表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
380/608

201 不快――いつから――

2024/05/20 文章一部修正+加筆








 (からす)は地に伏せている速人を冷たく見下ろす。

 今までの標的の中ではトップクラスに強かったのは確かだ。

 しかし経験が浅い。戦いそのものは経験豊富だが、特殊な力を持つ敵との戦いの経験が浅すぎる。


「衝撃を伝える遠隔攻撃。〈衝撃(ロングレンジ)伝達(インパクト)〉。もう少しゆっくり観察するべきだったな。そんな時間があったかは疑問だが……」


 隼速人は強敵であった。

 己の技や身体能力だけで戦わず周囲の物も利用する。

 戦いにおいて最も厄介なタイプの人間で、戦いづらい相手なことは確かであった。


「勝者は俺だ。よって依頼通り命を頂こう」


 鴉は依頼された時のことを思い出す。

 鷹宮(たかみや)誠子(せいこ)は隼家に対して相当な恨みを持っていた。それは持たれる程のことをした隼家も悪いので何ともいえない。ただ、事情を知る鴉からすれば誠子の恨みは的外れであり滑稽に思える。今回の依頼、過去の出来事、どちらでも隼家は被害者寄りの立場にある。


 裏社会で語られる〈血みどろ三羽〉による血みどろ大合戦。

 鷲本家は元から落ち目だったこともあり、隼家と手を組んで鷹宮家を潰す計画を立てていた。鷹は殺され、鷲は仕事の失敗で地位を勝手に落としていく。結局隼だけが残って今に至る。


 しかしそれはあくまで裏社会に広まった不完全な噂話。

 依頼人である誠子も知らぬことだが、鴉は事件後に情報収集して真実を知った。


 事件のきっかけは鷹宮家の当主である鷹宮公介(こうすけ)であった。

 当時〈血みどろ三羽〉とまで呼ばれていた三家だったが、公介は隼家と鷲本家が邪魔だと考えていた。そこで公介は隼家と鷲本家を排除しようと、フリーの殺し屋を多数雇って皆殺しにしようとしたのだ。


 作戦に参加した殺し屋には相手に怖気づいた者達がおり、そんな者達から情報が洩れて隼家と鷲本家にも伝わってしまう。持ちつ持たれつの関係だった〈血みどろ三羽〉だったが、完全な裏切り行為にどちらの家も怒り狂う。


 鷲本家はかねてから計画していた鷹宮家殲滅計画に隼家を巻き込み、鷹宮家に奇襲で乗り込んだ。雇われていた殺し屋達、そして鷹宮家の人間を殺した両家。しかし速人の父、隼走矢(そうや)はまだ幼い子供に罪はないと考えて一人の幼女を見逃した。


 事件の真相を知らない誠子に対しての優しさは復讐心の種にしかならない。

 依頼された時に鴉が確認したが、走矢を冷酷な殺人鬼としか認識していなかった。

 家は壊され、家族も皆殺しにされた彼女は三日三晩泣き喚き、両親を殺した隼家への復讐だけを考えて生きてきたのだ。


 殺し屋にとっては甘い考えが現在、復讐者を生み出す形となっている。

 どんなに若くても老いていても、男だろうが女だろうが、殺す時は殺さなければならない。殺し屋にとって多いのは、殺した人間の家族や親しい人間の復讐で殺されるパターンだからである。


 復讐劇の種を蒔いた当人、隼走矢に鴉は一度会いに行った。

 現在刑務所の中で捕まっている走矢には、面会という形で意外とすんなりと会えた。


『ほへえー、マジ? あの子が? まあ大丈夫じゃねえかな俺の息子強いし。つうか誰だお前。差し入れある?』


 あまりの能天気さに鴉は会ったことを後悔した。

 呑気な考えこそ息子が殺される原因だと指摘してやろうと鴉は思う。

 今、鴉は速人にトドメを刺そうと拳を振り上げる。


「殺し屋になるのは大抵周囲の環境のせいだ。殺し屋になんてなるからこんな風に殺される。本当に、親に恵まれなかったな……俺も、お前も」


 鴉はそう言って拳を振り下ろそうとする。

 戦っていた最中に直撃を何度受けても倒れなかったが、気を失っている今ならば魔力の力がないため防御力が低下している。速人の頭は弾け飛ぶとまではいかずとも、骨が砕ける程度のダメージになるだろう。

