22 別荘――金持ちの力――
病院に速人を連れ込んでから、神奈は急いで元の場所へ戻る。
重傷で、どうして生きていられるのか分からないと医者に言わせるほどの怪我。すぐさま集中治療室に連れ込まれ、速人は現在手術を受けている。手術終了まで付き添っていたい気持ちはあるが、神奈はしなければならないことがあった。
「あいつらがまだあの場で気絶してるといいんだけど……」
「そう都合よくはいかないでしょうね」
夢咲が神奈に知らせた宇宙人の話。それは一人の宇宙人がこの地球を侵略するというものであり、あの場所に関係者らしき者が二人いるのはおかしい。神奈は写真を見せてもらってグラヴィーのことは宇宙人だと分かったが、ディストの方は全く心当たりがなかった。
予知が現実と食い違っているのなら大変な事態である。
一人でないのならあと何人いるのか分からない。際限なく来るとすればさすがの神奈でも詰んでしまう。なので少なくとも宇宙人の素性などは知っておきたいと思っていた。
「閉じ込める結界はどうして今回使わなかったんだ?」
「あのディストという男は空間を歪めるような力を持っています。先程神奈さんにも干渉しようとしていたので、加護で防がれていようと分かります。だとすれば強引に結界を破ってしまうかもしれません」
魔法でそういうことができるのは神奈が初耳だ。
大切な情報を手に入れるため、神奈がジェットフライヤーよりも速く走って一分。元の場所に戻ると神奈は胸を撫で下ろす。まだその場に気絶したままか、それとも離れているかという心配は杞憂に終わった。
二人の少年は気絶したままだったので、強制的に神奈はディストの方を叩き起こす。雑に頬を叩けばすぐに目覚めてくれる。
「痛っ……なっ、貴様は……。俺は……負けたのか」
「起きたか。お前に訊きたいことがあるから答えてもらうぞ」
「……好きにするがいい」
目覚めたディストは上体を起こし、地面を見下ろすように俯く。そうしながら告げた言葉に神奈は目を丸くする。
「意外だな、従わないと思ってたのに」
「敗者は勝者に逆らわん。機密のようなこと以外なら答えてやる」
悔しさ、悲しさ、そういったものすらない虚無の表情でディストは言い放つ。神奈としてはありがたいことなので「そうか」とだけ呟く。
一番重要なのは根本的な疑問。まだ俄かに信じられないこと。
「まず本当に宇宙人なのか。そしてこの星を侵略するつもりなのか。……どうもお前達の見た目は宇宙人っぽくないというか、地球人と同じようにしか見えないんだよ」
二つの問いに対してディストは軽く頷いて肯定する。
「俺達は惑星トルバという星の戦士だ。他の星々を侵略し、強制的に従えさせることで一方的に資源を奪い取る。そうすることでトルバはこれまで栄えてきた。……地球人と同じというのは俺達も知らん。この宇宙は果てしなく広く、未知の部分が多い。別の惑星に住んでいたとしても似ている種族だっているだろう」
「なるほど、悪いやつらか」
「簡潔にしすぎではないですかね。だいたい合ってますけど」
繁栄させるために他の星にまで迷惑行為を働く。
希少だろうがなんだろうが資源を奪い取る。
神奈が想像するのは強盗だ。自分の財布を潤わせるために他人の家に押し入る。大切なものだろうがなんだろうが金目の物は奪い取る。規模は小さくなるがやっていることは同じである。
「予想つくけど、戦士っていうのは侵略の仕事をするやつらか」
「ああ、トルバでは民の八割が他惑星を侵略する戦士として育て上げられる。侵略した星の数、資源の質、そういったものによって給料や序列などの評価が上がる」
「序列ってのは?」
「戦士の中では強さと貢献度で決まる序列というものがあるのだ。まだ気絶したままの男……グラヴィーは序列九位。俺は序列四位。まあ俺の場合は質を優先していたので、戦闘力という点ではグラヴィーよりちょっと強い程度だがな……」
謙遜しているように聞こえるが事実だ。ディストはグラヴィーの四倍以上強い。しかし序列六位から上は全員ディストよりも強い。序列二位と一位は二人とは比べ物にならない実力を誇る。
「最後に空間を操るって魔法。あれ私でもできるの?」
神奈が気になったのはトルバ人が使用する魔技。戦力増加のためにも覚えられるなら覚えておきたいと、興味本位ながらに訊いてみることにした。
「魔法? いや、あれはトルバに伝わる魔技というものだ。俺の魔技を使用することは理論上可能だが、習得には相当な時間がかかるだろう」
