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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
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196 聖誕祭――クリスマス――

2024/05/19 文章一部修正









 十二月二十五日。クリスマス。

 キリストの誕生を祝う日だが、広まっていく内に文化は変化していっている。

 男女が告白、プロポーズするにはちょうどいい日。プレゼントが貰える日。そんな風に考えている者が大半である。


 クリスマスということで浮かれる人間は多いし、嫉妬の感情をまき散らす者も多い。喜ぶ者もいれば妬む者もいる。悲しいことにクリスマスとは現在そういう日だ。


 少し前に降った大雪は既にほぼ溶けており、町には普段通りの活気、いやそれ以上の活気が出ていた。

 商店街の中心では飲食店のクリスマス限定イベントが開始されようとしている。

 大勢の人が集まる中、人だかりが気になってやって来た神奈は店のポスターを見る。


「何なんだこれ。えっと、クリスマス限定スイーツ。スペシャルハイパースーパーデラックスパフェ……名前すごいな。……ふーん。カップル限定でゲームに出場して勝った一組だけが食べられる、ね。美味しそうだけど私には関係ないかな」


 神奈はポスターに描かれているパフェの絵をじっくり眺めた。

 たっぷりの生クリームに苺やメロンなど様々なスイーツが盛られて、色々な甘みが口の中に広がるであろう食材がふんだんに使われている。量も多く満足させる自信があると書いてある。神奈は興味を持つが、ゲーム出場はカップル限定なので出られない。


「ねえ速人兄ちゃん、いいでしょ!? 私と出てよ!」


「ふざけるな、さっきスタッフにつまみ出されたのは誰だ。恥を晒しやがって」


 聞き覚えのある声が聞こえて神奈が目を向けると、(はやぶさ)速人(はやと)とその妹が歩いていた。

 会話から何があったのかを察して苦笑いしてしまう。

 やはり殺し屋だろうが何だろうが限定スイーツと聞けば食べたくなるのだ。


「あ! お久しぶりですお姉ちゃ……神谷さん!」


 速人の妹、(はやぶさ)兎化(うか)と関わったのはもう二年も前のこと。

 小学五年生の時に出た運動会で速人の家族は、神奈と速人が恋人同士と勘違いしていたので誤解を解く羽目になった。色々あって誤解は解けたので、速人の家族とはそれ以来会っていない。


