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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
353/608

175 同調融合――イツキ――

2024/03/29 文章一部修正








 上空から神奈により地面に叩きつけられた五木兄弟はなんとか立ち上がり、空から下りてくる神奈を無機質な目で見据える。

 二人は突然生気のようなものを感じさせなくなった。だがそんなことに気付かずに一人、五木弟に跳びかかる者がいた。


「うおおおおおっ! 喰らええええ!」


 観客含め全員にやられたと思われていた影野だ。

 影野は痛む体に鞭を打ち、魔力を振り上げている拳に集中させて突進する。それに五木弟は反応して振り返るが、拳が額に激突し――木端微塵に砕け散る。


 頭部が砕け散るという異常な光景だが、殴った張本人である影野は殴った硬さから人間でないことに気付く。

 攻撃されていないはずの五木兄の体も弟と同じようにボロボロと崩れていくことで、神奈や観客も人間ではないことに気付いた。元々人間ではないという意味ではなく、身代わりとして入れ替わっていたのだ。


「なるほど、〈岩人形(ロックドール)〉と〈自由な配色(フリーダムペイント)〉の複合魔法ですか」


 付けている腕輪が声を発したことで、神奈は先程まで存在した身代わりが魔法で作り出されていたものだと理解する。


「〈岩人形〉ってのは何となく分かるけど〈自由な配色〉ってのは?」


「対象物に触れただけでイメージした色にすることが出来る魔法です。ただし強くイメージしなければ、配色がぐちゃぐちゃになってしまう欠点があります」


「……あいつらそんなもん使ったのかよ」


 あまり使い道がなさそうな魔法を使用した事実に呆れた声を出す神奈だが、その声が焦ったものに変わるのは早い。


「影野っ! 上だ!」


「え……ぎゃぶれっ!」


 神奈が叫んだのは影野の上から本物の五木兄弟が降って来たからである。

 上に注意を向けるのが遅く、五木兄弟の拳骨が影野の後頭部に振り下ろされた。

 殴られた影野は顔から地面に激突して亀裂をさらに広げる。


「まったく酷いな、俺達が死んじゃったぞ……なあ弟者」


「そうだね兄者、本当に酷いや。でもまあ邪魔な男は排除出来たし、これで神谷神奈に集中できるね」


「……これで二対一ってわけか」


「いえ二対二ですよ神奈さん!」


「なにっ? まだ戦えるのかあいつ!?」


 腕輪の言葉でまだ影野が戦える希望を神奈は持つ。しかしパートナーである彼は地面に伏せたままで微動だにしない。


「私も含めれば二対二です!」


「ふざけんじゃないぞおい!」


 抱いた希望が打ち砕かれたので、神奈は五木兄弟を攻撃したよりも少し威力を乗せて腕輪を殴る。事情を知っている人間ならば何も思うことはないだろうが、知らないほとんどの人間からすれば急に自分の腕輪を殴った変人にしか見えない。


「すぐに消えた身代わりはさておき、再開しようか……!」


 五木兄が再開の合図として魔力弾を放つが神奈は片手で弾き返す。

 弾き返された魔力弾を躱した五木兄弟は、二人掛かりで神奈にラッシュを仕掛けるが神奈はまだ余裕そうな表情で応戦する。


 観客席の日野や他の生徒、Aクラスの人間でさえ五木兄弟の拳や蹴りが見えなかったが、それよりも神奈の方が強い。

 化け物とつい先程口に出してしまった五木兄弟はその考えが正しいことを理解する。


「二人掛かりでも! 勝てないのか!?」


 神奈の拳が二人に突き刺さって後方に吹き飛ばす。


「それだけじゃないよ兄者……あの女、本気を出していない」


「なんだと! どういうつもりだ!」


 五木兄はその推測というか事実に怒りを覚えて叫ぶ。


「……全力出してほしいのかよ?」


「当たり前だろう! これは俺達兄弟の力を引き出すための試合、お前はただの練習相手にすぎない! ゆえに全力で戦う以外許されない! そうじゃなきゃ、全力の生徒に勝てないようじゃ父様に認めてもらえない……!」


「ふぅん、でもな……だったらお前らが先に全力出せよ。自分が精一杯やらないで他人のこと偉そうに説教するな。やってみろよ、あの一人になる魔法……そうじゃなきゃ私とまともな戦い出来ないぞ?」


