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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
376/608

197 予選――店長の決意――

2024/05/19 文章一部修正









 商店街の一角で行われようとしている催し。

 豪華なクリスマス限定パフェを手に入れるため、集まったカップル同士が激突する、冬なのに熱いイベント。


 そのイベントゲームに神奈と速人はひっそり参加しようとしていたが、参加選手待機場所にいた笑里や、夢咲と霧雨に見つかったのでもういいやと諦める。ただし諦めたのは誰にもバレないようにすることで、ゲーム自体は確実に優勝する気でいる。


 ゲーム開始時刻となり、主催者であるデザート専門店の店長がマイクを持って話し出す。


「こんにちは! どうもこの度は、お集まり頂いたカップルの皆様ありがとうございます! 皆様にはこれより開催するゲームで競ってもらい、優勝した者があのスペシャルハイパースー……? デラ? パフェを食べられます!」


「いきなり主催者が名前忘れてるよ! これ名前作り替えたほうがいいんじゃない!?」


 店長は気にしないようにして司会進行を続ける。


「とにかくあのパフェを食べるために、皆様にはゲームをしてもらう予定だったんですが……想定よりも集まったために、急遽追加のゲームを考えることになりました。これよりそのゲームを(おこな)ってもらい、皆様には半分の十組まで減ってもらいます」


 最後の言葉で全員が真剣な瞳になる。

 現在の参加数はカップル二十組。それを半分の十組にまで減らそうというのだから、優勝のチャンスが急に半分になってしまうのだ。何としても残らなければと全員が気合いを入れていた。


「十組まで減らすゲームは、あれをご覧ください!」


 店長が「あれ」と言った物は巨大スクリーン。

 デザート専門店の壁近くに用意されたそれには、参加した二十組の名前と十個の【お題】という文字が表示されていた。トーナメント表も表示されており、一度でも勝ち上がれば本戦に出場できる。


「今日のために集まってくれたカップルの名前、対戦表。さらに十回行われる戦いのそれぞれのお題が表示されています。お題はまだ伏せていますが、戦いになった時に発表します。この予選は決して野蛮なものではないのでご安心ください。それでは一回戦、夢咲&霧雨カップル対、灰坂&江戸島カップルの対決です! 呼ばれたカップルはこちらに移動してください!」


 呼ばれた二組の男女は店長の前に出る。

 夢咲は恥ずかしそうにしているが霧雨は堂々としていた。

 茶髪の大人びた女性である灰坂は隣の初心な夢咲のことをクスクスと笑うが、それを知的に見える男性の江戸島が注意した。


 その間、店長が店員から白い箱を受け取り、全員に見えるよう高く持ち上げる。


「お題が書かれた紙が入っているボックスです。これを私が引いて、お題を決定いたします!」


 引きやすい位置に戻すと、店長がお題を決めるために紙を引く。

 店長の手に掴まれた紙が開かれると、そこには料理という二文字が書かれていた。


「一回戦のお題は料理です! といっても好きなものを作れというわけではなく、決められた料理を作ってもらいます。とりあえずオムライスが食べたいのでオムライスを作っていただきたい! 調理器具など料理に必要な物は全て店の物を貸し与えますので、頑張って作ってください! なお中の様子はスクリーンに映ります!」


「店長が食べたいだけなの!?」


「先攻は灰坂&江戸島カップル! 中にお入りください!」


 神奈のツッコミでも進行は止まらずどんどん進んでいく。

 店に入って十分後、灰坂一人が基本を守って料理してオムライスが完成する。

 平凡なオムライス。味は家庭で母親が出すような味そのもの。

 その平凡さが食べ慣れた味であるため店長からは好印象であった。


「美味しい! なんというかそう、学食の味かな?」


「ふふふ、とくと味わってくれ。俺達の愛情が詰まったオムライスを」


 お前何もしてなかっただろと誰もが言いたかったが、周囲が言う前に灰坂がボソッと呟いた。このカップルはそう長く続かないかもしれない、そう誰もが思った。


「では次、夢咲&霧雨カップル! 料理を開始してください!」


 夢咲と霧雨が店の中に入り、三分経ってから料理を運んでくる。

 たった三分で作られた料理はなぜか毒々しい紫のオーラを放ち、卵を使っていたはずなのに黄色い箇所がどこにもない。しかしスクリーンで中の映像を見ていた人間達はそれよりも気になることがある。


 三分でオムライスであるらしい物体を作れたのは、霧雨が取り出した電子レンジのような四角い機械のおかげだった。材料を全てその中に投入して待つこと三分、まるでインスタントのように料理が完成したのだ。

 運ばれて来た料理を前にした店長がその謎を直接問う。


「ちなみにこのオムライス? を作った機械は何なんですか? それにどこから取り出したんでしょう?」


「あれか、取り出した方法についてはこのズボンのポケットは四次元空間になっていてな……自由に物を収納できるんだ。そしてあれはオールインスタントクッキングマシン。火を使う料理方法も、冷凍するようなものも全ての料理がカップラーメンのように三分で作れる。作りたい料理を設定すれば材料を切るところから、調味料の振り分けまで全ての工程をやってくれる優れものだ。まあただ欠点があるとすれば……」