 二年前は小学二年生だったらしいので現在彼女は小学四年生。

 まだ幼さは消えず可愛らしい年代だ。

 三年前まで神奈も同じ立場だったと思うと感慨深い。


「久し振り。もし言いづらいならお姉ちゃんでもいいよ」


「本当ですか!? じゃあお姉ちゃん、いきなりなんですけどお兄ちゃんと一緒にこのゲームに出場してもらえませんか!? 私どうしてもパフェが食べたくて!」


「それは嫌だ」


 神奈も、兎化の隣にいる速人も露骨に嫌な表情を浮かべる。


「なんでお前がここにいる」


「私がどこにいてもいいだろ」


「ほらあ、やっぱりお似合いですよ二人!」


「「どこがだ!」」


 息がピッタリあった叫びを二人が上げる。

 否定した二人は向き合い、互いの顔を睨む。


「だいたいお前何してんだよ、妹と散歩ってキャラに合わなすぎだろ」


「お前こそクリスマスに一人寂しく外出か。帰って孤独なパーティーでもしているんだな」


「ああ? お前こそ修行でもしてろよ。ほらここで腕立て伏せでもしてみろよ。家に帰ってもどうせ修行しかしてないんだろ?」


 二人は笑みを浮かべているが、額に青筋を立てて目は笑っていない。

 酷くなっていく言い争いは「お姉ちゃん、お兄ちゃん」という兎化の声で中断される。二人が振り向いてみれば兎化は瞳を潤ませており、あざとく上目遣いで二人を見ていた。


「わたひっ、どうひへもっ、ほのパフェが食べたいのっ!」


「パフェが食べたいって部分だけよく聞こえたな」


「泣き落しか、くだらん。我が妹なだけにガッカリだ。こんな程度で俺が折れると思うか?」


「そういうこと。カップル限定のゲームにこいつと出るなんて地獄みたいなこと、誰がするかって」


「こっちの台詞だ。お前と恋人に間違われるなどもう二度とごめんだ」


 泣き落しが無駄だと悟った兎化は最終手段に出る。

 突然地面に横になってゴロゴロと転がり出す。

 唐突な行動にまさかと思った二人の嫌な予感は的中してしまう。


「やだあ! 出て出て出て出て出てええ! カップル限定ゲームに出てくれるまでここで転がってやるううう! パフェが食べたい食べたい食べたいよおおおおお!」


 醜態も気にせず駄々を捏ねる兎化の姿に二人は絶句した。

 周囲の人々で立ち止まる者もおり、例外なく二人に冷めた目を向けてくる。ヒソヒソと噂話をするように小声で話す者達が多く、非情に居心地の悪い空間が出来上がる。


「ゲームに出て出て出て出て出てよおおお!」


「分かった出てやるからそれを止めろおおおお!」


「お、おい神谷神奈お前……」


「ありがとうお姉ちゃんお兄ちゃん!」


「……兎化、お前」


 結果、負けたのは神奈と速人の二人だった。

 カップル限定ゲームに出場するのは嫌だが、兎化にまたあの恐ろしい駄々を捏ねられては困る。神奈達はとりあえず知り合いに見つからなければいいかと考え、スイーツ店の傍の受付に向かう。


「あの、カップル限定ゲームに出場したいんですけど」


「分かりました。では本当にカップルであるかどうか、証拠を見せてください」


 店員であろう男の言葉に二人は硬直する。


「いや、証拠ってどういう?」


「今ここでキスしてください」


「なんで!? 出来ない初心なカップルだっているかもしれないでしょ!?」


「偽のカップルで出場しようという男女が多いのです。キスすら出来ないなら諦めてもらうしかりません」


 二人は向かい合ってどうするか相談する。

 受付など名前を書いて終わりだと思っていただけにショックが大きい。


「どうする? まさか本当にする気はないよな?」


「当たり前だろう。だがここでしなければ受付ができず、出場しなかったら妹がまた駄々を捏ねる。安心しろ、俺に考えがある。お前はジッとしていろ。動くんじゃないぞ」


 強く芯が通った目で訴えられた神奈は策があるならと動かないようにする。

 彼の策が成功するのを待つ間、自然な速度で彼の顔が近付いてきた。

 神奈は動けなかった。動体視力を凌駕する動きではなく、ちゃんと目で見ていたのに、彼の行動へのすんなりとした理解を脳が拒んだのである。驚くべきことに彼は堂々と、受付の男の目の前で神奈の頬に口づけをしてみせたのだ。


「ほら、これでいいだろう? お前は口同士でしろとは言っていない」


「……まあいいでしょう。これが参加バッジです。失くさないでくださいね」


 白い缶バッジを二個受け取ると速人は自分の胸辺りに一個、神奈の胸下辺りに一個取りつける。神奈は硬直して動かない。頬とはいえ彼からキスされた現実を理解したくない。


「ほら行くぞ」


 硬直中の神奈の腕を取り先導する速人は参加者集合場所へと移動する。

 商店街の一角にはゲームの出場者が既に十組以上おり、神奈達もそこで待機しておく。

 十分程経ち、ようやく神奈が固まった状態から回復した。


「お、おおおおおお前! な、なんてことするんだよ!」


 顔を羞恥で真っ赤に染めて神奈は叫ぶ。


「口にしなかっただけありがたく思え」


「頬でも嫌だよ! くそっ、隼菌がついたかもしれない……!」


「そんな菌があるか! 頬へのキスくらいで動揺するな!」


「するわ! 動揺しまくるわ!」


 身長が僅かに自分より高くなっている速人を神奈は睨む。

 神奈は前世で恋人がおらず、キスすら未経験であり、恋愛すらしたことがない。

 魔法を追い求めすぎた前世と違って今世は生活に余裕があり、恋愛にも興味を持ち始めたが当然初心(うぶ)すぎる。他人同士のキスは平気だが自分がされれば途端に狼狽える。海外では挨拶でする国もあるなど信じられない。


