178 決勝戦――神奈VS神音――
2024/03/29 文章一部修正
試合会場の遥か上空で神奈と神音は拳を交える。
神奈が全力で動いているのに対して神音はまだ余裕を見せており、連続で放つ拳が全て相殺されて神奈の腹に掌打が叩き込まれる。
「うぐっ!?」
軽い動きにもかかわらず骨すら砕こうとする勢いの攻撃。
神奈は後方に吹き飛び腹を押さえながら〈フライ〉を活用して止まる。しかし吐きそうになる程の痛みに、態度には出さないが心の中で絶叫する。
「うん、まあこんなものかな。一年前全盛期の私と戦って勝ったのは死者蘇生の欠点を突いたのと、他にも仲間がいたから。全盛期の四分の一以下の力しかない私にその様ってことは仲間がよほど優秀だったのかな?」
「はははっ、確かにそれもあるけど私は全力出してないぞ……! まだまだ上げられる……!」
完全な強がりを言う神奈は全力だ。魔力加速をまだ使っていないとはいえ、一方的にやられているという現実に悔しさが溢れる。
「さて、ここは魔法学院なことだし……たまには魔法を使おうか。氷属性上級魔法〈追跡の氷柱〉」
先端が鋭く尖った五十メートルはある氷の塊が神音の周囲に突然現れた。
「あれくらいなら一発殴って破壊できるな。動揺した神音を殴るくらいいけるかも――」
しかしそれが二本、四本と増えていくと神奈の顔から笑みは消えて死んだ表情になる。
八本、十六本、三十二本と倍々になっていき、ついには合計五百十二本となってしまう。神音が手を振ると、氷柱が一斉に神奈目掛けて動き出した。
「うそうそうそうそうそだろおいいいいい!?」
貫くには十分な速度を持った氷柱はどんどんと迫って来る。
神奈は全力で逃げるがほとんどの氷柱が追いかけてくる。
何本かは氷柱同士でぶつかって欠けたりして自滅していくがそんなものは数本。
五百本近くもの氷柱が追跡してくるなど恐怖でしかない。
追跡してくる氷柱から逃げ回りながら、神奈は後方に魔力弾を連続で出鱈目に放つ。魔力弾一つ一つにかなりの魔力を込めているが、そうでもしなければ神音が作った氷柱は砕けない。
逃げて逃げて、追跡してくる氷柱は魔力弾で残り数本まで減らすことが出来た。
「数本程度なら拳で迎え撃ってやる……!」
残った全ての氷柱を拳で粉砕した神奈は精神的に疲れた。
魔力も体力も一応余裕を持たせているが、いきなり面倒な魔法が飛んできたので予想外の疲労だ。
「まったく面倒くさい魔法使いやがって」
「そうかな? 次はこれだよ……雷属性上級魔法〈電撃の渦〉」
氷柱を全て破壊されてすぐ、神音は電気を帯びた指で正面に渦を描いていくと、指が通った場所に高圧電流が残って神奈の方に飛んでいく。
常人ならば感電死する電撃だが、神奈はそれに嬉々として突っ込む。
ようやくチャンスが来たとばかりに笑みを浮かべて、突進していく神奈に〈電撃の渦〉が直撃。しかし電撃の方が弾かれていく。
神奈が所持している加護は環境や害を自動で防ぐもの。加護が電気を神奈に届かないようにしているのだ。そうなるのが分かっていたからこそ神奈は自ら突っ込んだ。
電撃の方が弾かれるありえない光景に神音は思考を停止させ、その隙に神奈が拳を腹に放つ。攻撃を当てられたと笑みを浮かべる神奈だったが、腹にめり込ませたはずの拳が握られていたことで直撃しなかったと悟る。
「……〈水龍の顎〉」
神音の頭上から水で作られた龍が神奈を呑み込むがダメージはない。
体も服も濡れていない神奈は左手で水の竜を殴って爆散させ、次に術者本人に左手で殴りかかるが弾かれる。
拳が弾かれた原因は神音の体に薄く張られた魔力障壁。
硬さをよく知っている神奈は舌打ちして連打を浴びせるがヒビが入るだけで、しかもすぐに修復されてしまう。
「……君の加護はああいった魔法も弾くのか」
「ああそうだよ。それとな、この距離からなら確実にお前に一撃入れられるぞ」
「ほう、やってみるといい。連撃を浴びせても障壁を割ることが出来ないのに、私に一撃入れられるというのならね」
