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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
379/608

200 裏社会――最強の殺し屋――

2024/05/19 文章一部修正









 体のあちこちに亀裂がある少年、神神楽(かみかぐら)神人(しんと)は次なる獲物を求めて町を放浪していた。その途中、クリスマスイベントとして行われていた戦いを目にして、強い人間を見定めて獲物を決めた。

 イベント終了後に帰っていた獲物の背中から声を掛ける。


「よお、さっきのは凄かったな。お前なら俺のレベルアップに協力してくれそうだ……俺と戦えよ」


 神人が獲物と決めた男は振り向くと、不機嫌そうだった表情が好戦的なものに変わる。


「いいぜ? お前はなんだか面白そうだからなあ」


 髪が獅子のたてがみのようで、凶暴な笑みを浮かべる獅子神闘也がそう言い放つ。

 神人は自分と同じ戦闘狂であると直感的に感じ取り、彼と同じような笑みを浮かべて距離を詰めていく。


「「おらあっ!」」


 二人は同時に殴りかかり互いの頬に拳をめり込ませるが、力の勝負で勝ったのは獅子神だった。

 彼が拳を振り抜くと神人は地面を跳ねながら吹き飛び、すぐに立ち上がるが目前に蹴りが迫っていた。しかし神人は蹴りを喰らうと同時、足にしがみついて拳の連打を浴びせる。彼は近くにあった道路標識に向かって足をぶつけて剥がそうとするが、その直前に神人は足から離れて回転しながら着地する。


「「はっはっは……!」」


 獅子神が殴ろうと拳を振るうが、その前に神人が着地した状態から勢いよく跳ねて頭突きを顎に決める。


「「はっはっは……!」」


 頭突きを喰らった彼は、喰らってすぐ神人の頭部を掴んで地面に思いっきり埋め込む勢いで叩きつける。

 頭がめり込んで何も見えない状態の神人を彼が蹴ろうとするが、当たる前に神人の踵落としが脳天に直撃して地面に顔からぶつかる。

 埋まった頭を腕力で抜け出させた神人と、起き上がった獅子神が笑い声を上げる。


「「はっはっはっはっは!」」


 二人はまたも拳を同時に突き出して、攻撃から逃げることなく反撃に転じる。

 防御もしないでひたすら攻撃するだけの戦いは、観客がいたら大きく盛り上がっただろう。



 * * *



 戦闘狂同士の戦いが人知れず行われていた頃、速人は修行に使っている山の中へと入っていた。

 宇宙船があるその山はかつてディストと特訓した場所。

 森のように多くの木々があり、道の緩急の差が激しい山だ。

 山の中を歩いていた速人は立ち止まり手裏剣を後ろに投げる。

 手裏剣は右斜め後ろにある少し太い木に刺さる。


「出てこい……もうここならいいだろう」


 速人がそう誰かに言い放つと、手裏剣が刺さった木の後ろから青年が姿を現す。

 高身長で黒いコートを着ている長髪の青年が静かに口を開く。


「よく気付いたな。気配は悟られないようにしていたのに」


「つい先程のイベント、お前もあの場所にいたな? 僅かだが独特な殺気を感じられた」


「誇れ。普通は気付かないと思うぞ。何度も死線を潜り抜けてきたか、神から授けられた才能か」


「どちらもだ。それで何の用だ。その殺気と気配、同業者だろう」


 同業者、つまり殺し屋であると速人は判断していた。

 黒いコートの男は肯定すると、あまりにもあっさりと告げる。


「お前を殺しに来た」


 殺し屋にとって殺すことなど日常。恨みを買って殺されるのもあり得る話だ。

 人を殺す仕事をやっていると最後には敵しかいなくなる。そんな世の中、速人は裏のドロドロした世界を知り尽くしている。裏社会で仕事をする一家に生まれたのなら、邪魔だからや憎いからと殺し屋に狙われる可能性は常に付き纏う。


