24 西瓜――ちょうどいい棒はどこにある――
走っている車の窓ガラスから青い海の存在が確認できる。
太陽光が海をキラキラと光らせていた。流れゆく景色でその海だけは変わらない。黒塗りの車に乗っている神奈達小学生組は目を輝かせて窓ガラスに顔を近付ける。
車で走ること二時間。藤原家が持つという別荘に辿り着いた。
着いて早々に神奈達は別荘に荷物を置き、それぞれがわくわくと楽しそうに水着へと着替える。そしてすぐに海がある砂浜に出て行った。
水着は小学生だからスクール水着、略してスク水だと思ったら大間違いだ。今時の小学生は水着にも気を遣う。とはいっても派手なものは着ないし、気にしない者は気にしないので笑里はスク水である。
「海だー! 私楽しみすぎて中に着てきちゃったよ!」
「……えみるって誰だよ」
笑里の紺色のスク水には「えみり」ではなく「えみる」とひらがなで書いてある。
誰も突っ込まないため気付いてないのか。それともどうでもいいとでも思ってるのか。神奈もそう考えたらわりとどうでもいいと思うようになった。
「見慣れたものでも友達と来るといいわね」
才華の水着はビキニタイプ。
空色が綺麗で、胸下部分にはフリルがついていて可愛らしい。
「お金持ちはいいね、こんな場所まで私有地なんて」
夢咲の水着はワンピースタイプ。
白の無地でシンプルだが、清楚な雰囲気が出ている。なお首元には紫の髪が巻きついているので、露出部分は多少減少している。
「そうね、こうやって友達と遊べるからいいわね」
「……ちょっと嫌味な言い方になっちゃったのに気にならないの?」
「嫌味とか悪口とかは将来のために慣れさせられてるの」
貧乏な夢咲と富豪の才華。
対極的な二人だが仲は良好に近い。
「これが海……。こんな澄んでいるものは初めてだ……」
レイの水着は黒い短パンタイプ。特に特徴はない。
「みんな元気ねえ、準備体操はしっかりやるのよー? ね、あなた」
「うむ、そうだな」
才華の母親は大胆にもレオタードのような水着であった。胸元は開け、零れそうな胸を薄布が支えている。ここがもし利用客がいるビーチだったなら男性の視線は釘付けになっているだろう。
父親の方の水着は赤い短パンタイプ。派手な色以外特徴はない。
元気に「はーい」と神奈達が返事をして、各々で準備体操を始める。
「いちっ、にっ、いちっ、にっ、いちっ、にっ、いちっ、にっ」
屈伸。伸脚。特に足の準備体操を重点的に行った方がいい。もし不十分なら足を攣ってしまい溺れる可能性もある。
笑里がなぜか三と四を言わなかったが、全員準備体操を終了させた。やることは終わったので各々が自由に海を楽しむことにした。
「えいっ!」
「きゃっ! やったわね……それ!」
「あはははは……それっ!」
海に入った才華と夢咲が水を掛け合って遊んでいる。そんな二人の様子を眺めながら、神奈は笑里と砂場で城を作っていた。
定番な砂遊びであるがなかなかうまくいかずに苦労している。
「笑里、もう少し水を含んだ砂を使わないと崩れるぞ? ギュッと掴んで固まるくらいがいいらしいって何かで見たよ」
「そうなの? じゃあこの砂を握って……あ、カチコチになったよ」
「カチコチって本当に硬いなこれ……もはや石だ」
笑里が持っていた砂はもはや砂と呼べるものではなく、石と同レベルの硬さになっている。握力が強すぎるせいで硬くなりすぎたのだ。神奈はもう慣れているので手加減して握っている。
しかし城を作るなら硬いものは好都合だ。城の石垣部分に使用することで本物に近い作りになる。
――城作り開始から三十分経過。
かなりのクオリティーで砂の城は完成した。石垣から天辺の屋根まで作り込んでおり、ミニチュアとして展示されてもおかしくない完成度だ。
「できた! お城完成だね!」
「ああ、立派なもの作れたなあ」
神奈は精神的疲労で、笑里は夏の暑さで掻いた汗を二人は拭う。そして一から物を作るということに達成感を覚えて喜ぶ。
「写真撮ろうよ! 二人で作った記念!」
「……そういえば初めて会った時も砂場で遊んだっけ」
「そうだね。なんだかあの時に似てるね」
「よし、写真を――」
いざ携帯で写真を撮ろうとしたとき、作り終えた城に大量の水が押し寄せてきた。そのせいで砂の城は波に流されて、神奈が作っていた上部分だけが崩壊してしまった。硬い石垣だけはもちろん残っている。
「撮るか?」
「……いいかな、別に撮らなくても」