 しかし鴉は拳を振り下ろす直前、後方に大きく跳ぶ。


「――まったく、散々捜し回ったぞ」


 速人の傍に飛んできた黒髪の少女が拳を振り下ろしていた。

 もしも咄嗟に気配を感じて躱さなければ、鴉の骨は砕けていたかもしれない。

 少女、神谷神奈は鴉を見据える。


「さてと、事情は分からんし知る気もない。こいつが死ぬと悲しむ奴らがいるんだ、だから殺させるわけにはいかない」


「こちらも仕事だ……お前は確か、その男の恋人だったな」


「そんなわけないだろ二度とそんな勘違いすんなよクソボケ」


「どちらでもいい。どうせ、隼家に強い関係がある者は皆殺しにする気だった。復讐されるのはゴメンだからな」


「殺し屋も大変だな。でもだからって手加減はしないぞ?」


「そうだな、こちらも殺す気なんだ。そちらも――」


 鴉は言葉を途切れさせ、信じられないというように目を見開く。

 神奈も背後で僅かな音がしたために振り返ると、速人が刀を支えにしてふらつきながらも立ち上がっていた。


「神谷神奈……余計な真似をするな、そいつは俺が倒す……!」


「……やれんのか? お前負けたんだろ? 大人しく寝てろよ」


 速人は少し前に歩き神奈と並び立つ。


「いつからだ……?」


「え、何が?」


「いつから俺は守られる側になった……? あの時も」


 アンナ・フローリアに倒された。


「あの時も」


 ディストに殺されそうになった。


「あの時も……!」


 神野神音に一撃で負けた。


「あの時も!」


 これまでに何度も速人は神奈に助けられた。


「不快だ、誰かに助けられるというのはすごく不快なんだ……! どうして俺が助けられなければならない……! 俺は強いはずだったのに……!」


 速人は歯を食いしばって苦しそうに言う。


「俺は、強くなる、強くなってお前を倒すとそう決めたんだ……この戦いは、そのために俺が戦う。それにこれは俺の家の問題だ。俺が、ケリをつけなければいけない……!」


「……でもお前」


「俺は勝つ」


 速人は神奈の前に出て呟く。


「俺は、変わる。俺は、もうお前以外に負けたくない。だから手助けなんてするな……俺はお前の……ライバルだ……ライバルで、いさせろ」


 黙って聞いていた神奈は速人の肩に手を置くと〈魔力贈与〉で魔力を送り込む。

 魔力を送り込んだ結果、速人の疲労や体調がほんの僅かに回復する。


「今のは違う。手助けじゃない、魔力助けだ。安心しろよ、実力以上の力を発揮出来るようにはしてないから。そこまでしなくても勝てるんだろ? なら勝ってこいよ」


「ふん、気分が悪くなった……しかし体は良くなった」


 速人は肩をグルグルと回して体の調子を確認する。

 今回、神奈は手を出さないことに決めた。

 なぜか手を貸す気にはなれなかったのだ。

 誰も立ち入ってはいけないような、男の覚悟を踏み(にじ)るような気がしたのである。


「待たせたな、今度こそお前は俺が……殺す」


 速人は鴉と向き合ってそう告げる。


「止めておけ、一人ではまた返り討ちになるだけだぞ。そこの女と一緒になってかかってくればいい」


「安心しろ、お前は俺一人で十分だ」


「後悔するぞ」


「しないさ……あの女の前で同じ相手に負けられるものか」


 神奈が見守る中、二人の殺し屋がじりじりと距離を詰めていく。

 最初に動いたのは鴉。拳を突き出して遠距離から衝撃を伝えるが、速人は腕の位置や拳の角度から衝撃が飛ぶ場所を見切って躱す。集中すれば躱せると分かった速人は僅かに笑い、高速移動によって残像の分身を作り出す。


「〈分身の術〉」


「戦国の世では忍者の家系だったな……だが」


 六人に増えた速人に対して、鴉は拳を連続で六回突き出して衝撃を飛ばす。全ての残像が揺らいで消えていく。


「俺には通用しない……!」


 六人の中に本体はいない。

 見失った鴉は周囲の気配を感じ取ろうと集中する。

 ガサッという音が聞こえたのでそちらを向くと、木の葉が数枚舞っていただけだった。その振り向いた瞬間に鴉の背後に速人が現れ、刀を振りかぶるが肘打ちによる衝撃に直撃する。


