204 鬼族――緑の魔族――
2024/06/02 文章一部修正
壊滅状態の酷い光景を前にして三人は目を見開いている。
破壊の痕は天災より戦闘痕のように見えたので、神奈は犯人に少し怒りを感じる。
ゲルゾウが倒れている里人に近寄って体を揺するが、既に息をしていないので動かない。心臓は完全に停止しており、里人には殴られたような痕があった。
「ど、どうじよお……! びんながっ……!」
死んだと理解したゲルゾウは下を向いて泣きじゃくるが、その頭に神奈がポンと手を乗せたことで泣き声が止まる。
「泣くのは後にしろ、まずは里のやつら全員の安否確認が先だ。生きてるやつもいるかもしれないぞ」
「がびやざんっ……!」
「神音も手伝ってくれ」
「全く、君はいったい何回面倒事に巻き込まれれば気が済むんだ?」
三人は里中を回って住人の安否を確かめた。
崩れた家の中も瓦礫をどかすことでくまなく捜して、ゲルゾウにも確認してもらったところ住人全員が見つかった。しかし見つかったところで死者は生き返らない。里全体で死者数は五十人中二十七人、その三分の一が子供である。同い年程度の子供がほぼ生き残っておらずゲルゾウは静かに涙を流す。
生きていたのは二十三人。その内子供は二人、大人は二十一人、大人の中でも高齢者は三人。ゲルゾウが動物を捕まえようとした数十分の間で、里人の数は半数以上減少してしまったのだ。
怪我人は全員殴られた痕があるだけであり、刃物で貫かれたなどの致命傷はどこにもない。
神音は神奈の願いにより禁術である〈完全治癒〉を使用し、生き残っている里人全員の痛みと傷を瞬時に治療する。すぐに治療されたとはいえ、起き上がってから混乱して話が出来る状態ではなかった。
神奈達は数十分待ってから話を聞くことにして、その間に神音が崩れた建物全てを禁術で元通りに直した。
「神谷さん、みんな話が出来るくらいには落ち着いたみたいだべ」
「そうか、でも全員から聞かなくてもいいから事情を知っている一人に聞けばいいんだ。大人のところに案内してくれ」
建物を直し、人々の傷を治した神音は里人達から神の如く扱われてお礼を言われていた。そんな彼女を引っ張る神奈は、ゲルゾウの案内により一軒の民家に入っていく。
椅子が四つ、テーブルをはさむように置いてある。
神奈と神音、ゲルゾウと事情を説明してくれるゲルゾウの父が向かい合って座る。
「息子が世話になりました。俺の名前はジェルゾウ、ゲルゾウの父です。お二方がいなければ死者の数も増えていたでしょう。最悪全滅していたかもしれません」
「いや、そんなこと……それで何があったんですか? 誰かに襲撃されたように感じたんですけど」
神奈が問うと、ジェルゾウは苦虫を噛み潰したような顔をして本題を話し始める。
「緑の魔族です」
「緑の……魔族……?」
「はい、まるで竜人のような姿でした。緑の肌、二本の緑の角、全身に緑の鱗のような模様がある男です。その男に俺達鬼族は襲撃されました」
話を聞いて神音は少し考える素振りをみせると口を開く。
「ああ、その男だね。神谷神奈、君が捜している神神楽神人というのはその男だよ。〈生物探索〉で見た人物と特徴が一致する」
「マジか……てか人間じゃなかったのかよ」
「あの男と関わってはいけません。あれは化け物です……! 俺達鬼族は子供でも鋼鉄を歪ませることが出来て、成人すればその何十倍もの力を発揮出来る。それなのに、その鬼族である俺達が複数人でかかっても赤子のような扱いでした……! あれはもう、魔王くらいしか相手に出来ない……!」
悔しそうに、苦しそうに、ジェルゾウは小さいが力強い怒りの声を上げる。
「魔王……あの、その魔王ってどんな人なんですか?」
「鬼族は魔王国から離れた場所に住んでいるので俺も詳しくはないですが、魔王はこの魔界の王です。絶大な力を持つ初代魔王が最初に生み出した魔族の子孫だと聞いています。あの男は強い者を捜しているようでした、おそらくは魔王にも目をつけているはずです。遅かれ早かれ、二人は激突するでしょう」
神奈は神音と顔を見合わせると頷き合う。
「なら次の目的地は魔王国だな」
「そうだね。魔王についても興味があるし」
「なっ、危険ですっ! 恩人のあなた方をみすみす死にに行かせるわけには……!」
「死にに行く? 冗談キツイな、死ぬのは私達じゃなくてそいつの方さ。私達は元々その男を追ってるんです、ここで帰るわけにもいかない。それに鬼族のこともあります。これから同じ被害者が増えると分かっているなら、止めようとしないバカはいないですよ」
何を言ってもその意思を曲げることは出来ないとジェルゾウは悟る。
強い力を発する眼力に誰もが押し黙ってしまう。
神奈と神音が立ち上がり家から出ていこうとすると、背後から聞こえる声に足を止める。
「まっでぐださい! オラも行きたいだ!」
「……ゲルゾウ」
