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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
二章 神谷神奈と侵略者
35/608

21 魔技――マジックアーツ――

2023/11/03 脱字修正









 二人の少年が何度もぶつかり合う。

 何度も、何度も、何度も――ぶつかる。

 音速を優に超える激しい戦闘を、細身の男はしっかりと捉えていた。


「ふむ、どうやらグラヴィーが言っていた通り、あの男は俺達と互角以上に戦えるらしいな。それほどの身体能力を持っているということか。……だがグラヴィーもまだ本気ではない。そろそろ使いだすぞ、あの技を」


 戦いは今のところ速人が優勢。夢野宇宙に成りすましたグラヴィーという男は、速人にあと一歩及ばず、息も切れ始めていた。

 繰り広げている肉弾戦を一旦停止させ、お互いが距離をとる。


「その変装の腕は大したものだ。だが実力は俺には及ばないらしいな。いい加減に答えたらどうだ? お前達はどこから送られてきた? まさか日本人ではないだろう」


「言う前に聞いていいか? なんで僕が夢野という男ではなく、どこかから送られた者だと思ったんだ? 自分で言うのもなんだが変装がバレることはないはずだ。なにせこの見た目は完璧なんだから」


「ああ、変装はお前の言う通り完璧なものだ。だが迂闊だったな、この国にある機械や通貨価値すら知らないというのはおかしすぎる。念入りに調べておくべきだったのだ。……自販機は金を入れてからボタンを押す、常識だ。それに足運びや気配が全く違うものだった、一日で全くの別人になっていたぞ」


「うっ、あれを見ていたのか。……確かにあれは僕の不注意だったな」


 自動販売機の前にいつまでもいれば注目が集まる。ボタンを連打していれば不審がられる。速人は夢野のおかしな行動に気付き、神奈と同じように尾行し続けていた。もちろんついさっきまで誰にも悟られることなく。


「……で、結局お前はどこの国の暗部なんだ」


 外国が偵察や暗殺のためにスパイを送ることがある。

 殺し屋業界ではそういった情報は集まりやすいとはいえ、全てが分かるわけではない。知らなければ不利益をもたらすこともあるので、どうしても速人はグラヴィーの正体をはっきりさせておきたかった。

 睨みつける速人に対して、グラヴィーは口角を上げ、真上に指を立てる。


「惑星トルバ。お前に分かりやすくいうなら……宇宙さ」


「宇宙? お前は何を言っていグッ!?」


 唐突な変化が訪れた。

 速人を中心として半径二メートルの砂利道が――沈んだ。

 円状にへこむ地面。そうなると同時に速人の体が重くなる。


「僕が一番得意とする魔技(マジックアーツ)、〈重力(グラヴィティー)操作(コントロール)〉。重力を操る力さ。どうだ、八倍の重力は……体が重くて動けないだろう?」


 重力が増加するということは身動きが取りづらくなるということ。人間にかかる、この地球の重力が四倍にもなれば立つのも困難になるだろう。速人も例外ではなく立っていられずに、右膝を地面につけてしまう。


「マジックアーツ? 重力? あの女が使っていた妙な技も理解できなかったが、こんな魔法染みた力があるというのか……!」


「足掻いても無駄だ。正直ここまでやるのは驚いた……でも終わりだよ。お前はここで惨めな死を迎える。そうだ、どうせなら今度はお前に成り代わるのもいいなあ!」


 優位に立ったと感じたグラヴィーは速人に急接近する。

 このままではマズいと思う速人は手裏剣を投擲した。しかし重力が増加しているせいで動きにキレがなく、投げた手裏剣も真っ直ぐの軌道ではなく、放物線の軌道を描いて地面に刺さる。


「ははは、どこに投げているんだ!」


 勢いの乗った蹴りが速人に突き刺さった。咄嗟に両腕で防御したとはいえ、何度も後方に回転して再び距離がとる。蹴りの威力からして使用者には効果がないのだと速人は悟る。

 グラヴィーから離れれば効果が消えると思いきや、速人の体に変化は訪れない。


「くそっ……重さに慣れてはきたが、このままでは……!」


 高い身体能力を持つ速人は増加した重力に慣れてきていた。

 いきなり重くなったから体がついていかなかっただけで、十秒もその場にいれば慣れてくる。一分もあれば立って動けるようにはなるだろう。しかしそれまでに速人は確実に負ける。慣れるまでなど待ってはいられない。


