184 最期――マルーナ――
2024/04/07 文章一部修正
「よう、神奈ちゃんじゃないか。元気か?」
気さくに話しかけてくる青年だが、神奈はそれに対してバカバカしいと肩をすくめる。
「元気かって同じ私だろ? 分かってるだろ、今がどんな状況なのか」
「そうだな。事態は深刻だ。早く服を着ないと風邪を引いてしまう」
「そうそう……じゃねえよ! ていうか精神世界なのに風邪引くの!?」
自分自身につっこむというのは不思議な体験だと神奈は思う。
青年が服を着てから、神奈は話がズレていく前に本題に戻す。
「同じ自分なんだ、分かってるだろ。確信したぞ。お前が私の力を引き上げてくれるナニカだ。どうすりゃいいのか分からんけど、とりあえず私の力になれ」
「意味が分からないな。それにしても大変だな神奈ちゃん」
「はあ、何が? それとお前さっきから私のこと名前で呼ぶけど、同じ私なんだからその呼び方止めろよな。何? 区別でもつけたいの?」
「君こそ何を勘違いしてるんだ? 君は俺であって俺じゃない、だから神奈ちゃんなのさ」
意味が分からないので神奈は困惑の表情になる。
転生前後で自分に起きる変化といえば容姿や年齢くらいなもの。
魂が同じだし記憶も引き継げる。個人の性格や夢などは変わらない。
従って転生前と転生後で神奈に起きた変化など微々たるものだ。ほぼ同一人物だ。
「いや、だってお前転生前の私じゃんか。それなら――」
「転生後の君とは違うってことだな」
「そうそう、じゃねえよ! どうしてそうなる!? 何が違うっていうんだよ!?」
青年は不思議そうな顔をして答える。
「何って、もう別物じゃないか。俺は確かに魔法を使いたかったし、使えるならどんな場所にでも行きたかった。でもさ、宇宙人と戦ったり、大賢者と戦ったり、あんな訳分からん怪物と戦ったり、戦ってばっかりの人生じゃないか。貴重な人生削って、命賭けて、必死に戦うのが理解出来ないんだよ。おまけに使える魔法はゴミばっかだろ?」
「お前……確かに最後のは同意するけど。私が強敵に挑む時、それはいつも誰かの為だ。友達のために命張って何がおかしいんだよ」
神奈の言葉を聞いた青年は呆れたように笑う。
「ははっ、だから違うんだって。根本的に違うんだ俺と神奈ちゃんは。俺はもっと平和な生活が送りたいんだよ。誰かのためでも死にそうな戦いするなんて馬鹿げてる、俺は絶対しないぞ……勇気がないからな。あの時、トラックに轢かれそうな子供を助けたのは奇跡だった。奇跡的にちっぽけな勇気が出て助けられたんだ。……なあ、もし戦って死んだらどうするんだよ」
「死んだら、その時はその時だろ?」
「そんな簡単に割り切れないっての。俺なら逃げてた、でも神奈ちゃんなら戦う。これはもう俺と君が別の心を持っているという証明じゃないか」
怖くて逃げる、それは当たり前のことで恐怖に打ち勝つ人間など珍しい。
確かに記憶にある転生前の自分は臆病で弱気な青年だった。
小学生の時は虐めに屈し、両親の死を受け入れて生きられない。正に逃避の人生。
あのトラックに轢かれた日。少女を助けられたのは奇跡だと神奈も理解している。
魔法の存在を誰よりも信じていた自分だからこそ、魔法を使えると信じる純粋な少女を守りたかった。その強い想いが無意識に体を動かし、自己犠牲で少女を助けられた。
「でもお前が転生して私になったんだぞ? 同じ魂のはずだろ?」
「そうだな、本来ならそのはずだったんだ。でも前提が違うんだよ、俺が転生して君になったんじゃない。俺の魂が神奈ちゃんの魂と混ざって君になったんだ。君は知らないだろうけど俺は知っている」
「どういう……いや、そうなのか?」
神奈は幼い頃の記憶が定かではない。本来転生したのなら赤子の時から記憶があるはずなのだが、転生前の記憶が出てきたのは小学生になる少し前だった。