 直撃したはずの速人の姿が突然丸太に変わり、鴉の真上から刀で突き刺そうと降ってくる。驚いた鴉は体を捻って躱したので刀は地面に深く突き刺さる。


「終わりだ」

「終わらん……!」


 攻撃を外したことで速人に決定的な隙ができてしまう。

 鴉が拳を振りかぶる瞬間。速人は逆立ち状態から地面に着地すると、刀を勢いよく地面から抜いて土を巻き上げる。

 視界が土一色に染まる鴉だが、振りかぶっていた拳を高速で振れば、空中に舞っていた全ての土が吹き飛んで視界が晴れる。


「〈真・神速閃〉」


 またも見失った鴉は首を動かして速人を捜す途中、背後から脇腹を斬られたことで燃えるように熱い痛みが奔る。


「ぐっ!?」


「どうした、動きが鈍くなっているんじゃないのか」


「まさか、冗談だろう?」


 後方にいるであろう速人に振り向きながら拳を放つ。

 衝撃を飛ばさない一般的な攻撃を速人は両腕で防御するが、強い力で数メートル殴り飛ばされた。それと同時、鴉は握っていた拳の人差し指を速人に伸ばす。


「……っ!」


 鴉が指を伸ばした瞬間に速人は右目を押さえる。

 肘打ちでも〈衝撃伝達〉が出来るなら指からでも出来るだろう。

 直接右目に指が刺さったような痛みが襲うが、止まっていると攻撃が飛んでくるので高速で走り回る。しかし何度目かの〈衝撃伝達〉が肩に当たり動きが少し鈍ると、〈衝撃伝達〉が一気に二発空気を駆けた。


「〈超・神速閃〉……!」


 速人は飛んできた衝撃を躱して鴉に近付くが、読んでいたのか蹴り上げられる。

 空中に放り出された速人を見て、ずっと黙って戦闘を見ていた神奈が目を見開く。


(マズい、空中じゃ飛んでくる衝撃の餌食だ!)


 同じことを速人も考えていて、どうすれば避けられるか必死に思考を巡らす。

 空中では足場がない、だから動けない。このまま何もしなければ飛ぶ衝撃の餌食となる。

 今までの戦いを振り返っていくと、速人は歯を食いしばってからある言葉を口にする。


「〈不動の空気(フィックスドエアー)〉……!」


 速人の足付近の空気が固まって踏めるようになり、固まった空気を踏み台にして飛ぶ衝撃を躱していく。

 それは少し前、クリスマスイベントにて桜木晴也が使用していた魔法だ。

 速人は今までの戦いを振り返っているとある言葉を思い出していた。


『つまり君は私には勝てない、君の強さは限界に達しつつある。何か別の技術、あるいは別の力を得なければ勝つことなど不可能だよ……あの少女にもね』


 別の力を得なければ勝てない。未知の力といえば魔法しかない。

 単純な戦闘技術ならば神奈よりも上の自信が速人にはある。それでも勝てないのだから、もっと強くなるため日々の鍛錬以外で別の技術を極めるしかない。


 速人にとって魔法を使うのは屈辱にも近い気持ちだ。

 苦労して習得した技術とは違い、魔力とイメージさえあれば使えるなど、必死に訓練していた過去を侮辱されているにも等しい。


 今まで会ったことがある強敵はほとんどがそんな力を使う。

 修行の積み重ねで習得した技術と磨いた身体能力のみでそんな相手に勝つ。そうすることで魔法という力の強さを否定しようとしていた。純粋な努力のみでも最強になれるのだと信じていた。


