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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
378/608

199 甘々――なんちゃらパフェ――

2024/05/19 文章一部修正










 笑里と獅子神の喧嘩の一幕を見て笑った桜木は、商店街端のスタート地点に戻ろうとする。


「さて一番目のカップルは無事崩壊。次は向かってきているやつらを揶揄ってやるか。パフェは俺も食べたいから交換券は諦めてもらうぜ。甘い物は好きでも甘いカップルは嫌いだ、全員別れさせてやるよ」


 桜木は両足に力を入れると跳んで、空中を蹴ると何か足場があったかのように上昇。そうして一定速度で続けて空高く上がった桜木は、高度を維持しつつ空中を走り始めた。

 下にいる子供などが「サンタだ!」などと叫んでいるのを聞くと、桜木も気分よく空中散歩する。しかしカップルを見た瞬間、瞳が急に薄汚く濁る。


「ケッ、バカップルが……ぶっ潰してやる」


 特別な事件があって恨んでいるわけではない。

 ただの嫉妬だということは本人も理解している。

 桜木は若く、特殊な能力を使えて、顔もそこそこ整っているが世の女性は誰も見ようとしてくれなかった。視界に入っているだけの他人、どうでもいい人程度にしか思われない。彼女どころか女友達すらいない、女性に知り合いもいない。


 自己評価が高かった分だけ現状に不満を抱いている。

 いつしか女性に希望を持つのを止めて憎しみを持ち、カップルを見るとその憎しみが何倍にも膨れ上がるようになった。つまり彼の行動全てが八つ当たりである。


「俺のこの力。〈不幸な(アンラッキー)贈り物(プレゼント)〉で!」


 走っているカップル達に手を翳すと、桜木の手のひらからプレゼントボックスが生み出されて落ちた。

 〈不幸な贈り物〉。プレゼントボックスを生み出すだけの力。中身は桜木本人にすら把握できず完全にランダム。しかし中身は全て貰っても嬉しくない物や、害を与える何かが入っている。


 地上の商店街を進んでいたカップル達へとプレゼントボックスが落下。

 集団トップにいる夢咲と霧雨の頭上にも落ちてきて、箱を手に取った霧雨は珍しいので開けようとする。


「うん? なんだこれは?」


「はっ!? 待って開けちゃダメええ!」


 夢咲は二秒前に自身への害を予知するという力が今でも自動で働いている。それが脳内に送った映像で顔を青ざめさせて叫ぶが遅い。霧雨が手を止めようと思う前に箱は開かれた。


 箱からは小さな生物が大量に飛び出てきた。

 ムカデや蛇、ゴキブリなどの嫌われている様々な生物。

 よっぽど虫に慣れていなければ怖がって当然だ。

 空腹で虫すら食べた経験がある夢咲も例外ではなく叫び声を上げる。


 霧雨に恐怖はないが嫌悪感で顔を歪ませていた。そしてプレゼントボックスを落とした何者かを捜すと、すぐに空を走る桜木の姿を見つける。


「夢咲、ブラックサンタがっ!?」


「ムカデは嫌ああああああ!」


「蛇やゴキブリは平気なのか!?」


 ブラックサンタを発見した霧雨だったが、虫を怖がって絶叫する夢咲が手を振り回したことで事故が起きる。霧雨達は風を放出する筒で移動していたのに、筒を持ったまま手を振っていたのでバランスが崩れて、進行方向がめちゃくちゃになってしまったのだ。

 進行方向が定まらない結果、霧雨達は服屋に突っ込んで気絶してしまう。


「ぷっ、ぷはっ、はははははは! 何だありゃ腹いてえ!」


 憎いカップルが悲惨な事故を起こして桜木は笑いを堪えきれない。

 誰かが不幸な目に遭うのを見て笑うのは最低だが、そんな常識など桜木の知ったことではない。もっと多くのカップルがこういう酷い目に遭えばいいとまで思っていた。


「さあ次のカップルにも――」

「カップルにも何だよ」

「え?」


 突如自分しかいないはずの空中で声が聞こえる。

 桜木が背後を振り向くと鋭い目をしている神奈と速人がいた。

 落ちてきた箱を不可解に思って上を見たのは霧雨だけではない。神奈達も上空を見て桜木を発見していたのだ。


「何で、どうやって……!」


「空くらい飛ぼうと思えば誰でも飛べんだよ」


 飛べないだろう、そう心の中で速人がツッコむ。

 速人は空を飛ぶ方法を知らないので現在魔力を一切使っていない。空中では神奈と肩を組み、腹筋と腕力で直立の体勢を維持している。少し辛いが片足を縛られている状態ではそうするしかない。


「くっ、〈不幸な(アンラッキー)贈り物(プレゼント)自動開封(オートオープン)〉!」


 桜木は咄嗟に生成したプレゼントボックスを神奈に向けて投げつける。


「んなもん効くか! 隼ガード!」


「おいっふざけっ!?」


 神奈は横に居る速人を掴んで前に持っていき盾として扱う。

 盾役が箱に触れる前に、箱は自動で開いて中身を飛び出させる。


「「……は?」」


 神奈と速人は目を丸くした。

 飛び出したものは破けたぬいぐるみの頭部、つまりビックリ箱のようなものだ。

 ランダムで箱の中身が決まるため、桜木にも攻撃出来る中身かどうかは分からない。


「くそっ、ハズレか! それならもう一度――」


「させるかバカ!」


 もう一度〈不幸な贈り物〉を出させる前に神奈は、持っていた速人の頭を桜木の頭にぶつける。

 普通なら両者とも同じダメージだが、戦闘力の差か速人の方がダメージは少ない。速人は軽く頭を押さえる程度で済んでいても、桜木は言葉にならない悲鳴を上げて苦しんでいる。