記憶を保持して転生させられた転生者ならば、記憶は産まれた時から持っている。通常ならば幼すぎて脳が耐えきれないが、記憶を保持した転生者は母体の中で身体が作られる段階で、前世の情報量に耐えきれる身体になっているのだ。
神奈も記憶を保持した転生者であるにもかかわらず、その記憶がある程度育ってから思い出されたということこそがイレギュラー。通常の転生者とは何かが違う証拠になっている。
「なんの手違いか、あの神様が適当だったのか、俺の魂は既に産まれた赤子の神奈ちゃんの身体に入った。俺達の魂は混ぜられてしまったんだ。弱気で魔法に夢を見ていた俺と、母親譲りの勇気があって正義感の強い神奈ちゃん。二人が混ざり合った曖昧な魂こそが今の神谷神奈なんだ」
魂が混ざり合った。つまり元々いた神谷神奈の魂が変質してしまったということだ。自分が自分でなくなってしまうような話に、神奈は血の気が引いていく。
転生の記憶を取り戻した直後に危惧していたし、父親である上谷周から話は聞かされていた。記憶を取り戻す前まではごく普通な女児だった事実を忘れたことはない。しかし改めて聞かされるとショックを受ける。
「今ここにいる俺は君と混ざりきれなかった欠片みたいなものかな。ムゲンって子が言っていた力とは違うけれど、俺を完全に吸収すれば君は強くなれる。俺もまだ死にたくないから、あの怪物を倒せるなら力を貸すさ」
「……本当は嫌なんだろ?」
「嫌だね、戦うのは怖いし。それでもね、ちっぽけな勇気しか持っていない俺でもね……守りたいものがあるからさ」
「守りたいもの? それって?」
「俺の守りたいものは――」
滝の音がいっそう激しくなり青年の声は神奈に届かない。
「もう一回言ってくれる?」
「言わないよ恥ずかしいから。ああそうだ、俺を取り込んだとしても力が増えるだけで他は何も変わらないよ。ここでの記憶は失われるし、君自身の正体だとか本当の親だとかは君が憶えていないから思い出せない」
正体や本当の親というスルーするには些か気になりすぎることを言って、青年は足元から白い光の粒となっていく。
「え、正体ってなんだよ。本当の親ってなんだよ。え? 何かあんの? 私普通の人間だよな!? 宇宙人だったとかないよな!? 人外だったとかないよな!?」
「君は本当は――」
青年は完全に言い終わる前に白い光の粒となり、全ての粒が神奈に吸収された。
「おい消えるな! 本当はなんだよおおお!?」
たった一人残された神奈の叫びは、誰の耳にも届かず虚しく周囲に響いた。
* * *
白い空間、転生の間にて洋一とマージは激しい遠距離戦を繰り広げている。
互いに魔力弾を放ち相殺、マージが近付けば洋一が離れるの繰り返しだ。
そんな様子を見てムゲンは洋一の勝利を祈っていた。
殴って勝つ必要はない。ただ相手の魔力を削って自滅させるだけでいいのだから、攻撃を回避し続けているだけでも勝てる。
「ずいぶん、派手にやってるな」
横から声が聞こえてきたのでムゲンは目を向けると、神奈が怠そうな表情で起き上がっていた。
「お、お主、目が覚めたか……! してどうじゃった、力は手に入ったか!?」
主である洋一の手助けになればいいとムゲンは期待を込めた瞳を向ける。
「はっ、安心しろよ。何か色々重大なことを忘れてるような気がするけどまあいいや。とりあえずあいつを……ぶん殴る!」
神奈は立ち上がるとマージ目掛けて勢いよく走る。
精神世界で起きたことは何一つ覚えていないが、力の絶対量が増えたことは感じていた。
体感的に現在の力は二倍。管理者からもらった加護の効果もあって六倍。
暴走したマージとの戦いが成立するかもしれない程度にはパワーアップ出来た。
「今なら全力でも制御できそうだ。〈魔力加速〉!」
両手を後方に伸ばして一気に魔力を放出する。
それに反応出来る人間は誰も存在しなかった……神奈でさえも。
「うぐっ!?」
宇宙が見えている肉体に、誰も認識できない速度で神奈が頭突きをかました。