 〈超・神速閃〉は魔技(マジックアーツ)。あくまで魔力を応用した技術にすぎないので魔法とは違う。

 魔法などには頼らない、自分の習得した技術だけで勝ってみせる。

 たった今、速人はその考えを捨てて魔法を初めて使用した。


「〈不動の空気〉、〈超・神速閃〉!」


 速人は固めた空気の上を流星のような速度で移動して、飛び移りながら刀を握りしめる。そして固められた空気を利用して一直線に鴉へと向かう。

 鴉は速人の喉目掛けて拳を突き出して衝撃を飛ばす。

 飛んできた衝撃の軌道を予測した速人は衝撃を剣で弾く。


「見えない衝撃を刀で……!」


 速人は赤紫に光る刀で、驚愕している鴉の肩から腹辺りまでを斬った。

 傷口から赤い鮮血が一気に溢れ出し、鴉の黒い服装はどんどん色を変えていく。


「ふっ、親に恵まれなくても……友に恵まれていたか……」


 鴉は背中から地面に倒れて目から光が失われていく。

 死の間際、走馬灯らしきものが鴉の頭に浮かぶ。

 捨て子の鴉は実の親を知らずに拾われて育った。拾ったのは裏社会の殺し屋であり、理由も後継を育てるためと愛のないもの。厳しい訓練を強制された鴉は、他に生きる道がないと悟り殺し屋となった。


 拾ってくれた殺し屋は、過去に始末した男の恋人に復讐で殺されている。

 いつか自分もそうならないために鴉は、復讐者を生み出さないよう余計な血で手を染め続けている。


 好きでこんな仕事をしているわけではない。

 偶々拾われた先が裏社会の人間で、殺し屋にならざるを得ない環境で育っただけだ。

 結局最期まで手を血で染め続け、返り討ちに遭って死ぬ空虚な人生。

 同じ殺し屋でも友がいて愛を知る速人のことを羨みながら目を閉じた。


「恵まれている? ふん、どうだかな……」


 殺人に神奈が何か言うことはない。甘い考えをすることは多いが、どうやっても敵を止められない時は自分も殺す選択を取るからだ。救いようのない悪人に関しては迷わず殺す。

 鴉が死んだことを確認してから速人は神奈の方に歩いて向かう。


「見ての通り、俺の勝ちだ。そして今ここでお前も倒してやる……と言いたいところだが、今日はそんな気分じゃなくなった。勝負は明日以降にお預けとしてやろう」


「へいへい。そういえばあの男も殺し屋なんだろ? 依頼主はどうする気だ?」


「最強の殺し屋を殺した今、俺にはどんな殺し屋が差し向けられても意味がないだろう。捜しだして殺す労力を使うのもバカらしい。いつか諦めるまでこのゲームに付き合ってやるさ」


「そういやお前の弟、お前に似てそうだからあの殺し屋を自分が倒すとか言ってそうだな」


 入院している速人の弟のことを思い出して神奈が言うと、速人は何のことか分からないというようにキョトンとした顔をする。


「……何の話だ?」


「え? いやだからお前の弟を入院させたのってあの殺し屋だろ?」


「何を言っている、仮にも最強の殺し屋だぞ。一度出会ってしまえばまだ弱い俺の弟などすぐに殺されているだろう。弟をやったのは別の誰かだ」


「別の……誰か……」


 隼家に恨みがある者なのか、それともただのチンピラか。

 まだ何か起きそうだと神奈は上空にある黒い雲を見ながら思う。



 * * * 



 とある人気がない道路。

 獅子神闘也がうつ伏せになって倒れており、それを見下ろす神神楽(かみかぐら)神人(しんと)がいた。

 周囲には赤い液体が点々としており、建造物に亀裂が入っている。激しい戦闘をしていたのは誰が見ても分かる。


「楽しかったぜ。おかげで俺は更に上のステージに行けた」


 神人はその場から離れるために足を進ませる。

 遠くから一人のオレンジ髪の少女が呆然として、去っていく神人を見ていた。

 少女、秋野笑里は信じられないように目を見開いていた。


「なんなの……あれ……」


 笑里から見た神人は人間とは思えない容姿をしている。

 緑色の肌、金色の瞳、頭部でうねっている二本の角、見え隠れしていた牙。

 人間というより竜のようだったと笑里は思う。もちろん人型ではあるのだが、もはや人間と同列に扱うことができない。


 十二月二十五日。神神楽神人は意図せず完全に人間をやめた。









 鴉

 総合戦闘能力値 17000


 隼速人

 総合戦闘能力値 16500


 神谷神奈

 総合戦闘能力値 500000


 神神楽神人

 総合戦闘能力値 ??????



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