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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十一章 神谷神奈と強さの果て
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189 卓球――死んでたまるかよ――

2024/04/14 文章一部修正








 露天風呂を堪能した神奈達は温泉から上がった。

 雲の模様がいくつもある浴衣を赤い帯で締めて、自動販売機で買った珈琲牛乳を飲む。自動販売機には珈琲牛乳しか売っておらず、神奈はそれに「こういうのもアリか」と呟いた。


「ふぅ、ん? これって卓球台か?」


 甘く濃厚な珈琲牛乳を飲み終わった神奈はすぐ傍にあった卓球台に気付く。


「あらほんと。やるの?」


「まあ入浴後の運動をしてもいいかな」


「何その食後の運動みたいなの」


 温まったから肌が僅かに赤く染まっている神奈は卓球をすることに決める。

 温泉といえば卓球。そんな謎理論を振りかざす笑里も参加を決めてラケットを持つ。


「あれ、才華はやらないのか?」


 近くにある椅子に座った才華に神奈は問いかける。


「だって私までやったら人数が中途半端でしょう? 二対一になってしまうわ」


「いいよ私一人で。むしろ才華がいた方がハンデになるからいらないし」


「……神奈さんまさかまだ胸の話題にしたことを怒っているの? いいわよ、私と笑里さんでぶっ飛ばしてあげるわ。さあ笑里さん……笑里さん?」


 黙っている笑里をどうしたのかと心配して才華が振り向くと、その場に笑里はいなかった。

 どこに行ったのかと二人が周囲を見渡すが彼女の姿はない。

 突然いなくなったことに思い当たる節がある才華は顔色を赤から青に変える。


「もしかして、神隠し……?」


「そんなわけないだろ、おおかたどこかで油売ってるだけだって」


「いえ、可能性はあるわ。この旅館、最近従業員が行方不明になったらしいわ。いきなりどこかへ消えてしまったかのように……」


「いやいやそんなわけないだろ、きっとどこかで油売ってるんだって。植物油とか、ラー油辺りを」


「分かりやすく現実逃避しないでくださいよ神奈さん」


 神隠しが怖いと感じた神奈は適当なことを言っていたが、それにつっこんだのは腕輪である。


「笑里さんなら普通にそこの角を曲がっていきましたよ」


 意外にも腕輪が去っていく笑里を目撃していたことで神奈は目を丸くする。


「本当か? ならあっちに――」


「神奈ちゃーん! 連れて来たよおお!」


「――普通に戻って来たよおい」


 神奈と才華が曲がり角を曲がると、有り余る元気を発揮している笑里が走ってきた。その走る彼女の後方には、逃げられないよう手を掴まれて一緒に走らされている少年もいる。


 神奈達と同じく雲柄の浴衣を着ている少年は――神神楽(かみかぐら)神人(しんと)


 グラヴィーに投げ飛ばされた神人は旅館が建っている山で遭難していた。

 見渡す限り木と崖しかないので場所を把握するのに時間がかかり、ようやく見つけた川を辿っていくと温泉旅館があったのである。


 三日遭難していた神人は既に一日泊まり、豪勢な食事を胃に収めて体を清潔にしてぐっすりと眠った。もう一泊してから帰ろうと思い、今日も温泉で体を休ませた後、運悪く笑里に捕まってしまったのだ。

 そして今、常人並みの速度で静かに走る笑里に連れられて神奈の前に到着する。


「いきなりいなくなったと思えば後ろの誰だよ。迷惑掛けちゃダメだろ」


「卓球はダブルスの方が楽しいもん! だからそこら辺にいた人を連れてきたの!」


「その人すごいとばっちりじゃね!? せめて知り合い連れて来いよ、ダメイドとか!」


 非常識すぎる笑里の行動に神奈がつっこみ、才華は連れて来られた神人に頭を下げる。


「どうもすいません……あの子、ちょっと常識がなくて」


「ああ本当にな。……だがいいぜ、丁度退屈していたところだ。卓球には付き合ってやるよ」


 喫茶店の店員にいきなり喧嘩を吹っ掛ける男には笑里も言われたくないだろう。

 因みに、乗り気な神人には才華の「止めた方がいいと思うけど」という呟きが聞こえていなかった。


 少し前に話していた通り笑里と才華のペアになり、余った神奈と神人のペアで卓球を始めようとする。

 始まる前からこれからどうなるか予測出来て才華はやる気が出ない。


「それじゃあいっくよお!」


 笑里のサーブから始まり、振られた超高速のラケットでピンポン玉が打たれる。

 ピンポン玉は彼女のコートと神奈達のコートに一回ずつバウンドしてから、神人の頬を掠めて飛んでいく。ピンポン玉が掠った頬には切り傷が生まれて血がぷしゅっと出る。飛んでいったピンポン玉は壁に亀裂を作ってめり込んだ。


(は、速い、なんだあの速さは!? この俺が目で追うことすら出来ないだと!?)