 再びグラヴィーが速人に接近する。

 雄叫びと共に気合で速人は立ち上がる。立てたことにグラヴィーが一瞬驚くも、動きが鈍い今なら何をされても負けないと有頂天になっていた。

 正念場となる状況。追い詰められた速人が取った行動は手裏剣の投擲。


「今更何をしても無駄なんだよ!」


 グラヴィーの言う通り、一見無駄なことにしか見えない攻撃。当然のように強い重力によって敵の元へと飛んでいかない。しかしそれでいいのだ、相手に当てる必要など全くないのだ。なぜなら速人には――


「身代わりの術」


 ――瞬間移動のように近くの物体と入れ替わる技があるのだから。

 標的が消えたことによりグラヴィーの目がカッと見開く。そしてついさっきまで手裏剣が刺さっていた場所……左下に屈んだ状態で現れた速人を認識する。


「なるほど」


 笑みを作り、速人は高速で腰にある刀を抜刀する。


「貴様の視界から外れれば効果が消えるらしいな」


 白刃が迫る危険にグラヴィーは上半身を反らして回避する。

 頬に掠る程度で済んだが、間違いなく殺す気だった殺気塗れの一撃に恐れてバッグステップで距離をとる。


 刀が掠った頬から赤い血が滲み、一筋垂れた。

 別にグラヴィーにとって珍しいことではない。こんな掠り傷など日常茶飯事で気にしない。しかし予想外だったのは向けられた殺気の強さだ。速人からの殺気は数々の戦いを経験したグラヴィーを怯ませるほど強大であった。


「……っ! 重力操作!」


 まともに戦えば負ける。グラヴィーはようやく速人の危険性に気付いた。

 少しでも有利になるために重力操作を使用した。その瞬間、速人の細い足腰に力が込められる。

 平然とするまではいかずとも、速人は増加した重力内でも走り出していた。


「な、なぜ動ける!」


「さすがに二回目となれば慣れるものだ。こんなものは重石を身につけているのと変わらない」


 最高速で駆けた速人はグラヴィーに到達する前に手裏剣を投げつけた。

 今度は真っ直ぐに投げるのではなく、斜め上に向かって投げた。本来なら遥か彼方に飛んでいく手裏剣も、重力により放物線を描いてグラヴィーへと落ちた。

 慌てて左に動いて避けたグラヴィーに、速人が攻撃の届く距離にまで接近する。


 急に動いたために態勢が崩れているグラヴィー。大きな隙ができており、その隙を逃がす速人ではない。

 顎先に向かって左手で掌底を繰り出し、それが直撃してグラヴィーの脳を揺らす。

 グラヴィーの視界が反転する。地面に倒れた証拠だ。意識が朦朧としているなか、速人のことをキッと睨みつける。


「どうやら立てないのはお前のようだな」


「こ、こんなはずでは……油断しなけ……れ……ば……」


 とうとう意識がなくなりグラヴィーの首がガクッと落ちる。その体が骨格などから変形していき、夢野宇宙の姿から全く違う姿……グラヴィーという青い髪の少年本来の姿へ戻っていく。


 気絶と同時に速人へとかかっていた増加分の重力はなくなった。軽くなった体の反応を確かめると、トドメを刺すべく懐から短刀を取り出す。

 グラヴィーに向かって振り下ろし、心臓を一突きにする――直前で軌道が変わり地面に刺さった。


「――ッ!?」


「さすがに殺されるのは困るのでな。邪魔させてもらったぞ」


 背後から速人にかけられた声の主は灰色のマフラーを巻いた細身の男。

 短刀から手を離して、速人はゆっくりと振り返る。


「……貴様、何かしたか?」


「そうだと言ったら?」


「生かしておいてやろうかと思っていたがやめだ。貴様もここで息の根を止めてやる。宇宙から来たなどと世迷言をほざく連中には遠慮しなくてもいいだろうしな」


 その場から速人の姿が掻き消えた。

 高速で駆けている速人のことを細身の男――ディストは見失わずに目だけで追い続けている。

 速人はディストの周囲を回り始める。そう走り回っている途中で、姿がぶれ、体が分裂していた。神奈と戦った時に使用した〈分身の術〉だ。緩急のついた速度と特殊な移動方法で、まるで本当に分身して増えたかのように残像が残る技。