本人でさえ認識出来なかったので頭に突然来た痛みに悲鳴を漏らす。
一応マージにダメージを与えることは出来ている。だがマージにもはや痛覚がなく、勢いのあるものに押されただけというように態勢を崩しただけだ。ダメージは肉体にきちんと蓄積されるがマージ本人でも分からない。
「神谷さん! パワーアップは終わったみたいだね!」
「ああ、一人で戦わせてごめん! こっから二人で反撃だ!」
一人で持ち堪えていた洋一は微かな希望をみて笑顔になる。しかし、マージが神奈に手を翳しているのに気付いて焦った顔で叫ぶ。
「神谷さん避けて!」
「はっ、気付いてんだよ……!」
宇宙が圧縮されたような魔力弾が神奈に放たれるが、それが放たれる直前にマージの股下を潜り抜ける。さらに制御出来る程度に抑えた〈魔力加速〉を使用して回し蹴りを胴に叩き込む。
蹴り抜かれたマージは白い地面を激しく転がると地面に爪を立てて止まる。
「どうした? 反応が遅いぞ?」
理性があれば驚愕しただろうがマージは気にせず、溢れ出る魔力をミキサーのように高速回転させた。
「くっ、これは……体が引き寄せられていく!」
黒い竜巻となったそれは周囲の空間ごと全てを引き寄せる。
洋一とムゲンは耐えきれずに引き寄せられるが、それを機にムゲンは魔導書の姿に戻って洋一の手元に収まる。
「ここからが僕等の全力だっ!」
魔導書と契約した者は、その魔導書と触れている間のみ繋がりが増す。
魔導書との繋がりが強まれば、魔力を普段より多く引き出すことが出来る。
少しパワーアップした洋一は引き寄せられるのを逆手に取り、自分から走ることで加速して黒い竜巻に突っ込む。
強引に高速回転の魔力を突き抜けた洋一は拳を構える。
「行くよっ!」
「そらああ!」
黒い竜巻を破ってきたのは洋一だけではなく神奈もだった。
神奈は元から持っている加護のおかげでマージの魔力の影響を受けない。接近するのも非常に簡単だ。
マージの背後に現れた神奈は洋一と同じタイミングで拳を振るう。
腹部と背中を同時に圧迫されたマージは体勢が崩れ、戦況に大きな変化をもたらす。
マージが反撃に入ろうとする動きを事前に阻害するように二人は攻撃を重ねる。
反撃などさせない。もはやサンドバッグの殴られ放題のマージの体から、黒い欠片が少量ずつ剥がれ落ちていく。
二対一であることで優位になったと確信した二人は攻撃の手を休めない。
体勢を崩し続けるマージに猛攻を叩き込み続け――二人は同時に上体を逸らした。
マージの手が交差してから向けられ、宇宙色の閃光が放たれたのだ。
喰らえばひとたまりもないので回避の選択は正しい。
(あっぶなっ……!)
(なんとか避けられたけど、攻撃の手がこの瞬間、緩む!)
交差させた腕をマージは元に戻し、二人を裏拳で地面に叩き落とす。
「かはっ!?」
「ぐうっ!?」
魔力の竜巻は動きを止めてマージの元に力の源として還っていく。
地面を跳ねた二人はその間に立ち上がり、呼吸も最小限に連続で拳を振るう。だがマージの反応速度は二人を上回って拳を拳で迎え撃つ。
片腕で一人を相手するマージに、二人掛かりで神奈と洋一は拳を振るい続ける。
時折二人の攻撃速度を超えて拳が迫るが、二人はそれを掠る程度で済ませる。
激しい攻防で接戦を繰り広げているが長くは続かない。
優位に立てたのは偶々で、実力的にはまだ二人が下。
激しい戦闘は魔力消費も激しくなるし、戦闘が長引く程に二人は押されてしまう。
二人は戦闘を終わらせるため、全身全霊の攻撃を繰り出すことにした。
「私の魔力全てを込めて……〈超魔激烈拳〉!」
突如として高エネルギーが集まった拳は紫に光る。
神奈の〈超魔激烈拳〉はマージの腹部に吸い込まれていく。
喰らったマージはもちろんとして、近くにいた洋一にもビリビリとした空気を通して衝撃が伝わった。
黒いマージが光の矢のように神奈達から遠ざかっていくが、少ししてそれ以上の速度で帰ってくる。
