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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
359/608

181 管理者――神ではない――

2024/03/29 文章一部修正








 白。ただその一言だけで大まかな説明が終わるような空間。

 上空には白いモヤが大量に泳ぐようにどこかに進んでおり、向かう先には輪廻転生の要である観覧車のようなものが存在する。しかしそこに行くためには果てしなく広がる白い空間を進まなければいけない。


 一人の老人が胡坐を掻いて、目の前にポトッと落ちてきた白いモヤを見つめる。

 白い顎鬚が長すぎて、地面なのかよく分からないが平らになっている場所にまで垂れている。真っ白なローブのようなものを着ており、それには汚れ一つない。

 全てが白なので地面も空も見分けがつかない。

 白いモヤは落ち着かない様子で泳ぐように空中を動き回っていた。


「うむ、お主が行くべき世界はあっちじゃな」


 老人は何かに納得したように呟くと、目前の白いモヤの真下に黒い穴を出現させて落とす。

 老人は額から垂れてきた一筋の汗を手で拭い、深いため息を吐く。


「ふううぅ、これでしばらくは来ないじゃろう。全く、最近の若者は異世界転生だのなんだのとうるさいのう。……未練が異世界転生出来なかったことって意味が分からんぞい。せめてもう少しまともな未練を引っさげて来んものか」


 顎鬚からゲーム機を取り出した老人はさっそく電源を入れる。

 画面には赤い帽子を被った髭の中年男性が奇声を上げながら、緑の帽子を被った中年男性を殴っていた。


「ハイパーダメオブラザーズ、このシリーズがなぜか手放せんな。おお、弟を殴っておる……さすがのダメ兄貴ぶりじゃな……!」


 老人はゲームに夢中で警戒していない。

 無防備な老人の正面に――ふいに黒い裂け目のようなものが現れた。


 黒い裂け目のようなものは空間の歪みであり、そこからどす黒い魔力を漏らしながら一人の若者が出てくる。黒いとんがり帽を被り、ゆったりとした黒いローブを着ていて、黒い顎鬚を短く生やしているのはマージ・クロウリーだ。


 ピコピコとボタンを押す音が耳障りだったマージは表情に不快さを表す。

 マージは豆のように小さい漆黒の塊を作り出し、老人の手にあったゲーム機を木端微塵にする。


「あああ儂のゲームがあああああ! な、なんじゃお主は!? いつからいた!?」


 あまりに酷い行為に老人は叫びを上げて立ち上がると、正面にいるマージに気付く。


「くっ、由治(ゆうじ)の嫌がらせ要員か!? あ奴め儂のことを嫌いだからと酷すぎるではないか。もう少しで一面をクリア出来そうじゃったのに。今度という今度は――」


「お主が神か、随分と老いぼれなのだな」


「うん? お主はどうやらあ奴の差し金ではないようじゃな。まさかあ奴以外で次元を越えてこの空間に来るものがいるとは。記憶保持した転生者というわけでもなく、神界の加護を与えられた者でもない。正真正銘努力でここに来るとは恐れ入ったぞ」


 マージは少し残念そうな表情を浮かべる。

 神だろう老人が想像していた神らしくないのだ。


「お主、さっき儂が神かどうかと訊いたな? なぜそう思ったのかは知らんが儂は神じゃないぞい、魂の管理者というのが正しい。上を飛んでいる無数の魂達、あれらを管理するのが儂の与えられた使命じゃ。……それでお主はどういった用件かの?」


 管理者の問いを無視したマージは上空の魂である白いモヤを眺める。


「あれが魂……あれはどこに向かっておる?」


「輪廻の輪じゃよ。未練がない魂は輪廻の輪に行き、循環するように別の生命体に宿るんじゃ。……それよりもお主喋り方が儂と似ておるな、キャラを似せるでない」


 管理者が呑気に侵入者に対して答えると、マージは「輪廻の輪」と呟いてその足を動かしだす。魂達の向かう方向にゆっくりと歩き出し、次第に狂喜の笑みを浮かべて歩みが速くなっていく。