 四人になった速人はほぼ同時に手裏剣を投げつけた。

 手裏剣がディストに四方から襲いかかる。だが動じない。ディストは慌てることなく避け続けている。


「ふははは、前後左右からの攻撃。いつまで避けていられるかな」


「確かに避けるのは面倒だ。……重力操作」


「ぬあっ!? これはまさかさっきの……!」


 グラヴィーと同じ重力増加の力。しかも先程よりも強力で速人は立つことさえできない。一気に地面に打ちつけられるように倒れてしまう。


「そういうことだ、まあグラヴィーより出力は上だがな」


 重力が普段の十五倍以上。そんな状態で分身の術を維持するなど不可能。

 残像が消えていく。惑わされることもなくなり本体が曝け出される。


「そこか」


「身代わりの術……!」


「むっ……先程の瞬間移動か」


 重力操作の弱点。視界から外れれば効果が消えること。

 先程の攻防で見抜いているので、速人はすぐに手裏剣と位置を代わることで重すぎる重力から抜け出す。


「この程度では負けん。俺を倒したいならもっと本気になるんだなっ……」


「本気でか……いいだろう、見せてやろう。この俺、ディストの最も得意な魔技をな! 空間(スフィア)操作(ウェーブ)!」


 そう言い放つと、ディストと速人の距離は二十メートル以上あったにも関わらず、一瞬で距離を詰めて速人は蹴り飛ばされた。そして手を翳すと、吹き飛ぶ速人が空中で何かに引っ張られるように戻ってきて、ディストは力を溜めた右拳で思いっきり顔面を打ち抜く。


 短い戦闘、一方的な攻撃で速人は悟る。

 ディストは自分より強い。身体能力で上回っているうえ、理解不能な力も合わさり突破口が見えない。舐めてかかったわけではないが敵の強さを完全に見誤っていた。


 殴られては吹き飛び、引き寄せられてまた殴られる。

 やられっぱなしになるわけにはいかないので、速人も拳や蹴りで反撃はし始める。だが態勢を整える暇がないほどの攻撃の波の中では、威力、速度、ともに不足していた。ほとんどの攻撃は避けられ、当たったとしても大して効かないため気にもせずディストは攻撃を続ける。


「もう限界なのではないか? 諦めろ、貴様に勝機はない」


 そう告げられると同時に何かの力が解除される。

 速人は両膝を地につけて尚、反撃の為に思考し続ける。


(あの引っ張るような力は直接俺を引っ張ったわけではない。何かもっと……俺を含めた何かを操作している? それは一体なんだ? 思いつくものは……)


 考えて、考えて、考え抜いた結果。


「まさか、お前が操っているのは……俺の周囲の空間か? 先程の短刀も空間を引っ張って本来の軌道から逸らした……?」


 速人は真相に辿り着いた。


「ほぅ、その通り、俺の魔技は確かに一部の空間を操作している。お前のいる空間を引っ張ればそこにいる貴様も引っ張られる。だが分かったところで貴様にはどうしようもない。分かるか? 繋がる空間を操作すれば、貴様の攻撃を全て外すことも可能なんだ」


 たとえばボールを投げたとき。力が加わった方向に移動するだけのボールは軌道を変えられない。しかし空間操作を使用すれば、投げた後のボールが通る空間を操作して軌道を変えることができる。ありえないことに重力を無視して真上へ上昇させることさえできる。