 神奈の言葉で五木兄弟は理解する。


 ――〈同調融合(ユニオン)〉。


 兄弟二人が文字通り、意識も力も全て融合することで倍以上の力を持つ戦士を誕生させるものだ。それを使わなければ自分達も全力ではない、そんなことに今更気付きハッと息を呑む。


 他人のために戦うのはいいことだが、迷いがあればいざという時に全力を出せない。そう葵に言ったことを憶えている。自分達は父親のために戦っているという意識があるにもかかわらず、そんなことを言ったのは自己嫌悪のようなものだったのだろう。


 ただ褒めてもらいたい。

 ただ認めてもらいたい。


 そんな想いで戦っていた五木兄弟は、葵のように純粋な誰かのためという想いを感じ取って迷いが生じてしまったのだ。

 褒めてもらう、認めてもらう、そんな理由で本当に戦っていていいのかと二人は小難しく考えていた。


 誰かのために戦うのはいいことだ。五木兄弟は父親のために戦っている。そう言い聞かせることで自分達の我が儘な目的を正当化しようとしていた。

 神奈と戦いを繰り広げている今でも迷いは消えはしない。しかし別の想いが心に唐突に住み始める。


 ――ただ勝ちたい。


 自分達が常に最強と信じて疑わなかった五木兄弟にとって、周囲で強い相手だと言われても自分達よりは弱いと思っていた。

 自分達が一番……そんな想いは神奈と戦ったことで吹き飛んだ。


 誰かのためではなく、今目の前にいる強敵を倒したい。

 そんな純粋で単純な想いが生まれて、別に存在している全ての感情を上回る。

 ただ勝つために全力を出す。そう決めた二人の心からは迷いが一時的に追い出される。

 二人は鏡のように全く同じような動作で手を繋ぎ、全力を出すための言葉を口にした。


「〈同調融合〉……!」


 手を繋いでから二人の魔力は上昇し、肉体が漆黒の球体に閉じ込められる。

 少し経つと漆黒の球体がひび割れて、ガラスが割れるような音と共に破裂。その場所には五木兄弟によく似ている赤みがかった茶髪の美少年が佇んでいた。

 少年、イツキはたった一人で神奈を見据える。


 発する魔力は黒い点が交じった濃い紫色。

 不気味な魔力を見るのが二回目とはいえ、恐怖で観客の誰もが青ざめた顔をする。


「俺はイツキ。今は兄弟ではなくただのイツキ……お前を倒す者だ」


「……なんかさ、改めて考えるとモーション違ってもやっぱりそれってフュージョン――」


「行くぞ!」


「ぬおっ!? いきなり!?」


 黒い彗星のような光が神奈へと一直線に向かう。

 予想を上回るイツキのパワーアップに驚きつつも神奈は拳で応戦するが、力で押し負けて壁に激突する。

 殴り飛ばされたダメージは小さいが、押し負けた事実はショックだった。


「いや、予想以上……!」


「どうやらあの〈同調融合〉という力は単純に足し算ではないようですね。推測ですけどあれが彼等本来の姿なのかもしれません。魔力器官を混ぜて強大になりすぎた力に体がついていけなかったことで、二人に分かれてしまったのでしょう」


「元々は一人って……あいつは大魔王と神に分かれたナメック星人かよ」


「いえ、今は二人の時が正常になっているのであれは合体で間違いないんです。例えるならポタラの方が正しいでしょう」


「へえ……あれ? この世界にもあの漫画あったっけ?」


「私が知っているだけです。それよりも来ますよ!」


 無駄話をしていた神奈が身構えると同時、イツキに真横から上空へ蹴り上げられる。

 ロケットのように飛ばされる神奈を黒い彗星が無表情で追いかけて腕を掴むと、自分の方に引き寄せてから頬に拳を叩き込む。


 凄まじい勢いで吹き飛ばされる神奈は壁にぶつかって止まるが、上空に壁などあるはずないことに思い当たる。背後を見れば薄く赤い膜が現れており、それが壁の役割を果たしていた。


「音と魔力漏れ防止の魔力結界ですね」


「ああそうか、そんなのもあったな。ていうかいったいな……! 歯が折れたかと思ったし!」


「残念。折ってやろうと思ったんだが」


 イツキが既に神奈の真横にいた。

 彼は神奈を結界と挟みうちするように蹴りを叩き込もうとするが、神奈は同じ蹴りで対応して今度は力で押し勝つ。空中でバランスを崩すイツキの頬をぶん殴ると吹き飛ぶので追いかける。