 霧雨が店長の前にある毒々しい紫の物体を見る。


「見た目が全て毒のようなものになるということくらいだな」


「それ一番嫌な欠点だろ! 本当にそれオムライスなんだろうな!?」


「神谷か。安心しろ、これは向こうが作ったオムライスと同じ材料を使っている。映像は見ていたんだろう? なら怪しいことはしていなかったと分かるはずだが?」


「怪しいことしかしてなかったよ! 店長止めておけ! そんなの食べたら腹壊すぞ!」


 腹を壊す程度ならまだいいが、命にかかわるくらいの見た目に見える料理を店長に食べさせられない。

 店長が倒れてしまえばイベントどころではなくなってしまう。神奈は食べないように忠告するが、店長兼主催者としての責任感があるので店長はスプーンを持つ。


「私は店長だ、これを食べる義務があるんだああああ!」

「店長ううううううううう!」


 店長は持ったスプーンで、霧雨曰くオムライスらしい料理を口に運ぶ。


「ううっ!?」


 店長が食べた瞬間呻き、周囲もやはり食べてはダメだったのではと思う。


「あ、美味しい」


 しかし店長はあっさりと回復してサラッと評価した。


「見た目に惑わされてはダメだなあ。なんというか、舌の上でとろけるような感じがすごいよ。喉とか胃もとろける感じがあるね」


「それ溶けてるんじゃないの!? やっぱ毒だったんじゃないの!?」


「毒なものか。見た目はともかく味は一級品だぞ」


「もっと見た目を重視してくれ!」


 味が好評だったことで霧雨と夢咲は得意げな表情をしている。

 全て食べきった店長が勝負の勝者を考え出す。


「夢咲&霧雨カップルの勝利です! 最高の料理でした!」


 周囲で見ていた人間達から歓声が出て、勝った夢咲と霧雨はハイタッチする。

 納得いかない表情をしていた神奈だが、勝負がついたというのなら文句は言わない。あれ料理じゃないだろなどと言えるはずがない。勝利の空気を壊さないために、神奈はつっこみを心の中に留めておいた。


「さあ続いて二回戦! 秋野&獅子神カップル対、万田&市川カップル! お題は……!」


 置かれている箱の中に店長が手を突っ込んで一枚の紙を取る。


「掃除だああ! というわけで二組にはそれぞれこれから汚れを落としてください!」


 店長が手で示したのは店内から持ってきた机だ。長年放置されていたのか埃が多く付いていて、所々に黒い染みがある。その誰が見ても汚い二個の机を掃除して、綺麗さを競うというのが勝負内容だ。


「それらは使われていない机です。傷が付いていて店内には置けないですが、こういう時には使えますね。それでは掃除スタートです!」


「掃除……あいつら大丈夫なのか?」


「フン、厄介な奴が消えてくれるんなら俺は大歓迎だがな」


 神奈の心配は正しい。

 笑里も獅子神も筋力に全てのポイントを振ったかのように脳筋。掃除と言われてもピンと来ていないのか、一向に始めようとしない。

 対するごく普通である万田&市川カップルは用意されていた掃除用具を手に取り、着実に掃除を進めていた。箒で机の埃を払い、水に濡らした雑巾で拭くという基本的な掃除方法だ。


「獅子神君、あんな風にやるみたいだよ」


「ああ!? チッ、面倒だな」


「勝てば神奈ちゃんと戦えるかもしれないから頑張って!」


 慣れているのか、笑里は神奈との戦闘をだしに使って獅子神をやる気にさせていた。

 笑里は隣のカップルの掃除方法を見て、それを見様見真似でやってみるが獅子神は面倒そうだ。小さな箒で埃を取って、濡らした雑巾で拭いていく。そして獅子神の我慢の限界がくる。


「チマチマ面倒だ! ようは片付ければいいんだろ! オラアアア!」


 獅子神は掃除道具を放り投げると、雑に拳を振り下ろして机を真っ二つに割る。


「ええええええ!?」


 予想外の行動を見ていた人間全員が驚愕した。


「おい秋野、この机を片付けるぞ」


「なるほど頭良いね獅子神君! せいやあ!」


 笑里が半分に割れた机を蹴り上げるとさらにバラバラになっていく机。

 獅子神も連続で拳を打ちつけて机を破壊していく。木製というのもあるが、二人の桁外れの力によって粉砕されていく。そして木屑となった机を笑里が箒で掃いてちりとりで取る。二人の前には何もなくなって綺麗になっていた。