 同じように速人が刀を振るった場合。ディストへと刀が迫っても、通る空間を逸らしてしまえば勝手に刀も逸れる。全方位から攻撃でもしない限り、確実な攻略は不可能だろう。


「やれるものなら、やってみろ!」


「理解力、学習能力の乏しい種族だ。勝てないと分からないか」


 急接近して速人が刀を振りかぶる。

 刀が振られる直前、ディストは「なっ……!」と驚きの声を零す。


「散失斬」


 ――刀を持つ右腕だけが残像を作り出していた。

 ゆらゆらと分裂して何本もあるように、鞭が振るわれているように見えるそれは、誰であろうと刀が振るわれる軌道を悟らせない妙技。

 軌道が読めないのなら空間をどう操作すればいいのか分からない。

 刀を振って速人が通り過ぎた瞬間、ディストの右肩から赤い鮮血が噴出した。相手の予想を上回った速人の一撃が見事命中したのだ。


「はあっ、はあっ、どうだ……」


「見事としか言えんな。……一つ面白いことを訊こう。もしも、貴様を中心として、空間を四方八方に引っ張ったらどうなると思う?」


 嫌な予感が速人の全身を駆け巡る。

 振り返ったディストが両手を合わせた。そして速人の体が宙に浮く。


「体が裂けるのだ。無理やり引きちぎられるといった感じにな。そしていま……!」


「グウオッ!? な、ガアアァ!」


「貴様はそうなるのだ!」


 合わせた両手が勢いよく離れると空間が操作された。

 速人を中心にして全方位に空間が移動しようとし、四肢がそれぞれの方向に空間と一緒に引っ張られる。

 全方位に引っ張られる体からは、骨がミシミシと音を立て、筋肉がブチッと切れる音すらしていた。痛みは増していき、血管や神経すら引っ張られて断ち切られそうになっていた。


 苦痛から解放されようと速人はもがくが、それに意味はなく、ただひたすら引き裂かれそうになる痛みに耐え続ける。四肢がもげそうになるほどの経験したことのない強い痛みに、速人は絶叫することしかできない。


 ――そしてその苦しみは思わぬ形でなくなった。

 力を行使していたディストが、何者かに殴り飛ばされたのだ。

 空間操作の効力は消え去る。速人は白目を剥き気絶して、力の抜けた状態で地面に倒れ伏す。


「……大丈夫、じゃなさそうだな」


「神奈さん。外傷もですが体内の損傷も酷いです、一刻を争う状態です! 早く病院に運ばないと死んでしまいますよ! そもそも運んだとして生存できるかどうか……」


 ディストを殴り飛ばしたのは――神奈だ。

 神奈はグラヴィーを見失ってからずっと捜し回っており、この近くまで来ていたのだが見つけることができていなかった。しかし速人の聞いていて痛々しい絶叫を聞いて、場所を特定してここに来ることができたのだった。


「待ってろ、今すぐアイツをぶっ飛ばす」


「いや、もうぶっ飛ばしましたよね」


「……もう一回ぶっ飛ばす」


 殴られた頬を左手で押さえて、ディストが右手で地面に手をついてゆっくりと立ちあがる。


「グウゥゥ……貴様ァ、何者、いやそんなことはどうでもいい……! 不意打ちが成功したからと調子に乗っているんじゃない……今すぐ殺してやろう! そこに倒れているゴミのようになぁ!」


「……ゴミ?」


「バラバラに引き裂かれろ!」


「……おい」


(な、なんだと? 何故操作できない? ば、バカな……奴の周囲に特殊な空間が広がっていやがる! 奴の中には何かある。それが空間にまで作用して……!)


 ディストに向かって神奈が歩みを進める。

 神奈は今までで一番怒りを感じていた。目の前で知り合いが殺されそうになっているということに怒っていた。なぜもっと早く来れなかったのかと自分に怒っていた。

 神奈は敵を見据えて、深く息を吸いながら拳を強く握る。


「重力操作!」


 この地球の十五倍以上の重力が神奈にかかる。しかしその歩みは止まることはなく、むしろ速くなっていく。

 そして、ついにディストの目前にまで到達した。


「歯ぁ、食いしばれえええ!」

「グブッバアァ!」


 拳がディストの顔面に突き刺さり、猛スピードで後方へ吹き飛んでいく。地面を何度も転がり、何回転もしてようやく止まる。そして立ち上がろうとしたが力が入らず、そのまま力尽きるように気絶する。

 神奈は速人を優しく持って背負い、病院へと慎重かつ素早く走り出した。


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