「どうやら魔法とほぼ同質のようですね。違うところが一つあるとすれば、適正属性というものがないことです」
「……努力すればどんな魔技でも覚えられて、誰でも強くなれるってことか。分かったありがとう、もういいよ。ほら立っていいぞ?」
ずっと下を向き座っているディストに神奈は手を差し伸ばす。
ディストはカッと目を見開いて「ひいっ!」と情けなく叫び、素早く立ち上がると足を下げて距離をとる。さすがに傷ついて神奈は「え」と短く声を漏らす。
たった一撃でも強さを感じ取ったのだ。
驚異的な強さ。逆立ちしても勝てない、見たことのない力。一方的で戦いとも呼べないようなものであったが、あの短い時間でディストは神奈に恐怖した。近付かれただけで殴られたことを思い出して右頬が痛むくらいに。
「神奈さん、夢野さんのこと忘れてません?」
「あ……おいディスト、本物はどこにいるのか分かるか?」
「……一応知っている。距離をとってついて来い」
グラヴィーも起こしてから事情を説明。その後で神奈達は、ひっそりと山奥に隠されているトルバ人が乗ってきた宇宙船に向かう。
本物の夢野は宇宙船に監禁されていた。
宇宙船に侵入すると、そこには目をキラキラ輝かせて船の内部を見て回る夢野がいた。憧れの宇宙船内だからか元気が有り余っている。一応食料などは用意されていたので「これが宇宙食か」などと言って勝手に食べていた事実を、神奈達は後から知ることになる。
誘拐して軟禁されたのと同じ状況。さぞ辛いだろうと神奈が笑みを浮かべて「帰っていい」と告げると、あろうことか夢野は「まだここにいたい」と言い出した。それを聞いた瞬間、神奈は額に青筋を浮かべて拳を振るいそうになる。
神奈達は強制的に夢野を連れ出して家に帰した。
親も心配していたので泣いて感謝された。号泣する両親を見て夢野も大人しくなり、再び見に行くことを条件に自宅へ入っていった。
ディスト達は放置するわけにもいかないので神奈は自宅へ連れ込む。そして腕輪の協力で二平方メートル弱の結界を作り出し、その中に閉じ込めておく。ディストは一切抵抗せずに入っていった。もちろんグラヴィーは納得せずにいたが、ディストが何かを囁くと大人しく入る。
「貴様は強い。だが……俺達は三人で来ているんだ」
「……もう一人?」
まだ侵略者がいる。神奈にとって聞き捨てならない言葉だった。
「奴は俺達に侵略を任せてこの星を観光しているだろう。俺達だけでも戦力は十分だと思ってのことだ、その想像は間違っていたようだがな。俺はもう貴様に逆らいはしない。敗者は勝者に抗う資格がないからだ。しかしそれでいい、俺達の協力などなくても奴は一人で侵略を終える」
「あともう一人、そいつを倒さなきゃこの星の危機は去らないってことか」
果たして最後の仲間はどこにいるのか。
まだまだ気を抜けない生活が続きそうだと神奈はため息を零した。
* * *
夢野が救出された翌日。
神奈は教室にて、関係者である夢咲に昨日起きた出来事、聞いた真実を報告していた。真実の中で一番驚いていたのはやはり侵略者の人数だ。一人だと疑っていなかったのに、三人……しかもディスト達より強いと聞いて、夢咲は顔面蒼白になっていた。
全てを聞いてから夢咲は考え込む。
「あと一人いるのが心配ね。仲間がやられたことに気付いて、必ず近いうちに何かアクションを起こすだろうし」
「そうだな、とにかく警戒は怠らないようにしないと」
いつ何をされるのか分からない。
もしかしたら油断している帰り道に襲ってくるかもしれない。もしかしたら大規模な攻撃を仕掛けてくるかもしれない。希望的観測だが引き返すかもしれない。最悪、神奈達の会話が筒抜けかもしれない。
「ねえ神奈ちゃん何の話?」
唐突に左から声をかけられて神奈はビクッと体を震わせる。
話しかけてきた少女は神奈にとって親友の少女――笑里だ。
「……っ! 笑里いたのか、気付かなかったよ。……何か用か?」
「うん! もうすぐ夏休みでしょ? だから休み中どこかにみんなで行きたいなって話を才華ちゃんとしてたんだ。神奈ちゃんと夜知留ちゃんも行こうよ!」
実はもうすぐ一学期も終わり夏休みに入ろうとしている。
この宇宙人の一件、神奈としてはそれまでに終わらせたいのだが、焦っても仕方ないことだと気持ちを切り替える。
どこかにみんなで行くというのは、友情も深まり、青春という感じがしていいことだと神奈は思う。
「どこに行くのかちゃんと決めないとね」
