191 戦慄――恐るべき成長――
2024/04/21 文章一部修正
大量の土砂を高速回転で吹き飛ばした神人は土砂から脱出。
疲労と高揚で息を乱す神人はレイに殴りかかるが逆に殴り飛ばされる。
二連戦で疲れ切っていた神人は地面を転がり、うつ伏せになって気絶した。
震えながらも立ち上がろうとしているディストにレイは近寄っていく。
グラヴィーが神人とどこかへ向かったのを見て、ディストがそれを追って数分。二人の実力ならば並の相手など倒すのに一分もかからない。不良の処理など数秒で終わるのに帰りが遅いと考えたレイは、店を一時的に閉めて走って来て今に至る。
中途半端な実力を持つ面倒な相手をグラヴィーが相手する時、周囲に迷惑が掛からないよう自分達の宇宙船がある山の麓で戦うと知っていた。ただ、グラヴィーだけでなくディストまで倒したとなるともう中途半端とは言えない。
神人の実力は侮れないものだ。レイもすぐに把握したが、倒された二人とレイの間には覆せない程の実力差があるのも事実。一発殴って気絶した神人は、レイにとっては侮れない程度の認識に終わる。
「ディスト、酷くやられたね。立てるかい?」
「まだ、だ……その男、は……」
「いや、倒れて動かないし気絶していると思うよ? 少し力を入れすぎたみたいだし、しばらく起き上がれないよ」
「危険……なんだ……危なっ――」
震えながらも立ち上がったディストが忠告する。
忠告途中で驚愕して目を見開き、残った魔力で急ぎレイを空間ごと移動させた。
「ディスト!?」
その行動の意味は戦闘の続きを意味していた。
神人が俯きながらも立ち上がり、レイの背後に移動して拳を振り上げていたのだ。それに気付いたディストは拳からレイを庇うため、〈空間操作〉でレイを自身の背後に移動させた。
拳は容赦なくディストの脳天に振り下ろされ、意識が完全に途絶えて地に伏す。
「君……まだ、動けたんだね」
この瞬間、レイは神人のことを侮れない敵から全力で戦うべき相手に判断し直す。
攻撃後の神人の体は力があまり入っておらず、口はだらしなく半開きになっている。先程までの様子とは明らかに違うのでレイは冷静に観察する。
「いや、まさか……気絶したまま?」
気絶しても闘争本能だけで立ち上がり攻撃する者は確かに存在する。
トルバの人間でもここまで戦いに執着している者は少ない。
目に光は入っておらず瞬きも碌にされていない。体も万全に戦える状態ではなく、ボロボロな上にフラフラだ。しかし考えて動いているわけではないので、神人が攻撃を止めることはない。
厄介なことになったとレイは心の中で呟く。
大抵の相手は気絶させて戦闘を終わらせられるが、最初から気絶状態の相手には通用しない。闘争本能が強い相手は息の根を止めない限り戦闘が終わらないのだ。
殺すと決めれば躊躇いはないが決めるまでの葛藤が長い。
ふらついている状態で繰り出される攻撃は大した威力など出ない。
レイは一応避けているが、当たってもダメージなどほぼないだろう。
回避と同時に反撃してはいるが手加減した攻撃では倒せない。
「目を覚ませ! こんな戦いに意味なんてないだろう!?」
呼びかけてみるが反応は返ってこない。
しかしその叫びは沈んでいる意識に、ほんの僅かにだが届いた。
暗闇の精神世界で神人は前世で誓った想いを思い出していた。
(あの魔法好きだった男子、上谷。俺を殴ったのは許せないが、それよりも許せないのはあいつを唆したゴミだ。俺はそんな奴を消すために、この世界全体の人間の思考を一つの感情で統一するために動いた)
政治家でもなければ教師でもない。
ただの子供に出来ることなどたかが知れている。
仮に総理大臣になれたとしても虐めを消すことは出来ないだろう。
出来ないから、やり方を変えるしかない。
神人は一番手っ取り早く差別をなくせる感情を思い付いていた。
(それは恐怖だ。圧倒的な暴力への恐怖。どんな生物も恐怖する敵には近付かず、嫌いな相手とでも一致団結して逃げるだろう。それしかないんだ、俺に出来ることはそれしかない。恐怖で支配することでしかあの下らない奴らの、弱者を見下す考えを消すことが出来ない。だから強くなる、だから戦う、だから……俺は負けられない……!)
