表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
363/608

184.5 後日談――打ち上げしようぜ――


 最終日に起きた事件の後、目が覚めた生徒達は記憶が曖昧になっており、マージがやったことについては覚えていなかった。なぜ倒れていたのかも覚えておらず、全員が体調を崩して倒れたと教師陣は結論付けた。実際魔力が奪われたせいで倒れたので間違ってはいない。


 覚えていないとはいえ、ドーム内が戦場跡のようになっていたので、大半の生徒が同じようなことを思い浮かべている。全員が体調不良で倒れただけなら、ドーム内が荒れていた理由に説明がつかない。

 何者かが暴れ、何者かが対処した。証拠はないが大半の生徒はそう思っている。


 一部の生徒と学院長マージ・クロウリーは行方不明となっている。

 それはマージが暴れて本人の身元が分かる程の肉体が残らなかった者達だ。

 誰も地面に転がっていた小さな肉塊が、ついさっきまで笑顔で話し合っていた学友とは思わない。


 今回の一件は被害者が多く、四十八人もの生徒や教師がこの世を去った。

 数字的には多いが実際の事件の規模を考えると少なかったのかもしれない。

 物理的にも精神的にも多くの人間に傷を残し、魔導祭最終日は終わったのだ。

 メイジ学院は大規模な復旧作業に入り、またもや生徒達は長期休暇となった。


 魔法学院という都合上情報は規制され、その日なにがあったのかは一部の者しか知りえない。

 その日の真実を知る一人、神谷神奈は現在ファミリーレストランに向かっている。

 魔導祭終了から一週間経った今日、Dクラスは打ち上げを行うことになったのだ。


「ステーキオムレツハンバーグー、カレーにパン米パスタソーセージー」


 陽気な謎の歌を歌っているのは神奈が付けている白黒の腕輪である。


「なんでお前がテンション高いんだよ。食べられないだろお前は」


「……そうですね、帰りますか」


「テンション低くなりすぎだろ! あーあれだ、あの魔法、〈ハヤグーイ〉を使えばお前も食事は出来るんじゃないか?」


「あの魔法は胃のある生物しか使用出来ません。私に胃はないので無理です」


 腕輪とはいえ知能があり、感情もあり、生きていると言える存在が万能腕輪。

 食欲があるらしいのに食べられない体なのは辛いだろうなと神奈は密かに思う。


「それにしても、よく打ち上げなんてする気分になれましたよね。魔導祭の最終日はあんなに色々あったのに」


「色々あったからじゃねーの? 辛いこと忘れて楽しく過ごしたいんじゃねーかな」


 最終日なのに本当に色々なことがあった。

 ほぼ全ての生徒と教師が倒れ、学院長が怪物になり、そんな学院長を倒すために転生の間に行った。白部洋一との新たな出会いと協力もあり、世界の危機をなんとか救えた。

 閉会式だけの予定だったのにとんでもない日になっている。


「神奈さん。あの日のことを思い返してみて、一つ疑問に思うことがあるんです」


「不審な点でもあったのか?」


「ええまあ、あの日、転生の間に居た時に抱いた疑問なんですが」


 転生の間へと再び訪れた時、神奈は不思議な感じがしただけである。

 マージとの戦いで緊張しっぱなしだったので注意深く観察出来ていない。


「なぜ神奈さんは私を名前で呼ばないんでしょう」


「それは疑問に思う必要ないだろ。呼びづらいからだよ」


 身構えたのを神奈は後悔した。


「じゃあ白部さんって何者なんでしょう」


「それはまあ、気になるけど……たぶんもう会えないよな。名前以外よく分かってないし」


 神奈が神だと思っている老人、魂の管理者によれば英雄とのこと。

 どんな世界の人間かも分からない以上再会は望めないだろう。奇跡的に同じ世界の住人だったとしても、出身地や住所も分からないので捜し出すのは難しい。

 偶然会えれば話はするが無理に捜す必要性を神奈は感じない。

 彼には彼の人生がある。再び運命が交われば会うこともあるだろう。


「お、あそこだな集合する店」


 目的のファミリーレストランが見えたので神奈は気分を切り替える。

 看板には【GURUME】という文字に、フォークとナイフと肉が描かれている。

 初めて入る店だがここは日野オススメの店だ。実は今日の集合場所を決めたのも、打ち上げをやろうと提案したのも日野なのだ。


 神奈は店員に予約してあることを伝え、予約した席に案内してもらう。

 既に席には日野、影野、速人、坂下の男四人が揃って話をしていた。後は葵を待つだけの状態になる。


「よっ、南野さんはまだ来ていないのか」


「来てくれたんですね神谷さん。女神が降臨したことに今日も感謝します」


「南野さんは少し遅れるって。さっき電話してきたよ」


「今のうちに注文する料理決めておけよ。南野が来たらすぐ打ち上げ始めようぜ」


 南側の席に着いた神奈はメニュー表を日野から受け取った。

 基本的な料理は揃っているようで何を食べるか悩んでいると、ふいに隣が気になって視線を送る。窓際、神奈の隣に座っているのは頬杖を突いている速人。彼の存在が気になってからは注文選びに集中出来ない。


