205 魔界一武道会――いない――
2024/06/02 文章一部修正
魔界一武道会。魔界全域から腕に自信のある選手を集めて開かれる格闘技大会。
四年に一回開かれ、優勝景品はほぼ毎回魔王城でのディナー。それを目当てにやって来る者もいれば、己の強さを試したい者もいる。数々の強豪が集まるまさに魔界一番の格闘大会なのだ。
開かれる場所は魔王国城下町の端。森の近くに石畳で作られた真四角のリングがある。
「おい見ろよ、あの女人間だぜ」
「マジかよ、何で人間がこんなところに……」
「見ろ、あそこにも人間がいるぞ」
魔界には人間が生まれない。人口の全てが魔族という総称の悪魔や多種多様な種族であり、人間は珍しい生き物として魔界には知られている。そんな人間という種族が舞台上に立っているのを見てヒソヒソと複数人が話し合う。観客席でももう一人の人間が座っているので、魔族の観客達は何者かと探るような視線を向けている。
「一人か? なら俺と一緒に見ない?」
「……消えなよ」
「え? あがっ!?」
観客に交ざる少女に触れようとした男の魔族だったが、白い膜が展開されて触れようとした瞬間に手が弾かれる。その手は人差し指と中指がありえない方向に曲がっており、男は悲鳴を上げたが、なぜか次の瞬間には元通りに戻っていた。
鬱陶しい異性がいるのは魔界だろうと変わらないのかとため息を零す少女、神野神音。彼女は舞台の上に立っているもう一人の人間、神谷神奈に目を向ける。
石畳である舞台の上は屈強な男性達が多いため華奢な女性は少ない。
一般的な女子中学生らしい体格の神奈は、そういった男性より遥かに身長が下。殴れば舞台外に飛ばせるような体つき。それでも本人は余裕の表情で大会の開始を待つ。
「おいおい何で雑魚がいるんだよ」
神奈は自身がいる場所が影で薄暗くなったことと、背後から掛けられた声が気になり後ろを振り向く。
背後では二メートルを超える全身真っ黒な男性が冷たい目で見下ろしていた。
「雑魚って……まさか私のことか?」
「テメエ以外に誰がいるんだあ? 雑魚が参加すると大会の格が下がるんだ、今すぐ帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「確かこの大会は書類書いて舞台に上がったら参加、下りればそれを取り消せるんだったな。なら悪いけど、お前は今回参加できなそうだ」
「はあ? 何をいがばっ!?」
黒い肌の男は神奈に腹を殴られて吹き飛び、舞台外に落ちて気絶してしまう。
見ていた何人かは神奈に興味を示し、何人かは面白くなさそうな表情を浮かべる。
大会が始まる前の暴力事件は割とあることで、弱者が参加出来ないのは仕方ないので見過ごされている。参加者が多すぎると戦闘に時間が掛かってしまうので、むしろ弱者が脱落するのはありがたい。
「レディースアーンドジェントルメーン! ついにこの日がやって来たあ! 四年に一度最強を決める魔界一武道会! まずは自己紹介だ、俺の名前はマンジャン! この大会の審判的なアレだ!」
舞台近くにある紫色の高い塔の前で、赤い肌の男がマイクを片手にそう叫ぶ。
黒いシルクハットを被り、黒いタキシードを着ている赤い肌の男は話を続ける。
「まずはお決まりのルール説明だ! この大会には誰でも受付で書類を書いて舞台に上がれば参加可能。実力に自信がある奴は是非参加してくれ。始まる前に上がるならまだ参加できるぞ! 逆に下りれば参加は取り消されるので要注意だ!」
言葉を聞いて何人か舞台に上がる者もいれば、上がろうとして止めた者もいる。
「知ってる奴も多いと思うけど戦う方法は単純だぜ、お前らが立ってるその舞台! そこから落ちたら負けっていう単純な戦いなんだ! 武器や魔法の類は使用を禁止されてないんでどんどん使っちゃってくれ! ただし相手を殺すのはダメだ!」
何人かが己の最も得意とするだろう武器を懐から取り出す。
「制限時間はないぜ? 誰か一人残るまでやって残ったやつが優勝、魔王城でディナーを食べられるのだ! さて、ここで注目の選手達を紹介していくぜ! 魔界でも有数の司教、サイデ! 風俗店店長、クルイ! 逃げ足の速さはピカイチ、スティーブ!」