「それじゃ遠慮なく……!」
何度やっても無駄と思っていた神音は、目前の障壁がバリンと音を立てて割れたことに目を見開く。障壁を割った拳は今までの拳と比べ物にならない速度であり、予想以上の速度だったため躱せず神音の頬に拳がめり込む。
「魔力加速……こっから逆転するぞ」
知らない魔力の応用技術だと理解した神音は次に来た拳を掴む。
魔力加速を使用したにもかかわらず拳を止められた神奈の額には汗が滲む。
「逆転? それは無理だ、それをやってもなお全力の私より少し下くらいの速度だからね」
「うっそだろおい……ぶっ!?」
驚いている内に神奈は顎を蹴られて、至近距離から魔力弾を放たれ吹き飛ばされる。腹部で魔力弾が爆発してさらに吹き飛び加速するので、神奈は〈フライ〉で態勢を立て直すのが無理だと悟った。
せめてもの足掻きとして、無駄だと思いつつも魔力弾を複数発撃つ。
一直線に向かった魔力弾は全て神音に片手で弾き飛ばされた。
やはり無駄だったと神奈は無駄に魔力を消費したことを後悔する。
学院を覆う二重結界に衝突したおかげで神奈は止まれたが、衝突したことで全身に衝撃が走って肺から空気が抜け、一時的な眩暈も起こしてしまう。
「うぐっ!? これはきっつい……!」
視界がグラグラと揺れているのも収まりなんとか戦える状態に戻るが、そこで止まっている余裕など神奈にはない。
猛スピードで神音が向かってきているので、神奈はもう一度複数の魔力弾を撃つ。連続して撃つのではなく、一度に複数を向かわせることで片手で弾くことを出来なくさせる。
「私の動きを封じるつもりか。だが……」
まとめて複数の魔力弾を撃ったといってもほんの僅かな遅れが発生する。それは本来分かるようなものではないが、確かにズレが存在している。神音はその僅かな遅れを見極め、両手を神奈の魔力加速以上の速度で動かし、一番早く到達する魔力弾から順に叩き落とす離れ業をやってみせた。
「お前ならどうにかすると思ってたよ……!」
魔力弾に対処している一瞬の間に、神奈は魔力加速を利用して神音の背後に回る。そしてその勢いのままに蹴ろうとするも、振り向くことなく難なく片腕で防御された。さらには蹴りを受けとめた神音がくるりと後ろに一回転して、つま先を神奈の脳天に叩き込む。
抗うことも出来ず神奈は試合場所にて発生していた〈隔てる暴風〉に突っ込む。
その落下した衝撃で試合場所の地面全体に亀裂が走り、ほとんどの部分が地盤ごと崩壊する。
観客席につい先程まで地面だった瓦礫が衝撃で飛来するが、学院長が全ての観客席の正面に魔力障壁を張って防ぐ。
神奈達の戦いを見ていた斎藤も、気絶している影野を背負って試合場所から離れたので怪我はない。自分に被害はないが、災害のような激しすぎる戦いに観客も斎藤も声を出すことすら出来ない。ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
「ぐっ、はあっ……! はあっ……! ヤバい鼻血出てる……!」
「大丈夫ですか神奈さん!? 神音さんも手加減はしているはずですが……」
「ああっ……大丈夫、まだ……やれる」
神奈達が二人で何度も拳をぶつけ合うのは空中なら被害はない。せいぜい爆撃されているかのような音がうるさい程度だ。地上でも地震が起こったり火山が小規模な噴火をするくらいで済むが、それは神音が全力でない場合のみ。
もしも神音が本気を出したなら、たとえ空中戦であっても同じ力がぶつかり合った瞬間に振動が空気を伝わり災害の種になる。地震や噴火はもちろんのこと、ただの空気中を伝わる振動だけで半径二十キロメートル内にいる生物の体が耐えられず死ぬ。
誰もが怪物だと思う程度に神野神音は異常な力を持っていた。
「いやいや、手加減といっても八割くらいは出してるよ。やっぱり強いね君は」
大きな瓦礫と共に空中から下りてきた神音は神奈に向かって歩く。
「だけどもう終わりにしよう。これ以上は周囲に影響が出すぎてしまう」