「どうだ! 掃除してやったぜ!」


「綺麗になったね!」


「机ごと掃除してんだろうがああああ! 何してんの!? ねえ何してんの!?」


 誇らしげに笑う笑里と獅子神に神奈が思わず叫ぶ。

 隣で掃除していた万田&市川カップルも、店長も口をあんぐりと開けて動きが止まっていた。


「何って掃除だよ? 主婦が毎日やってる仕事だよね」


「全国の主婦は机ごと片付けないよ! そもそも掃除なのに木屑を作り出してるだろうが!」


「でも元から使ってなかったらしいし、大丈夫だよね店長!」


 少しして全員が常識外の現実を受け入れ始める。


「え、ああ、まあいいかな。この勝負は秋野&獅子神カップルの勝利です!」


「ちょっ、そんなのアリですか!? 反則でしょう!」


 認めるわけにはいかないと隣の万田が叫ぶが、対する店長の態度は冷たいものだった。


「はい負けたカップルはお帰り下さい」


「はっ、残念だったな。俺に勝とうなんざ一億年ははええぜ!」


「威張るな!」


 勝ち誇った表情をしていた獅子神に、神奈は相手側の気持ちを代弁するように叫ぶ。

 どれだけ叫んでも結果は覆らず、次へ次へと試合は進んでいく。料理、掃除の次は洗濯物の畳む速度対決。その次はセールスへの対応など主婦がやるようなことばかりだ。そして最後になる十試合目、とうとう神奈達の出番になる。


「さて隼、私は嫌な予感しかしないんだけど……家事出来る?」


「……出来ないな。そして俺も嫌な予感しかしない」


「これまでの流れから絶対に主婦の仕事が来る、もう疑いようがない。ヤバいな、これ本戦に出られずに負けるぞ」


「そうなれば妹が泣き叫ぶのが目に見えている。なんとしても勝ちたいところだが……」


 二人は店長から前に呼ばれたので相談しながら歩き出す。


「あらら? 神谷神奈と隼速人? 何、あなた達付き合ってるわけ?」


「意外ですね静香さん」


 そんな二人に話しかけた対戦相手は天寺(あまでら)静香(しずか)日戸(ひと)操真(そうま)だ。まさかの知り合いに天寺達は顔を歪ませるが、その歪ませた理由は知り合いだからではない。


「次にそんな勘違いをしてみろ。その口を一生開かなくしてやろうか?」

「次にそんなバカなことを言ってみろ。お前の首だけが空に飛ぶことになるぞ」


 神奈と速人は強烈な殺気を放ちながら底冷えするような低い声を出す。

 天寺は水色の髪を揺らして「ひっ!?」と小さな悲鳴を上げた。一歩下がろうとする彼女の肩に日戸が手を置いて落ち着ける。


「静香さん、冷静になってください。戦闘ならともかくここで行われるのはゲーム勝負。あの二人は家事など出来るようには見えません。僕達が負けることはありません」


「そ、そうよね? 大丈夫よね? ちなみに私も家事が出来ないから任せたわ」


「さっきから聞いてればお前も出来ないのかよ!」


 神奈達のやり取りを気にせず店長が箱から最後の紙を取り出す。

 綺麗に折りたたまれている紙を開けて、店の壁にあるスクリーンに表示させる。


「最後の勝負内容はリアルファイトです! ルールは降参した方が負けというシンプルなもの! これに勝った方が本戦出場となります!」


 発表された勝負方法に天寺と日戸の顔は青ざめていく。


「ちょっとおおお!? なんでいきなりそんなっ……もの、に……」


 天寺が文句を言うために大声を上げたが、ギギギという擬音が付くように顔をゆっくり神奈達に向ける。目に映るのは悪魔のような笑みを浮かべている神奈と速人だ。


「おいおいリアルファイトだってさあ……早くやろうかあ」


「クックック、どうした? そんな怯えるような目をして……」


 黒いオーラを纏うような幻覚を見た天寺の心には恐怖だけが刻まれる。

 勝てるはずがない、分かりきっている。立ち向かうのは愚かなことだと身をもって知っている。


「あ、ああ、あああ……!」


「「逃げるのかあ?」」


「ああああああああ!」


 異常な恐怖に襲われた天寺は日戸の肩を掴み瞬間移動で逃げ出した。

 いきなり消えた二人に驚く観客達だが、神奈と速人が店長に視線を送って先へ進めるように訴える。


「天寺&日戸カップル逃走により、神谷&隼カップルの勝利です! これで本戦に出場する十組のカップルが出揃いました! 五分後に開始するのでしばらくお待ちください!」


 出場が決まったカップル達は各々準備をする。……といってもイチャイチャしていただけだが。

 当然カップルではない者達は冷めた目で見ていた。観客の中、クリスマスでも一人でいる寂しい男女が嫉妬と憎悪の視線を向けている。


 そんな中、一人。黒いコートを着ており、両手をポケットの中に突っ込んでいる青年がいた。青年一人だけが嫉妬などではなく、悟られない程小さな殺意を内側に秘めて速人のことをジッと見ていた。









天寺「……と、トラウマが……あ、ちょっと漏れた」

日戸「そんな……せっかくオムツ生活から脱せたというのに」


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