「ふざけるな! 次はお前の番だ!」


 痛がっていた速人は怒りのままに神奈の頭を掴んで桜木にぶつけた。


「いったああ!?」


 しかし神奈に逆襲した結果、速人は神奈に捕まる状態で空中にいたので落下しそうになる。


「ぐあああ!?」

「いやバカか! ゴム紐千切れるっての!」


 速人が落ちないのは片足同士を縛るゴム紐のおかげであり、神奈の足にぶら下がる奇妙な体勢になってしまう。


「よかったな私がズボン履いてて。スカートだったら今すぐゴム紐千切ってたよ」


「色気がないやつめ、それより早く俺を掴め! 本当に千切れるぞ!」


「分かってるっての」


 神奈は〈フライ〉という飛行魔法で空中を移動出来るので、まず逆さになってから速人を抱きしめて元の体勢に戻る。すぐに速人は肩を組んで元の安定する体勢になると、桜木の姿が見えないことに気付く。


「おい見ろ、敵がいないぞ」


「ああ本当だブラックサンタがいない! 先へ行かれたか!」


「いや神奈さん、ブラックサンタなら気絶して真下へ落ちましたよ。お二人の頭突きを喰らって生きているだけでも凄い生命力ですね」


「あ、ほんとだ」


 腕輪の言葉を聞いて神奈が下を見ると、桜木が商店街の道路ド真ん中に落ちて気絶していた。真下には人間がいなかったので被害はない。イベント中に邪魔が入らないよう店長が指示したおかげである。


 神奈達は桜木の傍に下りると、懐を漁ってパフェの交換券を手に入れる。ブラックサンタも敵であり戻るように飛んでいたことから、交換券を手に入れた後だと推測していたのだ。


「ふぅ、そういえばこいつ飛んでたっていうよりも浮かんでたよな? 〈フライ〉とは違う感じがしたし別の魔法か?」


「足に触れている空気を固めるだけの限定的な魔法〈不動の空気(フィックスドエアー)〉ですね」


「ふーん〈不動の空気〉」


 神奈は軽く跳び、落ちる瞬間に〈不動の空気〉を使用すると、まるでその場に足場があるかのように力強く踏んでまた跳ぶ。実験的な行為だったのですぐに下りた。試用した結果「〈フライ〉があるから別に要らないな」と呟く。

 空中二段跳びを速人は興味深そうに見て深い思考に入っていたが、突如ビクッと体を跳ねさせる。


「どうした?」


「……いや、なんでもない。戻るぞ」


「そうだな、これでパフェも手に入るし」


 神奈達はイベントスタート地点に戻り、見事に優勝した。

 優勝景品であるスペシャルハイパースーパーデラックスパフェを持つ店長が慎重に神奈へと近付く。


「これが景品の……なんちゃらパフェです! どうぞお受け取り下さい!」


「名前覚えるの諦めんなよ」


 店長から渡されたのは四十センチメートルはある器から零れそうなパフェ。

 スタート地点で待機していた兎化に神奈はパフェを見せ、笑顔で歩いて近付く。食べ終わった後は容器を返却しなければいけないので、店の前に移動した二人はパフェをじっくりと見る。苺やメロンなど様々な果物が盛られていて美味しそうだ。


 礼を言って喜ぶ兎化に神奈はパフェを手渡す。

 スプーンが二個あったので一個渡すと、もう一個は自分が持つ。


「一口貰っていいか?」


「え? 嫌です、どうせ一口とか言って結構な量取るんでしょ?」


「あれ意外に冷たい反応! それ私が手に入れたのに!」


 兎化はスプーンでクリームの上に乗っている果物を掬って口に運ぶ。

 爽やかな果物の味とクリームの甘味、香りが広がって満足そうにしている。


「うーんおいしい!」


「……なあ、やっぱり私にも」


「しょうがないですねえ。それじゃあ、お兄ちゃんのお嫁さんになってくれるなら一口上げます」


「やっぱいいわ」


 一口にしてはあまりにも大きすぎる代償に神奈は食べるのを諦める。

 そして「あれ?」とおかしなことに気が付く。

 一緒に参加した速人もこの場にいるはずなのに見当たらない。


「なあ……お前の兄貴、どこ行ったんだ?」


「あれれ? そういえばいないや。どうせお姉ちゃんと一緒にいるのが恥ずかしいから帰っちゃったんですよ」


「そうは思えないんだけど……そういやどうして弟は一緒じゃないんだ? お前双子だろ?」


 隼家には四人の子供がいた。長男は既に死亡しているので会えないが、下の三人に神奈は会ったことがある。次男である速人、そしてその妹と弟の双子だ。


「あーあの子は入院してるんですよ」


「入院? 何かあったのか?」


「本人は転んだって言ってたんですけど、あれ絶対嘘ですよ。だって殴られたような痣作ってましたし、誰か恨みある人に襲われちゃったんじゃないかってのが私の推測です。その人余程強かったんでしょうね、私達これでも隼家の一員ですから。たとえ格闘技のプロ選手でも殺せる程度の実力は持っているんです」


「……まさか」


 兎化の推測を聞いた神奈は嫌な予感が体中を駆け巡るのが分かった。

 考えすぎかもしれない、帰っただけかもしれない。強いといっても速人程ではないかもしれない。しかし考えれば考える程に悪い方へと考えてしまい、持っていたスプーンをパフェに突き刺して歩き出す。


「悪い、食べ終わったらパフェの容器は返しておいてくれ。私は急用を思い出した」


「え? お姉ちゃんどこ行くのってもう見えないや。せっかく一口くらい分けようかと思ったのに……」


 神奈は商店街から出ていき、速人の場所が分からないので闇雲に走る。

 先程まで晴れていた空は雲行きが怪しくなっていた。


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