 一人で戦慄している神人の肩に、神奈はポンと手を置く。


「ドンマイ、気持ちは分かる。次はなるべく邪魔にならないように引っ込んでてくれ」


「ぐっ、わ、分かったよ……」


 強さを求め続けてきた神人は屈辱を味わっていた。

 たかが卓球とはいえ、打たれたピンポン玉を視認すら出来なかったことが、玉を打ったのがバカそうな女だったのも屈辱。悔しい気持ちがあるので黙って引き下がるつもりはない。ある程度様子を見れば目が慣れるかもしれないと思い、集中力を高める。


「さて、それじゃ次は私からだな」


 ダブルスでのサーブは順番に回っていく。

 今回の順番は笑里、神奈、才華、神人の順だ。

 下がれと言われた神人や、邪魔になると思っている才華は一歩後ろに下がっている。


「そらっ!」


 神奈から打たれた超高速サーブは、手加減していても銃弾よりも速く笑里へと到達する。


「ていっ!」


 それを笑里は何てことのないように返し、返されたそれを神奈がまた返す。

 ラリーの状態が続いていく中、打たれるピンポン玉の速度は上昇していく。

 ピンポン玉や卓球台が破壊されないのは、神奈が念のために魔力を纏わせておいたからだ。もし纏わせてなかったら最初の一撃で玉が破裂する。運良く破裂しなかったとしても卓球台を貫いてゲームオーバーになる。


「そららららららあ!」

「あたたったたたあ!」


 全く目で追いきれない速度の玉を平然と返す二人に才華は苦笑い状態だ。

 神人も二人の化け物さ加減を見て僅かに引きつった笑みを浮かべる。


(な、何なんだこの女共は……! 俺ですら今ピンポン玉がどこにあるのか分からないし、動きも全く見えない! だが僅かに、ほんの僅かだが、オレンジ髪のバカ女の動きがブレる程度には見えてきたぞ!)


「そうらあああ!」


 神奈のスマッシュを笑里は捉えきれずお互い同点になる。

 当然ピンポン玉は壁を破壊すると同時に破裂して使えなくなるので新調する。

 次のサーブは才華だが、超人になれない彼女のサーブは平凡なものだった。

 平凡なサーブは神人のもとに向かうので彼がラケットを構えると、その前に神奈のラケットが滑り込んで笑里に打ち返す。


 今のは交ざれない神人に対して才華なりの気遣いだったのだが、神奈と笑里には関係ないので再び超高速ラリーが開始される。しかし続けていく内に笑里の手元が狂い、秒速四十キロメートル弱のピンポン玉が神人の腹に向かってしまう。


 前世でトラックに轢かれた時のように、神人は全ての動きがスローになっていくのを感じた。

 このままいけば死ぬ。

 打ち返そうにも力が足りなくて死ぬ。

 逃げるのも間に合わない。


(ふざけてんじゃねえぞ……! たかが卓球ごときで死ねるかよおおお!)


 加速される思考で叫びを上げて神人はラケットを動かす。


「舐めんなああああああ!」


 奇跡が起きた。

 死を感じたことで火事場の馬鹿力を発揮。一時的に向上した身体能力で、迫るピンポン玉にラケットが間に合ったのだ。しかし間に合っても返せない。なぜならそんな超高速のピンポン玉を、ただのラケットで打ち返せるわけがないからだ。


 ラケットはピンポン玉に触れた瞬間バラバラに弾け飛び絶体絶命。


 ――だが精神力が身体能力を一時的にさらに高める。


 ラケットは壊れたが神人にはまだ自分の手がある。

 両手でピンポン玉を受け止めると、凄まじい力によって後ろに下がって壁に激突する。


「うらあああああああ!?」


 奇跡は二度起きた。

 人生にそう何度も起こらない奇跡だが、神人はそれを短時間で二度も起こしてみせた。摩擦によって煙を上げる両手の中には、黒く焦げたピンポン玉が収まっていたのである。


「へっ、やったぜ……! 俺の、勝ちだ……!」


「いやルール的に負けだよ」


「いえーい! 勝ったあ!」


 卓球とは何なのか、そんな疑問を才華は一人抱く。

 備品をいくつも破壊するわけにはいかないと、才華の提案で殺人卓球は終了する。

 後日、壊れた壁やピンポン玉を才華が賠償したことは本人以外知らない。









和猫「あのー、ウチの卓球に使うピンポン球とか壁が壊れていたんですけどー」

才華「申し訳ありませんが問題にしないでいただきたいんです。修理代などは払いますので」

和猫「……ふむ、では、一千万円でお願いします」

才華「分かりました。これから現金を運びます」

和猫「……電話切れた。……ら、ラッキー」


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