 ゆえに動揺などしない。


「そうか」


 ゆえに反応は淡泊だ。


「依頼者の名は鷹宮(たかみや)誠子(せいこ)。ターゲットは(はやぶさ)走矢(そうや)、加えてその家族」


 黒いコートの男の言葉に速人は嫌な顔を見せる。

 誠子という名前に聞き覚えはないが、鷹宮という名字は聞いたことがあった。


「鷹宮……チッ、過去の怨恨。血みどろ三羽か」


 裏社会の殺し屋の中でも一時期トップクラスの実力を持つ家が三家存在した。

 それらは全て鳥の名前が付いている。

 隼、鷹、鷲。一家全員が殺し屋であるのもあり、実力も高いので裏社会ではその三家を〈血みどろ三羽〉と名付けていた。


 どんな標的も苦なく殺し、技も一流の殺し屋である〈血みどろ三羽〉は裏社会でのエリートと呼ばれ、敬われると同時に恐れられていた。

 しかしそれも昔の話。今では鷲は落ちぶれ、鷹は一家全滅と噂され、隼だけがトップの地位に残っている。


 鷹――鷹宮家を殺害したのは速人の父でもあり、当時隼家当主であった隼走矢。


 二十年前。誰が考えたのか〈血みどろ三羽〉に殺し合いをさせようという計画が進んでいた。

 大した力も持たない殺し屋の家系が思いついたのか、殺された人間の家族の恨みからなのか、はっきりしたことは何一つ分かっていない。分かっているのは殺し屋同士の殺し合いは実際に起きて、鷹は隼に負けたということのみ。


「鷹宮家の生き残りがいたということか……親父も爪が甘い。それで? 何で俺にそんなことを話す」


「別に特別扱いしているわけではない。俺が殺すターゲットに依頼者などの情報を明かすのは、これから死ぬ人間になら話してもいいと思っているからだ」


「つまり俺を殺せると思っているわけか。おめでたい頭をしているようだな。もはや殺し屋業界に俺の敵などいない、俺の標的はたった一人だけだ!」


 速人はブーメラン手裏剣を五枚投擲する。

 高速回転しながら手裏剣は黒いコートの男に曲線を描いて向かい、三メートル程の距離で全て弾かれる。


「は……? 何だそれは……」


 空中で手裏剣が突然弾かれる不思議な現象に速人は戸惑う。

 黒いコートの男が何かしたのかと思いよく見てみたが、先程とは腕の位置が変わっている程度でおかしなところはない。

 もう一度、今度は十枚の手裏剣を投げたが結果は同じだった。

 男は両指を伸ばしていたが何の意味があるのか速人には分からない。


「は、はは、また……!」


 いつからだろうか。敵が身体能力だけでなく理解出来ない技を使うようになったのは。

 いつからだろうか。そんな相手にエリートであるはずの自分が負けるようになったのは。

 いつからだろうか。追いかけ続けている人間が、遥か遠くにいるように感じてしまったのは。


「どいつもこいつも、妙な力を使いやがって……苛つくんだよ!」


 速人は腰にずっとある愛刀を抜き、高速で斜面を駆けて男の背後に回り込む。

 刀で斬りつけてその余裕をなくしてやろうと思い背中を斬ろうとするが、男が振り向いた瞬間に衝撃で吹き飛ばされる。

 何もしていない。何かする素振りがない。

 男の力は謎に包まれていたが男の正体には心当たりがあった。


「……聞いたことがある。血みどろ三羽とは違い、一人だけ競争しようと思う者すらいない程の殺し屋がいると。お前はまさか……最強の殺し屋の……」


「知っているのか、俺のことを」


「知らないわけがない。裏社会に属している奴ならば一度は聞いたことがあるはずだからな……! 伝説とまで(うた)われている男……(カラス)……!」


 殺し屋業界には〈血みどろ三羽〉以外に頂点と呼ばれる有名な殺し屋がいる。

 誰も争う気すら起こさないほどの強さ。

 どんな相手でもすぐに殺してしまう仕事の速さ。

 間近で見ても正体不明の技。


 どこに住んでいるのか分からず、現れる時は必ず誰かが死ぬ不吉の象徴として、恐怖から付けられた殺し屋名。名前と性別しか判明していない正体不明でありながら最強と言われる殺し屋……それが鴉だ。


