176 存在理由――これから見つけよう――
学院の校門辺りで目が覚めた五木兄弟は敗北の事実を受け入れる。
〈同調融合〉は気絶したことで解けており、二人は痛む腹を押さえながら立ち上がる。
「いたたっ、光線の前の一撃……見えなかったな」
「まさかあの状態の僕達が負けるなんて、考えたことなかったね」
ボロボロの制服についた埃などを払い、五木兄弟は試合会場に戻ろうと考え歩き出す。
自分達を倒した神奈の決勝戦を見ておきたいのも理由の一つ。だが一番の理由は敗北したことでの……マージ・クロウリーへの謝罪。
試合会場付近にまで戻ってきた五木兄弟は、校舎に向かって歩いているマージ・クロウリーを見つけたので駆ける。
「「父様!」」
どこかへ行く前に止めなければと息の揃った二人に、マージ・クロウリーは鬱陶しそうに振り向く。
「ここでは学院長と呼べと言ったはずだが?」
「「申し訳ありません学院長……呼び方の件もですが、先程は負けてしまったことも含めて謝ります」」
「ああ。惨めな敗北だった……用件はそれだけかの? 儂は忙しいのだが」
無駄な時間を取られているという風な態度と言動に、五木兄弟は少しショックを受ける。やはり失望されてしまったのだと焦燥感も抱く。
「た、確かに負けました……しかし次こそは……! 次こそは俺達が勝ちます! なあ弟者!」
「そうだね兄者、最強の座は取り返さなきゃいけない」
そう息巻く二人にマージ・クロウリーは冷たい目を向ける。
汚物のように、腫れ物のように、ただ不快だと言うようにその目は冷たい。
「次は……ない」
「「……え?」」
「お前達はもういらんのだ。どこへなりとも消えるがいい」
言葉の意味を理解するのに数秒ほどかかり、理解しても受け入れたくなかった。
「い、いや、父様! お、俺達は必ず魔導の深淵に至ってみせます……!」
「そ、そうです……! だから見捨てないでください……僕達は何年かかってでも……!」
「それでは遅いのだ……儂には時間がない。分かったならばそこをどけ、今すぐにだ。失せるがいい、今すぐにだ。この学院に通うことくらいは認めてやろう。……だが二度と儂のところには来るな、絶対にだ」
必死に縋る二人に返されたのは、二人の心を奥底まで切り裂くような言葉だった。
父様と慕う製作者に見捨てられるとなれば五木兄弟の行く場所はない。二人の心はズタズタに切り裂かれ、絶望した暗い瞳になって俯くことしか出来ない。
マージ・クロウリーはそれだけ言うと校舎の方に歩いて行き、その場には絶望しきった二人の少年だけが残る。
紅葉の葉がひらひらと舞い落ちてくる。
二人はまるで、木々から離れていくそれらが自分達のように思えた。
「どうしようか、弟者」
「どうしようか、兄者」
「「どうしたらいいんだ……」」
大きな支えだった父親も目的も何もかもを失った二人の目からは光が消え、未来の色は真っ黒に染まる。
どうすればいいのかを考えて五木兄弟が出した結論は一つ。
二人は自分の魔力に形を持たせて小さなナイフを作り出すと、それをお互いの心臓目掛けて振りかぶる。
「「さよなら兄弟」」
何も生きる意味がないのなら死んだ方がいい。
二人の考えは極端すぎた。目的を失ったから死ねばいい、そんな気持ちで淡く光る紫色のナイフを突き刺そうと手を動かす。
心臓がある場所を鋭いナイフが突き破ろうと迫る時、皮膚に当たる直前に二本のナイフを誰かが蹴り飛ばす。
「何してんだ、お前ら……!」
ナイフを蹴り飛ばしたのは神谷神奈だった。
膝より少し上くらいまでしかないスカートなので、上げた足は五木兄弟からだと肌が多く見えている。
ゆっくりと地面に足を下ろした神奈は二人に睨むような目を向ける。
