192 告白――隠してきたこと――
2024/04/21 文章一部修正
食べ放題の店〈牧場の庭〉。
本格的な握り寿司。しゃぶしゃぶ。鶏の唐揚げなどの揚げ物。各種採れたての新鮮な野菜のサラダバイキング。デザートも充実しており、それだけのものを食べられて料金は千五百円もかからない。
野菜は全て農家直送であり全て新鮮だし苦手な人でも食べられる。
そんな近所では有名な店に足を運んでいたのは神谷神奈と神野神音だ。
神奈はワクワクとしながらテーブル席に座って口を開く。
「それにしても悪いな、まさか本当にお前が奢ってくれるとは思わなかったよ」
「約束だからね。あの怪物、マージ・クロウリーを倒して帰って来たならば、食べ放題の店にでも連れていくって」
席に着いた神奈は案内されたテーブルに違和感を抱く。
椅子の数が六個あるのだ。明らかに二人で座るには多すぎるが、店員は神音と話をした後この席に案内した。しかしそんなことはどうでもいいかと思い、神奈は早速好きな飲食物を皿に乗せて席に戻る。
「あれ? お前食べないの?」
「食べるさ、人が揃ってからね」
「揃う? お前……誰を呼んだ?」
学院長を倒したお祝いならば共に戦った白部洋一だが、洋一との繋がりなど神音は知るはずもない。謎はあるが事前に知らせないことから既知の人物だと神奈は考える。さらに座席の数をもう一度見て神奈は答えに辿り着いた。
「あ、いたいた。久し振り神奈さん、沙羅さんも!」
「誘ってもらって悪いな泉、六人分なんて大出費だろう?」
「……ありがとう、泉さん」
席に近付いてきた人間を見て神奈は「やっぱりか」と呟く。
宝生小学校時代の文芸部部長。眠そうな目をしている少女、夢咲夜知留。
文芸部部員、機械好きの白衣を着ている少年、霧雨和樹。
同じく文芸部部員であり、メイジ学院の魔導祭では神音とペアを組んでいた少年、斎藤凪斗。
三人が頭を軽く下げてから、各々食べたい物をバイキング形式で取って席に座る。
「隼はいないけど文芸部のメンバーか……どういうつもりだ?」
神奈は席を神音の隣に移動して小声で話し掛ける。
「みんなで食事というのも偶には良いだろう」
答えてもらったが肝心の内容は誤魔化された気がした。
それから各々が握り寿司やしゃぶしゃぶなど、好きな食べ物を好きなだけ食べた。
神奈が付けている白黒の腕輪が、しゃぶしゃぶの出汁に出る灰汁だけを消滅させる魔法を教えたりもした。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、食べ放題の制限時間も残り僅かとなる。
「ぷはあ、食った食った」
「ちょっ、神奈さん、おっさんみたいよ?」
「ぶはぁ、食った食った」
「……霧雨君までおっさん化した」
中学生とは思えない態度と口調に夢咲は呆れる。
「泉さん。こうして僕達を集めたのは、ただ食事のためだけじゃないんだろう?」
全員腹が膨れて満足するまで食べ続けた後、斎藤が切り出した言葉に神音は頷く。
話があることは分かっていたので全員真剣な表情に変わっていた。
「分かっていたのならばもう口調も戻そう」
「おいっ、まさか……!」
神音が泉沙羅の真似を止めた。
神奈は嫌な予感が的中したとばかりに焦った声を出す。
「簡潔に言おう。私は君達の知っている泉沙羅ではない……泉沙羅は卒業式の日に……私が殺した」
衝撃の告白に誰もが絶句していた。
斎藤も、夢咲も、霧雨も、神奈も驚いて何も言えなかったのだ。
もっとも事情を知らなかった三人と神奈では驚きの理由が違う。
一年前、秘密を隠し続けるべきだと神奈は言った。
それを今、このタイミングで告げる意味が分からない。
「私の名前は神野神音。紛れもなく泉沙羅として生を受けたけれど、真の名前はそちらだ。君達が接していたのは私が作り上げた仮の人格……それはもう私が消滅させた」
二度同じような言葉を聞けば多少動揺は収まる。ここからどうなってしまうのか、神奈はひやひやしながら事情を知ってしまった三人の顔色を伺う。
「……あの日から? じゃあずっと騙していたのか!? 今までずっと……? 何でその時に話してくれなかったんだ……どうして今更話すんだよ!」
斎藤が身体を震わせて珍しく声を荒げる。
どうせなら隠し続けてほしかったという気持ちがひしひしと周囲に伝わった。
「ずっと、メイジ学院に行ってからずっと……! 君を泉さんだと疑う日なんてなかった、これじゃあ僕がバカみたいじゃないか!」
「あ、あのな斎藤君……」
神奈が怒鳴る斎藤を宥めようと声を出すと怒りの矛先が変わってしまう。
「神谷さん、さっきの反応から君は知っていたんだよね? どうして言ってくれなかったんだ!? 友達がいなくなったって重大な事実をどうして隠していたんだ!?」