「よく分かったな、ヒントなんてないはずだが」


「俺と渡り合えるのが証拠だ。殺し屋業界に敵はいないと言ったが、訂正するとお前以外いないになるな」


「傲慢だな。それで正体を当てられたというのならバカには出来ないが、来世では直した方がいいぞ」


「ほざいてろ!」


 速人は走って距離を詰めてから刀で斬るというシンプルな戦闘方法を取る。

 何度も放つ斬撃は全て躱され、鴉が腕を伸ばした瞬間に腹部に重い衝撃が来て立ち止まる。

 痛みから腹部を押さえる速人に鴉からの追撃はない。


(攻撃してこない……?)


 隙があるにもかかわらず攻撃してこなかった鴉を速人は不審がる。

 ただ不審だと思い動かなかったら勝てないので、速人は好都合とばかりに手裏剣を二十枚一気に投げる。二十枚の手裏剣は軌道を少しずつずらしながら向かうが、鴉はそれを難なく踊るように躱していく。

 そしてなぜか鴉が躱している間にも速人に衝撃が襲ってきた。

 腹部、肩、顔面、足とどういう原理で攻撃されているのか速人は一向に分からない。


(この妙な技の原理さえ分かれば勝てる……次で見極めてやる!)


 速人は手持ちの手裏剣全て、合計八十枚もの数を取り出して高速回転をかけながら上に投げる。

 鴉へ向けて、まるで雨のように手裏剣が降り注ぐ。

 手裏剣の投擲は投げられた順番通りに躱せば避けられる。

 しかし量が膨大で上から降ってくるので順番通りに躱すのは難易度が高い。

 だからこそ、鴉が最初にとった行動は手裏剣を自身の力で数枚弾くことだった。


 鴉が上に向かって高速で軽く拳を出す動作をすると、拳の直線上にある数枚が空中で弾かれた。

 避けやすい隙間が生まれたことで鴉は手裏剣の雨を難なく躱していき、過程で速人に謎の衝撃が飛んでくる。そして最後の手裏剣を避けたその時、鴉の目が見開かれ、速人の口角が少し上がる。


「避けきると思っていたからこそ、最後の投擲はとっておきだ」

「炸裂弾……!」


 最後に降って来たのは手裏剣ではなく爆発寸前の炸裂弾。

 もちろん速人はこれで倒せると思っていないが、隙が生まれたり謎の衝撃の秘密が解明出来るのではという考えがあった。


 炸裂弾が爆発して爆風と煙が広がった瞬間、速人の右にある木が突然ゴンと音を立てて揺れる。

 幹に衝撃があったのか太い木は後ろに倒れていってしまう。

 倒木を見て、速人は今木に当たった攻撃こそ自分が喰らっていた攻撃だと悟る。


(軌道が逸れたのか……? まさか煙で狙えなかった?)


 煙が消えてくると鴉は二十メートルも炸裂弾の位置から離れていた。

 それを見て離れすぎなのではないかと思った速人だが、すぐに思考を切り替える。


(まだまだ不明な点は多いが、どうやらしっかり狙いを定めないといけない攻撃らしいな。視界のどこかに遠距離から衝撃を飛ばす、こんなところか。まだ具体的なことが分からない以上危険だが、手裏剣を使い切った以上遠距離からの攻撃は厳しいな)


 速人の攻撃方法は大きく分けて三つ。

 刀での斬撃。殴る蹴るなどの体術。手裏剣や炸裂弾での遠距離攻撃。

 炸裂弾の数は残っているといっても、爆発まで多少の時間が掛かるので扱いが難しい武器だ。安定して攻撃するにはやはり剣術か体術しかない。接近戦をメインで行おうと考えた速人は刀を構えて駆け出す。


 正体不明の攻撃を繰り出してくる鴉に警戒はしているが、そんなもの無意味だというように謎の衝撃が速人を襲う。


(うぐっ!? くっ、やはり攻撃方法が分からん。しかし威力は耐えられる程度、神谷神奈の一撃に比べればカスみたいなものだ!)


