータがまた奇妙な技を使用してからだ。

 拳の軌道が急に曲がって想定と違う部分にめり込むことで、喰らったモウゾウの痛みが倍増する。


「ぐほっ!? がはっ!? ぐあっ!?」


 モウゾウは両頬に一回ずつ、三撃目の顎に繰り出されたアッパーにより殴り飛ばされる。そして飛ばされて背中を強打した場所には、石畳のひんやりとした感触がなかった。

 その場所は先程モウゾウが盾にしたり、リータが蹴った時に剥がれて飛んでいった石畳があった場所。魔界一武道会の舞台は石畳の上なので、背を地面に付けたモウゾウは敗退が決定する。


「これは決着が予想外! なんと石畳が剥がれた場所に背中をつけたため、モウゾウ選手はここで脱落! 戦い方を少し考えてほしかったです!」


 黒いシルクハットとタキシードを身に着けている赤い肌の審判の男、マンジャンがそう叫ぶ。

 まさかの決着により全員が驚きで声を出せない。

 決着がついて静かな中、モウゾウの変身は解けて膨張した筋肉組織などが萎んでいく。しばらくして、悔しそうな表情を浮かべていたモウゾウは、僅かに笑みを浮かべて口を開く。


「負けたかあ……どんな負け方でも負けは負けだよな。でもそこじゃねえよな、伝わったかよ俺の気持ち。せめてどこかの町村に住む権利を貰うか、アンタからの守護を受けたい。鬼族は今、猛獣が多くいる森に住んでいる。毎年怪我人が多いんだ」


 猛獣が住む森で暮らすから怪我人を出すのは鬼族も理解している。

 しかし、魔王襲撃事件のせいで居住権を剥奪された鬼族は町村に住めず、ひとけのない場所でしか暮らせなかった。誰かに見つかれば陰口を叩かれたり暴力を振るわれたりするからだ。幼い子供への悪影響を考えて、過去の族長が誰も近寄らない森への移住を決めた。


 今や森での暮らしに慣れ、それが普通と受け入れる者も多い。

 逆に不満を抱き、魔王の守護が約束された町村での暮らしを夢見る者もいる。

 モウゾウも不満を抱く側の鬼だ。今回の魔界一武道会に出場したのは、そんな不満を抱く同胞を代表して、魔王国と鬼族の関係改善をするのが目的である。


 仰向け状態のモウゾウが起き上がったのを見たリータが返答する。


「……確かに、戦いでしか伝わらないものもある。お前からは純粋に真っすぐな気持ちしか伝わってこなかった。鬼族の件、一度考え直してみよう。父はお前達のことを殺さなかった。良い奴だと知っていたからなのかもな」


「ああ、アンタの父親、先代魔王は本当に馬鹿な奴だったよ。俺達を逃がしたのは間違いだったとしか思えねえな。そんな先代魔王が死んだのがすっげえ嬉しい、ぜ……?」


「なんだと?」


 何かがおかしい。モウゾウは自分の言葉を信じられない。

 先代魔王を恨んだこともなければ、死んだのを悲しいと思っている程に慕っていた。馬鹿だとか、死んで嬉しいだとか、そんなことを思ったことは一度もない。仮に思っていたとしても、それを今の大事な交渉時に言うわけがない。


「いやちょっと待て、その通りだ! 先代魔王程間抜けな奴はいない……? 待つな……本当に死んだのは嬉しく思って……! 本当なら俺が殺したいくらいだったのに……っ!?」


 額に青筋を立てはじめるリータは表情を怒りに変えていく。


「お前、どうやら死にたいらしいな……!」


「その通りだ! 俺を殺してくれ!? 待つな! 何もおかしくない!」


 慌てて弁明しようとした。――しようとしただけだった。

 目を見開いて驚愕するがモウゾウは口を開けばおかしなことを言ってしまう。


「いいだろう。さっきの言葉は撤回する。やはり鬼族など生かしておく価値もない! 〈黒雷(ブラックサンダー)〉!」


 モウゾウに迫る黒い雷。全力で放たれたそれは、既に変身が解けている状態で喰らえば死ぬ。確実に焼かれて死亡するだけの威力がある。こんなはずではなかったと驚きで硬直している彼は避けられない。


「いや、待て待て、一旦待とうか魔王様」


 黒い雷は、一人の少女がモウゾウの前に出たことで直撃する相手が変わった。

 四方八方に跳ねた黒髪の少女、神奈にはダメージがなく服にも焦げ跡一つない。

 紫の魔力障壁を展開して防ぎ切ったのだ。

 魔王の〈黒雷〉はあっさりと霧散して消え失せる。


「何だ人間、お前には関係ない。引っ込んでいろ。その男は父を侮辱した、万死に値する」


「バカかお前、いやバカだろお前。なんで信じてやらないんだよ、拳を交えて分かったんだろ? こいつは悪い奴じゃない。言葉じゃ伝わらないことも戦いの中で分かったんだろ? それならなんで言動を疑わないんだよ。だいたいおかしいだろ、こんなの絶対おかしい。モウゾウは言いたいことが言えないように見えたぞ?」


 いきなり首を突っ込んで来た部外者である人間の少女。

 ただの人間の言葉に魔王は一理あると思い、殺意も敵意も消して考える。


「……確かに、弱すぎて気付かなかったが魔力反応があるな」


 考えて、よく現状を確認し、一度殺そうとした相手を見て、その事実に気付く。

 モウゾウの体から、本人のものとは別の魔力反応があったのだ。リータは神奈も腕輪も誰も気づかないそれに気付いた。


「この魔力、この厭らしく、粘っこく気持ち悪い魔力……そこだ!」


 リータはモウゾウの体に残る痕跡から魔力を追っていき、不思議な力を行使した存在を感知して魔力弾を放つ。その一撃は並の生物なら消滅してもおかしくはない威力だ。

 魔力弾は一直線にとある男へと向かい、直撃。爆炎と爆煙が発生する。

 誰もが死んだと思ったが、意外なことに黒い煙が晴れると肉体を残していた。


「……お前だったか」


「ちょっとちょっと! なんでこっちに攻撃してきたんですか!? 魔王様といっても失格にしますよ!?」


 その男は黒いシルクハットにタキシードを身に着けていて、赤い肌をしている。


「茶番だな。下らない演技は止めろ」


「いったい何を言ってるんですか……ってもう無駄かあ。バレちまいましたあ? 上手くいかないもんだなあ。まさかあんな微量の魔力を感知できるとは、腐っても魔王ってことだねえ」


 リータが突き止めた魔力の持ち主は魔界一武道会の審判、マンジャンだった。


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