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【終章完結】神谷神奈と不思議な世界  作者: 彼方
十章 神谷神奈と魔導祭
342/608

166 壁――超えることはできない――

2024/03/29 文章一部修正








 斎藤と速人の戦いは見物を決め込んでいた神音だったが、決着がついたことで速人の方へとゆっくり歩いて行く。殺す気など当然ない、しかし速人には神音から感じる漲る魔力が異常な威圧感として襲い掛かっていた。プレッシャーが重くのしかかり、額からの汗の量が増える。


「お見事だった、よ。斎藤君一人でも大丈夫だと思っていたんだけ、ど。まさか倒しちゃうとは、ね」


 軽く拍手しながら近づいてくる神音に、速人は眉間にシワを寄せて苛立ちを隠さず口を開く。


「なぜさっきから見物していたかと思えば過信もいいところだ。今日、お前を倒してやる……その余裕そうな面を潰してやる……!」


「あ、そういえば君と戦うのは二度目になるんだ、ね。前回は戦いとすら呼べないものだったから忘れてしまっていた、よ」


 速人はその言葉を聞いて額に青筋を浮かべ、流れるように手裏剣を十数枚投げた。

 神音は投げられた手裏剣に脅威など感じていないが、紫色の魔力障壁を張ることで全て弾く。

 最初から全力でいかなければ神音に掠り傷一つ負わせられない。そう感じた速人がとれる行動は限られる。


「〈超・神速閃〉!」


 速人は赤紫色の魔力を足と持っている刀に集中させ、流星のような速度で走り出した。凄まじい速度で彼は刀を神音の首目掛けて振るう。


「遅い」


 速人は頭の中で刀が当たるとシュミレートして確信していた。しかし現実は想像のように上手くいかず、刀は神音の首を手応えなく通り過ぎた。残像だったのだ。

 速人は神音から目を離していないし注意深く見ていたつもりだったが、神音の速度は移動したことすら悟らせない。


 現実を理解した速人の口から声にならない声が漏れる。

 すぐに神音を捜そうと周囲を見渡すがどこにもいない。


「今の速度はなかなかだったと思うよ」


「はっ!?」


 突如神音の囁きが背後から聞こえた速人は振り向きざまに刀を振るう。

 手応えはない。既に移動しており、神音はまた速人の背後に移動していた。


「加護もなければ、神の系譜でもない。だけど、初めて会った時と比べれば君は格段に強くなっている。それは認めざるをえない事実だね」


 泉の口調を真似するのを敢えて止めているのか、神音本来の口調で淡々と強さについて述べる。

 速人は何度も背後に斬りかかるが全て空振りに終わるので、一旦距離を取ろうと全力で前に走り出す。


「でも君の努力がどんなに素晴らしくても超えられない壁がある。私もその壁の一部さ。努力すれば才能も超えられるという言葉があるけれど、あんな言葉は才能がない者の嫉妬や希望的観測にすぎない」


 全力で走っているにもかかわらず、神音との距離を全く離せずにいた速人は徐々に動悸が激しくなっていく。

 息を切らし、近くにいる筈の神音を血走った目で捜す。

 神音はそんな速人を揶揄うようにわざと姿を見せたと思えばまた消える。そんなことを何度か繰り返した後、彼女は結論を語る。


「つまり君は私には勝てない。君の強さは限界に達しつつある。何か別の技術、あるいは別の力を得なければ今以上の成長すら不可能だよ。あの少女にも勝てない。……すまない、言いすぎだったかな? まあ事実勝てないだろうけどね。私は無駄な努力が嫌いなんだ、それをしている者もね。……だから諦めるといい」