「そうらあっ!」


 神奈の追撃が当たる直前にイツキの周囲に紫色の魔力障壁が出現したが、拳は一瞬しか止まらずに魔力障壁を破って腹にめり込む。ミシミシと骨が折れそうな音を鳴らしながら、イツキは試合開始地点まで落下して轟音が周囲に響き渡る。


「おいおい、死んだんじゃねえかあれ……」


 観客席にいた日野は戦いの内容は見えずとも、誰かが隕石のように猛スピードで落下してきたことだけは分かった。普通ならこんなことをされて生きていられない。


「ふん、あの男……まだ戦えるようだな」


「げっ、マジかよ。なんで立てるんだよ。どう考えても死ぬだろ」


 速人の言葉通り、イツキが腹を手で押さえながら立ち上がる。それを見た日野を含めた観客も信じられない感情から声を上げる。


 立ち上がったイツキは神奈が下りてくる前に、黒い斑点がある紫色の魔力弾を連続して放つ。しかしそれら全てを躱しながら神奈は着地する。


「ダメージはありそうだけどまだ戦えるか」


「神奈さん、これは後先考えている余裕はないかもしれませんよ?」


「……だよなあ」


 頭をポリポリと掻く神奈に向けてイツキは走った。


「〈岩石双拳(ロックハンド・ダブル)〉……!」


 魔法が唱えられてすぐ、イツキの両腕をゴツゴツとした岩が覆っていき怪獣のような腕に変化する。腕の大きさはイツキの身長の半分程度はあり、走る速度は変わらないがずっしりとした重さが追加されている。

 岩で覆われた両腕をイツキは同時に突き出す。岩を纏った巨大な両腕の攻撃は、神奈の何も覆っていないきれいで小さい手に相殺される。


「うおっ、重い……」

「はあああああっ!」


 緊張感があまりない神奈だが、言葉と裏腹に戦いは一応本気になっている。必殺技とも呼べる力を使わないが神奈なりに真剣だ。


 またもや力比べになるが、イツキは自分の体が浮き始めたことを察知する。察知したところでどうにもならないがこの後の展開は読めた。

 真っ当な力比べではイツキの方にほんの僅かに分がある。そう思った神奈は正面ではなく真上に持ち上げるように力を入れたのだ。


「そりゃあああ!」


 叫び声と共に神奈はイツキを投げ飛ばす。しかし〈フライ〉を使用できる魔法使いにとって空中に投げられても脅威はない。神奈も分かっているので投げると同時に走り出す。

 拳を固く握りしめた神奈を見て、イツキはその拳が来ると予想する。


 投げられて空中にいるイツキに向かって跳んだ神奈は握った拳を突き出す。

 攻撃を読んでいたイツキは岩で覆われた巨大な両腕をクロスさせて防御する。


「くそっ、硬度が全然違うな!」


 防御を打ち破れると考えていた神奈だったが、現在のイツキの出す岩の硬度は〈同調融合〉前のものと比べ物にならない。多少欠けはしたが神奈の拳にも耐えたそれを利用した拳が迫る。

 イツキの打撃を神奈も防御しようとするが重量が違いすぎて吹き飛んだ。


「いっつっ! でもそれがどうしたってんだ!」


 すぐに神奈〈フライ〉で態勢を立て直し、両拳に通常より少し多めに魔力を流す。

 魔力の流れを感じ取ったイツキは興奮した笑みを浮かべて、血走った目をしながら『受けて立つ』と心で叫ぶ。


 魔力を一部に多めに流せば他の部分の攻防力が下がるが、同時に下がった分の攻防力が集めた部分に行くということ。いつも神奈が使う〈超魔激烈拳〉はその最大火力を引き出した状態で殴る必殺技である。今の神奈の拳にそんなレベルの威力はないが、イツキに通用するくらいの力はあるだろう。


「悪いなイツキ、私も負けたくないんだ! これで終わりにさせてもらうぞ!」


「望むところだ、こちらも全力で迎え撃つ……!」


 既に神奈の通常攻撃ではイツキの〈岩石双拳〉に及ばないことは証明されている。だがそれも魔力を多めに流した拳ならば覆せる可能性はある。そんな可能性などねじ伏せてやるとイツキは防御の構えに入り、神奈はそれを打ち砕こうと拳を後ろに引く。