「来て早々悪いんだけどさ、席替えしてくれない?」


「どういう意味だ。俺が隣にいて文句でもあるのか」


 不機嫌そうな顔で速人が神奈を見る。


「食ってる途中にナイフとか飛んできそうじゃん」


「そんなことはしないが、俺もお前が隣にいるのは好かん。ナイフを投げてしまいそうだ」


「おい投げようとしてんじゃねえか。私は窓際に座りたいからお前は通路側な」


「俺も窓際派だ。襲撃を一番察知しやすいし、怪しい奴がいればすぐに分かる」


 窓際を譲ろうとしない二人は睨み合ったまま動かない。


「おいおい落ち着けよお前等。窓際ってだけならこっち側にもあるから隼が移動してくれよ」


 見兼ねた日野がした提案に二人は渋々従う。

 北側には席を移動した速人、元々座っていた日野と坂下。

 南側には窓際に移れた神奈、速人と席を交換した影野が座った。

 向かい合う形になった神奈と速人は互いの顔を眺め、強く睨み合う。

 日野から「結局睨むのかよ!」とつっこみを受けたので、睨むのを止めて神奈は視線をメニュー表に戻す。


「神谷さん、俺が飲み物取ってきますよ。何がいいですか?」


「じゃあメロンソーダ頼む」


 メニュー表を眺めながら神奈は影野に告げる。


「そういや飲み物を持って来てなかったな。影野、俺はコーヒー頼むぜ」


「どうして俺が日野君の分まで持って来なければいけないんだい? 自分で取りに行きなよ」


「お前なあ、いいだろ飲み物くらい取ってきてくれたって」


「……仕方ないな。坂下君と隼君は何がいい?」


「僕は自分で取りに行くよ」


「俺も自分で行く」


 席を立った影野達が飲み物を取りに行った間に、神奈はなんの料理を頼むか決めた。多くの人間が好む料理、ハンバーグだ。説明文に【ジューシーかつ肉汁溢れる】と書かれているのを見て決めた。


 料理を決めてから少しして影野達三人が戻って来る。

 速人の手にはジンジャーエール。

 坂下の手にはアップルジュース。

 影野の手にはメロンソーダ二つと……黒く濁った液体。


「おおい何だよそれ絶対コーヒーじゃねえだろ! 俺コーヒーって言ったよな!?」


「ちゃんとコーヒーも入っているから安心しなよ」


「コーヒー以外が余計なんだよ! つーか何を混ぜやがった!」


 飲み物は黒いが濁りが多くて混ぜたのが丸分かりだ。

 反省ゼロの顔で影野は指を折って何を入れたのか数える。

 コーラ、グレープジュース、アップルジュース、オレンジジュース、烏龍茶、緑茶、ほうじ茶、ジンジャーエール。口にされる度に日野の顔色が悪くなっていく。


「……自分で行きゃ良かった」


「どうぞ神谷さん、ご所望のメロンソーダです」

「ありがとう」

「こいつ本当に神谷以外には冷たいっつーか厳しいっつーか」


 恐る恐る日野が黒く濁った液体を飲むと、やはり苦しそうに表情が歪む。


「飲めなくはねえけど美味しくねえし不味くもねえ」


 よく飲めるなと思いつつ神奈はメロンソーダを一口飲む。

 当然だが美味しい。炭酸の刺激とメロン風の甘みが口内を満たす。

 神奈達はそれから飲み物を飲みながら会話したり、スマホを弄ったりして暇な時間を潰す。

 約五分が過ぎた頃、神奈達のもとに白い制服姿の葵が到着した。


「待たせたわね。遅れてごめんなさい」


「いや全然待ってないよ」


「いいや待ったよ。神谷さんを待たせるなんて許せないね」


 無言で神奈は影野に肘打ちして黙らせる。

 葵は空いている席に座ろうとしたが、空いていたのは影野の隣。

 両手に花のようで座りたくないと彼女が着席を渋るので、彼女の座る位置と日野の座る位置を交換することになった。

 葵は坂下の隣に座り、メニュー表を見ながら口を開く。


「調べたこと、一応報告しといてあげる。無関係じゃないし」


「調べたこと?」


「色々よ。学院の今後の方針とか、政府についてとか」


 まず初めに、と葵が続ける。


「学院の再開はあなた達も知っての通り四月から。マージ・クロウリーは表向き行方不明として扱い、学院再開までに新たな学院長を用意するみたい。私はそれが政府の人間なんじゃないかと思っていたんだけど」


