171 秘密部屋――学院の秘密――
2024 3/29 文章一部修正
秘密部屋。気になるワードではあったが、とりあえず神奈は傷だらけの斑を保健室に運ぼうとする。それに神音が待ったをかけた。
「彼は私が治そう、今は時間が惜しいんだ……〈完全治癒〉」
神音が手を斑に翳すと白く淡い光がその手に宿り、温かそうな光が移動して斑を包み込む。
「魔法か?」
「その通り。〈完全治癒〉、禁断の魔導書に記されている魔法だよ」
白き光に包まれたものは全てが治る。
欠損した部位も、生物でなくても、元の状態に戻す。
治癒魔法というより時間操作に近い魔法。
本来魔導書に記されている魔法は、魔導書の力を借りなければ並の者には行使できない。たとえ行使できたとしても一発が限度だろう。しかし神音の魔力は強大であり、魔導書を介さなくても究極魔法を千回以上は行使出来る。
「傷は完全に治ったよ。後は放置しておこう。今私達のやるべきことは彼を運ぶことではなく、地下へ続く階段を下りて秘密の場所を調べることだからね」
「……まあいいけど。お前が知ることから話してもらう必要がありそうなんだが?」
「気になるのはもっともだね。まあさっきも言ったけど時間がない、歩きながら話そう。コード837292738」
傷が完全に治ったとはいえ斑を放置するのは忍びない。神奈は彼を壁際にそっと寝かせておき、それから神音の元に戻ると丁度いいタイミングであった。
地面の一部が正方形に切り取られたように開き、地下へ続く階段が現れる。
「さあ行こう」
「あ、ああ……」
何かを隠すには大袈裟な仕掛けに呆気にとられながらも、神奈は神音に付いていく。
こんな仕掛けをしているのは、それだけ隠したいと言っているようなもの。神奈達はこの先に何があるのかを想像出来ない。
太陽光が明るく照らす階段から入ったが、歩き続けると光が薄くなり十分な明るさが保てなくなる。光が届かなくなれば、暗闇でも見える神奈はともかく神音が不便だろう。
「神奈さん、〈灯火〉です」
「え? ……ああ魔法か。〈灯火〉」
腕輪が周囲を明るくする魔法の名前を口にするが、神奈は理解するのに時間がかかった。言われた通りの魔法を唱えると、手からマッチレベルの火がボッと現れる。
火は神奈の周囲を照らす……までいかず手元しか照らせない。
あんまりな弱火に思わず「しょぼっ」と呟く。
「……〈灯火〉」
ため息を一度吐いてから神音が同じ魔法を行使する。
神奈の小さすぎる火とは違い、人間の頭くらいある大きさの火が出現する。
暗がりで蝋燭を付けたような明るさで火球が周囲を照らす。
「サンキュー、それでさっきの話なんだけど」
階段の景色は未だに変わらない。
まだ先があるのを感じ、神奈は自分達が今いる場所についての説明を求める。
「ああ、ここは一言で言うならば学院の裏の顔ってところかな」
「裏の顔?」
裏という言葉に引っ掛かりを覚える神奈だがつい先日の記憶を思い出す。
十六夜マヤや影野と学院長室に入る際、葵からされた話。
魔力の実を作る実験を学院長は黙認していた。何を考えているか分からないから気を付けろという、一気に警戒必須状態にしてくれた忠告だ。すっかり忘れていたが学院長が善人ではない証言も同然。
神奈が「学院長か?」と訊けば神音は「そう」と肯定する。
「この場所は学院長、マージ・クロウリーが何らかの研究をしている施設ということさ。なぜこの学院内なのか。おそらく優秀な魔力を持つ者が集まるのに関係していると見ている」
「ちょっと待て、なんでお前がそんなことを知ってるんだ」
秘密とされている地下施設も、そこに繋がる階段を出現させる仕掛けのコードも神音が知っているのはおかしい。もし調べていたのだとすれば、いったいいつから裏を調査し始めたのかと疑問が出る。
学院に通ってから今日までの約半年。怪しい人間も情報も神奈は見ていない。
「あの日、魔力の実の一件で君が南野葵と戦った日。戦いを見ていた人間が三人いた。一人は当然この私、坂下という少年を完全復活させてから屋上で見物していた。二人目は怪盗サウス、まあ彼のことは今関係ない。重要なのは三人目、学院長であるマージ・クロウリーその人だよ」
「学院長が見ていた?」
「そう、学院長室から見ていたのを魔力感知で知ったんだ。そしてそれはおかしいよね。学院長であるならばその戦闘に介入してもよかったはずだ。生徒を守る、校舎を守る、どちらにせよ傍観していたということはその気がなかったということ。私はあの日から学院長の監視を始めたのさ」
学院長という立場の人間ならば生徒や校舎の安全を確保すべき。ただ見物しているだけで何も動かなかったことに神音は不自然さを覚えたのだ。
「監視を始めてから学院長として不自然な行動が多々あった。さらにこの場所も見つけた。……最近それに加え、五木兄弟が何度も出入りしていることも分かったよ。まあさすがに内部まで付いていくとバレるから、私も入るのは初めてなんだけどね」