 ――その時、神奈は唐突に速度を増す。


 発動したのは〈魔力加速〉。形として成立していない魔力エネルギーを一気に放出することで、作用反作用の法則を利用して加速する技術。


 神奈は以前出会ったスピルドとの戦闘中にオリジナルの技術を編み出した。

 力は絶大であり、全力で加速すると制御出来ない程である。

 速度が上がったなら威力も増す。神奈の拳は物凄い速さでイツキの両手に叩き込まれ、一撃目で亀裂を作り、二撃目で亀裂を広げて〈岩石双拳〉を破壊。そして三撃目が驚愕しているイツキの腹にめり込む。


 三撃はイツキの瞬き一回の速さすら上回っていた。

 〈岩石双拳〉を破壊する程の力で殴られたイツキは一瞬気を失いかけたが終わらない。勝利への執念か、最強へのこだわりか、黒い斑点がある魔力を最大限に昂らせて両手に集めていく。


「最強はああ! 俺なんだあああ!」


 魔力光線を放つつもりだと神奈はすぐに理解する。

 そして理解したならばやるべきことは一つ。


「最強とかどうでもいいけど、勝つのは私だあ!」


 両手に魔力を集めていくのは神奈も同じだった。

 己の力を存分にぶつけ合うため、両者の大きな魔力光線が放たれてぶつかり合う。

 激しい力の奔流同士が衝突し続けて数秒。互角に見えたそれに変化が生じる。


「お、押されて……!」


 神奈の紫の魔力光線がイツキの魔力光線を押し始めたのだ。

 単純な魔力量では神奈の方が上だとイツキは悟ってしまうが、それで諦めるかは別のこと。イツキは全力の力を放出し続けることに集中する。


 ――変化はまた起きた。今度はイツキの魔力光線が押し始めていた。神奈の力が最初よりも徐々に弱まってきている。


「ぐっ、くそっ、魔力の勢いが……!」


「マズいですよ神奈さん! イツキさんの魔力器官は魔力回復速度が尋常ではありません。このままでは徐々に力が落ちていく神奈さんの方が不利です!」


「分かってんだよそんなことくらいいい!」


 全力で走り続けられる人間などいない。誰しもに体力というものがあるので、長い短いはあれど全力を永遠には出し続けられない。ただ、複数の魔力器官をあわせ持つイツキは神奈よりも全力を出し続けられる時間が多い。


 太く、大きく、激しさを維持し続ける光線に負けそうになっていると、神奈は観客席に目を向けた。

 観客席にはメイジ学院での仲間が見開いた目で見つめていた。誰が何を思っているのかまでは分からないが、神奈は負けたくないと強く思い直すことが出来た。


「俺の勝ちだああああ!」


「……イツキ、これは二対二のバトルだって憶えているか?」


 押されながらも笑う神奈の傍に――影野が立つ。


「俺のことを忘れてもらっては困るね……イツキいいい!」


 影野も紫の魔力光線を放ち、神奈のものと融合する。

 呑みこまれそうになっていた魔力の奔流が力強さを増していき、逆にイツキの光線を呑みこみ返していく。


「ば、バカな、また押されて、押し負け、俺が負け……!」


 ちらりと、イツキは魔力光線に呑まれる直前に学院長がいる場所を見た。

 冷めた目だった。応援するわけでもなく、焦っているわけでもない。ただどうでもいいような、試合になんの感情も持っていないような目をしていた。


「とうさ――」


 魔力の押し合いに負けてしまったイツキは光線に呑まれ、外にある結界にまで飛んでいく。

 審判の男が三十秒数えたがイツキは試合場所に戻れなかったため失格。

 魔闘儀準決勝二回戦。激闘を制したのは神奈となった。

 今までのどの試合よりも凄いと思わせたことで、観客席からは大歓声が送られる。


「まだ優勝したわけでもないですけどね」


「……だよな」


 ふらつきながらも神奈はそう呟く。

 決勝でもおかしくない試合だと神奈自身思っているが、本当に戦いたい相手は別にいる。イツキとの戦いは前哨戦、言わばウォーミングアップ……のはずだった。しかし予想に反して強敵だったため予想以上に消耗してしまった。


「お前らは強かったよ、五木兄弟……」


 会場から出ていく前に、神奈は誰に言うわけでもなくそう独り言つ。

 決勝戦は斎藤&神音ペアと神奈&影野ペアの試合に決定した。



 各クラス得点。

 Aクラス 18100点→17100点

 Bクラス 7400点

 Cクラス 6600点

 Dクラス 14790点→15790点



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