202 忠告――やっべえやつ――
2024/05/26 文章一部修正
神神楽神人はあてもなく歩いている。
その途中、ふと頭の中で何度も疑問が浮かぶ。
(俺は何のために戦っていた?)
戦いにはそれなりの理由があるはずだ。
勉学の戦いには成績を上げるという理由。スポーツの戦いには大会の優勝などの目的がある。ならば神人の戦う理由、強くなる理由とは何だったのか。それを神人は思い出せない。
「理由、あったはずだ。目的、あったはずだ。それが思い出せないとなると……大したことではなかったか」
歩きながら神人は思考を巡らせる。
「しかし強くなるという意思は強く根付いている。俺の戦いはまだまだ続くようだな……いや、いつまでも続くか。納得のいく強さになるとかそういうものじゃない、どこまで強くなれるのか、強さの果てってやつを見たくなったんだ」
戦う理由などなくても、人間という種族を超えた神人は戦い続ける。
「強くなる、もっと高みへいく。だがこの辺りの連中では限界か……もし他の場所なら餌がたくさんあるのか……? 俺を強くするために食われるだけの餌が……」
この場所、この世界ではダメだと思った時、神人の目の前に禍々しい門が現れる。
五メートル程ある大きな扉にはそこら中に髑髏の装飾が施されている。
どうして何もない場所に門が現れるのか、どこに繋がっているのかなど神人にはどうでもいい。
願いは一つ。より良い成長剤を見つけること。
「鬼が出るか蛇が出るか……どんな場所にしろ、全てを超えてやる」
禍々しい門を神人は両手で開けて中に入っていく。
その姿を僅かに笑いながら見る白髪の男が一人存在していた。
神人が完全に扉の奥へ入っていったのを確認した男は姿をフッと消す。まるで世界そのものからいなくなったかのように、存在をパッと消失させたのだ。
扉を開けて中に入ったと思えば、神人は見慣れない場所にいた。
緑溢れる森に山。雲が浮かぶ紫の空は晴れてもいないし雨も降っていない。
「ほぅ、どうやら面白え場所に来ちまったみたいだな。ここがどこかなんてどうでもいいが、俺を強くしてくれるのなら大歓迎だ。ピンチとかもチャンスに変えられるように、俺はこの場所で更なる高みへいく……!」
巨大な怪鳥や一つ目の怪物などが存在している世界で、神人は狂ったように笑い出す。
* * *
神奈は一人自宅で寛いでいた。
世の中は冬休み。神奈からすればメイジ学院が崩壊しているので更に長い長期休暇。
特にすることもなく、椅子に座ってダラダラと過ごしていたところ、嵌めている腕輪から高い声が発される。
「神奈さん大変です! 神様から通信が届きました!」
「落ち着け落ち着け……いや本当に落ち着いて考えよう。何お前通信機能とかあったの? 今まで長く一緒にいるのに初耳なんだけど」
数年一緒にいたのに知らない機能があるのかと、神奈は興味深そうに目を向ける。
「いえ、私に対して念が送られてきたんです。さすがに魂の管理をしている人は違いますね、でも驚くべきはそこじゃないんです! とても重大な話ですよこれは! 二つの知らせがあるんですが、二つとも神奈さん、いえ、この世界に関係あることなのです!」
重大な話ということで神奈は真剣な顔になる。
どんな話がきても驚かないように、迅速に対応できるように聞く姿勢を作る。
「その重大な話ってのは?」
「どうやらこの世界にてあのマージ・クロウリーと同じくらい、もしくはそれ以上に危険な存在が確認されたとのことです。実力的には劣りますが、成長速度が凄まじいらしく、放っておけば実力も超えてしまうと……そういうわけで神奈さんに倒してもらいたいようです」
「……なんかやっべえやつきた」
神奈は上を向き、目元に手を置いて深くため息を吐く。
「倒せって……居場所は分かってるのか? そもそもなんでそんな化け物が急に出てくるわけ?」
「どうやら転生者のようです。名前は神神楽神人、性別は男、成長の加護というのを持っていて無限に成長する怪物です。あ、あと居場所は分からないみたいで、捜せ! この世のどこかに置いてきた! ってあの人が」
「転生者って神様が原因じゃん!」
文句を言いつつ神奈は立ち上がり、出かけるための準備を始める。
鏡でおかしなところがないか確認し、何が起きるか分からないので紫のジャージに着替えた。紫のジャージには【メイジ学院】と白い糸で刺繍してある。入学してから一度も着ていないのでまだ新品同然だ。
「それで、もう一つの話は?」
玄関から出る前に聞いておこうと神奈は切り出す。
「それは――」
「それは?」
腕輪がもし人間だったら目を瞑って心を落ち着けていることだろう。
「ナン天堂からスイッチの次、新世代のゲーム機が発売するらしいです……!」
超有名なゲーム会社のナン天堂。その会社が作った二年前のゲーム機であるスイッチ。
新作が出るとなれば世界が揺れ動くだろうと腕輪は語る。
「欲しいけど今どうでもいいわ!」
神奈は玄関の扉を開けて神人を捜しに飛び出した。
すれ違う人々が白い息を吐くほど気温が低い中、神奈は情報にあった神人を捜し出そうと走る。
捜しまわって一時間が過ぎた頃、神奈は走る速度を落として立ち止まる。
そして白い雪が降り出してくる空を見上げながら口を開く。
「いや……無理じゃん」
名前と性別しか知らない者を世界中から見つけ出そうなど無理な話だ。