「嘘だろおい……! ごはっ!?」
辛うじて二人が認識できる速度で迫る黒い閃光が、神奈に向かって体当たりする。
腕を前に出してダメージを和らげようとしたが大した意味はなく、吹き飛ばされた神奈は瞬く間に洋一の視界から消える。
「神谷さん!? くっ、後は僕等がっ!」
神奈が視界から消えたすぐ後、洋一は桃色の巨大な魔力弾を連続で撃ち始める。
マージはそれを叩き落とそうとしたが、魔力弾の軌道が勝手に逸れていくので空振りになる。それでも諦めずに叩き落とそうとしていると、いつの間にかマージの周囲は桃色の魔力弾で埋め尽くされていた。
「〈魔力包囲網・爆〉!」
マージは飛翔して魔力弾の僅かな隙間から逃げ出そうとするが、全ての魔力弾がマージ目掛けて進んだことで不可能になる。しかしそれならばと魔力弾を強引に突き抜けようとするが、その瞬間全ての魔力弾が至近距離で大爆発を起こす。
大爆発でもマージが倒れることはなかった。
顔面の部分の宇宙には、卵の殻を割るかのように亀裂が入り地面に落ちていく。
魔力が減少して、ようやく理性が戻ったマージは呆然と立ちつくしていた。
状況を理解するのに多くの時間を必要とするのでしばらく動けない。
「余が見張っておく。洋一はあの娘のところに行ってやれ」
洋一は立ち尽くすマージを放っておくのは危ないかもと思ったが、ムゲンが人間形態に戻って監視を引き受けたので、吹き飛ばされた神奈のもとへと走る。
一直線に走って十数秒、神奈を見つけた洋一はその傍に駆け寄る。
「……どこだ、ここ」
横たわっていた神奈は気絶していたがすぐに目覚めた。
「神谷さん! よかった、生きてて……!」
「生きてるけど、すごい腹が痛い。中身が混ざったみたいに痛い」
起き上がった神奈は先程までの場所でないことに気付く。
洋一も走っていた時に特殊な場所だと気付いた。神奈が倒れている先には大きな虹色の観覧車のようなものがあり、それに白いモヤが次々と乗っていく。
「あれってもしかして」
「輪廻の輪じゃよ」
「ああやっぱり……ってあれえ!?」
確信を持てなかった神奈に答えを告げたのは血塗れの魂の管理者。
生きていると思っていなかったので、神奈と洋一の二人は青ざめて驚愕する。
「か、神様、死んだんじゃ……?」
「阿呆、儂は死なんぞ。まあ三日くらいは満足に食事がとれんじゃろうがな。しかしよくやってくれた、あの程度に落ち着いてくれたのなら儂一人でも始末出来るわ」
「……後ろにいるんですけど」
管理者が顎鬚を撫でながら礼を述べている時、背後にマージが移動していた。
彼の首から上以外は未だ宇宙色。魔力は少し減ったが力は健在。
「ほあ? ぬおおお!? びっくりしたあ!?」
「これが……輪廻の輪」
驚く管理者のことなど眼中にないようで、マージはただ目的の場所に辿り着いた嬉しさで一言呟く。そのすぐ後に監視役だったムゲンが走って来て、洋一へと駆け寄る。
「すまん、あやつが思いの外速くてな。じゃがもう敵対する意思はないようじゃ」
「あの、あなたの目的は何だったんですか?」
何も事情を知らない洋一が恐れつつ訊ねる。
敵意がなくなっているので、すぐに攻撃して命を奪おうとはマージも思わないだろう。彼はどこか幻想的な輪廻の輪に見とれながら、子供の頃からずっとブレない想いを口にする。
「儂はただマルーナに会いたかっただけだ……本当に、それだけだったんだ」
説明を補足するために神奈がメイジ学院内での出来事や、日記のことを話した。
管理者も詳しい事情を知らなかったため、全てを聞いた後で腕を組んで悩む素振りを見せる。
「あの頃のように、マルーナと笑いたかった……それだけだったんだ」
「ふむ、じゃったらお主の死後、といってももうすぐじゃろうが……そのマルーナとかいう娘の魂のもとに送ってやろう。もちろん記憶は消させてもらうがな」
「本当か……本当に儂をマルーナのもとに?」
