195 遊戯――遊びとはいえ全力で――
2024/05/03 文章一部修正
影野は笑里達の強さを見て口元を引きつらせており、神奈は当然と言わんばかりに腕を組んで頷いている。
魔力を込めて投げた雪玉は地面に着弾すると、地雷でも爆発したかのように雪が空中に巻き上げられた。
葵は有り得ないと思いつつ二投目を投げる。
雪玉は影野の方に向かうが、軌道上に神奈が腕輪を投げたことで雪玉が砕けた。
「秘技、腕輪投げ」
「大人しくしていればこの扱いは酷すぎません!?」
雪玉を破壊した衝撃で神奈の手元に戻ってきた腕輪が文句を言う。
「役に立ててよかったな。今日はもっと役に立たせてやるよ」
「止めてくださいよ!」
葵と坂下はもはや自分達に勝ち目がないと確信した。
宝生組にはどう足掻いても勝てない、そう自分達では勝てない。
勝てるとすればAクラスの人間しかいない。
葵達は坂下と神音に期待の視線を送る。
「やれやれ、もう少しゆっくりしていたかったんだけれどね」
「仕方がないさ。彼女達の強さは僕らが一番知っているんだから、こうなることは分かっていたよ」
小学校からの付き合いである斎藤や神音は実力を見誤らない。
神音から膨大な魔力が溢れ出すと、それだけで天候が変わって雪が止む。
黒い雲で覆われた空が不気味な光を放つのを見て神奈達に嫌な予感が駆け巡る。
「雪合戦、つまり雪ならいいんだろう? 〈隕雪〉」
紫色の光が雲から発されたと思えば、そこから真っ白な雪が落ちてくる。しかしその大きさは通常とは異なって直径百メートルはあり、次々と隕石のように降り注ぐ。
「もはや雪じゃないだろあれ! 腕輪!」
「いや無理ですよ! あんなのに当てられても破壊できませんって!」
「なら仕方ない。魔力弾で破壊するしかないか」
神奈は紫の魔力弾を複数生成して、空から降ってくる大雪玉目掛けて放つ。
真っ白な大雪玉は砕けた。それにより散らばった人間大の欠片が速度を増して降り注ぐ。
「……よ、余計にやばくなった」
「私に任せて!」
待てと言う前に笑里が跳び上がり、当たりそうな大雪玉の欠片を拳で粉砕する。
雪玉が粉々になったのは良いことだ。しかし雪合戦のルールは相手の投げた雪に触れてはいけないというもの。あの〈隕雪〉を投げたと表現していいのかは分からないが、一応相手の雪玉扱いなので殴った笑里は当然アウトである。
「笑里アウト。校門近くで待機しててくれ」
「ええどうして!?」
「阿呆か、雪玉を砕くために触れたら当たったことになるだろうが」
「ああそっかあ……残念」
納得した笑里だが表情には悔しさが表れていた。
まんまと敵の罠に嵌ってしまった笑里を見送り、神奈はその罠を張った神音を睨む。
「まさか笑里の弱点である頭をついてくるとはな」
「弱点を突くのは戦いの中では至極当然だよ。もちろん、次も宝生組が脱落してもらう」
「二人ともそれどういう意味!?」
神音が笑った時、斎藤が魔導書のページを開いて呪文を唱え始める。
究極魔法はマズいと神奈が考えても遅く、斎藤は究極魔法を容赦なく放つ。
「〈雷神の戦槌〉」
強力な電気で作られた戦槌が、激しい雷光を放ちながら霧雨のすぐ傍に落下する。
電撃の余波と衝撃で吹き飛ばされた霧雨は目を見開く。
「なるほど……狙いは俺ではなく機械だったか」
雪玉を射出する機械は跡形もなく消し飛び、苦労して作った機械が一瞬で消し飛ばされたことに霧雨は涙を流す。
「伸びろ、ニゲラの葉」
「何だ? ぐっ!?」
すぐに身を潜めるために移動しようとするが、霧雨の行く手を塞ぐようにニゲラの葉が伸びる。立ち止まった彼を倒す隙を神音が見逃すはずもなく、瞬時に背後に移動して雪玉を軽くぶつける。
「やった! これで二人目!」
