165 感心――素直に――
2024/03/29 文章一部修正
魔導祭は第二種目シュートボールが終了して魔闘儀へと移行。
昼休憩を挟んだ後、昨日行われた魔闘儀の続きを開始する。
戦闘場所となるドーム中央は破壊されても、教師陣が魔法で修復するのでどれだけ破壊されても問題ない。現に第二種目で所々壊れた箇所は既に修復されていた。
今日戦う者達の名前は薄いホログラムの板に表示されている。
第一試合 1D隼速人&日野昌VS1A斎藤凪斗&泉沙羅
第二試合 1B本橋真彩&曽根藻子VS1C東條猪去&二階堂清司
第三試合 1D南野葵&坂下勇気VS1A五木兄&五木弟
第四試合 1D神谷神奈&影野統真VS1A狹間一心&星影桐
巡り合わせが悪いのかDクラスの相手は全てAクラス。
神奈と影野ペアの勝利はほぼ確実だがそれ以外は厳しい。しかし敗北すれば得点がマイナスされて他クラスとの点差が広がってしまう。何とか勝利を掴まなければ最下位のまま退学になる可能性が高まる。
綺麗になった芝生の上で速人&日野ペアと斎藤&神音ペアが向かい合う。
観客達はこれから始まるであろう戦闘に興味を持つ。
一回戦の相手を瞬殺した者同士、二回戦の試合は激化するに違いないからだ。
日野と速人は相手を睨み、斎藤と神音は不敵に笑う。
「さて、君は強敵だなあ」
「……こちらの台詞だがな」
斎藤は速人を、速人は神音を見て会話する。
日野は膝に手を置いて足を伸ばしながら口を開く。
「へへっ、Aクラスか。相手にとって不足ねえな。地獄の特訓の成果を見せてやるぜ」
「……それが通用すればいい、ね」
初日に大番狂わせを起こしたDクラスと、実力が確かなAクラスの戦いに観客の生徒達も熱気が強まる。どっちが勝つかなどと賭け事を始める者までいた。もっとも大半はAクラスが勝つ方に賭けている。
両ペアの闘志が高まる中、審判によって開始の音が鳴らされた。
「我らの世界は氷結の世界」
斎藤が何かを呟く間に日野が「うおおおお!」と走り出す。
「なっ! バカが少しは相手の様子を――!」
日野は一回戦の時で自信が出たのか考えなしに突っ込んでいく。どのみち攻撃方法が打撃しかないので接近しなければならないのだが、相手によってそれは愚策になる。
「透き通る氷で創られた世界、その名は……!」
速人は日野を止めようとするがもう遅い。
開始早々、必要ない謎詠唱をしていた斎藤の準備が整った。
斎藤は自分の魔法に巻き込まれないように空高く跳び上がる。
「〈氷の国〉!」
跳び上がった斎藤の魔法が放たれた瞬間、戦闘場所である広大な敷地は観客席に届きそうな氷に覆われた。それは海に浮かんでいる氷の大陸をそのまま持ってきたかのように大きい。
日野は何が起きたのか理解できずに一瞬で氷の大陸に閉じ込められてしまう。氷の究極魔法の中では体も心も凍ってしまい、動くことも考えることも出来ない。
自身が作り出した氷の上に着地する斎藤の傍に神音も空からふんわりと着地した。神音は斎藤の初手から逃れるために、斎藤が魔法を使用した瞬間遥か上空へと跳び上がっていたのだ。……そしてそれはもう一人も一緒だった。
「チッ!」
「隼君……!」
神音とほぼ同時に跳びあがっていた速人は、一瞬にして緑の芝生が透明に近い氷に覆われた光景を見て刀に手を掛ける。そのターゲットは無様にも氷の大地に埋められてしまった日野だ。
速人は腰の鞘から高速で抜いた刀を振るう。
氷の大陸の一部を刀で削り、僅か二秒という時間で日野の周囲だけの氷を粉々に砕いて救出する。しかし彼は気を失っており、死体かと思えるほどに全身が冷たくなっていた。息があることを確認した速人は彼を観客席にいる神奈達の方に投げ飛ばし、斎藤の方を睨みつける。
「まさか開始直後に大規模な攻撃をしてくるとはな」
「一気にけりをつけたかったんだけど……やっぱり隼君は強いね。長引きそうだよ」
斎藤は焦りを見せず、渾身の一撃を躱した速人に対して笑みを浮かべる。
「長引く? 安心しろ、すぐに終わらせてやる」
速人は斎藤に向かって駆ける……が彼に辿り着く前に滑って顎を氷に強打した。
「この氷はよく滑るんだ、迂闊に移動すれば転んじゃうよ」
「こ、のっ!」
無様な失態に速人は歯を食いしばるが、斎藤はそれを嘲笑などせずに淡々と語る。
速人は立ち上がり、懐から手裏剣を数枚取り出して斎藤に向かって投げた。それらはまっすぐに彼へと向かうが、直線的な軌道ゆえに対処も簡単だ。