――神人の目がパチッと開いた。
「ああ? くそっ……いってえなあ……だが痛みのおかげで目が覚める」
攻撃が止まり言葉を発したことで、レイは神人が意識を取り戻したのだと理解する。
ようやく意味のない戦いを終わらせられると思ったのは言葉が続く前までだった。
「さて、続きだ。喫茶店の店員はこれで最後、なら次が来る心配はない。全身全霊で相手出来るってもんだ」
「止める気はないのかい?」
「止める? なぜだ? 俺が恐怖の支配者となるための踏み台がそこにあるんだぜ? 止めたらもう踏めないかもしれねえんだ。だったらやるに決まってんだろ」
神人は獰猛な笑みを見せて戦闘継続を告げる。
腰から上を前面に傾け、両膝を直角に曲げ、両手を滑らかに動かして牽制する。
「これ以上の言葉は無駄みたいだね。なら君を倒して強制終了させよう!」
倒さなければ終わらないと理解したレイは拳を突き出す。
神人は殴打に反応したが速すぎて防ぐことも躱すことも出来ない。直撃を喰らい吹き飛ばされた神人だが、直角に曲げた両脚で踏ん張って足を地面から離さなかった。
一撃に耐えたことで今度は自分の番だと言わんばかりに拳を引く。
瞬間、神人が攻撃に移る前にレイが距離を詰める。
息をする間もなく二撃目が飛び、神人はそれが僅かに見えたので上半身を反らして躱す。
「〈流星脚〉」
神人は反らした身体を元の体勢へ戻そうとするが、その前にレイが流星の如き速さで背後に回り込み、右足を払うように蹴りを放つ。目で追うことすら出来なかった神人は直撃を受け、体重を支える足の片方が地面から離れたためバランスを崩す。
畳みかけるようにレイが縦に一回転して、背中から倒れようとしている神人の胸に蹴りを入れようとする。蹴りが決まる前に神人は上半身を捻りつつ蹴りが来る場所に手を入れる。蹴りを手が受け止めたと思えば受け流して高速回転し、四足獣のような体勢で着地する。
体勢を立て直す暇を与えないと言わんばかりに、レイの真っすぐな蹴りが向かう。先程反応出来なかったそれに対し、神人は動きがよく見えたので腕をクロスさせて防御した。
防御体勢のまま神人は地面に足を引きずりながら後ろに下がっていく。
(一撃目は反応すら出来なかったが、二撃目は躱し、今の蹴りは完全に防御された。成長が早すぎる)
神人の成長の早さに驚愕しつつ、長期戦はマズいと判断したレイは全力を出す。
「〈流星拳〉」
レイの拳が赤紫色の光を帯びると、秒速四十キロメートルにも及ぶ流星の如き拳が放たれた。
「がはっ!?」
さっきまでの反応出来る攻撃とは段違いの速度。
あまりの速度に神人は反応出来ず殴り飛ばされる。
(速度を増大させる技!? さっき背後に一瞬で回られたのもこれか! つうかやべえな、速すぎて見えねえ。鼻の骨折れてんだろこれ)
顔面に直撃を喰らった神人は焼けるような痛みを味わう。痛む箇所が複数なことから、鼻だけでなくどこか別の骨にも異常が出ていると予想する。
地面を転がってから立ち上がった神人の鼻からは赤い血が流れ出ていた。
「〈流星脚〉、〈流星乱打〉」
またもや流星の如き速度で接近したレイの拳が迫る。
至近距離から流星群のような攻撃を浴びて、神人の骨はバキバキと折れていく。
しかし最後の一撃だけは紙一重で躱してみせる。
「なっ!? 〈流星乱脚〉!」
紙一重とはいえ躱せる体力も強さも持っていないはずだった。
躱されたことでレイはほんの一瞬動揺して、攻撃を連続蹴りに切り替える。速度は拳と変わらないが、蹴りの威力は拳よりも強いので直撃すれば神人の命は消えるかもしれない。
「なに……が」
レイはありえないものを見たかのように目を見開く。
今度は紙一重ではなく、全てを完全に躱された。
不思議なことに当たらずともバキバキと骨が折れるような音が鳴っている。
そんなことを気にする余裕もなくレイは動揺したまま蹴り続ける。
「……わりぃな。もう慣れちまったわ、テメエの速度はよお!」
「バカなっ、こんなすぐに慣れるわけがない!」
「慣れたもんは慣れた。もうテメエの踏み台としての役目も終わりだ。お望み通り決着をつけてやるよ」
あまりの成長の早さに戦慄するレイの蹴りを躱しながら、神人は距離を詰めて顔面に蹴りを入れる。レイは躱そうとしたのだが間に合わずに蹴り飛ばされる。
地面をズザザザッと転がったレイは仰向けで大の字になって倒れてしまう。
倒れたレイの意識は完全に失われた。
最終的な結果を見れば、勝負は格下だったはずの神人の勝利に終わった。
「ただの雑魚じゃなかった。テメエはメタルキングだった、いい経験値になったぜ。なんだか体の調子もいいし、さっきまでボロボロだったのなんて嘘みてえだ」
倒れたレイの横を通って、神人は町中へと戻っていく。
鼻からはもう出血が止まり、全身の打撲痕も綺麗さっぱり消えている。
「しかしなんだこの音は……鬱陶しいな」
――バキッ、バキッ。
何かが折れるような音が絶えず神人の耳には聞こえていた。
――バキッ!
最後に一際大きい音が鳴るとその音は鳴り止む。
「おお、鳴り終わった。耳鳴りだったのか?」
満足そうに歩く神人の体には所々に亀裂が入っている。
柔らかい人間の肌は硬質になり、割れた部分からは血が出ていない。亀裂の中は暗くて何も見えない。瞳は黒から薄い金色に染まっていた。
連戦で成長速度に肉体が追い付かなくなりかけたものの、耐えられる肉体に向けて成長したのだ。レイの攻撃を全て躱せたのは肉体が変質したおかげで、身体能力がさらに高くなったからである。
――神神楽神人は人間を辞め始めていた。
神神楽神人
総合戦闘能力値 135000