「そうか。この場所と、いや学院長と五木兄弟は何か関係があるんだな。……話している内に階段も終わりか」
日野の発言で五木兄弟は学院長が転入させたことを神奈は知っている。
学院の黒い場所に関わっているなら五木兄弟の危険性はグンと上がる。
階段が終わり、二人は着いた部屋を見渡す。
緑色の光の線が壁や柱に通り少し明るくなっているので〈灯火〉は必要ない。天井は二十メートル程あり、部屋の空間はいくつもある柱で分かりづらいが広々としている。しかしまだ入り口のようなもので、特にこれといった何かがあるわけではなかった。
「……この部屋、雰囲気が神秘的だな」
「その神秘的な部屋で行われていることが、果たして部屋に合っているかどうか分からないけれどね」
最初の部屋を進むと次の部屋に繋がっていた。
二つ目の部屋も特に何もなく、緑色の光が紫色になっていたくらいだ。
三つ目の部屋で神奈達はようやく何かを見つける。その何かとはカプセルであり、百以上あるカプセルの中からは白い煙が漏れ出ている。
「なんだこれ――」
カプセルが気になり神奈が手を伸ばすと、神音が「ダメだ」と告げて素早く掴んで止める。
「今カプセルの内部を念のため透視しておいたんだけれどね。中身は――人間だよ」
「人間!? じゃあ尚更早く出さなきゃダメじゃないか」
「逆さ。その漏れ出ている白い煙は冷気だよ、ドライアイスみたいなね。中の人間を覗いてみた結果ある部分だけが抉られていた。出血はしていても血すら凍っている。このカプセルは人工冬眠装置のようなもの。もし開けたら中の人間は死ぬだろうね」
人工冬眠装置。
宇宙船などで長距離移動をする際、寿命の問題で行けない場所に行くために肉体を冷凍保存する機械である。冷凍保存された肉体は年を取らず、かなりの低温なために仮死状態となる。しかし人工冬眠装置は技術が不完全な物。冷凍保存してしまうと細胞が一部破壊されるのが明らかになっており実用化には程遠い。
「それなら知ってるぞ、コールドスリープってやつだよな。お前の魔法で傷は治せないのか?」
「君の悪い癖だ。一人助ければもう一人、さらに一人と増えていき守るものも増えていく。この先何があるのか分からない以上魔力を温存しておきたいんだ。助けたいなら自分で助けるようにならなければいけないよ。他人の手を借りて助けるのもいいけれど、最初から頼るのはよくないね」
「……そうかよ、なら……いい」
カプセルでガラスのように透明になっている部分から神奈は中身を覗き込む。
裸だったことで、しなやかな体のラインと胸の膨らみから女性だと分かる。そして抉り取られていると神音が言った場所は腹の少し上だ。その一部だけが綺麗に抜き取られている。
「……ここ、何かの臓器だったか?」
「臓器だね。それも私達にとっては大事な物だよ」
大事な物と言われて何か考える神奈だが答えは直感的にすぐ分かった。
この場所は魔法学院。神奈達にとっては大事な臓器。魔法を扱う者にとって、いやこの世界に生きる者達にとって重要な臓器といえば……。
「魔力器官か!」
「そう、私達魔法を扱う者にとってその器官が取られるのは非常に困る。魔力は魔力器官から生成されて全身に廻っていく。なくなれば魔力が生成されず、ただなくなっていくだけ。そしてそれが空になれば生命力で補おうとする。……無論、命に関わる」
「やったのは学院長か」
「十中八九そうだろうね。このカプセル全て、同じようなものが入っているんだろう」
「これ……全部……!」
百以上もあるカプセル。その中に入っているだろう冷凍中人間を想像すると、神奈の体から血の気が引く。
数年前。自分の妹のクローンを作り出したアンナ・フローリアの研究室を見た神奈だが、それとはまた別の恐ろしさを感じる。人を人とも思わないような鬼畜の所業が行われたに違いない。
「……先へ進もう」
「そうだね、この綺麗さっぱりなくなっている魔力器官の行方も気になるし」
冷凍保存されていることで被害者は何も感じられない。本来なら怒りも憎しみもあっただろうに、被害者達は利用され続ける現状にも気付けない。そんな被害者達を助けられない自分の情けなさを踏み潰すように、神奈は力強く歩いて行く。
次の部屋は実験室のような雰囲気がある場所。
何か非人道的な実験が行われていたと強く確信できる神奈は、長机に乗っている古びた本を発見する。
「――日記?」
フラスコやビーカーなど実験器具が置いてある中、ただの本であるそれは目立つ。
神奈はそれを手に取ると、表紙に何度も書き直されているが【魔導の深淵の実験】と書かれていることが分かる。誰かが実験結果などを記入していた本に間違いない。
その本を神奈は読み始める。背後から覗き込むような形で神音も見ている。
内容は――魔法の絶対的力についての研究結果と、それについての感想など。