彼はフィギュアスケートでもするかのように氷を滑って移動する。神音はすぐ横を通り過ぎた手裏剣に目もくれず、これから始まるであろう戦いに注目する。
「ならば炸裂弾でっ! てうばっ!?」
速人は炸裂弾を懐から取り出して投げようとするが、足が滑りまた転んでしまう。今度は後ろに倒れて背中を強打した速人の手から炸裂弾が飛んでいき……大笑いしながら見ていた神奈の方に落ちていく。
「あはははっはっはは!? あ?」
神奈は落ちてきた物に気付き手に取ると、それが爆発物だということに気が付き慌てて上空へと投げる。遥か上空に投げられた炸裂弾は花火のような爆発を起こす。
「危ねえええ!? 今のわざとだろ!?」
「狙いが逸れたか……」
神奈の叫びを無視して速人はなんとか立ち上がり斎藤を捜す。
神音は動いていないので元の位置にいるのだが、斎藤は転んでいる内に見失ってしまった。
「〈消滅の光〉」
「――っ!?」
速人はこれまでの戦いの経験からうっすらとした死の気配を感じ取り、上半身を腰から後ろにエビの様に逸らす。すると真上を純白の光線が通り過ぎていくのを視認した。
純白の光は速人の傍を通った後、軌道を変えて氷の大陸に衝突する。
純白の光線が氷の大陸にぶつかった衝撃は何もない。何かを破壊する音も聞こえず、不思議に思った速人が衝突した場所を見てみると、そこには地面に大穴が空いていて分厚い氷も緑の芝生も何一つなかった。
究極魔法の一つだ。当たれば無事では済まない。観客達はあまりの威力に目玉が飛び出す勢いで、口をあんぐりと開けて驚愕する。
速人はその穴を見て冷や汗を額から垂らし、その状況を作り出した張本人に叫ぶ。
「俺を殺す気か!?」
「君なら、君の強さなら躱すと信じていたんだ」
速人は声の方向に振り向くと目前に斎藤が迫っていた。
「〈衝撃の槍〉」
「カハッ!?」
斎藤の五指が速人の腹に突き刺さった瞬間、その衝撃が何倍にも膨れ上がって速人を襲う。致命傷にはならなかったが意識が少しの間飛ぶ。
まだ残っている氷を滑る速人は観客席真下の壁にぶつかって目が覚め、自分の方に向かって来る斎藤を確認する。
「随分と成長したようだが……! 俺はお前如きには負けん……!」
「勝たせてもらうよ! 今日まで泉さんと特訓してきたからね!」
叫ぶ斎藤は先程と同じように指をまっすぐにして槍のような形を作る。
「まさか四回目の……!」
神奈はそれを見て驚きを隠せなかった。
究極魔法は消費魔力が大きい。だからこそ斎藤の魔力では小学生時代一度が限度であり、使ってしまえば身動き一つ取れない状態になっていた。
「今の斎藤君は究極魔法をどれだけ使えるんだ……! おそらくまだ魔力に余裕を持っている。神音のやつどんな特訓をしたんだよ……!」
単純に考えて四倍以上強くなっている斎藤に、そこまで強くした神音に神奈は戦慄する。
「いくよっ! 衝撃の――」
「〈畳返しの術〉!」
「――ゲ……!」
斎藤の五指が間近に迫ったその時、速人は足元の氷に思いっきり手を叩きつけた。
氷の大陸の一部、速人の目前の部分のみ亀裂が四角く走って宙へと放り出され、巨大な壁となって斎藤を吹き飛ばす。
速人は目前に出来た巨大な氷の壁を、刀で一瞬のうちにバラバラに切り裂く。瓦礫のようになった大量の氷が落下し斎藤を襲う。
斎藤は炎の究極魔法〈獄炎の抱擁〉で上から降る巨大な雹を瞬く間に溶かし、水分も蒸発させた。会場全体が八十度以上の熱気で包まれ、黒炎の熱で氷の大陸もみるみると溶けていく。
速人は大きく息を吐き、露わになった緑の上を全力で駆ける。
ここまで計算通りだったというわけではない。
ただ速人は偶然であろうと動じず目前に迫った勝利に笑うだけだ。
「はっ!? くっ、〈雷神の――」
「遅い!」
斎藤はグングン距離を詰める速人に対して雷の究極魔法を使用しようとした。しかし魔法名を言い切る前に、速人の加速と全体重を乗せた蹴りが腹に突き刺さり壁に激突した。
「……ざん、ねん……もうちょっと、だったの、にな」
速人の蹴りを喰らって薄れゆく意識の中、斎藤は残念そうに呟き目を閉じた。
倒れた斎藤に近寄って気絶しているのを確認した速人は、誰にも聞こえないように小声でポツリと呟いた。
「……素直に感心したぞ、お前の強さに」
神奈「斎藤君強くなりすぎだろ……」
神音「大賢者特別修行コース。数か月で究極魔法を七発は打てるようになるほど魔力を高められるのさ」




