167 協力――彼のために――
2024/03/29 文章一部修正
神奈と速人が観客席に戻ると、既に二回戦第二試合は終わっていた。
速人は自分の額に巻いてある包帯を触りながら、試合を見ていた影野と起きていた日野に結末を聞く。
「東條&二階堂ペアの勝ちだよ。特に強くはないしAクラスの二人には勝てないだろうね」
「そうだな、あ? 隼、お前その包帯どうした?」
「……どうでもいいだろう」
神奈のハンカチでは額の血の止血が出来なかったので、急いで保健室で手当てしてきたのだ。保健室にいる教師は昨日運ばれた坂下と日戸の治療に忙しく、包帯は神奈が慣れない手つきで巻いた。
速人は一連のことを思い返すと恥ずかしくなり目を背ける。
「次の試合は南野か。……っておい、あいつら確か」
戦闘場所に見覚えのある顔があるので速人が口を開くと、影野が反応を予想していたようにすぐさま答える。
「ああ。次の試合、南野さんの相手は五木兄弟なんだよ」
「あいつら第二試合が終わってからすぐに来て、ずっとあそこで目え閉じて待ってんだ」
五木兄弟は二人とも目を閉じて瞑想している。
二人の周囲の空気のみ、静かな閉鎖空間のようである。
時間は過ぎ、二回戦第三試合が始まる五分前。
戦闘場所へ出てきた新たな二人に観客席の生徒達は動揺した声を上げる。
「おいあれ!」
「マジか!? てかいいのか!?」
「反則じゃないの!?」
五木兄弟は同時に目を開けて自分達の相手となる者を見るが、顔には多少の驚きが交じる。
「……ふぅん? これは意外な組み合わせだな弟者」
「そうだね兄者、でもルール的にいいのかな?」
五木兄弟から二十メートル程離れた場所に立つ二人の少女。
青い眼鏡を掛けた青髪の女生徒、南野葵。
腰まで水色の髪を伸ばしている女生徒、天寺静香。
昨日は別のチームであった二人が並び立っていた。
葵と天寺はお互いを見ずに声を掛け合う。
「協力してくれてありがとう、天寺さん」
「魔闘儀だけよ。今も治療を受けている彼に免じて、あなたと共闘してあげようって決めたの」
「私もよ、命を張ってくれた彼のため。……はぁ、最初は敵同士だったのになあ」
葵は坂下とペアになっているが坂下は戦える状態ではない。それならば棄権するか代わりのペアを捜すかなのだが、葵は新たなペアに天寺を選択した。天寺はその話を持ち掛けられた時こそ葵が正気か疑ったが、固い決意が感じられる瞳を見てその手を取った。
「うっそおっ……いいのかあれ」
神奈達もまさかのペアに驚きを隠せない。
他の生徒達も驚き、抗議していた。
ペアを選び直すのはいいが一度負けた天寺を選んでいいのか疑問になる。反則なのではないかと抗議の声があちこちから上がり続ける中、空中に浮かび上がる学院長の姿を見て影野は叫ぶ。
「あ、神谷さん! 学院長が!」
過去に例がないために教師陣も是か非か話し合い、その結論を学院長直々に生徒へ伝えようと動く。
「落ち着きたまえ諸君、審議の結果……南野葵と天寺静香のペアを認める」
空高くから拡声された学院長の落ち着いた声が生徒全員に届く。
「そんなっ! ダメに決まってんだろ!」
「おかしいよ、こんなのおかしいって!」
「そうだそうだ!」
「諸君らが何と言おうとこれは決定事項、覆されることはない。予定通りあと二分ほどで試合を始める!」
何を言っても無駄だと悟ったのと、学院長の苛立ちが垣間見えた声に生徒達は一言も発さなくなった。
葵と天寺はホッと胸を撫で下ろし、五木兄弟はそんな二人に拍手を送る。
「いやはや、認められて良かったじゃないか。なあ弟者」
「そうだね兄者、試合は出来そうだ」
「そうね、あなた達を倒せばオーケーよね」
「……勝つわ、あなた達がどんなに強かったとしても」
四人は目から電気を発しているようにバチバチと目線で戦い、徐々にその距離を詰めていく。
「いや、まだ開始一分前なので下がってください」
審判の冷静な指摘が入り、しぶしぶ四人は元の位置に戻った。
開始した時に距離が近すぎては魔法を使う者にとっては不利になる。その判断ゆえに、開始する時は敵対する生徒と二十メートル離れるルールになっている。
「これで私達とぶつかるのは南野さんになるのか。Dクラス同士になっちゃうな」
「なんであいつらが勝つって分かるんだよ?」
「だって見ただろ? 昨日の南野さんの花畑姿。あの状態の時、南野さんの魔力は急激に高まっていた。魔力の実以上の力だ。あれにまともにぶつかっても勝てないだろ」