信じられないように問い返すマージに対して管理者は頷く。
涙を流し始めたマージの肉体は、徐々に塵になって崩れ始めていた。
膨大な魔力を扱ったツケが回ってきたのだ。
肉体の崩壊が止まることはない。
しかし最期、マージの表情には負の感情が一切存在していなかった。
マージ・クロウリーは未練を残さず生涯を終えたのだ。
体があった場所には白いモヤが残り、それは管理者が手で撫でた後に輪廻の輪に乗る。輪廻の輪はゆっくりと回り続けて、ゴンドラのようなものに乗った魂が一番上に辿り着くと、扉が開いて魂が旅立っていく。
一連の流れを見ていた神奈は複雑な表情を浮かべる。
「これが正しいってのは分かるんだけど、納得いかないな。あいつはメイジ学院の人間を何人も殺してる。そんな奴が最期に報われるっていうのはな……」
神奈はマージに悪い印象しか持っていない。
メイジ学院の地下施設に隠されていた生徒達の体。
作られたのに見放されて絶望した五木兄弟。
そして今回の暴走。印象がよくなるはずがない。
「それは違うぞい。確かにあの者を救おうとしたし、マルーナとやらのもとに行き着くのも事実じゃ。それでも全ての判断は輪廻の輪が自動で行う。輪廻の輪が魂の記憶を視て悪だと判断したならば、その次の生は地獄のようなものになるのじゃ。前世での行いが来世の運を決めるのじゃよ」
「……完全な救いはないってことか」
「そうだね、誰かを完璧に救うなんて出来ないのかもしれないね」
しみじみと救いについて神奈と洋一が考えていると管理者が口を開く。
「さて、お主らご苦労じゃったな。もう帰ってよいぞ」
手を軽く振って管理者は適当に礼を言う。
「かるっ! いや帰るけどさぁ、もうちょっと強敵倒した余韻に浸らしてくれても。……あ、そういえば学院長の魔力ってメイジ学院内とか人間の魔力だったんだけど、戻せます?」
「容易いことじゃ、戻しておくよう頼んでおく。ああそれと与えた加護は返してもらうぞ」
「あははっ、僕も帰らないとね。実は一緒にいた女の子がいるからさ。確実に混乱してると思うし説明が難しいなあ」
神奈達は笑いながら転移してきた場所に戻ってくるとあることに気付く。
「あれ? なあ神様、ここら辺に白い穴なかった? あれちょっと待って、まさか、まさかね?」
「あの、僕がこっちに来た時の魔法陣もないんですけど……」
転生の間にはただ白い大地が広がっているだけで、それ以外は何もなかった。つまり帰る方法である魔法陣や穴が消えていた。戦いの余波で消えてしまったことに気付かなかったのだ。
二人は帰れないのではという不安に言葉を失って血の気が引いていく。
「安心せい、儂が送ってやるから」
「「よ、よかった……」」
二人は同時に深いため息を吐いて、白い地面に座り込んだ。
* * *
メイジ学院の魔導祭会場。
戦争でも起きたかのような荒れた土地で、神音は両膝を地につけて項垂れていた。
神奈にマージを追わせてから一時間。〈理想郷への扉〉の維持も限界がきて消えてしまい、神奈が死んだと思い込んだ神音は力を入れることも出来なかった。
「……やはり、無謀だったのか」
「うおおおっ!? 帰らせてくれるのはいいけど上空かよおおお!?」
神音は待ち焦がれていた者の声が聞こえて顔を上げると、空から降ってきた神奈が大地に衝突した。
受け身を取ることも出来なかった神奈は治っていない怪我の影響で悲鳴を上げる。
「ぐうおおおおおっ! こ、これ大丈夫か!? 腹の中身シェイクされてない!?」
「神谷神奈……生きていたのか……? いやそれよりもどうやって……?」
「あ、ただいま神音。なんとか倒したわ学院長」
幽霊でも見たかのように真っ青な顔色の神音に、さらっと神奈は報告する。
軽い報告に神音はなんと返事をしていいか迷い、少し考え込んでから口を開く。
「軽いね……」
一言。そう答えることしか出来なかった。