「いやちょっと待てい! どこに行こうとしとるんじゃお主は! ダメじゃぞこの先に行くのは関係者以外立ち入り禁止じゃぞ!」


 魂の管理を任されている者として、輪廻の輪に向かうマージの前に管理者が立ちはだかる。

 もしも輪廻の輪に何かあったら大事どころでは済まない。

 魂の循環が途切れるのは非常にマズく、世界のバランスを崩しかねない。


 別の世界に送る転生者に関しても多すぎれば同じことがいえる。しかし、未練を持つ者が生まれすぎるのであれば管理者が調整し、他の世界から別の転生者をその世界に送る。そうすることでバランスをとっているのだ。


「どけ」


 前に立たれたことでマージは足を止めると、短く敵意を込めた声を出す。


「いやいやどくわけがなかろう!? お主が何をしようとしているのか察しがつくぞ、輪廻の輪に干渉するつもりなら通すわけがない。そもそもあの場所には管理者権限を持つ者以外立ち入ってはならないという決まりが――」


 管理者の言葉は最後まで続かなかった。

 通行を邪魔されたマージは痺れを切らして、濃い紫に黒い線がときどき交じっているような色の魔力光線を放ったからだ。


 絶対的な力を手に入れているので、マージは管理者を跡形もなく消し飛ばしたと信じて疑わない。魔導の深淵に辿り着いたと確信しているがゆえに、誰も対抗出来るはずがないと自信を持っている。


 邪魔だった管理者がもう薄汚れた煙の向こうにはいないと思い、マージは再び足を動かしだす。


「けっほ! いたたっ、いきなり何しとるんじゃお主は!? 話し合いをする気もないのか!?」


 ――しかしその足はすぐに止まった。

 所々に焦げたような痕はあるが管理者はピンピンとしていたからだ。


「由治といいお主といい、管理者たる儂を甘くみすぎじゃぞ。……ここは少し、仕置きせにゃならんかあ?」


 長く伸びている髭で見えないが、管理者の口に薄気味悪い笑みが浮かぶ。

 一瞬気圧されたが関係ない。邪魔する者は排除すればいいだけだとマージは全力で殴りかかる。


「死ね」


 神奈すら圧倒した拳を頬に叩き込み、マージは管理者を殺したと強く思い込む。


「お主が死ね」


「ぐおっ!?」


 確かに殴られた管理者だったが反撃してマージにダメージを与える。

 こめかみを右斜め上から叩き落すように殴られたマージは、真っ白な地面に顔面を強打して地に伏す。


「管理者に死の概念など存在せんわ。元は人間でも存在の格が別物なのじゃからな。この場で死ぬのは一人、ただお前だけじゃて……。今すぐ輪廻の輪に送ってやろう。強い未練があるようじゃが記憶を全て消して転生させてやる!」


 殺すと宣言した管理者は倒れているマージに向けて、指から眩い光を放出する。

 光は一直線にマージに向かいその肉体を貫く――はずだった。


「ぬうっ?」


 どす黒いオーラがマージの身体を包んで光を弾いた。

 拳の重さから強さを測って殺せると思っていた管理者は我が目を疑う。


「くははははっ! その程度か管理者とやら! 儂の力はまだ上があるぞ!?」


「力を得て調子に乗っとるな? というか儂って一人称をやめてくれんかのう、被っとるじゃないか。だいたいその見た目で儂ってなんじゃ? キャラ作りはいいがもう少しマシに作れんのか」


