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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
355/608

177 決勝――苺味――

2024/03/29 加筆修正








 決勝戦開始三分前。開始場所には既に戦う予定である四人が揃っている。

 数分と経たずに破壊された場所を元に戻された試合場所で四人は向かい合う。


 その内の一人、神奈には不安があった。

 これから神音と戦うというのに既に魔力を多く消耗してしまっている。イツキとの戦いのダメージは大したことがないのでともかく、消耗した魔力が完全に回復するまでにあと数時間は掛かるのだ。


 元々実力が離れているのに魔力が万全でないのは明らかに不利。

 さらに影野もダメージが大きいので決勝を全力で戦うことが出来ない。

 それらの事実から神奈達の頭には敗北という言葉が浮かんでいる。


「神谷さん……あれ、なんでしょう?」


 不安に思っている最中、影野が不思議なものを見たとばかりに目を丸くする。

 神奈も影野の視線の先に目を向ける。その方向からは濃い紫の液体が入ったグラスが四つ乗っているサービスワゴンと、それを押してくる男が一人。サングラスを掛けた黒服の怪しい男だ。

 サービスワゴンを押して神奈達の前にやって来た黒服の男は口を開く。


「疲労した魔力を回復する薬でございます。これらは学院長からの指示で飲ませるように言われています」


「学院長の……これで回復できるの? これグレープ味の炭酸飲料だろ?」


「いえ、こちらは飲めば魔力が回復します。確かにそんな見た目をしているかもしれませんがれっきとした薬でございます。もし体に害が出るようなら政府で治療を施させてもらいます」


 怪しさ満点な飲み物を飲めと言われても誰も手を出しはしない。しかし黒服は飲むまでその場にいるように言われているので動かない。

 沈黙がしばらく流れてから、怪しい飲み物に影野が手を伸ばす。


「……神谷さんに怪しいものを飲ませるわけにはいきません。ここは俺が毒見役を!」


「ばかっ、早まるな! 死ぬぞ!」


「いえ死にませんので早く飲んでください」


 黒服が早く帰りたいのかそんなことを言うが誰も聞いていない。

 手に持ったグラスの中身を影野はぐいっと一気に飲み干す。ゴクゴクと音を立ててどんどん紫の液体は減っていき空になる。


 飲み終わった影野は電撃が走ったような感覚に襲われて、身体を震わせながら「はうあっ!?」と叫ぶ。それを見た三人が心配そうな表情を浮かべるが、少しして影野はスッキリとした表情になる。


「すごいですよこれ! なんだか体が軽いし、減った魔力も元に戻ってますし! それにブドウの味が口全体に広がりますよ!」


 はしゃぐ影野の言葉で一応安全だと分かった神奈はグラスを手に取る。


「と、とりあえず飲むか……お前らは?」


「僕はいいかな。魔力は減ってないし」


「私も大して減っていないので問題ない、よ」


「はい、お二人は魔力の消耗があまり見られないので飲まなくても構いません」


 まだ不安だが一気に飲もうと神奈はグラスの中身を口に流し込む。

 まず感じたのは甘さだった。見た目からは想像もつかない苺の甘さが口内全体に広がり、爽やかな後味を感じる。そして驚くべきは魔力が漲ってくるような感覚だ。半信半疑だったが黒服の言っていたことは本当だと理解した。


「確かにすごいと思う、けどな……なんでこの見た目で苺味なんだよ!」


「学院長が試行錯誤した結果です。他にもおがくず味、ゴーヤ味、納豆味がございます」


「やばい他のやつ碌な味じゃない! 苺で良かったあ!」


 魔力回復薬を飲んだが神奈は完全回復していない。影野は完全に回復したのだがそれは元々の魔力量の差が原因だ。回復薬といえど万能ではなく、込められた魔力以上は絶対に回復しない。神奈が完全回復するには六杯以上飲む必要があるだろう。