只事ではない何かが起きているだろう客に、店員は大声を出すなと注意する勇気もない。遠くの席では猫耳のメイド服を着た少女や、緑髪の少年が様子を伺っていた。周囲の他の客も箸の動きを止めて神奈達を凝視していた。
「……もし話したらこの関係に亀裂が入る。絶対に神音を恨む、実際私も許しているわけじゃない。みんなには憎しみとか恨みとか抱いてほしくなかったんだよ」
思わず視線を逸らした神奈は小さな声で理由を口にする。
「恨んで当たり前だよ! この人は僕達の絆を踏みにじったんだ、許せるはずがない……!」
「自覚はしているし、許してほしいとも思っていないよ。ただ、これは私の自己満足だ。いつまでも隠し通せるほど君達の絆が浅くないと感じたからこそ、隠すのが良くないと分かっているからこそ私は話す決意をした」
深い絆だから話しても大丈夫だと神音が思ったわけではない。
関係に亀裂が入り、全員バラバラになってしまう可能性もある。
「目障りだと言うなら君達の前から去ろう。文芸部の絆は壊したくない。泉の人格があればきっと君達の心を守るのを優先するだろうから」
神音は文芸部の輪に入れなくても、神奈達が仲良く過ごせれば良いと思っていた。
出来ることなら自分もその輪に入りたいと思っている。
許されないことをした自覚があるのに期待してしまっている。
それでも、自分が共にいて壊れてしまうなら関わりを絶とうと決心した。
「夢咲さん、霧雨君、二人はどう思っているのさ。さっきからずっと黙っているけど……やっぱり、許せないよね?」
斎藤は自分と同じく知らなかったであろう夢咲と霧雨に声を掛ける。
「なんとなく、分かっていたわ。あなたが沙羅さんじゃないかもって……」
「俺も確信はなかったがそう思っていた。僅かに雰囲気が違ったんだよ」
「え……? そんなこと、一言も」
全く気付いていなかったのが自分だけだと分かり斎藤は動揺する。
「まあ言っておくけれど許す許さないという話なら、もちろん許すわけにはいかないわ。人格を作ったのがあなたなのだとしても、それを消すのはいけないことだと思う。人格って命みたいなものでしょ。要らなくなったら捨てるなんて命の冒涜だわ」
「夢咲の言う通りだな。俺も概ね同意見だから言うことはない」
許さない。その言葉が棘のように神音の胸にチクッと刺さる。
「でもね、。私はあなたを許さないけど、これからも付き合ってみたい」
「ど、どうして!? この人はもう泉さんじゃないんだよ!?」
「泉さんじゃないのは分かってる。それでも、一生付き合わないなんてのはおかしいじゃない。またゼロから仲良くなればいいのよ……最初は誰とだって友達でもなんでもないんだから」
続いた夢咲の言葉に神音はハッと息を呑む。
「まだ、私と一緒にいてくれるというのかい?」
「当前よ。お別れなんて悲しいし、隠し事なら誰だってするしね。それにね、知ってるの……沙羅さんは以前からあなたのことを話していたから。明確にあなたのことを話していたわけじゃないけど、仲良くなりたいと言っていた相手は今ならあなただと断言できる。あれから友達になれたのかは知らないけれど、私達とも友達になってくれる?」
「ふふっ、想像以上に面白い人間だ。是非、と言っておこうかな」
夢咲が手を差し伸べると、神音がそれを取って握手する。
固く握られた手はこれから結ばれる絆を示すかのようだった。
「斎藤君も、この人を許さなくていい。それでも歩み寄ることは止めないでほしいの」
「そうだよ、確かに泉さんの真似をしていたのは事実だ。でもさ、メイジ学院での生活で色々知っただろ? 根は良い奴だと思うぞ?」
真似をしていたとしても、これまで共に過ごした事実は変わらない。
メイジ学院に誘ってくれたこと。一緒に授業を受けたこと。魔導祭に向けて特訓したこと。全て泉とではなく、神音と斎藤が過ごしてきた時間なのだ。今までの時間を思い出した斎藤は歯を食いしばり、次第に力を抜いて項垂れる。
「……分かったよ。悪い人じゃないのも、悪気がないことも分かってる。泉さんのフリまでして僕達の絆を守ろうとしてくれたんだから。泉さんのことは忘れないけど、それでも……少しずつ、仲良くなろうと努力してみる」
顔を上げた斎藤は自分から手を出して、神音もそれに応えて手を握る。
「改めて、今日からよろしく」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
二人はぎこちない笑みを浮かべながら握手を交わした。
神谷神奈
総合戦闘能力値 約500000
神野神音
総合戦闘能力値 約530000