容姿すら分からないのにどう見つけるのか、神奈はやっていたことが無駄だと悟る。
「どうしてそこで諦めるんですか! ほらあの人が怪しいですよ、あのサラリーマンみたいな男!」
「みたいなじゃなくて実際そうなんだろ。ああクソッ、どうすりゃいいんだっての。 見つかるわけないじゃん。知ってんの名前と性別だけだぞ」
「神奈さん、相手は強いようですし魔力感知を使用してみては?」
腕輪の提案に「それだ!」と食いついた神奈はすぐさま魔力感知を使用する。
魔力をばら撒くことによって、それに触れた自分以外の魔力を感知するというものだ。
戦闘でも役に立つそれを使う神奈は一際大きい魔力反応を感じとる。
「いた、こいつに間違いない……! この魔力、私と同等かそこらだ。まだ勝てる見込みのある相手みたいだな。今日中に倒してやる!」
強大な魔力を感じとった神奈は〈フライ〉で空を飛ぶ。
急いで向かった先にいたのはよく知っている黒髪の少女だ。
「おいお前が神神楽……し……」
「私は神野神音だけど?」
「……うん、そうだな」
せっかく見つけたのに転生者違いだったことに神奈の気分は落ち込む。
「何かあったのかな?」
「じ、実はな……」
神奈は腕輪からの話をそのまま神音に伝える。
一人で捜すのもいいが、強い人間と捜すのなら単純に効率が二倍になるのだ。
「なるほど、名前と性別しか分かっていない相手を捜したいと……出来なくはないね」
「本当か!?」
出鱈目な能力を持つ神音は、神奈にとって霧雨同様便利な猫型ロボット扱いになっている。
「うん、まあ禁術だけどね。それでそのやっべえやつとやらの名前は?」
「カマキリの信徒……あれ? やっべえ忘れた……!」
「神神楽神人ですよ! 今はギャグパートやってる場合じゃないんですからしっかりしてくださいよ!」
「らしいけど? 優秀な腕輪があってよかったね」
「優秀……?」
「なんでそこで疑問形なんですか!? 私すっごい優秀でしょ!? 魔法教えられますし、だいたいの事は知ってますし、ああほら、話し相手にもなれますし!」
神奈は鬱陶しそうに腕輪を見るが、今回は腕輪のおかげで話が進むので複雑な表情を浮かべながらも否定はしなかった。しかし心の中では凄い魔法を教えてもらったかなとか、腕輪の知識が役に立ったことあったかななどと思っている。今までを振り返ると活躍の場面こそ少ないが、万能腕輪という名に恥じない知識や機能は持っている。
「神神楽神人、ね。〈生物探索・神神楽神人〉」
魔法を唱えた瞬間、神音の頭の中に神神楽神人という生命体の居場所が、世界の意思のようなものから送られてくるが困惑する。
神音の頭の中に浮かんだのは紫色の空や雲、そこら中を飛ぶ怪鳥や、生息している人外の姿。記憶には該当する場所は一か所しないが、その場所にどうやって行ったのかが分からない。
「分かったけど……この星にはいないね」
「ふうん、星にはいな……はい?」
その場所は悪魔などの魔族の暮らす場所であり、行ける方法は限られている。
「魔界だね」
一瞬耳を疑った神奈はすぐに納得し始める。
「ああマカオね! 外国か、ちょっと遠いな」
「魔界だよ」
「ああマダガスカルね! 外国か! ちょっと遠いなあ!」
「だから魔界だよ」
神奈は汗を流しながらまた違う場所の名前を言う。
「ああマーシャル諸島ね遠いなああああ! ふざけんなあああ! どこだよそれ! 魔界ってどこにあんだよおお!」
魔法もあり、宇宙人も存在し、人外とも遭遇したことがある神奈でもそれを受け入れるには時間が掛かった。
「禁断の魔導書による知識では、この世界は大きく分けて三つに分かれているらしい。一つ目は私達がいる地上世界、二つ目は天使が暮らす上空にある天界、三つ目は魔族が暮らす地下にある魔界さ。覚えておくといい」
「ふざけんな! じゃあ何か!? 空には天使がいて地面の下には悪魔がいるってか!? そんなやつら一度も見たことないんだけど!?」
「彼らは滅多に地上には来ないらしいからね。しかも普通の人間が行くには特殊な方法でしか行けないんだ。天界には天使の付き添いが、魔界にはそこに通じる門を通らなければいけない。ちなみにその門はどこにあるのかも分からない」
「じゃあダメじゃん! 魔界に行けないじゃん!」
一度に理解するには情報が異常すぎた。神奈の頭では常識が壊れるような音が聞こえ、自棄になりつつある。
「禁術を使えば行けるけれど?」
解散解散と怒っている神奈に神音は『行ける』と言ってのけた。
「門はどうすんだよ」
「必要ないよ、この魔法を使えばね。〈理想郷への扉〉」
マージ・クロウリーを追いかける時に使用した魔法だと神奈は思い出す。
目的の場所に想像さえすれば行けるという禁断の魔法。
神音は先程〈生物探索〉により場所の風景を見ているので想像は容易い。
白い穴が何もない空間に現れて、徐々に広がっていく。
「さあ、この先が魔界だよ。一度これが消えてしまえば戻って来れないだろうし、私も同行しよう。魔界という場所にも興味があるしね」
「あっそう、もう何でもいいわ。とにかく神神楽神人とかいう危険人物を捜しに出発だ!」
神奈と神音による神人捜索隊が結成され、二人は段々と小さくなっていく穴に吸い込まれていく。中はただ純白のトンネルが続いているだけだ。初めて通る神音は驚いている。
好奇心と使命感を抱く二人は一気にその通路を駆け抜けた。