「ん? 神谷さんは一杯じゃ回復しきってないみたいだ、ね」


 神音の指摘に神奈は余計なことを言うなと心で叫ぶ。

 回復しきっていないのは分かっている。満たされない気分だし、飲めるなら残っている三杯も飲みたかった。しかしゴーヤ味や納豆味と聞かされたせいでもう飲みたくない。


「魔力回復薬を飲みな、よ。そこのおがくず味がオススメだ、よ」


「お前分かってて言ってんだろ! 飲みたくないんだよそんな味! ていうかおがくずって食べ物ですらないじゃん!」


「神奈さん神奈さん、こんな時こそ昨日教えた魔法ですよ」


「……あー、あれか。使う機会ないと思って忘却してた。〈ハヤグーイ〉だったな」


 腕輪が昨日教えてくれたのは〈ハヤグーイ〉。

 二百グラムまでの物体を胃の中に転送する魔法。

 試しに使ってみた神奈はその魔法の利点に気付く。

 胃に直接入るのでどんなに嫌な味の物でも味を感じずに済むのだ。

 サバイバルで食に困り虫などを食べる時に重宝するだろう。

 もっともそんな機会はなくていいのでやはり普段は使えない。


「まさかそんな魔法を使えたとは、ね。残念だ、よ」


「たぶん今回が最初で最後の使用だな」


 神奈が飲んだことで黒服はサービスワゴンを押して試合場所から出ていき、改めて四人が向かい合う。


「影野、お前は斎藤君を頼む。私はあっちだ」


「分かりました」


「斎藤君は男子の方、を。私は神谷さん、ね」


「うん、構わないよ」


 端の方で、大きなシンバルを持った審判が大きな音を鳴らす。

 決勝戦開始の合図が鳴り響いたことにより四人はそれぞれ動き出す。


「〈隔てる暴風(アウストリブレード)〉!」


 先手は斎藤だった。試合場所を見えない何かが二つに分断し、互いのサポートを出来なくさせる。

 究極の魔導書に載る魔法の一つ。〈隔てる暴風(アウストリブレード)〉。

 地面が真っ二つに割れたように見えるが、それだけではなく今もまだ攻撃は続いている。東西二面に分けられた試合場所を隔てるのは亀裂から出ている鋭い暴風だ。


 影野が神奈の方に駆けようとしたので、斎藤は「影野君!」と叫ぶと適当な石を拾って亀裂に投げ込む。投げられた石は木端微塵に弾け飛び、影野の顔が強張った。

 亀裂を越えようとすればどうなるのか理解し、互いに一人の相手を倒すことだけ考える。


「サポートを封じたわけだね。でも元々俺の狙いは君だし問題ないかな」


「そう? それにしては神谷さんの方に行こうとしていたじゃないか」


 斎藤の指摘に「うぐっ」と声を上げるが、影野はその後に真剣な顔で質問する。


「前から気になっていたんだけど……君、あの人のなんだい?」


「友達だけどそれがどうしたのさ」


 今の状況に関係ないことを訊かれたことで困惑しつつも斎藤は答える。

 答えが納得できなかった影野は全身を震わせる。


「俺はね、あの人が好きだ。大好きだ。この世の誰よりも愛していると言っていい」


 急な告白に斎藤は「……え?」としか呟けない。


「だからたとえ友達だろうとあの人に近付く男は許容できない。普段は絶対にしないけど今回はいい機会だ。君を始末してやるよ……あくまでも事故死としてね」


「や、ヤンデレじゃないか……!」


 憎しみを溢れさせた影野が走って来るのを迎え撃つために、斎藤は攻撃の魔導書に魔法を使用したいことを念じる。

 魔導書のページが自動で捲られて、開かれたページに書かれているのは電撃魔法。


「〈雷神の戦槌(ミョルニル)〉!」


 黄色い線がバチバチと音を立て、電気が巨大な戦槌を形作る。

 普通なら恐れて足が止まるが影野は恐れることなく走り続ける。


「来るんだね……! なら手加減はしないよ!」