「終わり……? そうだな……私が、勝つ」
終始まともなダメージを与えられていないのに神奈は勝つと宣言した。
神音は僅かな笑みを見せて魔力を昂らせる。体から出ている魔力がオーラとして視認でき、塔のように高く昇っていく。
全身が訴える痛みに神奈は顔を歪めながら、落ちてくる瓦礫を利用して姿を隠しながら走り回る。
「無駄なのは分かっているよね……魔力感知で君の居場所はっ!?」
走り回りながら瓦礫を利用して隠れつつ、神奈は人間大の魔力弾を生み出し続け、それらを瓦礫の後ろで待機させる。
集中する神音の周囲には瓦礫越しに千個以上の魔力弾が存在していた。
感知した魔力があまりに多かったので神音は神奈の居場所を正確に捉えられない。
「魔力感知対策でやったんだろうけど、こんなものは時間稼ぎにしかならないよ」
瓦礫から出てきて自らの方に飛んでくる魔力弾を弾きながら、神音は周囲を警戒する。
魔力反応があることに変わりはないのだから、それら全てを防いで出てきた本人を叩けばいいと考える。
いくつもの魔力弾が流れるように瓦礫から出て神音に向かう。それらを弾き飛ばしつつ、次に来る魔力弾に向かい神音は拳を振るう。
千という数の魔力弾が少なくなってきて、ついには魔力反応が二つとなった。
二つの魔力を感知している神音は、決着の時が近いことに微かに笑みを浮かべる。
「さて、もう魔力反応は二つ……どちらかに君がいるわけだけど、どうするのかな? 魔力弾が先に出てきたならそれを弾き飛ばしてから君を攻撃すればいい。君が先に出てきても躊躇なく倒せばいい。それでこの戦いは終わりだよ」
瓦礫から先に出てきたのは、先程までの紫に光る人間大の魔力弾よりも三倍は大きい魔力弾。つまりまだ瓦礫に隠れている方が神奈だと思った神音は、迫ってくる魔力弾を真上に蹴り上げてからもう一つの反応に走ろうとする。
蹴り上げられた魔力弾は大きな爆発を起こす。
爆発と同時に駆けた神音だったが、長く生きて戦争も体験していたゆえの勘なのか――後ろに振り向く。魔力反応のない状態で背後から迫る何者かの方に視線を送る。
――背後から迫っていたのは神奈だった。
魔力反応がない状態で走ってくる神奈を見て神音は、相手の立てた作戦の全容を理解する。
瓦礫に隠れて走りながら、神奈は魔力を空にするギリギリの状態まで魔力弾を作り上げる。魔力弾を操作して神音に向かわせつつ、残りが少なくなってから自分の残り全ての魔力を込めた魔力弾を生成して瓦礫の裏に隠す。
魔力が空になったことで長くは活動できずに気絶してしまうが、一撃程度なら叩き込めると判断した捨て身の策。
既に拳を振り上げた状態で、拳が届く距離に神奈がいた。
確認すると同時に魔力反応があった場所から魔力弾が爆発する。
(届く……!)
今までの戦闘から神音の大まかな全力の速度を予測して、神奈は回避も防御も不可能だと決定づけた。
――しかしその拳が届く直前。
神音の急激に加速した裏拳が神奈の脇腹に迫る。
戦闘開始から初めて見せる焦りの表情と共に放たれた裏拳が、神奈の脇腹にミシミシと音を立ててめり込む。振り抜かれた拳を認識することなく、神奈は観客席真下の壁にまで吹き飛び、壁を五十メートル程破壊したあとに止まる。
強すぎる衝撃と、空になった魔力の影響で神奈は壁の中で気絶した。
予測は正しかった。敗因は、神音がその予測を超えて魔力加速を使用したこと。
数回見ただけにもかかわらず、魔力加速を我が物として一度で成功させてみせた。
理解を超えた戦闘が終わって静かになった。
観客達は何度も終わったのか自問自答した後、ほぼ全ての観客が神音の勝利に歓声を上げる。日野や五木兄弟は残念そうな表情を浮かべつつも拍手し、速人は歯ぎしりして神音を睨みつけた。
各クラス得点。
Aクラス 17100点→18100点
Bクラス 7400点
Cクラス 6600点
Dクラス 15790点→14790点
――魔導祭優勝。Aクラス。
大勢の拍手と歓声で魔導祭三日目は終了した。