「いきなり死のうとしてんじゃねえよ……! ビックリしただろ……!」
試合が終わってから五木兄弟の様子が気になり走っていた神奈だが、ようやく見つけたと思えばナイフで死ぬ寸前だったので驚くのも無理はない。
魔力で作られたナイフは粉々に打ち砕かれた、二人が自殺するのは神奈の前では不可能に近くなる。
「……なんで止めたんだ? 関係ないだろう?」
「そうだよ。もう終わりだ、何もかも終わったんだから死んで構わないだろう?」
「うるせえ、意味わからんから説明しろよ! さっきまであんなに嬉しそうに戦ってたくせに死のうとすんな!」
神奈は事情が分からないので死のうとする理由も分からない。
駆けつける前に何かがあったのだと思い説明を求めると、五木兄弟の口から零れたのはたった一文。
「「父様にいらないと言われた」」
「父様って……学院長か?」
「「そうだよ、だからもう生きる意味がないんだ」」
「ふざけんな!」
生きる意味がないから死ぬと思っている二人を神奈は殴り飛ばす。
魔力を込めていない普通の拳だが、それでも抵抗する気がない五木兄弟は数十メートル吹き飛び地面を転がる。
「お前らにとって学院長が大きな存在だってのはよーく分かった。……でもな、いらないって言われてどうして死ぬって発想になるんだよ! お前らはやりたいこととかないのか、学院長を見返したいとか思わないのか!」
「……俺達にとっては父様が全てだった。俺達は全てを失ったんだ、もう存在理由がない。魔導の深淵に至るという目的もなくなってしまった今、俺達は生きる意味がないんだ……そうだろ弟者」
「そうだね兄――」
「もう一回言うぞふざけんな! はあっ……今のお前らの心が空っぽだってのは分かったよ。そうだよな、信じてた人に、尽くそうと思ってた人に捨てられたら自暴自棄にもなるだろうよ。でもな、存在理由だのなんだのと小難しく考えすぎなんだよお前ら」
怒って大声を出したことで落ち着いた神奈は、仰向けに倒れている二人の間に座り話を続ける。
「だいたい存在理由とか意味分かんないっての。私はそんな難しいこと考えたことないぞ? まあ生きる意味を強いて言うなら、みんなとまだ一緒に居たいからとかかな……?」
「君にあっても俺達には何もないんだ。何のために生きればいいのかもう分からないんだから」
「だったらさ、見つけよう。お前らの生きる意味をこれから見つけよう。そんなもの、今から見つけたって遅くないぞ? まずはそう、狭い世界から飛び出してさ、新しい広い世界に行こう。お前らの世界はこの学院内だけで狭すぎるんだって」
「見つけられるのか……?」
「分からん」
思わずジト目になる五木兄弟だが、神奈の言葉で何かが変わっていた。
絶望的だと思っていた捨てられた現実。結局悲しいことに変わりはない。
しかし先がないと思っていた暗闇の未来をまだ進めるのではないかと兄弟は思う。
「分からないけど……お前ら次第だろ? 生きる意味を探すのを目的にしてみろよ。お前らならきっと見つけられるからさ」
「……弟者」
「……兄者」
倒れていた五木兄弟は立ち上がって空を見上げる。
「「まだ、生きてみよう。これから探そう、生きる意味を……」
青空は、大地は、この世界は果てしなく広いものだ。
五木兄弟の生きる意味を探すという目的もいずれ果たされることだろう。
「……神谷神奈、君のおかげで色々考えが変わったよ。それだけは礼を言っておく。なあ弟者」
「そうだね兄者。それと魔導祭には絶対優勝しなよ? 僕達に勝ったんだからね」
「はっはっは……どうだろう、自信ないけど……まあ行ってくるよ」
昨日の敵は今日の友。そんな言葉を思い出した神奈は小走りで試合場所に急ぐ。
魔闘儀決勝戦。正真正銘最後の戦いが始まろうとしていた。