壊れてしまった城を記録に残す必要はない。なんとも言えない状況に二人の雰囲気は重苦しくなる。そんなとき、笑里の顔に少量の水が飛んできて「わっ!?」と驚きの声が出る。
いきなりで驚いたのは神奈も同じだが、自分にも水が飛んできたことで「うわっぷ!?」と思わず声を出してしまう。
海水を飛ばしてきたのは才華と夢咲だ。二人は笑い合い、続けて水をかけてくる。
神奈と笑里は互いの顔を見て頷く。城も壊れたので神奈達も水遊びに混ざることにした。
何回か四人は水をかけ合い、勝負は動き出す。
飛んできた水を神奈が回避して、才華の後方へと瞬時に回り込み、水をすくってかける。もちろん反応など出来る筈もなく、才華の頭頂部に水が容赦なくかかる。
「や、やったわね!」
「先にやったのはそっちだろ! 両手水掬い打ち上げ攻撃!」
「きゃあっ! 少し痛い……」
手加減しているとはいえ、神奈の海水攻撃は才華に僅かな痛みをもたらす。
水をかけられてばかりだった笑里がそれを見て頬を膨らませる。
「みんなばっかズルい! 今度は私の番なんだから!」
笑里が声を上げて攻撃を開始する。両手を海に滑り込ませ一気に持ち上げた。するとその威力は恐るべし、五メートル以上の高さの波が神奈達に押し寄せる。
小さな津波に三人は唖然とするしかない。
「いやっ、遊びでこの波はヤバいだろ!」
驚いている内に三人揃って波に流されてしまい、水遊びは終了した。
神奈達が砂浜に戻ると、何かを手に持っているレイがいた。砂遊びしている間も、水遊びしている間も、誰もレイのことを見なかったのでどこにいたのか全員が疑問に思う。
もっと近くに寄るとレイが持っていたのものがよく見える。
魚だ。紫という危険な色の魚をレイは両手で持っていた。
「レイ、それ何?」
「あ、神奈、それにみんなも。実は海に潜って魚を捕っててね。やっと捕まえられたのがこいつなんだけど……どうかな? みんなこのあとのバーベキューで食べない?」
「いやそれ本当に食べられるか?」
明らかに食べられる魚ではない。食べようと思う者は正気ではないだろう。
「うーん、確かに色は毒っぽい。見た目も悪い。食べる気はおきないかな」
「そこまで思っててなんで聞いたんだよ! 海に捨ててこいよ!」
「せっかく捕れたから一応聞いてみたんだ。でもしょうがないね、誰も食べないなら自然へ帰すのが一番だもんね」
海に歩き出したレイは魚をそっと放す。
死んでいるかのように動かなかった魚は元気になり、大きな水飛沫をあげて泳ぎ去っていく。
「随分と個性的な友達なのね」
「言うな、普段はまともなんだから」
それからもバーベキューで肉を占領する笑里や、なぜかワカメのものまねをして体をユラユラさせる笑里。近くにある岩まで泳いで競争しようと言った笑里が海の彼方にまで行ってしまったり、笑里の水着がスク水なのに流されたり、本当に様々なことがあった。
そして時刻は午後の三時。
才華の希望により、神奈達はスイカ割りをすることになった。
まず言い出した才華からやることになり、目隠しをしてから細い木の枝を振りかぶる。
「いや棒が細すぎだろ! スイカを割る前に棒の方が折れるぞ!」
叫び声に反応し、才華は目を開けて頓狂な顔を見せる。
「え、これじゃ無理なの?」
「どうみても無理だよ。だってそれ棒じゃなくて枝だもん」
持っていた棒はそこら辺に落ちていた木の枝。どう考えてもそれではスイカは割れない。スイカ割りをするのなら頑丈で、木刀並に太い棒でなければ割ることができないだろう。
「じゃあみんなでちょうどいい棒を探しましょう。神谷さんはここに残って、持ってきた棒をジャッジしてほしいのだけど」
「それでいいならいいけど」
それから神奈達の棒探しが始まった。
まず持ってきたのはレイなのだが、その手には先ほどより少し大きい木の枝が握られていた。
「いや枝じゃなくて棒持ってきてくれよ。それよりもっと大きいやつな」
「そうなのかい? 初めてだから分からなくてね、ゴメン」
そして順に持ってきてくるが――。
「夢咲さん、それは?」
「棒だよね?」
「私の目には石に見えるんだけど?」
「石の棒だよね?」
「……これセーフなのか? 判断できないからアウトで」
木の棒に囚われない石の棒という発想。
「笑里なんだそれは、いや見れば分かるんだけども」
「木だよ!」
「大きいものとは言ったけど大木を持ってこなくていいから! てかそれ何処にあったんだよ!」
「いっぱい生えてたよ?」
「抜いてきたの!?」
森林破壊のように大木を引っこ抜く怪物。
「藤原さん、これよりももうちょっと大きくて丈夫じゃないと無理かな」
