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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
344/608

168 業腹――迷い――

2024/03/29 文章一部修正









 傷つけられた天寺を見て葵が憤怒し、昂った感情のままにドレスの手甲部分に咲くニゲラから鋭い葉を伸ばした。

 五木兄弟二人目掛けて放たれた二本の槍のような葉は真っすぐ伸びるが、兄弟は涼しい顔をしてスッと横にずれて躱す。二人の動きは同時で、動き方も全く同じだった。


「怒ってるのか? 試合で怪我をするのは当然だろう? なあ弟者」


「そうだね兄者。怪我しないなんてどんな生温い試合なんだろうね」


「ここまでやらなくてもよかったでしょう!?」


 葵の叫びに二人は「あぁ」と顎に手を当てて納得の色を見せた。


「「つまり生半可な覚悟でこの戦場(ばしょ)に立っているわけか」」


 五木兄弟の声は重なり合い一つの声に聞こえた。

 あまりにも完璧な以心伝心はまるで機械のようにも思える。

 驚くほどに二人の思考は同質のものであり、発言のタイミングも、どこかに動く時も違いはほとんどなかった。


「生半可な……覚悟? 私達は互いに倒れた彼等のために立っているの! 決して中途半端な気持ちじゃない!」


「いやいや、その気持ち自体は立派だと思う。しかし俺は思うのだ、その気持ちは自分のためじゃない、だからここぞという時に全力を出せない。そうだろう弟者」


「そうだよね兄者、他人のために戦うのはいいことだよ。勝っても負けても自分は困らない、そんな時の勝たなきゃいけないという理由付けにはピッタリだしね。でも君には迷いがある。慣れないことはするもんじゃないよね」


 会話をしているうちにもニゲラの葉は次から次へと伸びていたが、二人は余裕で回避し続ける。

 すでに伸ばした葉から細かく分かれて伸びるものもあり、逃げ場が制限されれば二人同時に魔力弾を放って葉を千切る。千切られた葉は力を失い消滅する。

 連続で魔力弾を放ちあっという間に道を切り開く二人にとって、今の葵の攻撃など大したものではなく、強引に突破することも可能だった。


「……あのままいけば南野さんの勝ちだ」


 観客席で神奈がそう呟いたのを隣にいた影野は聞き逃さない。

 他の人間も神奈に根拠はなんだというような問い詰める視線を向ける。


「五木兄弟、確かに強いけど魔力弾を放ちすぎだ。あれじゃあ魔力消費が激しすぎる。長期戦になるなら南野さんの方が魔力が持つさ。あの植物を操作するのには魔力をほとんど感じられないからな」


「なるほど! じゃあ!」


「――そう上手くはいかないでしょうね」


 影野が嬉しそうな表情を浮かべた時、神奈が付けている腕輪から否定の言葉が出る。


「どういうことだよ」


「あの五木兄弟という二人、魔力が減っていません。正確には減っても異常な速さで回復しているのです」


 返ってきた答えに神奈は目を丸くした。


 本来魔力というのは魔力器官という器官から作られ補給される。

 仕組みは蛇口から絶え間なく少量の水が流れ続け、それが中に入り続けている穴の空いたペットボトルで例えられる。魔力を使用しているのが穴の空いた状態、使用していないのが指で穴を塞いだ状態。使用しなければ魔力は少量ずつ回復していく。


「あの二人の魔力回復速度は常人の五十倍以上です。全力で丸一日以上魔力弾を撃ち続けられるくらいですよ」


 腕輪の解析に神奈達は言葉を失った。

 本来全力で魔力弾を撃ち続けるなら速度にもよるが三分も持たない。しかしそれを一日以上に伸ばせるという二人に、恐ろしいものを見るような目を向ける。


「迷いなんて……!」


 葵は向かってきた魔力弾を躱して、五木兄弟に言い返そうとして言葉に詰まる。


 元々葵とDクラスは敵同士だった。魔力の実の件を通して敵対して神奈に倒されて、暗闇のような虎と同化しそうなところを坂下に引っ張り出された。それが救いだったかと問われれば葵は「違う」と答える。葵の目的はあくまでも自分が偉いと思っている権力者達への復讐だ。その手段が一つ消された認識なので救いではない。


 全員が納得できるような、暴力に頼らない方法に変えろと神奈から言われているので、葵は今もその新しい方法を思索している。決して目的を失ったわけではない。


 短いながらもDクラスの生徒として過ごしているうちに、葵は神谷神奈と坂下勇気という人間をよく観察していることに気付く。二人とも自分の作戦を妨害した敵であり、これからも邪魔になるかもしれないからだ。


 しかし次第に観察対象は坂下だけになっていた。

 なぜなのか葵は分からなかったが、見かける度によく目で追うようになっていた。


(上級生や他のクラスの生徒に絡まれて震える彼は、私を闇から引っ張り出した男子と同一人物だと思えなかった。でも一度だけ……あの時と同じ顔をしたことがある)