「そうだね、俺達も二人目だ」
坂下は喜ぶが、すぐ近くに音もなく影野が歩み寄って雪玉を顔面に叩きつける。
「へぶっ!?」
雪玉をぶつけられた坂下は校門前に移動する。
一息吐いた影野は次の獲物を見つけるために周囲を見渡すと、正面に斎藤の姿を見つける。
「影野君、久し振りだね」
「そうだね、嬉しくない再会だ。あの時は負けたけど今日は負けられないな」
「あはは、君が相手なら惜しみなく究極魔法をぶつけられそうだよ」
二人は笑みを浮かべると、雪玉を手に持って突撃する。
その頃、神奈は神音と直接対決していた。
雪玉が光とほぼ変わらない速度で投げられるが、相手に到達しきる前に全て空気との摩擦熱で溶けてしまう。
「このままでは埒が明かないな。少し趣向を変えてみようか」
「……私も変えてみるかな」
神音が魔力を昂らせると大地が揺れて、雪玉が数十個神音の周囲を飛び回る。
数十個の雪玉が空中から射出されて神奈に迫るが、地面を蹴るという行為で返す。それだけで雪崩のように雪が動き、神音を圧し潰そうとするが魔力障壁で防御する。
斎藤と葵も防御したが、戦いの最中にそれは隙になってしまうので二人の顔面に雪玉がぶつかる。斎藤には影野が、葵には神奈がそれぞれ雪玉を投げたのだ。
神音の目前には、神奈がまた蹴り上げたことで白い壁が出来上がっていた。
しかしそれは無意味だと、障壁を張るまでもなく腕を横に払うと壁のような雪崩が空中で消し飛ぶ。
それを待っていたと言わんばかりに神奈は手にしていた物を投げる。
「ふっ、分かっていたのさ。雪崩が目くらましだということくらいね」
神音はこのタイミングで神奈が雪玉を投げると予測していた。
同じ雪玉で相殺しようと投げつけるが、神奈が投げたものはそれを意思があるかのように躱した。
「は……?」
滅茶苦茶な雪の使い方をしたのでフィールドでは、ドライアイスから出る白煙のようなものが充満している。投げられた物の影しか分からない。よって、神音は投げられた物が雪玉であると信じていた。
しかし目前に迫った何か、それは――腕輪だった。
腕輪を投げて当てても当然当たり判定にならないが、中にぎっしり雪が詰められていて雪玉と化していた。
「ぐっ!?」
「がっ!?」
神奈が投げた腕輪に詰まった雪玉と、神音が投げた剛速球の雪玉が互いに両者へと当たる。
「二人ともアウト!」
「あれ、じゃあこれ引き分けか?」
「そうなるのかな?」
雪合戦は引き分けと神奈達が納得しかけていた時、神奈の後頭部に雪玉が二個ぶつけられた。
「え、なに?」
「「ねえねえ神奈さん、なんで私達の事忘れてるのかな」」
「……あ」
雪玉をぶつけたのは夢咲と才華だ。
雪玉作成に専念していた二人は、神奈が起こした疑似雪崩に巻き込まれて埋もれていた。
「つまり、私達の勝ちだってことだな!」
「忘れてたくせに!」
「でもこれは真剣勝負。これはメイジ学院組の負けだね」
楽しい雪合戦は終わり、負けたメイジ学院組はかまくらを作る。
本来なら敗北したチームのみだったが、笑里が「作りたい」と言ったのを皮切りに全員が手伝い始める。最後に全員で作り上げた巨大かまくらの中に入ったが、特に面白いこともなかったので笑里が破壊した。
遊び尽くした一日、神奈達はそれぞれの家に帰るために歩き出す。
別れる前にまた遊ぼうと言うのを忘れないで。
「いや、神奈さーん! 私置いてけぼりなんですけどおおお!」
腕輪の声が崩れたかまくらの下から発されても、反応する人間はもう校庭からとっくに帰っている。
「忘れてるんですけどおおお!?」
悲鳴は三時間程続いた。
三時間後
腕輪「誰も来ない……おかしい」
六時間後
腕輪「……」
九時間後
腕輪「…………」
半日後
神奈「……あ」