名前を呼ばれた選手達は手を挙げたり、雄たけびを上げたりなどして気合を入れていく。
「地獄の番犬を家に六体も飼っているが本人は猫派と主張、ルベロッス!」
「へへっ、猫の魅力には敵わないぜ」
黒い体毛がもじゃもじゃの犬耳の男が呟く。
「魔界で規模を大きくしつつある組織、禿禿団。そのボス、ハゲット!」
「これはハゲじゃねえよ、スキンヘッドだから」
頭が寂しい男がそう誰かに言っておく。
「ラーメンのトッピングはチャーシューマシマシ! 魔界ラーメン屋店主、チースド!」
「トッピングはチャーシュー一択! それ以外は邪道だ!」
ドロドロの液体が人の形をとって叫ぶ。
「経歴、出身、種族、一切分からない正体不明の男、ユージー!」
白いコートを着て、白い仮面を被った男が静かに佇んでいた。
顔は隠されていて見えない。女性かと思う程長い白髪が腰辺りまで垂れている。
「なんと人間が参加! 本当に戦えるのか、神谷神奈!」
「……魔界って碌なのいないな」
選手の名前が呼ばれる間、神奈は死んだ魚のような目で遠くの景色を眺めていた。
予想ではもっと強そうな者が揃っていると、もしかすれば自分と全力で戦える魔族がいるかもと思っていたのだが、現実は甘くない。この場合甘すぎたのかもしれないが、呼ばれた魔族の誰を見ても一撃で終わりそうとしか神奈は思えない。
ただ一人、ユージーという男だけは言葉では表せない異質な雰囲気を感じる。
「ここから優勝候補を紹介するぜ! まずはあの強すぎるがゆえに魔王国から追放されたといわれる鬼族。その鬼族の里出身で力自慢、モウゾウ!」
「よっし、やるぜええ!」
クリーム色の髪で赤い肌の男が両拳を合わせ、気合を込めた雄たけびを上げる。
マンジャンの解説を聞き、男の姿を見た神奈は不思議そうな視線を向ける。
「鬼族……?」
「どうやらあの人はゲルゾウさんと同じ種族のようですね」
「追放ってどういうことだろ、お前知ってるか?」
「さすがに魔界の事情までは……しかし鬼族は魔王に追放されてしまったんでしょう。それであんな辺鄙な場所に里があったということですね」
腕輪が予測を立てて話すと、神奈は少し不機嫌な顔になる。
初日に鬼族と関わり合ったこともあり、彼等を追放したらしい魔王への好感度が下がった。事情は知らないので鬼族に非があったのかは分からない。ただ、過去は知らないが神奈は今の鬼族を良い者達と思っている。
「続いて、魔王国一の魔法の使い手と噂される男、ジルコンダ!」
「ほっほ、事実でも大きな声で言うもんではないのお」
紫色の顎髭を伸ばしている老人が髭を触りながら呟く。
黒いローブを着ている長い顎髭の老人を見て、神奈は「へぇ」と感心の声を漏らす。
「あの爺さんそこそこ強いな」
「そうですね、魔力量はイツキさんと同レベルだと思われます」
「少しは楽しめるか、まあでもやっぱり一番強いのは……」
老人がいる場所よりも奥、堂々と立つ小太りの男に神奈は目を向ける。
「そして大本命! 前大会優勝者であり魔王の座につく素晴らしいお方、リータ様だあああ!」
紫色の髪と肌をした小太りの男、リータ。
魔王という地位にいるからか名前が出されたことで国民から歓声があがる。
見た目からは強そうに見えないが油断出来ない男だと神奈はすぐに察した。
「さあ気になる選手紹介も終わったことだしそろそろいいな? 俺の合図で全員動いていいぞ! 魔界一武道会……始めえええ!」
マンジャンが右腕を空に向けて真っすぐ突き上げると、その瞬間選手達が次々と動き始めた。
各々が力比べなどして次々と脱落者が出ていく。中には動かない者も何人かいる。
「脆弱な人間はお帰り頂こうか!」
「脆弱ねえ……ならお前のことだろ」
突如襲い掛かって来た魔族の顎を神奈が殴り、一撃で舞台外へと吹き飛ばす。
一人で無理なら複数人。徒党を組んで襲い掛かる者達もいたが、全員が一撃で悲鳴を上げながら舞台外へと吹き飛ばされる。
「〈コーンシャワー〉!」
神奈の前方にいた集団がまとめて舞台外に弾き出される。
小さな黄色い粒、コーンが散弾銃のように襲ったからだ。
誰が投げたかといえばコーンが飛んできた方向にいる男。