 それは葵と坂下が一緒に昼食を食べている時だった。

 たまに声を震わせながら坂下が誘ってくれるので、断るのは悪いと思い葵は一緒に食べることにしている。


 坂下と葵が校庭に何本もある木の陰で食べていたその時、坂下の兄である優悟が近付いて坂下が持っていたコンビニ弁当を蹴り飛ばした。中身が地面に散乱し、坂下は放心する。


 魔の手は葵にも襲い掛かろうとしていた。

 優悟は弟が女子と一緒に昼食を食べていることに腹を立てていたらしく、葵の弁当も蹴り飛ばそうとするため足を後ろに伸ばす。


 葵にとって優悟は地面に生えている雑草のようにどうでもいい存在。抵抗しようと思えばどうにでも出来る相手だ。葵は魔力弾を遠慮せず放とうと思ったのだが、魔力弾の生成を途中で止めた。


 目の前に――坂下が葵を庇うように立ったのだ。

 なぜそんなことをするのか葵には全く理解できなかった。


(あの時と同じ顔をしていた坂下君、今なら分かる。彼の本質は誰かのために立ち向かう勇気。結局あの時は私の代わりに圧倒的弱者である彼が身代わりになった。そんな彼が私のためにまた傷ついた。……そう、もう敵だなんて思ってない……! もう彼は私の……弟のように大切な人!)


 五木兄弟の告げた迷いというのはそういうことだったのだろう。

 いずれ敵対する可能性のある人間だと思い込んでいたから、坂下のために動くことに迷いが生じていた。しかし色々と思い返せばそんな迷いなどとっくに消し飛ばせることに気付く。


「迷いなんてない! 私は彼の意思を尊重したい。だからここで勝たなければならない。彼が体を張って勝たせてくれたんだから、一緒に優勝トロフィーを持つ! そのためにあなた達を全力で倒す! それが彼のために私が出来ることだから……!」


 葵はまたドレスのいたるところに咲いているニゲラから、細く分かれている葉を五木兄弟に伸ばす。


「やれやれ、その葉は俺達兄弟には通用しないぞ。なあ弟者」


「そうだね兄者。僕達兄弟の魔力弾なら軽く防げる」


 五木兄弟は自身の体ほどある魔力弾を生成して放つ。

 魔力弾は次々と迫る鋭い棘のような葉に貫かれて霧散した。


「なにっ!? 俺達の魔力弾が通用しないだと!?」


「ば、バカな……! たかが一般生徒のはずだろう!?」


 魔力弾を貫いて向かってくる複数の葉を紙一重で躱す五木兄弟だが、その頬からは葉が掠ったことにより血が一筋流れ出す。


 葵の伸ばす葉が急激に強化された原因は心にある。

 迷いがあれば魔力の力は弱まるが、強い想いがあれば強まる。

 葵の心に芽生えた新しい感情、信頼などの坂下への強い想いが魔力を高めていた。

 自分達の魔力弾が通用しないと理解した五木兄弟は焦り始め、額から汗を流す。汗は重力に従い顎まで伝って落ちていく。


「……仕方ない、弟者! 少々予定外だがあれをやるぞ!」


「やろうか兄者、予定外だけれどこれは仕方ない……!」


 五木兄弟はニゲラの葉から逃げつつお互いの手を取る。

 手を繋いでから兄弟の魔力は上昇し、漆黒の闇に覆われる。そして闇が晴れた時、そこには兄弟の姿がなく代わりに一人の少年が存在していた。五木兄弟の顔によく似ている美形の赤みがかった茶髪の少年だ。彼に漲る魔力はどす黒い紫色になっている。


「〈同調融合(ユニオン)〉」


 少年が出した声は五木兄弟の声を二人同時に出しているような声だった。

 魔力は二人よりも遥かに大きく、伸びてきたニゲラの葉を気合だけで散らす。


「俺はイツキ。今は兄弟ではなく、ただのイツキだ」


「私は負けられない……! 相手がどんなに強くても彼のように立ち向かう……!」


 イツキの恐ろしく濃密な魔力を肌で感じた葵は震えを抑え、ニゲラの葉を全て自分の意思で塵にした。直後、ドームの高さよりも高く跳び上がり、緑の粉となった葉を手元に集めていく。

 緑の粉は徐々に形になっていき、青いオーラを放つ巨大な細剣となる。


「〈絶対貫通の葉(ペネトレイトニゲラ)〉!」


 イツキはそれを見て「大したものだ」と感嘆し、手元に所々黒い粒が交じった魔力を集める。

 二人の魔力が最大まで高まり合い、巨大な緑の剣がイツキに急降下するように向かう。


「なかなか楽しめたが俺も勝たなければならない理由がある。……散れ」


 イツキが迫ってくる緑の剣に右手を向けると、黒い粒が交じった濃い紫の塊が光線として放たれる。どす黒い光線は緑の剣と一瞬拮抗したものの、瞬く間に剣とその直線状にいた葵を呑み込んで遥か彼方へ飛んでいく。


 葵の姿が消え去ったことを確認したイツキの体から闇が放出される。

 イツキは再び光を通さない闇に覆われて、二つに分裂して元の五木兄弟に戻った。


「やれやれ、Dクラス? 詐欺もいいところだ。なあ弟者」


「そうだね兄者。Dクラスは実力詐欺集団だ」


 五木兄弟は戦闘場所から歩いて去っていく。

 彼等の後ろ姿を見送りながら審判の男は持っていた楽器で大きな音を鳴らし、試合終了を観客達に知らせた。


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