 念じて戦槌を振り下ろすとその周辺は陥没し、閉じ込められていた電撃の余波が戦槌とともに弾け飛ぶ。

 ビリビリと空気が振動する中、斎藤は影野を見失っていた。〈雷神の戦槌〉で消滅させてしまったのかと焦ったが、そこまでの力は自分にないと思い周囲を警戒する。


 右左正面背後、全てを見たがどこにも姿がない。斎藤は仕方なくもう一度究極魔法を使用して炙り出そうと考えたが、真上から後頭部を殴られたことで魔法を使用出来なかった。


「ぐっ!? 上!?」


「君の一撃は強い。だったら攻撃される前に倒す!」


 真上から降ってきた影野は連続で斎藤を殴り、最後に蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた斎藤は音を立てながら地面を滑り、痛みに耐えつつ態勢を立て直す。


「距離をとったのが好都合とか思ってないかい? すぐにそれはなくなる!」


 斎藤が魔法を唱えようとした時、一瞬で影野が開いた距離を詰める。

 走ったわけではない。体を動かすことなく急激に加速したのだ。


「しょ、〈衝撃の槍(ショックゲイル)〉!」


 接近戦が出来ないわけではない斎藤は、使おうとした魔法を切り替えて攻撃。しかし当たる直前で影野の姿が掻き消える。


「なっ、速い……! この速度、隼君よりも……!」


 空ぶった攻撃により隙ができた斎藤は目で追いきれなくなった影野を捜す。

 周囲を警戒して視界に敵を捕捉しようとする斎藤に、背後から影野が跳び蹴りを放つ。斎藤は目を見開き前に倒れそうになる。


「さっきの戦いで神谷さんが使っていた技だよ。いちかばちか使ってみたけど出来てよかった。賭けだったんだ、君に魔法を使わせると厄介だからね」


 影野が使用したのは――魔力加速。

 魔力を形にせず一気に放出することで、作用反作用の法則を利用して加速する魔力応用技術。難易度はそれ程でもないが、魔力量が多い者でなければ使用できない技術だ。


 親や友人などを傷つけてしまった力だったが、それを完全にコントロールできたのはこれまでの勉強の成果。魔力加速を使用できたのは、神奈が使っているのを見てやってみたら出来たという才能にものを言わせた結果。


 不意打ちで全体重を乗せた跳び蹴りを叩き込んだことで、影野は心の中で自身の勝利を確信していた。


「それは良かったね。こっちも賭けだったんだ」


 ――斎藤の声を聞くまでは。


「なっ、完全に決まったはず」


「決まってないさ……〈空間湾曲(ディストーション)〉。この技はまだ成功確率五割程度なんだけど、成功して良かったよ。まだ一部しか曲げられないんだ。背後から攻撃してくれてありがとう」


 影野が自分の足をよく見てみればあり得ない方向に曲がっているのに気付いた。折れたわけではない。きちんと感覚もあるし動くのだが、九十度真横に膝から曲がっていたのだ。


「僕には師匠が三人いてね、たまにだけど彼らに修行をつけてもらっているんだ。それで彼らの技を教えてもらうこともある。この〈空間湾曲〉っていうのもその一つだよ」


 〈空間湾曲〉。ディストが使っていた魔技(マジックアーツ)であり、周囲の空間を好きに捻じ曲げることが出来る力。

 影野の両足は空間が曲げられたことにより、膝が九十度曲がっているように見えているのだ。見聞きしたことのない力を前に驚愕する影野へと斎藤は五指を向ける。


「勝ったのは僕だよ。〈衝撃の槍(ショックゲイル)〉!」


 避けることが出来ず、影野は強力な突きの衝撃を受けて気絶した。

 勝利した余韻に浸りながら、斎藤は遥か上空で轟音を鳴らして戦う二人を見上げてパートナーの勝利を祈る。


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