「あらそう? じゃあ探すしかないわね」
「一番まともで助かるわ本当に」
まともなのに世間一般的なまともに届かない才華。
「レイ、棒は?」
「それよりこの貝殻キレイじゃないかい? ほら太陽光に当てると虹色に光ってさ。神奈にプレゼントするよ」
「棒探せよ」
もはや棒探しをボイコットするイケメン。
「夢咲さんは……さっきのと同じなんだけど」
「眠くなっちゃって寝ちゃったの。だから探せなかったわ」
「せめてその石は捨ててくれない?」
眠かろうと石の棒にこだわり続ける夢咲。
なかなかちょうどいい棒を持って来る者は現れずに――三十分が過ぎた。
「この事態を解決する方法が一つだけありますよ神奈さん」
「私も同じことを考えてたよ、奇遇だな。棒作成」
神奈の手にはスイカ割りにちょうどいい棒が握られていた。
これで棒探しはもう終わりにできる。そもそもやろうと思ってたのなら、木刀でもなんでも専用の物を用意しておいた方がいい。
全員が集まったところで神奈は作成した棒を見せて、ようやくスイカ割りが始まる。
「もう少し右だよ!」
「ここかな? えいっ!」
才華は夢咲の案内で見事スイカに辿り着き、棒を振り下ろした。
「当たった感触ありよ。どうなったかな、あ、ああ……」
スイカに当たった。確かに当たったのだが、力が弱すぎたせいで亀裂すら入っていなかった。さすがに全員が絶句するしかない。
続いての挑戦者は笑里――だったが全員が説得して、だいぶ不満そうにしていたが止めさせた。あの怪力で振り下ろせばスイカは割れるだろう。だが食べられないほどに粉々になるだろう。
笑里の次はレイがやることになっていたので、レイの番となる。
レイには神奈が声を掛けることになっていたのだが、それは必要なかった。スイカの位置が分かっているようにレイは真っ直ぐ歩みを進めていく。
「今だ振り下ろせ!」
「はあっ……!」
見事にスイカに命中。そしてスイカは――バラバラに砕け散った。
「……っておい強くやりすぎだバカ!」
「あれ? ゴメン、ちょっと力が入っちゃったのかも」
「どうすんだよこのスイカ、もったいないなあ」
粉々一歩手前なので食べる部分はほぼ残っていない。
目前で美味しい物が破壊されたことに全員残念がる。しかし妙なところで用意周到な才華が口を開く。
「ああ、実はスイカならもう一つあるの。そっちは予備だったんだけど、仕方ないからそっちを食べましょう」
「……スイカの予備ってなんだよ」
別荘に戻り、藤原夫妻にスイカを切ってもらう。
藤原の三人は少し離れているが、神奈達はスイカを分け合って食べ始める。赤くて瑞々しく、甘みが口に入れた瞬間に広がっていく。
「やっぱりおいしいなあ」
「もう! 私がやってれば二個食べれたかもしれないのに!」
「たぶん笑里ちゃんがやったとしても同じ結果だと思うけど……」
「予知しなくても分かるわ」
「らしいけど?」
「そんなことないもん!」
そんなやり取りをしている神奈はふと、少し離れた才華とその両親がどんな話をしているのか気になった。良いことなのか悪口なのか、神奈は確かめるべく聞き耳を立てる。
「賑やかでいいわねえ」
「うむ、そうだな」
「ねえパパ、ママ。あんな滅茶苦茶な子達でも私の大事な友達なんだ。自慢……は出来るか分からないけど、私はこれからあの子たちのこと大事にするわ」
「そうね、みんないい子達だし、大事にしなさい? 一生の友達にするつもりでね。ね? あなた」
「うむ、そうだな」
「……ありがとう」
家族との時間。才華は両親に神奈達を紹介するために誘ったのかもしれない。友達の話をしているとき、神奈にはよりいっそう才華の笑顔が眩しく思えた。
大事にすると言われたことが嬉しかったので神奈は口元を綻ばせる。
両親のところから戻ってきた才華に、神奈は笑いかけた。
「ねえ、藤原さん」
「なに? 神谷さん」
「今日はありがとう、これからもよろしく――才華」
「……っ! うん、こちらこそよろしく神奈さん」
「さんはいらないんだけどなあ」
この日ようやく、神奈と才華はお互い名前で呼び合うことが出来るようになった。
腕輪「水着回ってどんな作品でも入っているイメージですよね」
神奈「小学生の水着見て楽しめるやつなんているの?」
腕輪「神奈さん、この世にはそれが需要となる人間も存在しているんですよ」
神奈「腕輪の姿見て楽しめるやつなんているの?」
腕輪「……い、いますよ! 私だって心は水着気分なんですからね!」