 神音は速人の目前に現れて、速人が反応する前に腹に一撃入れて殴り飛ばした。


「優しい私からの忠告だよ」


 壁に激突して気を失う速人へと瞬時に近付いた神音は、耳元でそう囁いてから離れる。

 決着はついたので彼女は斎藤の太ももと背中を持ち上げて、お姫様抱っこの状態でその場を去っていく。


 審判の男は呆気なくついた勝敗に呆然としたが、終了の音を鳴らす仕事は忘れない。


「へぇ、面白いな泉さん。なあ弟者」

「そうだね兄者、とても……面白い」


 興味深そうにしている五木兄弟の言葉と共に、終了の合図が鳴り響いた。

 巨大シンバルの音で目が覚めた速人は唇を噛み、静かに戦闘場所から離れた。

 大怪我はしなかったものの、精神的な苦痛を強いられた速人は観客席に戻らない。ドーム内にある自動販売機の前に立ち、暗い顔で俯く。


 今は誰の顔も見たくない。特に今の自分の顔は酷いと分かるので見たくない。

 人気(ひとけ)のない静かな場所で何も言わず、動かない。そんな速人に近寄る少女が一人いた。


 速人の右肩を両手で押した少女は、自動販売機に小銭を入れてボタンを押す。

 押された速人は崩れた態勢を元に戻し、癖のある黒髪少女を見て目を見開く。


「――神谷神奈」


 自動販売機で飲み物を二つ買った神奈は、落ちてきた飲み物を取り出す。


「辛気臭い顔して突っ立ってんなよ。邪魔だから」


「……それは……悪かった」


「うわぁ、お前どうした? いつも迷惑だけどそれに慣れすぎて今の気持ち悪く感じたわ。普段のお前ならキレるところだろ。落ち込むとか似合わねー」


 失礼な態度に速人も思うところはあるが、口を開いたのに何も言えなかった。

 神奈から缶ジュースを一本「ほれ」と投げられたが受け取る気力もない。炭酸入りの缶ジュースは床に落ちて転がる。


「こりゃ重症だな。……何、そんな負けたのショックだったの? いつも私に負けてるくせに?」


「……そうだ、俺はいつも負けていた。自分が強いと思っていた。……だが、弱い奴を倒して勘違いしていただけだった。……俺はもう、自信が持てない」


 俯きながらボソボソと小さな声で速人は答える。


「俺は弱いだろう?」

「まあ私から見ればな」


「今まで悪かったな。俺はさぞ鬱陶しかっただろう」

「まあそりゃそうだな」


 光を映さない瞳で床を見ていた速人は神奈に背中を向けた。


「安心しろ……俺はもう、お前に挑まないし会うこともないだ――」


 パチンッという音が静かな通路に響く。

 速人の言葉は強制的に止まった。神奈が速人の頬を平手打ちしたからだ。

 無表情で及んだ凶行は速人の頭を壁にめり込ませる。


「――な、なにを」


 神奈は自分自身でもなぜ平手打ちしたのか分かっていなかった。

 うじうじとした速人の態度に苛ついたのか。

 去ろうとする背中を見て悲しくなったのか。

 どういう気持ちを抱いているのか自分でも分かっていない。


 速人は平手打ちを受けた頬に手を当てながら困惑して神奈を見た。


「あ、やっとこっち見たな」


「……それは見るだろう、いきなりビンタされたら」


「私も今ビンタした理由は分かってない。でも少なくとも、私と向き合わせるくらいの理由はある」


 神奈はそう言うと速人の額を指で軽く弾く。

 デコピンにしてはバチンッと誰が聞いても痛そうな音を出す。


「何をする……!」


「お、怒った?」


「当たり前だろう! なぜ今デコピンをする必要があった!?」


「いや、ゴメン。私も分からないんだよ、分からないけど……正しいことをした気がする」


 速人は喧嘩を売っているとしか思えない神奈を睨みつける。

 鋭くなった目を見て神奈は「おっ」と声を上げる。


「その目、それだよそれ。いつものお前だ」


「……いつもの?」


「そうそう、いつも私に攻撃してくる目だ。敵意満々なその顔がいつものお前だよ」


「……だから、何だ」


 速人には神奈が何を言いたいのか分からなかった。そして神奈も何を言いたいのか自分でよく分かっていなかった。とりあえずそれっぽいことを言い、彼の元気を出させようとしているだけだ。


「いいんだよ、弱くても……だってそれってこれから強くなれるってことじゃん? 初めて会った時から成長してるのは私が一番知ってるんだよ。だからその……うん……これからも喧嘩吹っ掛けてきていいぞ? なんか調子狂うし」


「……だが俺ではお前に一生勝つことなど」


「何で決めつけてんだよ。他人に言われたからか?」


 神音との戦闘中。神音からすれば戦闘とすら見なされていなかったのだが、速人は言われたことが頭から離れていなかった。

 図星のため何も言えなくなった速人に神奈は続ける。


「誰に言われたか想像つくけどさ、なら言い返してやれよ。人の未来勝手に決めんなあ! あいつに挑戦するのは俺の自由だあ! てさ。努力すれば強くなれるなんて当たり前だけど、お前がそれを人一倍してるのを知ってる。強くなりたいって思うなら強くなればいいじゃんか。お前の標的はお前から逃げない。時間はたっぷりあるんだからさ」


「……ぃ」


「私はいつまででも待っててやるよ、お前が私を超える日を。……まあ超えさせる気ないけど」


「……な」


「まあだからさ、うん、あれだ、元気出そう! お前が元気じゃなきゃつまらないんだよ! なんかこう、日常ってやつ? お前もその一部なんだよ。だから……その……会わないとか言うなよ。寂しくなるじゃん」


 神奈は速人から目を逸らしながら言う。

 言葉を聞いてから速人は全身を小刻みに震わせている。そして、突然自動販売機の近くの壁に頭を打ちつけた。


「えっ、ちょっ……」


 何度も何度も打ちつけて、どこか切れたのか額から血が飛び散った。

 神奈はいきなり始まった狂気的な行為に動揺してオロオロする。何とか止めようとした時、速人が今までで一番強く壁に頭突きして動きを止める。


「だ、大丈夫か?」

「クックック……!」


 神奈は懐から白いハンカチを取り出して近寄るが、笑い声が聞こえて足を止めた。


「……逃げない、そう言ったな! 覚えておけ、俺の名は隼速人! 何年経っても、何十年経ってでもいつかお前を超える者だ!」


 速人は神奈の顔をビシッと指して叫ぶ。彼の額からは溢れるように血が流れているが、気にしないように獰猛な笑みを浮かべる。


「ああ、憶えとく。でもとりあえずその血を止めろおおおお!」


 神奈は叫びながら白いハンカチを速人の額に押し付けた。



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