才華も合流して夏休みの予定について会話が進む。
「やっぱり海、山、河が定番だよな」
「それいいね! 海でバーベキュー、河でバーベキュー、山でバーベキューだね!」
(お前の頭にはバーベキューしかないのか? 確かに楽しいし美味しい物も食べられるだろうけど、そんなにバーベキュー三昧だと絶対に飽きるだろ)
まさかの三連続バーベキュー提案に神奈と才華は困った顔になる。
「いや、三連続バーベキューはちょっと……どうせならキノコ狩りなんてどう? 採れたては美味しく感じるんじゃないかしら」
「キノコ! いいね!」
(キノコか……嫌いだ。椎茸、シメジ、松茸、品種問わず全てが好きじゃない。全国のキノコ好きの人には申し訳ないけど、キノコよ滅びてくれ)
神奈がキノコ嫌いなのは前世での出来事が関係している。
山でも修行をしていたある日。あまりの空腹に耐えられず適当なキノコを食べてしまったのだ。赤くて危ない感じだったが、空腹状態では頭もうまく回らない。近くに生えていた数本を平らげると、後日腹痛に襲われて病院に運ばれた。原因はもちろん毒キノコを食べたことだ。それ以来、キノコは品種問わず食べないと誓うほど嫌いになった。
「でも海もいいなあ」
「なら山はやっぱり――」
「そうね、なら両方行くのはどうかしら?」
提案として「山はなしにしよう」と言う前に才華が遮る。
「私の家が所有している別荘があるの、山と海の両方に近いからどっちも楽しめると思うわ。車で行ける距離だから気楽に行き来できるしね」
「才華ちゃん家すごい! じゃあみんなでそこに行こうよ!」
「そうね、私も久しぶりに行くから楽しみだわ」
別荘を所有と聞くと、やはり金持ちだと神奈は思い知らされる。自分達とは住む世界が違うのだとなんとなく才華のことを遠く感じた。
「そうだ神奈ちゃん! リンナちゃんとレイ君も誘ってよ、みんなで行きたいもんね! あの二人も絶対に行きたいと思ってるよ!」
「ああ、そうだなあ……レイは良いけど」
リンナを連れていくには問題がある。
クローン達の世話で忙しいし、そもそもリンナ一人連れだすなんてことは出来ない。必然的に全員となるのだが姉妹と誤魔化すのは無理がある。友達とはいえ、クローン事情は隠していた方がいいだろう。神奈は少なくともそう思う。
「リンナは確か留学するって言ってたから日本にはいない」
「ええ留学!? どこに行っちゃったの!?」
「え、えっと……バチカン! そうバチカンだよ!」
「バチカン!? あの一番小さい国!?」
(すまんリンナ、お前はバチカン市国に留学してることになってしまった。どうしようこれ……)
もう吐いてしまった嘘は口の中に戻せない。
知らない間に留学していることになったリンナに対し、神奈はそのうち心から謝ろうと誓う。
「まあそういうことなら仕方ないよね。じゃあレイ君は誘える?」
「ああ、今度会った時誘っとく」
「それじゃあ行先は私の家の別荘で、海と山の両方。行く日付や時間は近くなり次第話し合いましょう」
話も纏まったことで神奈と笑里は頷く。
近くにいただけの夢咲は自分がメンバーに誘われていることを信じられず、解散する前に問いかける。
「私も行っていいの? 正直あなた達とはほぼ面識ないんだけど」
「いいの! こうやって話をしてれば友達なんだから!」
「……ありがとう」
友達と呼べる存在は夢咲にこれまでほとんどいなかった。
予知夢の対応に追われたり、何もできないことに苦しんだりする。誰にも理解されない苦悩を誰にも打ち明けられない。結果、人と距離をとり、関わることを最小限にしてしまった。友達なんて存在を気にすることもない。しかし偶然でないとはいえ神奈と出会い、こうして笑里から遊びに誘われることには思わず頬を綻ばせる。
「いいよ、えい!」
軽い掛け声と同時、夢咲に笑里の拳が迫る。
夢咲が殴られそうになって――寸前で回避した。
笑里の拳を躱せるほど強くないと知る神奈は驚きを隠せない。
「えへへ、今から楽しみになっちゃったよ!」
「気が早いわよ。でもその気持ち少し分かるわ」
「神奈ちゃん楽しみだね!」
それはそうと、もう山へも行く流れになっている。今さら神奈一人の都合で否定などできるはずもない。
(今更キノコが嫌だから行きたくないなんて言えないよなあ……。つまりこう言うしかないんだよなあ……)
満面の笑みを神奈は作り出す。
「ああ、すっごく楽しみだよ!」
そして空気を壊さないように、元気に同意見だと告げた。