 どこまで本気なのか分からない管理者の言動を気にもせず、マージは足払いを仕掛ける。

 足を払われて態勢を崩す管理者の腹部に、逆に態勢を立て直したマージの掌底がめり込む。そして手のひらから黒に近い紫の魔力弾が零距離で放たれた。


 掌底と魔力弾の爆発二つの攻撃を受けた管理者は上空へと吹き飛ばされる。マージはすぐに追いかけて、途中で全身から真っ黒な炎を出現させて巨大な鳥を形作る。


「〈煉獄の(ヘルフレイム)不死鳥(フェニックス)〉……!」


 触れた物質全てを塵に変える煉獄の炎に包まれてマージは管理者に突撃する。

 どす黒い炎が衝突と同時に膨れ上がり、短い時間だけ周囲一帯を黒一色に変化させた。


「あっちち! 久し振りに火傷するかと思ったわ……!」


 そんな獄炎の炎でも管理者には火傷一つ負わせられない。


「かあっ! 〈漆黒の轟雷(デスボルト)〉……!」


 マージは周囲四十キロメートルの生物を余波で感電死させる程の黒い電撃を放つ。


「いたっ! こ、これは……!」


「手応えあった」


「足が痺れた感覚と似ておるな……!」


 しかしそれでも、管理者に大きなダメージを与えるには威力が足りない。


「くっ、ならば――」


「ふんっ!」


 マージはそれ以上の魔法を放とうとするが、発動前に肉体を天使の輪のようなもので拘束される。

 突然出現した三個の光り輝く輪。

 光輪は胸、腕と腰、足を同時に締め付けて痛みを与える。


「ぐおおおおっ!?」


 拘束されて身動きがとれないマージは真っ白な地面に叩きつけられて、おまけで光輪が二個追加される。

 なんとか脱出しようともがくマージを見下ろして、管理者はふわっと下りていく。


「まったく、手間をかけさせてくれたな。ここまで大規模な力は魂を消滅させてしまう。戦いが始まる前に避難させておいてよかったぞい」


 上空には戦闘が始まった頃から白いモヤが一つも存在しなくなっていた。それにマージが気付かなかったのは、気付くほどの余裕がなかったからだ。


「さてこれからお主をどうしたもんか」


 その時、管理者と拘束されているマージの間に純白の穴がふいに現れる。

 純白の穴から悲鳴を上げて飛び出てたのは黒髪の少女、神谷神奈。

 縦に回転しながらゴロゴロと転がって止まった後、ふらつきながら立ち上がる。


「あぁ気持ち悪っ……! まさかあんな速さで送られるとは思わなかった。さて、学院長はどこにってなんかもう倒されてる!」


 大袈裟に驚く神奈は現在地をよく観察して、見覚えがあることに気付く。


「ここって……転生の間?」


「その通りじゃよ。お主は何者かな? そこの男の仲間だというのなら容赦せんが」


 一応の警戒はしながら管理者は突然現れた神奈に歩み寄る。

 神奈のことを転生させた者だと気付かないのは、管理者が会った時は魂のみの状態だからだ。それにもし人間の姿で会っていたとしても、性別も容姿も全く違うため気付きはしない。


「あっ、あの時の神様!? じゃあやっぱり転生の間なのか……って、違う違う! 仲間じゃありません! むしろ私はあいつを倒しに来たわけで」


「ほう、ならよいのだが。もうトドメを刺すところじゃ、残念じゃったな」


「え、神様がこれを……?」


「だから儂は神じゃ……もういいか。この男な、人間にしては強すぎるが力を使いこなせていなかったのじゃよ。もし八割でも力を出すことが出来たのならば儂でも危なかったのう」


 マージは強大すぎる力を手に入れてから時間が経っていないため、自分の力として満足に操ることが出来なかった。操れたのは精々五割といったところだろう。


「全く儂のゲーム機の恨みを思い知るがよい、ハイパーダメオの恨みおおおおお!」


「理由しょうもないけどありがとうございまあす!」


 ――パキンッと何かに亀裂が走る音がした。


「あれ?」


 音は徐々に聞こえる間隔が短くなり、一層大きな音を最後に立てる。

 発生源はマージの方からだ。神奈達がよく観察すれば、マージを拘束していた光り輝く輪は砕けていた。


 静かに立ち上がるマージは先程より放出する魔力の勢いが増していた。

 空気を伝わる圧力に神奈と管理者は汗を物凄い勢いで流す。

 二人の下には軽い水溜まりができていた。


「あいつ……儂より強くね?」


 管理者がそう呟くとさらにマージの魔力は高まっていき、ついには全力を出せるまでに至った。


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