二人は振り返って叫んだゲルゾウに目を向ける。
「ダメだ!」
叫んだのは神奈達ではなく、父親であるジェルゾウだった。
「ゲルゾウ、小さい頃から言っているだろう? 鬼族である俺達は魔王国に近付くのが危険……親として付いて行かせるわけにはいかない。それに実力が足りない、足手まといになるだけだ」
「そんな……ならもう一回お礼を言わせてもらうべ。本当にありがとう……! みんなを助けてくれてありがとう……!」
神奈はゲルゾウに近付き、頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫でる。
「鬼族なんだろ? それなら強くなれよ、今度はこんなことにならないようにな」
「はい……! オラきっと誰よりも、魔王様よりも強くなってみせるだよ!」
「大きい夢だな。頑張れよ」
神奈が手を離すとジェルゾウがゲルゾウの頭に手を置く。
「お前なら強くなれるさ。……お二方、魔王国はここから北に百キロメートル程の場所にあります。どうかお気をつけください」
「ありがとうございます、そっちも気を付けて」
二人は今度こそ家を出ていき、鬼族の里からも出て行った。
飛行魔法の〈フライ〉で飛び上がり、言われた通りに北を目指す。
二人の飛翔速度は凄まじく速いので飛び始めてから僅か数秒で魔王国に着く。
大きな黒い城があり、その下の方には広大な城下町がある。
二人は魔王国に入るための門から入って、城下町を観光し始める。
闇雲に捜しても見つからないので観光しながら捜そうという神音のアイデアだ。〈生物探索〉を使用すればすぐに分かると神奈は思うが、神音はあくまで観光しに来ているのであまり協力はしてくれない。
魔王が取り仕切る国だけあって様々な魔族が住んでいた。
魔界ならではの地上では見かけない食べ物を食べたり、名産品を見て観光しながら神奈は聞き込みも行う。神音は神神楽神人自体にあまり興味がないため、長い白髪が特徴的な初代魔王の銅像を見たり観光しているだけだった。
魔王国、というか魔界には人間は存在しない。
創作に出て来る魔物のような外見の者しかおらず人間の二人は非常に珍しい。
食べ物を食べている時も、ただ歩いている時も、服屋を見ている時も二人には常時注目が集まる。
人間であることが原因で協力的な魔族は少なく、集まった情報は目的とは全く関係ないものだった。
過去に魔王に反乱を起こした種族が離れて住んでいること。
最近天界が戦の準備でもするかのように慌ただしいらしいこと。
初代魔王が消えてからおよそ十万年だということ。
集まったのは情報は主にこの三つ。
「し、視線がウザい……」
「仕方ないんだけどこれは少し嫌だね」
目的の情報が一向に集まらず、視線も気になってきた時、風が吹いたと思えば二人の顔に一枚の新聞がぶつかってくる。
手に取って見ると魔界新聞と書いてあり、そこには様々な記事が書かれていた。
魔王様のご子息が誕生。魔界一武道会開幕間近。魔界新聞社脱税の疑惑。本当に様々な記事が書かれている。
「神奈さん、この記事を見てください!」
「どうした?」
「魔王の名前はリータ。妃の名前はルーナ。そして産まれた子供の名前はロウリー。平凡な名前ですね」
「どうでもいいわ。全国のその名前の人に謝れ」
腕輪に呆れている神奈だが新聞を見ていると気になる記事を見つける。
「神谷神奈、これを見てくれ」
「ああ、神音も気付いたか」
「魔界新聞社脱税、この新聞を発行している会社が脱税なんて世も末だね」
「そっちじゃないだろ! 確かにそっちも気になっちゃうけど!」
神奈は新聞のとある記事を指さして神音に見せる。
「この魔界一武道会ってやつだよ! 神神楽神人が魔王を狙うっていうんならここだ。記事には魔王の妃と子供も出席、魔王に関しては出場とまで書いてある。強い奴を捜しているってんならピッタリすぎるだろ……!」
記事を見て神音も「なるほど」と呟く。
強者を捜すのに武道の大会より適した場所はない。神神楽神人が何も考えていない阿呆ならともかく、少しの知性があれば武道会に現れるはずだ。わざわざ捜さなくても相手から神奈達に会いに来てくれる。
「千載一遇のチャンスというわけだね。これを逃せば見つかる可能性はぐんと下がってしまう」
「この大会、私も出るぞ……! 優勝者には魔王城にて魔界最高峰のディナーって書いてある。いったいどんな料理が出るんだ……!」
その言葉に今度は神音と腕輪が呆れる。
「まさかそんなことだとはね……」
「神奈さんもたまにはボケに回りたいんですよきっと」
「いやもちろん神神楽神人も忘れてないしメインはそっちだ。大会開催は明日、その日、全てに片をつけるぞ。神神楽神人を倒して、最高峰のディナーを食べる。そして地上に帰る……!」
日帰りツアーのようなスケジュールを組んで神奈は高らかに宣言した。
ゲルゾウ
総合戦闘能力値 35000