 そんな恋愛初心者な神奈は頬とはいえキスされて、羞恥でおかしくなりそうだった。

 男からされたせいで羞恥は倍になっている。今世の性別的には問題なくても、男の意識が一応残っているので同性愛者のように感じてしまう。因みに女相手でも同じなので、神奈にとっては誰から愛されても同性愛者扱いだ。


「お前も頬にキスしてみるか? それでおあいこだろう?」


「バカか! バカなんですか!? そんなことしたら私がどうにかなるわ! この場で爆発四散するぞ!?」


「なるほど……いいことを聞いたな。やってみろ」


「やるかバカが死ね!」


 神奈が速人の両頬をつねって痛みを与えていると、聞こえてはいけない声が聞こえた。


「――あれえ? 神奈ちゃんと速人君だ」


 背後から秋野笑里の声がした。見なくても聞けば分かる。


「え、ひ、人違いですわ」


 顔を向けず、慣れない言葉遣いで誤魔化すが無意味。

 笑里は神奈だと確信を持って話し掛けている。


「神奈ちゃん何してるの? お買い物?」


「ここにいたらゲーム参加者以外ありえないだろ! で、ですわ」


「さっきから何その口調。私もやろうかなあ、ですわって」


「やらなくていい! ていうか何でいるんだよ笑里! ここにいるってことは誰と一緒だ」


 誤魔化すのが無意味と悟った神奈は諦めて振り向く。

 問題なのは笑里がカップル限定ゲームの参加者待機場所にいること。神奈が知る限り彼女に恋人などいない。まさか隠れて誰かと付き合っているのかと思い、問い詰めるように訊く。


「誰かって、私はあの人と来たよ? 同じクラスの――」


 笑里が顔を向けた先には地面に寝そべっている少年がいた。

 毛量が多く獅子のような髪型をしており、溢れ出るのは強者の風格とオーラ。

 関わった回数はあまりないが彼の厄介さを神奈はよく憶えている。


獅子神(ししがみ)闘也(とうや)君です!」


「です、じゃねええよ! まさかお前あいつと付き合ってんの!?」


「付き合う? 恋人同士ってこと? 違うよ、私はただパフェが食べたいからここにいるだけだもん。男の人と一緒じゃなきゃ出られないっていうから、散歩してた闘也君を連れてきたの」


「迷惑すぎる! 本人納得してるのか!? なんか横になって不貞腐れてない!?」


 寝そべっている姿は不機嫌そうに見える。戦闘狂の獅子神がカップル限定ゲームに、しかもパフェのために付き合ってくれるとも思えない。


「あれは寝てるだけだよ。眠そうだったから」


「あ、そう……」


「それとあっちには和樹君と夜知留ちゃんもいるよ」


 神奈と速人はげっという嫌な顔をする。

 無邪気な笑里ならまだいい、しかし夢咲や霧雨は確実に揶揄ってくるのが分かっている。バレたくない一心で策を考えるが時はもう遅く、笑里が彼女達を呼んだせいで気付かれてしまった。


「神奈さんと隼君じゃない。二人ともここにいるってことは」


「付き合ってるのか? お前達が?」


 意外だと驚く夢咲と霧雨に神奈は慌てて両手を動かしながら、誤解を解こうと口を開く。


「違うんだって! ちょっと事情があるだけだから!」


「神谷神奈の言う通りだ。俺達が恋人になるなど馬鹿馬鹿しい、吐き気がするぜ」


「……それは言い過ぎだろ」


 それからしばらくして、ゲーム開始時刻となったので受付が終了する。

 商店街の一角に集まったのは偽者含むカップル二十組。

 今、若き男女がぶつかり合う催しが始まろうとしていた。








数分前。


笑里「限定パフェ食べたいなー。……誰か……お、あれは」

獅子神「強い奴と戦いてえなー。……誰か……お、あいつは。秋野だったかお前俺と――」

笑里「闘也君お願い私と一緒にクリスマスイベントに出場して!」

 有無を言わせない妙な威圧感を感じた獅子神は戸惑い、笑里はその隙に「ありがとう」と礼を言いながら出場の手続きをする。笑里は恥じらいながらも獅子神の唇にキスをして出場が認められた。

獅子神「……寝よ」


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