 自分の攻撃を喰らっても立ち止まらず接近してくる速人に鴉は驚愕する。

 初めて焦りを見せる鴉に対して、速人は雄叫びを上げて刀を振りかぶる。


「〈真・神速閃〉!」


 魔力が込められていないが全身全霊の一振り。

 腰を反らして紙一重で避けた鴉は体勢を立て直し、同時に拳をほんの少し突き出す。


 通り過ぎると同時に背中へ殴られた衝撃を感じた速人は振り返り、連続で〈真・神速閃〉を繰り出していく。

 連続だと躱すのが難しいと判断した鴉は咄嗟に距離を取ると同時、拳を先程同様に小さく突き出す。速人はまたも殴られるような衝撃に苦し気な声を漏らすが、痛くても動きだけは止めない。


 山の斜面を駆け上って鴉のいる場所の上にまで行った速人は一気に駆け下りる。

 斜面を下ることで本来の最高速よりも速く、速人は鴉に接近して殺気に満ちた刀を素早く振るう。

 横に移動して刀を躱した鴉は初めて速人に直接攻撃を仕掛け、下り坂の急な斜面の方に蹴り飛ばす。本来なら落下するが速人は幹の太さが掴める程度の木の幹を掴み、滑るように回転して元の平らな地面に着地する。


「〈真・神速閃〉」

「無駄だ」


 速人は着地してからすぐ鴉に刀を振るうが後方に跳ばれて躱されてしまう。


「そう、その位置だ」


 鴉には後ろからゴロゴロという音が聞こえた。

 彼が後ろを振り返ると、斜面の上から人間を轢き殺す勢いで丸太が落ちてきていた。

 速人が斜面を駆けていた時、彼からは見えない角度でいくつかの木を斬っていたのだ。


 危ないと判断した彼は跳び上がって躱し、それに続いて速人も跳び上がる。

 平らな地面が狭い以上真上に跳んで躱すしかない。

 速人は丸太を使うことで避ける先を絞らせたのだ。


 速人は薄く笑みを浮かべて刀を振るうと、それに彼が対応して殴打を放つ。

 一瞬拳の方が速いと悟った速人は攻撃を止めて、上体を横に反らすことで拳をギリギリ躱す。その時、躱した瞬間に速人は背後で何かが殴られる音を聞いた。そして音につられて後ろに目を向けると、拳の直線上にあった木が倒れていくのが見えた。


 余所見をすれば当然隙が生まれる。鴉は隙を見逃すような相手ではない。

 彼は右拳を引っ込めると同時、上体を捻って左拳を速人の脇腹に打ち込む。

 殴られたことで速人は地面に体を勢いよく打ちつけるが、転がって衝撃を逃がしてすぐに立ち上がる。

 笑みを零す速人はふわっと着地した敵を見据えて口を開く。


「クックック……! 分かってしまったぞ、お前の手品のタネが。お前は拳の衝撃を遠距離まで届かせることが出来るんだな?」


「分かったところで何が出来る」


「ようはお前の拳の直線上にいなければいいだけの話だ。お前達が使う妙な技は原理さえ分かれば攻略出来るんだよ」


 鴉は殴打を真っすぐに放ち、速人は最低限の動きで躱す。


「こんな風にな……そしてもう俺の勝ちだ。〈超・神速閃〉!」


 赤紫色の魔力を刀と両足に可視化出来る程に集め、速人は一気に駆け出す。

 鴉が何度か拳を放って衝撃を飛ばすのも難なく躱して背後に回る。


「終わっ――」


 淡く赤紫に光る刀で背中を斬ろうとした速人の動きが止まった。

 速人は驚愕で目を見開き、刀を地面に落としてしまう。


「まさか」


 目に映っているのは肘を後ろに向けて突き出した鴉だった。


「肘からも……出せる、とは……」


 想定外だった。最後まで言葉を発せずに速人は地面に倒れる。

 隼速人は鴉に完全敗北した。


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