彼、チースドは神奈の方に歩いて近付いて来る。ドロドロの液体が人の形をとっているだけにすぎないので、歩く度にぐちゃぐちゃと嫌な音がする。
「チャーシュー!」
いきなりチースドは手を軽く上げて叫ぶ。神奈は意味が分からず首を傾げる。
「チャーシュー!」
「……えっと、何それ?」
何か返さなければ永遠に「チャーシュー」と言っていそうなので、神奈はとりあえず意味を訊くことにする。
「チャーシューとは俺が考案した挨拶だよ。まだ一部でしか使われていないけどね」
「そんな挨拶知らねえよ! ていうか一部でも使ってるやついるの!?」
「この大会で優勝して有名になった後、この挨拶を全国に、果てには地上、天界にも広めるのだよ!」
「そんなことさせるかあああ!」
神奈は拳をチースドの腹部に叩き込むとぐちゃっと体が弾け飛ぶ。
「あ……やばっ、殺しちゃった……?」
「心配いらないのだよ〈メンマソード〉!」
弾け飛んだ液体が神奈の後ろでまた人型になっていき、薄茶色の四角柱を振りかぶる。
頬に四角柱を叩きつけられた神奈だが全く痛みがなく不思議に思う。自身が強すぎるからではなく、その四角柱には驚く程に威力がなかったのだ。柔らかく長いグミで叩かれたに等しい。
「くっ、やはりこのメンマでは柔らかすぎたか……!」
「お前何してんの?」
「一時撤退! 〈海苔包み〉!」
「うわっ」
チースドが投げたのは黒い布のようなもの。
ふにゃふにゃの黒い何かは神奈の顔に張り付き、磯の香りをほのかに感じられる。正体を察した神奈は黒い何かを丸めて圧縮、口に放り込んで食べると思いの外美味しいので目を丸くする。
「海苔じゃん……味噌スープの味が染みこんでて美味しい。つうかさ……!」
目をぎらつかせて逃げていくチースドを見た神奈は地を軽く蹴った。
「食べ物を粗末にしちゃいけません!」
チースドに接近して頭と思わしき部分を蹴り飛ばすが、弾け飛んだ後にまたもや修復する。
「うるさい! チャーシューこそ至高、他の食べ物などこうしてやるのだよ!」
叫ぶチースドは両手から太麺を伸ばして神奈を縛り上げる。
「麺の拘束! これで逃げられない、アツアツの麺に抱かれながら後悔するがいいのだよ!」
つい先程まで熱いスープに浸かっていたかのような麺が神奈を縛る。
常人には火傷の可能性もあって脅威だが、神奈からすればただの麺など恐れる必要もない。たかが麺では神奈を足止めすることも出来ない。……というか割と一般人でも拘束を解くことが出来そうだ。
「ラーメンに失礼! チャーシューも、コーンも、海苔も、メンマも、麺も、全てが揃ってこそラーメンだ!」
神奈は麺による拘束を一気に解き、チースドがいる方向へと平手打ちを放つ。
掠りもしない距離からの攻撃など普通なら意味がない。しかし神奈は異常な身体能力で平手を放つことで、手による風圧を発生させる。普通なら団扇で扇ぐよりも弱い微風しか発生しないが、神奈程の力で扇げば暴風を生み出せる。
「ぶふぁあ!?」
吹き荒れた風によってチースドは吹き飛ばされて舞台外に落ちる。
打撃が効かないなら風で押し出してしまえばいいという神奈の考えは上手くいった。
「は、はは、はあ……私、何してるんだろ」
自分が何をしているのか分かりたくもないし、考えたくもない。それ程までどうでもいい戦いであり、決着がついた今武道会への熱が一気に心が冷めてしまう。
「神奈さん。ラーメンの話は置いておいて、どうやらこの大会に神神楽神人という者はいないようですね。緑の魔族という特徴に一致する者がいませんよ」
「マジかあ……予想外だなあ。出場すると思ったのに振り出しに戻ったか。まあいいや、今はこの大会に勝って、それから捜そう」
読みは外れたがとりあえず大会には優勝しようと神奈は考える。
総合戦闘能力値一覧
司教サイデ 86
風俗店店長クルイ 69
足が速いスティーブ 555
猫派ルベロッス 2222
禿禿団のハゲット 8585
ラーメン屋チースド 2929
正体不明のユージー ???????
神谷神奈 500000
モウゾウ 310200
ジルコンダ 326000
魔王リータ 450000
神奈「一番上らへんの奴等、なんで出場したんだ……」