「いえ神谷さん、それは早計かもしれません」
日野の疑問に神奈が当然のように答えるが、そこに影野が真剣な表情で口を挿む。
普段の影野ならば神奈の意見に反対などせずそのまま受け入れるのだが、影野が同意するには五木兄弟に関して不安要素が多すぎた。
「あの五木兄弟、入学試験の魔力測定器があまりの魔力量に爆発を起こしたなんて噂もあるんです。とても普通の生徒とは言いきれません」
「あの機械を……? てか爆発すんのアレ!?」
「規定値を超えれば爆発するみたいです。その規定値というのが分からないですが」
影野は調査不足なのを申し訳なさそうに答える。
入学試験時に使われた機械が爆発するほど魔力量が高い。それだけでも重要な情報だ。昨日に行われた飛行競争でも分かるが、五木兄弟は他よりもずば抜けて強い。実力の底が見えない状態で葵の勝利を確信するのは影野の言う通り判断が早すぎた。
「いや、それだけでも異常性が分かった。お前はいい情報持って来てくれたよ、ありがとう」
五木兄弟についての話で日野も「あ」と声を上げるので視線が集まる。
「なんだ? 何か知ってるのか? あいつらの個人情報」
「大したこと知らねえけど、あの二人転校生なんだってな」
「転校生? そんな記憶ないんだけど、いつだ?」
「つい最近らしいぞ? なんでも学院長が直々に呼び寄せたとか」
次々と判明していく情報に神奈は先程の判断が早計だったと考え直す。
謎が多すぎる五木兄弟に不吉なものを感じるなか、バーンと大きな音が鳴ったことで神奈達は中央に立つ葵達へと視線を向ける。
大きな音は審判の試合開始の合図だ。
合図と共に試合を開始する四人はそれぞれ動き出す。
「天寺さん! 最初っから全力で行くよ!」
「それはこっちの台詞よ!」
天寺が瞬間移動すると同時に、葵はニゲラを使用するために空色の魔力を放出し始める。
「おお、あれが昨日の……」
「あなたの相手は私よ」
五木兄は天寺の繰り出した蹴りを容易く受け流す。
「おっと危ないな、瞬間移動か」
青い花びらがどこからか現れ舞い始め、それらが葵の周囲を竜巻のように覆う。
「……弟者」
「分かってるよ兄者」
五木兄弟は顔も見ず、詳しくは語らずに通じ合った。
五木弟が濃い紫の魔力弾を生成し、それが眩い光を放ちながら花びらの竜巻に衝突する。だがそれは瞬く間に光の粒となって消えてしまう。
「……おぅ、消えたよ兄者」
「ふむ、あの花びらが展開されている時は魔力攻撃が通用しないのかもしれんな。あるいはもっと強力なものでなければいけないのか」
「無視してんじゃないわよ!」
冷静に思考する五木兄に対して天寺は先程から攻撃し続けていた。
正面からも、真横からも、真上からも、背後からも、四方から繰り出す攻撃は五木兄に容易く受け流されてしまう。まるで横と後ろにも目が付いているのではないかというくらい攻撃を見切られる。
「無視はしていない、優先順位というものがあるのだ。今優先すべきはDクラス南野葵。かつて父様に利用されていた人間だけはある。昨日見せた実力は脅威的なものだ」
「それを無視って言ってるのよ……!」
何度目か分からなくなる程繰り返した瞬間移動で背後へと移動し、天寺は左拳で殴りかかる。しかしその瞬間「少し邪魔だ」と呟いた五木兄が振り返り、右手で鋭い突きを受け止める。そして流れるように左手で天寺の伸ばしきった左腕にアッパーを繰り出す。
伸ばした左腕の肘部分へ五木兄の左手が届き、天寺の左肘は嫌な音と共に曲がる。
顔を顰めた天寺が瞬間移動で再び後ろを取り――衝撃を受けた。
移動先を予測されたのか、飛んできた裏拳で肋骨が三本折れた。
「言っておくが、お前も強いと認めている。他の雑魚と比べれば規格外な強さを持っていると理解している。ただ、俺達の前では無力に等しい」
花びらの竜巻が止まり葵がニゲラの魔力を発動し終わった瞬間、攻撃のつもりか何かが豪速球で投げられた。躱そうとした葵だが、投げられた物の正体を把握すると目を見開き受け止める。
「……天寺さん」
投げられたものの正体は天寺であった。
左腕は異常な方向に曲がり、右頬や右足は痣になっている。
気を失っている天寺を葵は音がしない程ゆっくりと地面に置き、怪我を負わせた張本人達を睨みつける。
「……葉よ……伸びろおお!」