「何で政府なんてもんが出てくんだよ。ただの学校だろ?」


 葵は小さく「バカ」と呟き、それに「何だと!?」と怒る日野に対して説明しようとする。しかし彼女が話し始めた時、窓の外を眺めていた速人の声が説明を遮る。


「魔法なんてファンタジーなものを学ばせる場所だぞ。魔法は一般人に知られていないが、おそらく政府の人間達は知っている。魔法学院なんてものを経営させた理由はおそらく、将来国の武力として利用出来る人間の育成といったところか」


 葵は「正解」と言い、やる気のない拍手を三回する。

 政府が関係していると知らなかった日野、影野、坂下は驚く。


「国の武力って……ぐ、軍人みてえな感じか?」

「なるほど、戦争用の駒ってわけか」

「そんな……戦争なんて、戦争なんて起こさないよね?」


 不安に思う気持ちを神奈は察する。

 話のスケールが大きくてまだ理解しきってもいないだろう。

 今のところ、他国との戦争準備をしているなんて話は聞かない。実際は準備が進んでいるのかもしれないが、ニュースやSNSには何一つ情報がない。


「あくまでも今は準備段階よ。どこの国も裏で魔法の研究や優秀な魔法使いの捜索を(おこな)っている。準備を怠った国へといつ攻め込んでもいいように、攻め込まれた時に戦えるようにね。国によっては驚く程ゲスなことをしているわよ」


 まだ神奈は政府のことをよく知らないまま過ごしている。

 葵の言うことを信じたいが、いくら友達からの情報でもすぐ信じられるものではない。自分の目や耳で見聞きしなければずっと半信半疑のままだ。国を支える存在の政府が戦争準備をしているとか、ゲスな行為をしているとかをなるべく信じたくない。


「……と、話がズレたか。とにかく、新たな学院長が政府の人間じゃないかと心配していたんだけど、その心配は無用なものとなったわ」


「何で?」


「つい昨日、とんでもない事件が起きたの。政府の中でも魔法に関わりが深い日本政府直属魔法対策会の本部と支部が全て破壊され、所属していた人間が皆殺しにされた。政府関係者は今、その犯人の身元割り出しや捜索で忙しいみたい」


 さらっと恐ろしい事実を葵は口にした。

 日本政府直属魔法対策会。通称――日魔対(にちまたい)

 神奈はその存在を一応知っている。小学生の時に関わっている。

 宇宙人エクエスを撃破したことで感謝されたことがあるのだ。


 主な仕事は魔法関係の情報規制と危険な魔法使いの監視。

 魔法使いの監視は監視専用の魔法を使用して、対象にバレないよう実行している。もしも監視対象が魔法について多くの人間に話したり、証拠を動画サイトなどにアップした場合、監視対象に特殊な処置をすることで対処しなければならない。因みに神奈は加護の影響で監視の魔法が効かない。


「皆殺しって……ヤバいじゃん」

「や、ヤバいですよね」

「ヤバいよね」

「ヤバいよな」


「……警察や自衛隊にも魔法使いはいるんじゃないのか。魔法使いが罪を犯した時、対応する組織を一つしか作らない程政府もバカじゃないだろう」


「実力者が犯人確保に向かって全員殺されたらしいよ。まだ犯人の居場所や名前、目的すら分かっていない。政府関係者はその件で忙しいみたいだし、新しい学院長は卒業生の線が濃厚よ」


 神奈は「卒業生か」と呟く。

 いったいどんな人間が新学院長になるのか僅かに興味がある。

 とりあえずマージ・クロウリーのように生徒へ危害を加える人間でなければいい。


「あー、新しい学院長や政府の話も気になるけどよ、一先ず打ち上げ始めようぜ。南野も飲み物取って来いよ」


 重い話に耐えられなくなった日野が雰囲気を変える。

 ファミリーレストランで話す内容ではなかったかもと思った葵は「そうね」と言い、飲み物を取りに行く。少しして戻って来た彼女はグラスに入ったカレーを持っていた。カレーは飲み物に分類されるというのが彼女の考え方である。

 全員揃ったので神奈達が料理を注文して、三分も経たずに全員分の料理が届く。


「打ち上げするのは構わないけど、する意味ある? 負けたじゃない私達」


「……確かに俺達は負けた。優勝出来なかったのは残念だ。でも、全員退学の窮地からDクラスは脱したんだぜ。今日の打ち上げは退学回避祝いってことさ」


「なるほどね。納得」


「それじゃあ全員揃ったし始めっか! Dクラス存続を祝して、かんぱ~い!」


 開始の合図により、日野以外が早くも料理を食べ始める。

 謎のミックス飲料が入ったグラスを掲げていた彼は、静かにグラスをテーブルに戻す。顔からは表情が抜け落ちてしまい、寂しさを抱きながらラーメンの麺を啜った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